ニシン漁で栄えた港町の老舗店
ずらりと積み重ねられた手編みの竹かごと
竹のいい香りが出迎えてくれる〈斉藤籠店〉は、
江差町で3代続く製籠店を引き継いで営まれています。
年季の入った店の引き戸を開ければ、
きっと、かご好きな人ならひと目で参ってしまうはず。
「これは一升瓶を入れるかご。昔はお酒の量り売りをしていたから。
これは石鹸かご、そっちの大きいのは洗濯物や衣類を入れるかごね。
雑誌入れに使ってもいいですよ」
店主である元気なお母さん、斉藤純子さんのかごの知識や歴史のお話を聞けば、
さらに参ってしまうはず。

取材に訪れた時は売り切れていた、道南に生える根曲り竹で編まれたじょうぶなかご。竹かごは使い込むと、飴色に輝くのだそう。「重いものを入れられるし、毎日の買い物にも使えますよ。かごは手で撫でて育てるんです」
江差の歴史をひも解く
函館駅から車で1時間半。日本海に面した、
道内でも最も古い歴史を持つ港町のひとつ、江差町。
檜材交易や北前船、ニシン漁で栄え、
1216年創建と伝わる〈姥神大神宮〉の勇壮な山車祭りで知られています。
歴史的建造物を生かしたまちづくりが行われ、
姥神大神宮前に延びる〈いにしえ街道〉には
築160年の旧家〈横山家〉邸宅や国指定重要文化財の〈旧中村家住宅〉が軒を連ね、
そぞろ歩きながらかつての繁栄を体感することができます。
その街道沿いに建つ、1930年築の重厚感ある斉藤籠店を訪ねました。

左は底が高く編まれ水切りできる長ワンかご(4000円)、奥は収納に使えるかご(3800円)、右は茶碗かご(4550円)。すべて弘前の細竹製品。
茹でたものをあけるのに、テーブルまわりの小物をまとめるのに、食器の水切りに。
さまざまな使いみちのある竹かごは、
道南でとれる竹を使う松前郡福島町の職人さんと、
岩木山の細竹で編む青森県弘前市の職人さんのふたりに頼んで
つくってもらっています。手仕事が生きたかごは、たわしでどんどん洗ってよし。
水につけたあとは日に当てて干し、きちんと乾かせば、ずいぶん長くもちます。
「もったいないって言わないでどんどん使ってほしいですね」
と語る、店主の純子さん。

鯛のお頭つきを入れて運んだという、初代の手がけた美しいかごは100年もの。
かごは、漁業でも農業でも必需品だった
お店の建物ができる前から、弘前出身の初代、
斉藤民さんがかごづくりを手がけていたと伝わる斉藤製籠店は、
100年を超える歴史を持っています。
漁業や農業が盛んな江差でプラスチックや発泡スチロールのなかった時代、
いくらの水切りをするのはもちろん、芋掘りなどの農作業など、
あらゆる場面で使われていたのが竹かごでした。
「昔はどこの農家でも、自分の家のかごは自分たちでつくっていましたね。
初代の故郷の弘前は竹かごの産地で、
冬場はみんな囲炉裏のそばでかごをつくっていたそうですよ」

お店の壁には純子さんの旦那さまで、3代目職人だった故 斉藤弘文さんの写真が。注文を受けて弘文さんがもっぱらつくっていたのは、あじろ編みのいくらの水切りかごでした。
斉藤製籠店は、一番多い時には10人近くの職人が
店先にびっしり座ってかごを編んでいました。
その中には住み込みの人もいたのだそう。
「昔は需要がかなりあってどんどん注文が入るから、
家の人たちがみんな作業をしていたんです。
子どもたちも学校から帰ってきたらすぐ手伝うような環境でした」
やがて時代の変化とともにプラスチックが導入されると、
その風景も変わっていきます。
純子さんが東京に暮らしていたとき、かごの注文が減ったため
江差から仕事に出てきていた3代目の斉藤弘文さんと出会い、結婚します。
1978年に一緒に江差へ戻り、斉藤製籠店の跡を継ぎました。

10年来愛用しているという純子さんのかご。パンも崩れないので毎日のお買い物にぴったり。いい色合いに変わってきています。