odekake
〈 おでかけコロカルとは… 〉
一人旅や家族旅行のプラン立てに。ローカルネタ満載の観光ガイドブックとして。
エリアごとに、おすすめのおでかけ情報をまとめました。ぜひ、あれこれお役立てください。
photographer profile
Yayoi Arimoto
在本彌生
フォトグラファー。東京生まれ。知らない土地で、その土地特有の文化に触れるのがとても好きです。衣食住、工芸には特に興味津々で、撮影の度に刺激を受けています。近著は写真集『わたしの獣たち』(2015年、青幻舎)。
http://yayoiarimoto.jp
writer's profile
Akiko Yamamoto
山本曜子
ライター、北海道小樽生まれ、札幌在住。北海道発、日々を旅するように楽しむことをテーマにした小冊子『旅粒』発行人のひとり。旅先で見かける、その土地の何気ない暮らしの風景が好き。
旅粒
http://www.tabitsubu.com/
credit
取材協力:北海道観光振興機構
七飯(ななえ)町仁山の森。木漏れ日のなかにたたずむ、
小さなパン屋さん〈Hütte(ヒュッテ)〉。
函館市街地から車で30分の距離にある元ガレージを改装した素朴な小屋で、
「親方」の愛称で呼ばれる木村幹雄さんが焼き上げるどっしりとしたドイツパンは、
ライ麦パン、地元野菜を使ったパン、食パンにあんぱん……
並んだそばから売れていく大人気のパンがすべて焼きあがるのは、毎日10時半頃。
ひとつひとつが飽きのこない、毎日食べたくなるパンです。
パンのテイクアウトはもちろん、お店の小さなカフェスペースでドリンクと一緒に
イートインする、「女将」特製〈ぱんとスープのセット〉(800円)もおすすめです。
手づくりのジャムやパテやハムをのせ、
コース仕立てでひと皿ずつ6種類のパンを味わえるセットには、
季節のスープにデザートとコーヒーまでつくのがうれしい。
パンそれぞれの魅力を存分に引き出す
地元七飯産の旬の野菜に手をかけたペーストや、
親方厳選の道産チーズが乗ったパンはぜひ食べてみてほしいおいしさ。
夏場はテラス席も用意されているので、
心地良い風を感じながらゆっくりとブランチでいただきましょう。
「おいしい」をそのままかたちにしたような、
ちょっと無骨で愛らしいパンを焼く親方は、
七飯のまちなかで30年続く、人気のパン屋〈こなひき小屋〉の創業者。
その親方の腕前をよく知るまちの人たちがヒュッテに次々訪れては、パンを買い、
そしてしばらく談笑していきます。おいしいパンを買うのはもちろんのこと、
親方と女将の人柄から、お店はまちの井戸端のような場所になっています。
「僕らのやりたいことはこういうことなんです。
地元に暮らす人たちに必要とされるパンを焼きたいので」
そう話してくれた親方のパン焼き風景を見せてもらいました。
お店の奥にある小さな工房も、親方の手づくり。
立派なドイツ製ウェルカーの窯が存在感を放っています。
「この窯は、息子が継いだこなひき小屋からもらってきた24年もの。
ミキサーもそうで、創業時からのものでかなり年季が入っています」
工房で電気を使う機器はこのふたつだけ。
あまりエネルギーを使いたくないので、冷蔵庫も置いていないそう。
60歳でこなひき小屋を引退すると宣言し、
実際に引退することになった転機の年に脳梗塞で倒れた経験をもつ親方は、
独立してヒュッテを始めるとき、無理せず夫婦ふたりだけでできることをやろうと決意。
あるものを使って小さく回していく「身の丈にあった」スタイルを貫いています。
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市販のイーストのほかに自家製のサワー種を起こし、
しっかりと焼き色をつけて焼き上げられるパンは、ライ麦以外すべて道産小麦を使用。
特徴あるもちもち感を技術で口どけ良く仕上げ、
風味をきれいに残すことを追求しています。
「パンは風土の特色が味わいに現れやすい食べ物。
僕らはそれをテロワールって呼んでいます」と語る親方。
例えば、その土地の小麦を使うこともそうだし、
北へ行けば行くほど自家培養の酵母の酸味が強くなるのもそのひとつ。
体で覚えた感覚とともにさまざまなパンの知識を携えた親方は、土地の力を借りながら、
土地に愛されるパンをつくり続けています。
そんな親方がパン職人の道に進んだのは「たまたまだった」のだそう。
大学卒業後、渡島の福祉施設で働いていた親方は、
障がいをもつ人たちが自立しても働くところがないことから、
自分でその職場をつくろうという思いを持ち始めます。
「パン屋にしたのは、遠い親戚のおばさんの友だちが
札幌のドイツパンのお店〈ブルク〉で働いていると聞いたから。
独立するならパン屋もいいなと思って」
そのかなり遠いご縁をきっかけにして訪れたブルクで、当時の社長、故 竹村克英さんに
「パン屋になりたいんじゃなく、障がいのある方も仕事ができる場所をつくりたいので、
修業は1年でお願いします」
と頼み込んだのだそう。
社長の弟子として1年間働きづめに働いたのち、
「都会じゃない場所で店をやりたくて」
と、地元の七飯町に戻って小さなパン屋、こなひき小屋を1987年にオープンします。
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現在は息子さんご夫婦が手がけているこなひき小屋は、
すっかり七飯の土地に根づいたまちに愛されるパン屋です。
こちらの人気は菓子パンやデニッシュ系。
函館西部地区の宝来町に店を構えて、お弟子さんに譲った2軒目の〈Pain屋〉は
まちなかでお年寄りが多いので、小さめサイズのフランス系パンが中心。
それぞれまちのニーズに合わせて
パンの特徴を出してきた親方が3軒目のヒュッテで焼くのは、田舎風のドイツパン。
小麦のほかにライ麦をふんだんに使ったパンも並んでいます。
ところで、当初福祉施設で思い描いていた
「障がいのある方が仕事のできる場所」という目的は、
始めてみたら、パンづくりのほうが目的になってしまったと笑う親方。
とはいうものの、親方のもとではこれまで何人もの障がいをもつ方が働いてきました。
現在はこなひき小屋で、十数年間の勤務を通じて障がいが緩和されたスタッフがひとり、
パソコン周りの仕事を長年勤めてくれているそう。
「息子の同級生で親戚のように近しく、店になくてはならない存在なんです」
とご夫妻はうれしそうに語ってくれました。
親方は金曜と日曜に、かつて大沼公園で売られていた思い出の〈大沼あんぱん〉を
自ら復刻させて焼いているそう。ほかにも〈函館バル街〉や
道南の料理人が集まり、技術を高めあう場〈クラブ・ガストロノミー・バリアドス〉などの
函館で行われているイベントや団体にも
メンバーとして関わりながら、楽しいと思うことをシンプルに続けている親方。
「最近はここで女将といるほうが楽しいんだけどね」と笑います。
会社名にしている「アインシュタックブロート」とは、
ドイツ語で「大きなパン」という意味。
「パンって、“切って分け合う”っていうのが原則。大きなパンをつくって、
みんなで分け合いましょう、半分こしましょうって、そういうものなんです」
その意味を体現するヒュッテのパンには、
穏やかな仁山で醸されるおいしさや豊かさがぎゅっとつまっています。
information
Hütte
ヒュッテ
住所:亀田郡七飯町仁山461
TEL:090-8909-0711
営業時間:9:00〜18:00
定休日:火曜日・水曜日
駐車場:あり
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