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和歌山県東牟婁郡那智勝浦町

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1 Judge Tuna From Katsuura 勝浦産生まぐろの目利き人。

熊代なるみさん、裕子さん母娘

日本一のまぐろのまち・勝浦の市場を支える
プロフェッショナル、「仲買人」の仕事。

だ暗い深夜3時。勝浦の港に静かに入港した漁船から、
大きな胴体のまぐろたちが数本まとめて
クレーンに吊り下げられて運び出される。
市場へ下ろされるとすぐに、数人の男たちが群がるように集まり、
「手かき」と呼ばれるかぎ針でまぐろの胴をサッとひっかけ、
種別やサイズごとに分けて整然と並べていく。
その所作のあまりの素早さ、手際の良さに圧倒されているうちに、
いつしか市場内の床は数百の天然のまぐろで
びっしりと埋め尽くされていく。
獲れたてのまぐろの魚肌が暗闇の中で
キラキラと青く輝く神秘的な光景も、
この港で働く男たちにとってはいつもの日常だ。

日本一の生まぐろの水揚げ量を誇る勝浦漁港では、
温かい黒潮海流と寒流がぶつかり
まぐろの餌となる小魚が豊富な熊野灘から、
脂がのった品質の良いまぐろが、
市場が休みとなる土曜日を除き毎日運ばれてくる。
水揚げされるのはクロマグロ(通称本マグロ)、
メバチマグロ(バチ、ダルマ)、キハダマグロ(キワダ)、
ビンナガマグロ(ビンチョウ、トンボ)の4種。
どれも「まぐろ」であることには間違いないが、
ここで働く人々が単に「まぐろ」という時、
通常はクロマグロ(本マグロ)のみを指すのだそうだ。

朝6時半頃になると、長靴姿の仲買人たちが数十名現われて、
市場はにわかに活気づく。彼らは集荷された魚を卸売業者から
入札形式で買い取り、買受人に販売する中間流通業者であり、
一本一本のまぐろを評価して
グレードを見極めた上で値段を決める「目利き」。
50ほどある仲卸業者によって毎日行われる「入札」は
この市場における取引のハイライトだ。
仲卸業者は競りにかけられた魚の鮮度や品質を
瞬時に判断して値付けし、
手札に屋号と魚体番号、1kgあたりの希望購入価格を
チョークで書きこみ卸売業者に渡す。
そこで最高価格をつけた者がその品物を競り落とすことができる。
では同価格の場合は? これは先に入札をした「早い者勝ち」。
彼らは市場内に整列したまぐろの脇をせわしなく歩き回りながら、
尾の付け根の断面、目の輝き、肌の艶などを確認し、
迅速にその良し悪しを見抜いていく。当然ながら、
より良い品をより安く買い受けることこそ彼らの目指すものであり、
入札はまさに真剣勝負だ。
とはいえ、市場内の雰囲気はあくまで和やか。
まだ修行中の若手からこの道数十年の大ベテランまで、
ほぼ毎日顔を合わせる仲間たちでもある。
「昨日はどこで飲んでたの?」なんて気軽な雑談も飛び交う中で、
魚を見る時だけはその目を鋭く光らせる。日々、魚の売買に賭ける、
プロフェッショナル・バイヤーの顔がそこにはある。

ある意味で「戦場」でもある仲買の仕事に携わるのは、
ほとんどが男性。まさに「男の世界」とも言えるその現場で、
長年に渡り彼らとともに魚の入札に参加する女性がいる。
仲卸「和田商店」の熊代なるみさん。
代々続く仲卸業者の家庭に生まれたなるみさんは
「小さい頃は母が朝から晩までずっと長靴を履いているのを見て
“魚屋は嫌だなあ”と思ってたけど、
仕事を手伝っているうちにだんだんとその気になって」
自然とこの世界に入ったという。入札を始めたのは、
「父が不在の時、入札を私でなく社外の人に頼んでいたのが
すごく悔しかったから。でも、当初はまだ魚の勉強もしていないから
“私がやりたい”と言い出せなかったんです。今思えば、
父は入札の仕事が私にとってプレッシャーが大きすぎると
思っていたのかもしれないですね」
事実、刻々と変化する魚の相場を読んで投資をし、
リターンを得る入札という仕事は一種の「博打」的要素が含まれる、
シビアな任務でもある。
その重職に就きたいと自ら手をあげた娘に対して、
「父は魚の見方を言葉では教えてくれませんでした。
現場で自分の目で見て、体で覚えるしかない、と。
でもそれが良かったんですね。毎日魚を見ていると、
魚に取り憑かれてくるんですよ。自然にハマっていきました」
その面白さを知って、かれこれ20年以上になる。
「冬の時期の脂がたっぷりのったいい魚を見ると
やっぱり心がウキウキします」

そして今、日々市場で溌剌と働くなるみさんの傍らには、
長女の裕子さんの姿もある。彼女もまた
「小さい時から手伝っていたから、何となくこの仕事に」
と、母の言葉をなぞるように話す。
母とともにこの市場で本格的に働くようになって早10年。
「こんなに長くやるとは全然思ってなかったです」
とはにかむように笑う。数少ない女性の仲買、
それも親子二代で働いているのは彼女たちだけだ。
ここに集まる大勢の男たちと同じく「魚に取り憑かれた」女性が、
今日も水揚げされたばかりの新鮮で美味しいまぐろを、
その確かな経験に裏打ちされた眼で買い、
お客さんの元へと送り出している。