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連載

第一に“まちのため”を考える。
「ディスカバーリンクせとうち」
前編

貝印 × colocal
これからの「つくる」
vol.029

posted:2014.11.18  from:広島県尾道市  genre:ものづくり

〈 この連載・企画は… 〉  プロダクトをつくる、場をつくる、伝統をつなぐシステムをつくる…。
今シーズン貝印 × colocalのチームが訪ねるのは、これからの時代の「つくる」を実践する人々や現場。

伊勢谷友介さんがパーソナリティを、谷崎テトラさんが構成作家をつとめる「KAI presents EARTH RADIO」と連携して、
日本国内、あるいはときに海外の、作り手たちを訪ねていきます。

editor profile

Tomohiro Okusa

大草朋宏

おおくさ・ともひろ●エディター/ライター。東京生まれ、千葉育ち。自転車ですぐ東京都内に入れる立地に育ったため、青春時代の千葉で培われたものといえば、落花生への愛情でもなく、パワーライスクルーからの影響でもなく、都内への強く激しいコンプレックスのみ。いまだにそれがすべての原動力。

photographer

Suzu(Fresco)

スズ

フォトグラファー/プロデューサー。2007年、サンフランシスコから東京に拠点を移す。写真、サウンド、グラフィック、と表現の場を選ばず、また国内外でプロジェクトごとにさまざまなチームを組むスタイルで、幅広く活動中。音楽アルバムの総合プロデュースや、Sony BRAVIAの新製品のビジュアルなどを手がけメディアも多岐に渡る。
http://fresco-style.com/blog/

尾道を元気にするディスカバーリンクせとうち。

ONOMICHI U2は、海沿いにある倉庫をリノベーションした施設で、
ホテルやレストラン&バー、カフェ、ベーカリーなどがある。
ウッドテラスは風が吹き抜けて、ただ散歩しているだけでも心地よい。
この場所は尾道駅の西側。尾道で栄えているのは飲食店などが並ぶ東側と、
古いまち並みやお寺巡りが楽しめる北側だ。
まだひとが少ない西側に流れを呼び込むことが、
「まちのためになる」という思いでつくられた。

ONOMICHI U2をはじめ、数々のプロジェクトを仕掛けている
ディスカバーリンクせとうちは、2012年、
地元出身の中学や高校の同級生など数人が集まり、会社をスタートさせた。
尾道もまた、人口の流出という問題を抱えていた。

ウッドデッキ沿いにあるカフェでは、自転車に乗ったままカウンターでコーヒーなどが買える。

「広島は、繊維や造船、鉄工など、労働集約型の産業に支えられています。
しかし労働力はどんどん海外に頼るようになっていて、その流れが止められません。
このままでは広島の雇用もなくなり、まち並みも守れない。
いま動かないといけないと思いました」というのは代表取締役の出原昌直さん。

そう語る出原さん本人も、これを強く身にしみている当事者のひとりなのだ。
「私はいまも繊維産業に携わっています。この周辺は繊維の産地でした。
しかしわたしの仕事の現状といえば、労働力の安い海外で生産して、
主に東京などの都心部で売っています。まったく地元でものづくりしていません。
商売だけ考えたら、東京にいたほうがいいのです。
地元にいる意味がまったくありません」

尾道にいるのに、尾道と関わっていない現状をかえりみることで、
逆に危機感を感じることができた。

(左から)取締役の石井宏治さん、代表取締役の出原昌直さん、デザイン&コミュニケーション部担当部長の井上善文さん。

「まちのため」至上主義!

幸いなことに、尾道はまだ観光が元気だ。そこでディスカバーリンクせとうちでは、
「観光を手段にして、事業と雇用を生む」ことを目標にした。

会社ができてからまだ2年半。それでも多くのプロジェクトが進行している。
ONOMICHI U2、せとうち 湊のやど、鞆 肥後屋、尾道デニムプロジェクト、
尾道自由大学、伝統産業プロジェクト、リーシングプロジェクト、
さらに来年1月からスタート予定のシェアオフィス「ONOMICHI SHARE」など、
羅列するだけでも多種多様。
幅は広くとも、メンバーみんながブレないように中心にすえている理念がひとつある。
「まちのためになるか」。

「利益だけを考えるのはやめようと話しています。
株式会社ではあるけれど、第一にまちのため。
次にその事業性をどのようにして出すか、みんなで知恵をしぼります。
利益だけを出そうとしても難しいのに、本当に難しいです。
やはりどうしても“こっちのほうが儲かる”という理屈で動いてしまいがちですが、
そんなときは“これはまちのためになるかどうか?”という根幹に
必ず戻ることにしています」

レストランスペース。天井が高く開放感がある。

何をやっても構わない、それが「まちのためになる」のならば。
その視点を忘れずに軌道修正していけばいい。
だから何ごとにもスタートは早い。
出原さんは、「ここ数年で事業性を出さなければいけない」と話す。

「時間を区切ってやらないといけません。ぼくたちが2年半やってきて、
今ではここONOMICHI U2をはじめ、実際に120人ほどの雇用が生まれています。
しかし、おそらくそれを上回るスピードで、
このあたりの雇用は失われていると思います。これから先はもっと加速度的です。
だからどんどん新しいことをやらないと追いつきません。
僕らだけでは無理なので、サポートしてくれたり、
同じようなチャレンジが周囲で始まることも期待しつつ、
スピード感を出していかないといけません」

出原さんは、なかなか変わらない難しさを感じているようだ。
じっくり様子を見ながらやるのが安全なのだろうが、
リスクを抱えてでも、素早く動かないと、取り返しがつかないことになる。

もともとは大きな倉庫。その面影が残してある。

失われる寸前の「備後畳表」を取り戻したい。

たしかに完全になくなってしまったものを復活させるのは至難の業だ。
それは伝統技術にも同様のことがいえる。
広島・備後地方では、「備後畳表(びんごたたみおもて)」が有名だった。
数十年前は備後中に存在したい草農家は、現在数軒のみ。
最高級の畳表となる「せとなみ」という品種のい草も減少しつつある。
そこで地元の広島県立沼南高等学校に協力してもらい、
備後い草を栽培するプロジェクトをはじめた。
苗を育て、11月から植えていく予定だという。
このプロジェクトは出原さんが担当となって指揮を取る。
「大きく復活させるなんてぼくたちにはできませんが、
一度途絶えると戻すことは難しいと思うんです。
だからギリギリでもなんとかしたい」

出原さんは繊維業に携わる者として、自分たちの世代の反省と責任を感じているという。
「ぼくたちの代は、安いから海外で生産しようと、安直な考えでした。
中国でつくっていたけど、もっと安いミャンマーが出てきた。
するとそれまで育てた中国はあっさり捨てることになる。
もう数年後、予想できていますよ。
ミャンマーを捨てて、アフリカにいくことになります。
海外という視点があったからこうなってしまいましたが、
もしそれがなければ、地元でどうにかすべく、知恵を絞ったはずなのです」

これは、ほかの産業でも起き得ること。
たとえば尾道は造船関連産業に携わる人口が日本一(2006年時点)。
しかし、い草もかつては一大産地であったのに、50年たったら数軒を残すのみ。
50年前のい草業界はこれを予想していただろうか。
造船業だってひとごとではない。
「しかもこれからはもっと早いスピードで変化してきます」と心配する出原さん。

まちのためを第一に考え、できることは即行動する。
それは今はリスクかもしれないが、数年後、まちが元気になれば、
それが最上のリターンになるはずだ。
数年ののちに事業として成立する見込みが出たら、
地方から発信するモデルになるかもしれない。

後編:【たくさんのプロジェクトが、まちづくりのきっかけに。「ディスカバーリンクせとうち」後編】はこちら

Information

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ディスカバーリンクせとうち

住所:広島県尾道市久保1-2-23
TEL:0848-38-1137
http://www.dlsetouchi.com/

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