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連載

パッチワークキルト作家と
酒蔵の女将を兼ねて。
「山口怜子さんの衣・食・住」後編

貝印 × colocal
これからの「つくる」
vol.016

posted:2014.8.5   from:福岡県久留米市  genre:ものづくり

sponsored by 貝印

〈 この連載・企画は… 〉  プロダクトをつくる、場をつくる、伝統をつなぐシステムをつくる…。
今シーズン貝印 × colocalのチームが訪ねるのは、これからの時代の「つくる」を実践する人々や現場。
日本国内、あるいはときに海外の、作り手たちを訪ねていきます。

editor profile

Tetra Tanizaki

谷崎テトラ

たにざき・てとら●アースラジオ構成作家。音楽プロデューサー。ワールドシフトネットワークジャパン代表理事。環境・平和・社会貢献・フェアトレードなどをテーマにしたTV、ラジオ番組、出版を企画・構成するかたわら、新しい価値観(パラダイムシフト)や、持続可能な社会の転換(ワールドシフト)の 発信者&コーディネーターとして活動中。リオ+20など国際会議のNGO参加・運営・社会提言に関わるなど、持続可能な社会システムに関して深い知見を持つ。http://www.kanatamusic.com/tetra/

photographer

Suzu(Fresco)

スズ

フォトグラファー/プロデューサー。2007年、サンフランシスコから東京に拠点を移す。写真、サウンド、グラフィック、と表現の場を選ばず、また国内外でプロジェクトごとにさまざまなチームを組むスタイルで、幅広く活動中。音楽アルバムの総合プロデュースや、Sony BRAVIAの新製品のビジュアルなどを手がけメディアも多岐に渡る。https://fresco-style.com/blog/

前編:温泉地熱食品と地熱たべもの研究所。「山口怜子さんの衣・食・住」前編 はこちら

酒蔵の女将として、キルト作家として

山口怜子さんは、主婦であり、江戸天保三年から続く造り酒蔵の十代目女将。
そして前回お伝えした温泉地熱を利用した食品づくりなど、
食のプロデユーサーとしてさまざまな顔を持つ一方で、
実は、海外でも高く評価されているパッチワークキルト作家でもある。
パッチワークとは、布と布を縫いつなげ、一枚の布にする技法。
布地の有効利用のために、余った布や端布をつないでつくったのが始まりと言われている。
布地に綿をはさんで縫いあわせたものをパッチワークキルトと言う。
パッチワークキルトは17世紀のアメリカで西部開拓の移動によって全米に広がった。
山口さんがパッチワークを始めたのはいまから50年前。
尺貫法を使った日本キルトというパターンを開発したのがきっかけだ。

「母といっしょに家庭に眠る古い着物や帯などを刺し子風に縫いつなげていたのね。
それがとても面白かったみたい」

山口怜子さん

江戸天保3年から続く造り山口酒蔵所の十代目女将。山口怜子さん。酒造や家庭の古着を使ったパッチワークキルト作家としても知られる。

山口さんのパッチワークキルト作品

山口さんのパッチワークキルト作品。縫いあわされた布のストーリーが作品として開花する。

1982年には、アメリカのナショナルキルト連盟に招待された。
歴史あるアメリカンキルトの世界で、
日本ならでは古裂を素材にした独創的な刺し子風キルトは
驚きをもって受け入れられたという。
全米の著名なキルト作家の作品が集まるなかで、受賞作品は9点。
そのうち最高賞であるブルーリボン賞は3点にのぼり、ワシントンD.C.にて公開される。
これをきっかけに、山口さんのキルトは、世界中で注目され、
各国大使から招待されるようになった。

山口さんのこだわりは家庭の古布を使うこと。
「デザインするのは私なのだけど、生徒さんにお家にある布を持ってきてもらうのね。
その布にはひとつひとつに物語がある。そこからデザインが生まれる。
それをもとに一緒につくっているんです」

それぞれの思い出を縫いつなげていくキルトは、
「日本の家族を綴るキルト」と言われる。
海外から注目されると、後追いするように日本の新聞社、雑誌社が注目するようになった。
その後東京をはじめとする日本国内の巡回展、米国・中国への出展など活動のフィールドを広げている。

キルト作家として2009年には、福岡県文化賞・創造部門を受賞した。
その多岐にわたる活動はすべて「衣」「食」「住」へとつながっている。

竹をモチーフにしたパッチワークキルト作品

竹をモチーフにしたパッチワークキルト作品。

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一村一品運動発祥の地、大山

山口さんは大分県の山村、大山町で生まれた。
父は大分県「一村一品」運動の創始者であり、
大山町長や農協組合長を長年務めた故・矢幡治美。
地域全体の活力を上げることを目的に
「梅栗植えてハワイに行こう」というスローガンのもと、村中に梅の木を植えた。
村の目玉となる産物をつくり、地域をブランド化していくという発想だ。
当時、みなの憧れの地がハワイだったという。

「父は、やがて日本は肉食になる。肉食が多くなると身体が酸性になる。
アルカリ食品である梅干しが必要になる、と考えていたのです」

食生活や暮らしの変化を見越して、村では梅の栽培が広がっていった。
大山町は3月になると梅の花の香りでいっぱいになるという。

梅は山口さんにとって特別な木となる。
昭和39年、山口さんは久留米の造り酒屋の老舗、山口酒造場に嫁いだ。
その時も、梅を持参したという。

山口酒造場は180年前に、北野天満宮の参道に開業した老舗。
「庭のうぐいす」は名酒として知られている。
五代目山口利七が一羽のうぐいすが庭の湧き水で喉を潤わす姿から、
酒に「庭のうぐいす」という名をつけたという。

梅干しと梅酒

50年前、嫁入りしたときにつくった梅干しと梅酒。

「鶯」と言えば「梅」。

嫁いでから50年、山口酒造の庭にある梅の木から収穫した梅を
毎年漬け込み梅酒をつくっている。
故郷大山の梅を使った梅酒も商品化した。
大山産の選りすぐりの梅と自家製の酒粕焼酎を使い、
2年の歳月をかけてつくりあげる。

梅のピューレを配合した特撰梅酒「うぐいすとまり-鶯とろ(おうとろ)」は
2011年、天満天神梅酒大会「梅酒部門」にて、優勝した。

「山口酒造場」の入り口

1832年(天保3年)創業の「山口酒造場」の入り口。久留米市、京都北野天満宮が1100年前に初めて直轄地を置いた北野の参道にある。

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無農薬の酒米づくり

山口さんが山口酒造場の十代目女将として始めたことのひとつは無農薬の酒米づくり。
酒づくりのもっとも重要なエッセンスは米だという考えからだ。

「いまから28年前、まだ“無農薬”という言葉が業界でほとんど聞かれなかったころ、
蔵男のひとりが“これから生き残るためには無農薬しかない”と言うのです。
いいこと言うわね、とやってみようということになった」

なにもかも初めてのチャレンジだったという。
当時、蔵元が酒米をつくるのが極めてまれな時代である。
さらに酒米の業界では「無農薬」なんて考えられない時代。

無農薬でお米をつくり、そこからお酒をつくる
福岡県立朝倉農業高校に無農薬有機栽培米の酒米を
一緒につくってもらえないかとお願いをした。

「リスクを負ってください。と言われました。
はい、わかりました、とは答えたけれど、お金はないし、もし不作だったら、
そのときは山口酒造を出て行く覚悟でした。
実際その年は日照りでもうダメかと思いました。
でも日照りで不作なしという言葉があるんですね。
秋になると見事な豊作になって、最初の無農薬米の『庭のうぐいす』ができました」

自前の無農薬の田んぼで酒米をつくるのだから、大量生産はできない。
しかしおいしい純米酒を提供することを目指し、少量で良質な酒質を目指すようになった。

山口さんラベルのデザインもこだわった。

「ビル・ウォーマックというデザイナーに
『庭のうぐいす』のだるまラベルのデザインをお願いしました。
禅寺の達磨。しかし達磨は耳がない、手がない。
縁起でもない、と猛反対されました」

それでもこのデザインにこだわった。
ラベルにはあえて「無農薬」と書かずに販売することにした。
お酒の勝負はあくまで「味」と考えたからだ。
まずは多くの人に飲んでもらうことが、必要だ。

「庭のうぐいす」だるまラベル

「庭のうぐいす」だるまラベル。大吟醸、純米吟醸、特別純米酒の3種類がある。

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筑後の土蔵祭り

山口さんの原点は1986年に開催された「筑後の土蔵祭り」。
酒米づくりを機に有機、微生物、酵素に興味を持ったのもこのころだ。
話題になりはじめたパッチワークキルトの展示でひとを呼び込み、
ここで無農薬にこだわった「庭のうぐいす」を振る舞った。
美味しいと人づてに評判になり、ファンが増えた。

「庭のうぐいす」は、海外にも知られるようになった。
2007年にはニューヨーク日本酒大賞を受賞している。
ハドソン河のほとりにあるリチャード・ギアのお店「MATSURI」にも並んでいる。
ロバート・デニーロもファンのひとりだという。

山口酒造場の母屋

山口酒造場の母屋。300年の歴史を持つ日本家屋。毎年、筑後の土蔵祭りが開催される。

筑後の土蔵祭りは、毎年秋に開催され、今年は28年目を迎えた。
今年から酒蔵から新酒の香りが届く春に開催されるようになった。
山口さんのパッチワークキルトが展示され、
開催期間のみ、温泉地熱食品、
お酒にぴったりの料理とともに振るまい酒が提供される。
酒と食。酒と衣。酒と住を楽しむイベントだ。
そして2014年、山口さんは70歳を迎え、新たなチャレンジを始める。

「梅しろっぷ」と「とろ〜り甘煮うめ」

温泉地熱でじっくり煮込んだ梅を使った無添加の「梅しろっぷ」と「とろ〜り甘煮うめ」。地熱たべもの研究所のホームページで通販もしている。

これからの「つくる」とは?

1944年生まれの山口怜子さんは今年70歳になる。
この先はどんなことを考えているのだろうか。

「現在、大分県玖珠町の“地域活性化”の仕事の依頼がありました。
今年70歳になるのだけど80歳になるまで、
あと10年は“地域”をデザインしてみることにしました」

山口さんはこれまで地蔵原ヴィレッジ、
木の花ガルテンなど「住居」のデザインも数多く手がけてきた。
玖珠町でも昔の城下町の再生など「住」の領域からはじまり、
そこに地域の「食」をつかった産品の開発を構想中。

これまでの「衣」「食」「住」、暮らしのデザインを総合した取り組みになるという。
とても楽しみである。

最後にこんな質問をしてみた。
山口怜子さんにとって「つくる」とは?

「地球と遊ぶ、かな(笑)」

キルト作品を前にした山口怜子さん

山口怜子さん。無農薬・無化学肥料による酒米づくりや食に関する研究、地熱を利用した食品開発に取り組む。キルト作家として2009年福岡県文化賞・創造部門受賞。

information

map

山口酒造場

住所:福岡県久留米市北野町今山534-1

Web:https://niwanouguisu.com/

地熱たべもの研究所

住所:熊本県阿蘇郡小国町西里岳の湯

Web:http://chinetsu-labo.com/

山口怜子デザイン室・塾生の新作など300点近くを展示予定の、長崎万寿山聖福寺修復チャリティ展が開催されます。入場料などは全て聖福寺の修復費用として寄付されます。

長崎万寿山聖福寺修復チャリティ展

日程:2014年10月3日(金)~12日(日)

住所:長崎県長崎市出島町2-1「長崎県美術館」

電話:095-833-2110

入場料:1,000円(聖福寺修復事業に寄付されます)

Web:http://yamaguchireiko.com/patchwork/news/

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