連載
posted:2014.7.29 from:熊本県阿蘇郡小国町 genre:ものづくり
sponsored by 貝印
〈 この連載・企画は… 〉
プロダクトをつくる、場をつくる、伝統をつなぐシステムをつくる…。
今シーズン貝印 × colocalのチームが訪ねるのは、これからの時代の「つくる」を実践する人々や現場。
日本国内、あるいはときに海外の、作り手たちを訪ねていきます。
editor profile
Tetra Tanizaki
谷崎テトラ
たにざき・てとら●アースラジオ構成作家。音楽プロデューサー。ワールドシフトネットワークジャパン代表理事。環境・平和・社会貢献・フェアトレードなどをテーマにしたTV、ラジオ番組、出版を企画・構成するかたわら、新しい価値観(パラダイムシフト)や、持続可能な社会の転換(ワールドシフト)の 発信者&コーディネーターとして活動中。リオ+20など国際会議のNGO参加・運営・社会提言に関わるなど、持続可能な社会システムに関して深い知見を持つ。http://www.kanatamusic.com/tetra/
photographer
Suzu(Fresco)
スズ
フォトグラファー/プロデューサー。2007年、サンフランシスコから東京に拠点を移す。写真、サウンド、グラフィック、と表現の場を選ばず、また国内外でプロジェクトごとにさまざまなチームを組むスタイルで、幅広く活動中。音楽アルバムの総合プロデュースや、Sony BRAVIAの新製品のビジュアルなどを手がけメディアも多岐に渡る。https://fresco-style.com/blog/
熊本と大分の県境にある岳の湯温泉。
ここは地熱の里と呼ばれ、集落一帯は、湯煙と蒸気に包まれている。
この温泉の地熱を利用した食品づくりをしている山口怜子さんを訪ねた。
山口さんは、福岡県久留米市の山口酒造所の十代目女将。
世界的なパッチワークキルトの作家としても知られる。
衣・食・住、暮らしのエキスパートだ。
現在、熊本県阿蘇郡小国町の岳の湯温泉で地熱を利用した
「地熱たべもの研究所」で、蒸気を利用した食品の開発を進めている。
「昔からここの地域のひとは、地熱を利用していたの。
縄文時代から地熱を使って料理していたんじゃないかな」
山口さんは、大分県の山村、大山町に生まれた。
近くに杖立温泉があり、蒸気が出ているエリアに育った。
「子どものころ温泉では皆、温泉卵をつくっていたけど、
母は温泉にほうれんそう、大根とか、野菜を持っていって、
茹でて台所で食べていたのね。
ゆであがったものに鰹節をかけて食べるのが大好きだったの。
ガスで煮炊きをするより、地熱を使えば簡単だし、美味しい」
地熱たべもの研究所のある小国町岳の湯は
休火山である涌蓋山(わいたさん)の山麓に位置し、
周辺は日本有数の地熱地帯。多数の温泉も湧いている。
近くには九州電力大岳発電所、八丁原発電所といった地熱発電所が存在する。
普通、日本で地熱の蒸気が吹き出す場所は限られている。
地熱が出る場所の多くは国内では国立公園の中が多いので開発が遅れている。
地熱たべもの研究所の周辺は安全な地熱ゾーンとして利用できる希有な場所である。
地面から噴出する地熱の蒸気をバルブで調節し、それを利用している。
大地のエネルギーを利用した、究極のエコクッキングだ。
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地面から吹き上がるマグマの蒸気を利用して調理するのが「温泉地熱食品」。
旨味成分であるアミノ酸が蒸気でしっかりしみ込む。
温泉の湯気には抗菌作用があるので、食品に添加物を入れずに、
素材を活かした無添加の食品ができあがる。
成分に含まれている硫黄は、細菌感染に抵抗力をつけるといわれている。
地熱の利用法は多様。
ゆっくりと一昼夜かけて煮込んだり、強い蒸気で一気に蒸し上げたり、
その熱でじっくり乾燥させるなどさまざま。
山口さんは地元・九州の食材にこだわり、それぞれの食材を活かした調理法を開発している。
あるときこんなことに気がついた。
「タマネギを蒸していたら、蒸す温度によって味が違ってきます。
何分蒸したらどのくらいの甘さになるのか。糖度計で計ってみたら、全部違う。
野菜によって酵素が働く温度が違うのね」
それぞれいちばん甘さが出る温度があることに気がついた。
その温度に注目した。
そして素材の温度と糖度の関係をひとつひとつ数値化することを始める。
「何年もかかったけど、素材の温度によって、甘さが出る。
結果が出た温度が書いてある。そこを守っていくと、台所にはお砂糖がいらないんです」
山口さんはいまでは5本の指を使って、
温度を計ることができるようになった。
「手で温度を計る、これが本当の手料理だと呼んでいます」と山口さん。
無添加の食品をつくるために、
素材の旨味や甘みが最大になるような調理法を考えたいという。
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2004年に山口さんは
大分県玖珠郡九重町にある「地蔵原ヴィレッジ」で、
衣・食・住の体験型の塾を始めた。
無農薬・無化学肥料による酒米づくりや食に関する研究、
地熱を利用した食品開発に取り組んでいる。
「食」と遊び、雄大な自然の中で、太古の湧水を飲み、ゆっくりと時を過ごす。
そんなコンセプトでつくられた滞在型食体験施設である。
国内外の料理研究家にも注目されている。
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山口さんが地熱食材をつくり始めたのは28年前にさかのぼる。
温泉地熱を利用した食品開発は「発芽玄米」からスタートした。
「玄米は発芽させて炊くと、体内にカルシウムが吸収されやすくなります。
発芽させるには一定の温かさが必要だが、流水でないとお米は臭くなる。
温かい流水で発芽させるのが最良で、ここでは手軽にできます」
発芽には天然温泉のわき水が最良。
玄米は17℃くらいで3日ほど浸しておくことで発芽する。
緑米は熱田神社の境内からわき出す温泉で発芽させている。
地熱で蒸して、乾燥させることで発芽玄米ができる。
お米づくりのエキスパートとなった山口さんは、
2002年イタリアのスローフード協会の授賞式に
「古代米種子保存」のアドバイザーとして招待を受けた。
発芽した玄米をつかって「地熱中華ちまき」を商品化した。
豚肉の軟骨、かち栗など、地域の産物を竹の皮にくるみ、地熱蒸気で蒸し上げたものだ。
「これは地熱でないとできない食品です。
発芽した古代米(緑米)を地元の名物である栗と蒸し上げました。
豚肉は鹿児島から取り寄せている軟骨を蒸気で蒸して脂を落としたもの。
このつくりかたを地域のひとに教えて、地域おこしのために活用していきます」
温泉で発芽した玄米を、強い蒸気の力で蒸し上げる。
それぞれの食材の旨味が凝縮される地熱温度。
地元の食材、足下の地熱を使ってこそできる究極の地産地消、地域おこしの一品だ。
さらに特殊包装で、無菌のままパッケージされた「なな福おこわ」を開発した。
災害時のレスキュー食として使えるように常温で5年間保存できる。
地域の食材を使った、保存料を入れない、無添加の保存食として注目されている。
「湿度70%、温度40℃の環境で5年間保存可能というデータが今年6月にでました。
非常時用の保存食として一般家庭などで自治体などで3年間保存して活用してもらう。
もし3年の間に事故や災害などがなければこちらで引き取って、
あと2年の賞味期限の間は国内外の被災地などに送ることが可能です」
完璧な保存食を目指し、現在10年の保存に耐えられるか検証中だという。
次回は50年にわたる
パッチワークキルト作家としての山口怜子さんのお話、
そして江戸天保創業『山口酒造場』の十代目女将のお話を伺います。
*「温泉地熱」は商標登録されています。
後編:パッチワークキルト作家と酒蔵の女将を兼ねて。「山口怜子さんの衣・食・住」後編 はこちら
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