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連載

秋田〈森の保育園〉として開かれた
佐藤清太郎さんの健康の森
秋田そだち Vol.1

PEOPLE
vol.038

posted:2016.11.16  from:秋田県秋田市  genre:暮らしと移住

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〈 この連載・企画は… 〉  ローカルにはさまざまな人がいます。地域でユニークな活動をしている人。
地元の人気者。新しい働きかたや暮らしかたを編み出した人。そんな人々に会いにいきます。

writer profile

Ikuko Hyodo

兵藤育子

ひょうどう・いくこ●山形県酒田市出身、ライター。海外の旅から戻ってくるたびに、日本のよさを実感する今日このごろ。ならばそのよさをもっと突き詰めてみたいと思ったのが、国内に興味を持つようになったきっかけ。年に数回帰郷し、温泉と日本酒にとっぷり浸かって英気を養っています。

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撮影:中田健司

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Supported by 秋田県

秋田の豊かな自然と風土のなかで育まれてきた人、そして育まれていく子どもたち。
秋田の恵みをたっぷり受けながら暮らす人を全3回のシリーズでお伝えしていきます。

森の中では3歳児にかなわない

「健康ってどういうことだと思いますか?」
「健康の森」という看板の掲げられた森の入り口で、
佐藤清太郎さんがおもむろに尋ねてきた。

元気なこと……でしょうか?

普段からごく当たり前に使っている言葉だけに、
あらためて意味を問われると、これという明快な説明ができない。
「この森を歩いたら、きっとわかるはずですよ」と言って、佐藤さんはニヤリと笑った。

「健康の森」の入り口。

「清太郎さんの森」という呼び名で親しまれている森林は、
秋田市中心部から車で30分ほど走ったところにある。
佐藤さんはこの山間部の小さな集落で代々林業を営んできたのだが、
25年前から所有林の4分の1ほどにあたる約30ヘクタールを、
「健康の森」として会員に開放している。

緩やかな傾斜を上がっていくと、おそろいのピンクの帽子をかぶった
子どもたちの姿が見えた。向こうもこちらの存在に気がついて、
まるで森の中で珍しい生き物を見つけたかのように、好奇心むき出しで駆け寄ってくる。
子どもは元来、人懐っこいものだとわかっていても、
こちらの予想を遥かに凌ぐ人懐っこさと明るさ。
開放的で自由な空気がそうさせるのだろうか。

元気いっぱいに森の中を走り回る子どもたち。

この日、森に来ていたのは秋田市内の保育園に通う3歳児たち。
〈森の保育園〉という活動の場として、現在は秋田県内の保育園、幼稚園から
年間3000人を超える園児たちが、こうして森へ遊びに来ているのだ。

佐藤さんと子どもたちに先導されて辿り着いたのが、
かつて炭焼きをしていた小屋のある、ちょっとした広場。
その横は高さ2メートル以上の急斜面で、土というか泥の壁がむき出しになっている。

「では大人のみなさん、ここを登ってください。
子どもたちは、みんなで応援しましょう!」
無茶ぶりしてくる佐藤さん。
「いや、私はちょっと……」と断るのはそれこそ大人げないので、
助走をして一気に駆け登ろうとしたものの、
斜面がツルツル滑ってうまく登れず、どしんと尻もち。
大人たちの滑稽な姿を見て、子どもたちと佐藤さんは無邪気に笑っている。

「今度はみんなも登ってみようか」
という声とともに、一斉に斜面をよじ登ってくる子どもたち。
服が泥だらけになることも気にせず、這いつくばったりしながら、
大人よりもよっぽど器用にひょいひょいと登ってくる。
森の中では大人も子どもも関係ない。
むしろ身のこなしが軽い子どものほうが、よっぽど森に溶け込んでいる。
森は人間としての力が試される場所なのだ。

木の根を頼りに、滑りやすい斜面を自力で登る。

林業経営から森林経営へ

佐藤さんが現在のような活動を始めたそもそものきっかけは、
1991年に日本列島を縦断した台風19号だった。
青森では収穫前のりんご畑が甚大な被害を受け、
「りんご台風」という通称がつけられたほどだったが、
お隣の秋田で佐藤さんが管理していた杉林も、一夜にして変わり果ててしまう。

「立派な木を育てて、高く売るような林業をこの先続けても限界がある。
これからは森林のあり方をもっと考えていかなければいけないと思ったんです」

「健康の森」の全体図。事務所をスタート地点とすると、往復で4キロほどの道のりを歩くことになる。

「私が子どもに教えることは何もありません」と言う佐藤さん。子どもたちが森から学びとっていく。

人間にも健康があるように、森にも人間の都合とは関係なく
健康な状態があるはずだと考えた佐藤さん。
環境保護という概念が、まだまだ世間に浸透していなかった時代に、
同郷出身の医師に言われて、ずっと気になっていたことがあった。
それは「これから高齢化社会になったときに、
故郷の森や海、川などの自然が必要とされるようになる」という言葉。

同年、佐藤さんは医師などとともに14人で〈秋田森の会・風のハーモニー〉を発足。
当初は医療や高齢者福祉と森林を結びつけることを目的としていたが、
3年後には、保育園や幼稚園児などを対象とした森の保育園をスタート。
自らのことも「森林経営者」と名乗るようになっていた。

佐藤さんの家の敷地内にある炭焼き小屋。仲間たちときりたんぽを食べながら、炭焼きをするのが冬の恒例。

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佐藤さんの考える「健康」とは?

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森の立場から人間を見ればわかること

森を歩く佐藤さんの足取りはとても軽い。
しかし腰にぶら下げたナタと熊よけスプレーが、
森の怖さを熟知していることを物語っている。

「清太郎さんの森」は、秋田杉と広葉樹がほどよく混じり合った、
多様な生態系を持つ“にぎやかな森”だ。
森の中のいくつかのポイントには、手づくりの板木と木槌がぶら下がっていて、
それを叩いて鳴らすことで動物たちにこれから人間が森に入ることを知らせる。
実際に歩いていると、動物が掘った穴や糞などを見ることもできる。
中心市街地からそれほど遠くないところに、こんな森があることにも驚かされる。

木槌を鳴らして、動物たちへ合図を送る。

森に入るときはナタを携帯。

遊歩道は何本かに分かれていて、途中、けもの道のような道なき道があったり、
安全柵の一切ない水深1メートルを超える沼があったり、視界の開けるポイントもある。
フィールドアスレチックのように、自然のなかに整備された遊具はないが、
人間が極力手を加えていない自然そのものが、ここではすべて遊具となる。

森の中に突如現れる沼。安全柵はないけれども、深さのあるほうに鬱蒼と茂っている草木が、危険なことを教えてくれる。

倒木はシーソーに。子どもたちが自由につくって遊ぶのだという。

森の中では、自己責任が原則。
大人は子どもに対して、すぐに「危ない」とか「やめなさい」と言いたくなるが、
このふたつは禁句。大人の役割は、先回りして子どもを見守り、
何か起こったらすぐに助けられるよう準備をしておくこと。
子どもたちは自由に動き回り、ときに転んだりもして痛い思いもしながら、
危ない場所を五感で理解していくのだ。

「森の中で私が子どもたちに教えるようなことは、特にありません。
私は常に、森の立場から人間を見ようとしているんです。
そうすると小さい子どもたちは、誰よりも親しく森と話をしているのがわかります。
目線が低いので、大人たちが気づかないようなことにも、すぐに気がつくんです」

森の立場から人間を見ると、人間ができることなど
たかが知れていることもわかるという。

「人間が森をつくっているなどという考えはおこがましい。
スギの切り株から脇芽が出てきたり、実を食べにきた鳥や虫が種を落として、
ほかの植物が生えてきたり。木自身や動物たちも森を育て、守っているのです」

沼にかけられた丸太を渡る佐藤さん。

沼の横に立つ、雷の落ちたスギ。佐藤さんはこれを「自然がモニュメントをつくってくれた」と表現する。

木漏れ日が注ぐ森の中を2時間くらい歩いたのに、
不思議なことに疲労感はなく、気分はむしろすっきりしている。

「健康っていうのは人間の場合、体と心のバランスが良好なこと。
森の場合は、広葉樹があったり針葉樹があったりして、
樹種や生態系のバランスがいいことだと私は理解しています」

「緑の風」と呼ばれる絶景ポイント。海までわずか3キロの距離で、心地よい風が吹くが、1991年の台風の被害もひどかった場所。

ナツハゼの実。ブルーベリーの仲間で、甘酸っぱい味。

森が健康で生き生きしているからこそ、そこを歩く人間も健康になれる。
とてもシンプルだけど貴重になってしまったことが、ここには残っている。

「なぜ森の幼稚園でも学校でもなく、保育園なのかとときどき聞かれるのですが、
人間は子どもも大人もすべて森に育てられ、
恩恵を受けていることを感じてほしいんです。
それに保育園なのだから、少しぐらいいたずらをしても森は許してくれるはず。
それくらいの余裕と懐の深さが、森にはまだあるんですよ」

台風で倒れたスギでつくったという休憩小屋には、「清太郎さんの森」を訪れた子どもたちの思い出が詰まっている。

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秋田森の会・風のハーモニー

住所:秋田県秋田市下浜羽川字小金山58

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