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いま、町に本屋をつくるとしたら…… 後編

町の本屋制作ノート
vol.005

posted:2014.8.19   from:北海道札幌市  genre:暮らしと移住

〈 この連載・企画は… 〉  町の本屋を巡る現状は厳しい。いま、町に本屋をつくるとしたらどうなるのか――。
本づくりに携わるライターが、本をつくるように本屋をつくることを目指す、ささやかな試みの記録。

writer's profile

Masatsugu Kayahara

萱原正嗣

かやはら・まさつぐ●フリーライター。主に本づくりやインタビュー記事を手掛ける。1976年大阪に生まれ神奈川に育つも、東京的なるものに馴染めず京都で大学生活を送る。新卒で入社した通信企業を1年3か月で辞め、アメリカもコンピュータも好きではないのに、なぜかアメリカのコンピュータメーカーに転職。「会社員」たろうと7年近く頑張るも限界を感じ、 直後にリーマン・ショックが訪れるとも知らず2008年春に退社。路頭に迷いかけた末にライターとして歩み始め、幸運な出会いに恵まれ、今日までどうにか生き抜く。

credit

撮影:島田拓身

前編よりつづく)

札幌の名物書店「くすみ書房」の名を全国に知らしめたのは、数々の独創的な取り組みだ。
売れない文庫を集め、中高生のために本屋のおやじがおせっかいで本を選ぶ。
そうした取り組みの背景には、くすみ書房が直面する経営難があった。
それはくすみ書房固有の問題ではない。
全国の町の本屋に共通する、いわば本屋が抱える構造的な問題だった。

本屋を襲う三重苦

生々しい話の連続に、圧倒されていた夏葉社の島田さんが問いを投げかける。
1990年に3万軒近くあった本屋が、いまでは1万4,000軒にまで減っている。
町の本屋の経営を、そこまで追い詰めているのは何なのか――と。

くすみ書房の店主、久住邦晴さんの答えは明確だ。
雜誌購入者の減少、粗利の低さ、
そして在庫回転率の低さが、町の本屋の重しになっているという。
出版業界が売上のピークを迎えたのは1996年、そのときの売上は2兆6,000億円にのぼる。
それがいまや1兆8,000億円程度、そのうち、大幅に減ったのは雜誌の売上だ。
紀伊國屋書店やジュンク堂書店のような、ナショナルチェーンと呼ばれる大規模書店は、
書籍、それも専門書の売上がかなりを占めるが、
町の中小規模の書店の多くは、雜誌の売上が店舗全体の売上の5~7割にもなる。
町の本屋にとって生命線とも言えるその雜誌が売上を減らし、休刊するものも少なくない。
しかも、コンビニも雑誌販売の強力なライバルとなっており、
町の本屋は雑誌に代わる稼ぎ頭を見つけ出せてはいない。

2フロアあるくすみ書房では、1階で雑誌やコミックを扱う。雑誌売上の低迷が、町の本屋の経営難と直結している。

粗利の低さは、本屋の商売を難しくしている一番の要因だと久住さんは言う。
本屋が取次から仕入れる価格は、おおまかに雑誌で定価の77%、書籍で78%、
1冊売って、本屋が手にする粗利は20%ちょっとでしかない。
(個別の取引でさまざまなパターンがあるようで、あくまで「おおまかに」である)
つまり、2,000円の本を売っても、本屋の取り分はだいたい400円。
それを1日で50冊、10万円分売ったとしても、粗利は2万円強。
そこから労賃と家賃を捻出しなければいけないわけで、人がひとり食べていくのに、
いったいいくら売らねばならないのかと、想像しただけで頭がくらくらする。
万引きでもされたら、積み上げた利益が吹き飛んでしまうわけで、たまったものではない。

さらに驚いたのは、在庫回転率の話だ。
在庫回転率とは、要するに仕入と売上のサイクルを何回まわせるかということ。
1,000万円の在庫を仕入れて3回転すれば、年間の売上は3,000万円。
回転率が低ければ、売上も低くなるということだ。

雜誌は、月刊誌であれば、毎月1回は必ず在庫が動く。
10冊仕入れて8冊売れれば、2冊は返品になっても、次の月には新しい号が入ってくる。
早い話が、月刊誌は年に12回は棚が回転する。
一方、単行本や文庫といった書籍は、年に1回も動かないものも少なくない。
書籍全体で均すと年に1~1.5回、
雜誌と書籍を平均しても、優良店で在庫が3回まわればいいほうだという。
だが、本屋以外の小売の常識では、在庫は10回転しないと採算が合わないと言われる。

粗利は低いし、在庫も回転しない。
小売としては厳しい経営環境で、かつて稼ぎ頭だった雑誌の縮小傾向も止まらない。
この三重苦に押しつぶされそうになっているのが、町の本屋の現状ということだ。

本屋をつくる思考実験

あまりに険しい現実に、本屋をやろうと思う気持ちが打ち砕かれそうになる。
前もって、知ったつもりになっていたこともあるけれど、
最前線で戦う人が語る生々しい言葉に、考えの甘さを突きつけられた。
町に本屋をつくるなど、軽々しく口走った自分を呪いたくなる。

だがそこは、幾度もの苦境を大胆な発想で切り抜けてきた久住さんだった。
絶望感に包まれつつあった会場に、希望の光りをもたらしてくれた。
それが、「いま、町に本屋をつくるとしたら」を実際にシミュレーションした思考実験だ。

いま、北海道に180ある市町村のうち、本屋のない自治体が60あるという。
人口1万3,000人強の浦河町はそのひとつ。
町には5つの小学校に生徒が660人、3つの中学校に400人の生徒がいる。
高校も看護学校も映画館もある。町には文化を受け入れる土壌があるのに、
かつては2店舗あった本屋も、数年前に店を畳んだ。
現状を憂えたまちづくり団体の人たちが、
町の活性化のために、本屋をつくる相談を久住さんに持ちかけた。
「子どもが走っていける距離に本屋があるべき」が、久住さんの持論。
北海道書店商業組合の理事長でもあった久住さんは、地域への思いも強い。
「それで、私なりに考えてみたんですよ……」と、笑みを浮かべて久住さんは言う。
思考実験とはいえ、リアリティも本気度もたっぷりである。
僕は、しぼみかけていた勇気を奮い立たせ、再び久住さんの話に耳を傾けた。

考えたプランは、2014年2月3日、浦河町の人たちに向けて発表、その様子が北海道新聞で取り上げられた(2月5日)。定員50名のところに70名の町民が集まり、「町の人たちの本屋への関心の高さを感じた」と久住さん。

町民による町民のための町民の本屋

いまの時代、本屋を始めるのは至難の業だ。
それが、ここ何か月か、本屋について勉強を始めて抱いた素朴な実感だ。
本屋には、大きく新刊書店と古書店がある。
新刊書店というのは、雑誌やコミック、文庫や新書、単行本を扱う、
要するに町で普通に見かける本屋のこと。
これをまともに正攻法で始めるには、
一坪あたり何十万円、ときには100万円を超えるお金がかかる。
店が大きければ、千万単位のお金がかかる。それなのに本の粗利は低い。
リスクは高いがリターンは低い。それが本屋という商売の現実だ。
お金をかけずに本屋をやる方法もあるにはあるけれど(古書店はそのひとつ)、
仕入れが制限され、品揃えは制約を受ける。
どちらの道を選ぶべきか、それが僕にとってひとつの大きな問題だった。

久住さんが示してくれたのは、「第三の道」とでも言える方法だ。
仕入れのルートを確保しつつ、リスクを小さく分散する。
と言うと、ドライでビジネス・ライクな言い方になるけれど、
多くの人を巻き込み、気持ちを少額の資金というかたちで提供してもらうやり方だ。

仮に、町の人500人が1万円ずつ、あるいは100人が5万円ずつ拠出くれたとしたら、
500万円の資金を集めることができる。
それを資本に本屋を始める。広さはせいぜい20坪、小さな本屋である。
内装は、地元の工務店の協力を仰ぐなどして極力お金をかけず、
500万円の初期投資のほとんどを、本の仕入れに充てる。
店の運営も町の人たちが担い、町の人たちに向けて本を売る。
町民による町民のための町民の本屋をつくるというアイデアだ。
久住さんの言葉を借りれば、「コミュニティ書店」である。

島田さんが、「そのやり方は、久住さんがやられてきたことですよね」と指摘する。
たしかに、友の会の「くすくす」やクラウド・ファンディングでやってきたことを、
町という地域に舞台を変えて行っていると見ればそのとおりだ。
なるほど、それが「コミュニティ書店」ということかと合点がいった。

おふたりの話に聞き入る、会場に集まった40名を超える人たち。「コミュニティ書店」のアイデアを、どう受け止めたのだろうか。

これはすごいアイデアだ――と、僕は思った。
広く出資を募るのは、株式会社の仕組みと何ら変わるところはない。
それは確かにそうなのだけれど、その方法で町の本屋を立ち上げる発想は僕にはなかった。
まさにコロンブスの卵。「第三の道」が開け、僕の視界はずいぶん明るくなった。

商売を諦め、「成長する本屋」を目指す

久住さん流「コミュニティ書店」を成り立たせるポイントは、
「本屋を商売として考えるのをやめる」というところにある。

本屋において、家賃と人件費はそれぞれ月商の1割程度に収めるのが定石とされる。
月に200万円の売上があったとして、160万円は仕入れの回収に充て、
40万円の粗利から家賃と人件費を払えば、それでも手元に残るものはほとんどない。
回収した160万円を再度仕入れに回しても、棚は元のサイズに戻るだけ、
同じ規模の棚を維持するのが精一杯だ。

商売として考えるのをやめると、そこにもう一手を加えることができる。
役場の空きスペースや町の未利用物件を無償で使わせてもらうことができれば、
家賃を浮かすことができる。そうすれば、その分を本の仕入れに充て、
棚に並ぶ本を毎月少しずつ増やし、本屋を成長させていくことができる。

これを可能にするのは、
「小さいけれども、町に本屋がある」ことに意義を見い出す町の人たちの意識だ。
本屋を「町に必要な機能」として捉え、町全体で運営をサポートする。
商売を諦めることで、町に本屋をつくり、本屋としての成長を目指す道がある。
それが久住さんの描いたシナリオだった。

僕が実際、どんな方法で本屋を立ち上げることになるかは自分でもまだ分からない。
久住さん方式にはとても大きな魅力を感じるけれど、
町の人の思いを、いきなり目に見える形で背負い込むのはちょっと怖い。
自分の力でもっと頑張ってみたい気持ちもあるし、商売としての可能性にも挑んでみたい。

久住さんからいただいたアイデアは、
むしろ、本屋を始めたあとでこそ活きてくるのではないかと感じている。
友の会にクラウド・ファンディング……。
本屋にできることはまだまだある、そう思うと、本屋の厳しい現実とも、
しっかり向き合っていけるような気がしてくる。

久住さんのにこやかな表情が印象的だ。
厳しい状況にあるはずなのに穏やかな物腰でいられるのは、
大勢の人に支えられ、何度も危機を乗り越えてきた自信のあらわれではないかと思う。
きっと、多くの人が本と本屋という場を必要としていることを、
危機に直面する最前線で実感し続けてこられたのだろう。
その姿に、僕はとても勇気づけられた。
本屋を巡る状況は厳しくとも、この思いを受け継いでいかねばならないと僕は感じた。

穏やかに力強く、本屋を守り続ける久住さん。力強い笑顔から、本屋でいられる喜びを感じずにはいられない。

冷めやらぬ興奮を胸に、島田さんと別れて札幌を後にする。
次に島田さんと訪ねたのは、広島の山間の小さな町で、
その名を全国に轟かせる「ウィー東城店」。
僕が本屋をつくろうとしている勝山から、クルマで1時間ほどの距離にある。
僕が見た田舎の本屋は、さながらレジャーランドのようであった。

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くすみ書房

住所 札幌市厚別区大谷地東3-3-20 CAPO大谷地(地下鉄東西線大谷地駅隣接)
電話 011-890-0008
営業時間10:00~22:00(2Fは21:00まで) 年中無休

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