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連載

神様が海を渡る。
真鶴で愛され、受け継がれる
〈貴船まつり〉の美

真鶴半島イトナミ美術館
作品No.009

posted:2017.1.19  from:神奈川県足柄下郡真鶴町  genre:旅行 / アート・デザイン・建築

sponsored by 真鶴町

〈 この連載・企画は… 〉  神奈川県の西、相模湾に浮かぶ真鶴半島。
ここにあるのが〈真鶴半島イトナミ美術館〉。といっても、かたちある美術館ではありません。
真鶴の人たちが大切にしているものや、地元の人と移住者がともに紡いでいく「ストーリー」、
真鶴でこだわりのものづくりをする「町民アーティスト」、それらをすべて「作品」と捉え、
真鶴半島をまるごと美術館に見立て発信していきます。真鶴半島イトナミ美術館へ、ようこそ。

writer profile

Shun Kawaguchi

川口瞬

かわぐち・しゅん●1987年山口県生まれ。大学卒業後、IT企業に勤めながらインディペンデントマガジン『WYP』を発行。2015年より真鶴町に移住、「泊まれる出版社」〈真鶴出版〉を立ち上げ出版を担当。地域の情報を発信する発行物を手がけたり、お試し暮らしができる〈くらしかる真鶴〉の運営にも携わる。

写真提供:真鶴町

夜の海に鳴り響く笛と、太鼓の音。花飾りを付けた4隻の船が、
剛腕たちの漕ぐ「櫂伝馬(かいでんま)」に曳航(えいこう)され、
大きく左右に揺れながら進んでいく。その中心に位置するのは「神輿船」、
時折「囃子船(はやしぶね)」から暗闇の海に飛び込む若者。
神輿船がちょうど港の真ん中にくる頃、その頭上に花火が打ち上がる……。

まるで何かの映画のワンシーンのような美しいその光景。
神奈川県真鶴町で毎年7月27日、28日に行われる貴船まつりのクライマックスだ。

「日本三船祭り」のひとつといわれる貴船まつりは、
真鶴の町民に古くから愛され、国の重要無形民俗文化財に登録されている。

その美しさはどこから来て、どう受け継がれているのか。
真鶴の人々のアイデンティティとも言える貴船まつりを取材した。

貴船まつりとともに育つ真鶴の人々

夜の海を船が渡る数時間前、まちなかではお神輿の担ぎ手の声が鳴り響いていた。

「そーりゃー!さー!そーりゃー!さー!」

掛け声に合わせ担ぎ手のテンションもどんどん上がる。
その荒々しさに初めて来た人は驚くだろう。
お神輿は2日間をかけてまち中を廻り、さらには海の中にも入る。
「みそぎ」といわれ、お神輿を海の中に沈め清めるのだ。

お神輿は全部で3基。そのうちメインの「本神輿」は、しきたりにより男性しか担ぐことができない。

海の中に入るお神輿。実は足がつかないぐらい深くなるため、立ち泳ぎする必要がある。

お神輿が進む道には、必ずその前に「花山車(はなだし)」と
「鹿島踊り」という出し物が通る。
どちらもお神輿が通る前に道を清めるのだという。
また、同時に「屋台囃子(はやし)」を乗せたトラックがまち中を廻り、
笛と太鼓で祭りを一層盛り上げる。

鹿島踊り。まだ小学生の子どもたちも一緒に踊る。お神輿とは対照的にゆったりとした踊りだ。

お神輿だけを見るとかなり荒々しいお祭りであるが、
祭り全体の参加者の年齢や性別はさまざまだ。
ここに、貴船まつりが江戸時代から町民に大事にされてきた理由があると、
貴船神社の宮司である平井義行さんは語る。

貴船神社の宮司である平井義行さん。平井家は平安時代から貴船神社の宮司を務めていると言われる。(撮影:MOTOKO)

「貴船まつりは町民みんなが参加できるお祭りです。
小学生の頃は鹿島踊り。年齢が上がると囃子太皷。
さらにあがるとお神輿、という風に順繰りにあがって、
だんだんお祭りの本筋のほうに入っていくという体系があるんです。
例えば鹿島をやっている子たちが、
“俺も来年になったら太鼓たたけるんだ”といった話をしたりします。
そうすると、先輩、後輩の関係ができあがる。
そういうつながりが綿々と未だに続いているんです」

こうして子どもの頃から貴船まつりとともに育ってきた人々の、
貴船まつりに対する思い入れは半端ではない。
真鶴の1年は貴船まつりを中心にしてあると言われ、
お祭りが近づくにつれまち中がソワソワしだすのだ。

「お盆や正月に帰ってこないような人も、この日に合わせて真鶴に帰ってきて、
同窓会やクラス会が開かれたりもします」と平井宮司は微笑む。

「こうした、いわゆる観光目的でない町民によるお祭りであることが国にも認められ、
平成8(1996)年には国指定重要無形民俗文化財にも登録されました。
親子でお守りする、貴船神社のように小さな神社が執り行うお祭りが、
国指定の文化財に登録されることは非常に珍しいことで、
これはひとえに多くの真鶴の人々が、祭を愛し育ててくれた賜物と、
深く感謝しています」

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お祭りは夜、クライマックスへ

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“静”と“動”があるお祭り

海でみそぎをすませたお神輿がお仮屋に奉安され、祭りの終焉を惜しむかのように、
夕暮れが少しづつ夜の帳に包み込まれる頃、お祭りはクライマックスへと向かう。
冒頭にあげた、神輿を乗せた船が海を渡る
「海上渡御(かいじょうとぎょ)」の始まりだ。
昼間のお神輿の荒々しさから一転して、真っ暗闇の海に船が浮かび、
花火が上がるその光景は幻想的で、この世のものとは思えないような美しさがある。

写真提供:真鶴町

船の隊形を説明する貴船神社の模型。先頭を行くのは「櫂伝馬(かいでんま)」と呼ばれる手漕ぎの船。次に続くのが豪華な飾りをつけた「小早船(こばやぶね)」。その後ろにお神輿を乗せた神輿船。最後に「囃子船(はやしぶね)」という、太鼓や笛を吹く人たちを乗せる船が続く。(撮影:MOTOKO)

「どこの神社もそうですが、例祭は神様の御魂(みたま)をお神輿に乗せて
まちの中を廻るものです。貴船神社の場合、
いまでこそ道路ができましたが、昔は目の前が海だったんです。
そういう状況の中で、神社のお神輿をどうやって
みなさんが住んでいるところに運ぶのか。
そこで“海上渡御”というものが始まりました」と平井宮司。

それぞれの船の役回りにも理由がある。
先頭の櫂伝馬を漕ぐのには大変な力が必要なため、力自慢の石材業に携わる人たち。
続く小早船は左右に大きく揺れ、船を操る技術が必要なため、漁業関係の人たち、など。
貴船まつりは決して観光のためのお祭りではない。
だから、すべてのことに必然性があり、多くのしきたりがあるのだ。

船が対岸に到着すると、いよいよ最後のお神輿の担ぎ上げだ。

「死んでも手を離さすんじゃないぞ!」

お神輿を率いる人たちが、海上渡御で花火に見とれていた担ぎ手の気を引き締める。
そして、108段ある貴船神社の階段を一気にかけ上がる。

「階段の下にはすごい人だかりができますよ。事故が起きないよう、
警察の規制も入ります。この階段は事故があるとおしまいですから。
でも、下から上がっていくのを見ながら、
みんなで手を叩いて応援すると力が湧いてくるんです」

写真提供:真鶴町

階段を駆け上がったお神輿は、神社の本殿の前で3回
「差し上げる」(掛け声をあげながらお神輿を持ち上げる)。
神社に「御霊を戻すぞ」と知らせたあと、ようやく神輿を座らせる。
すると、あれだけ盛り上がっていた大勢の担ぎ手が一気に静まり、
鉢巻をとって、頭を下げる。
平井宮司が、お神輿から御霊を人目に触れぬよう、袖で包み込み、本殿に戻す。
そのあいだ、神社には神職の「オォォォォォ」という
警蹕(けいひつ)の声だけが響き渡る。

貴船まつりは「感謝のお祭り」だと、平井宮司は言う。

「貴船まつりは、日々の営みに感謝し、
また神様にご加護いただくことに感謝するという相互関係が、
より親密に発展したものです。
観光のためのお祭りだとずっとハイテンションで終わってしまいますが、
貴船まつりはそうではありません。
祭りの要所要所に、爆発するエネルギーの“動”と、神様と対面する“静”がある。
そこが大切なところです。神様がちゃんとそこにいるんですね」

御霊が本殿に戻り、鹿島踊りが港の対岸に鎮座する
津島神社(お天のうさん)の前で奉納された後、
2日間にわたるお祭りは終わりを告げる。
翌朝には提灯が外され、何事もなかったように日常に戻る。

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漁師たちが担ってきた花飾り

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受け継がれていく伝統

貴船まつりの美しさを支える技術は、どうやって受け継がれているのか。
田澤治彦(たざわはるひこ)さんは、18年にもわたり
「小早船」の責任者を務めてきた。小早船は神輿船を先導する船。
代々漁師の定置網を行う人たちが担ってきた。

小早船の責任者を務める田澤さん。貴船祭りにはそれぞれの役で責任者がいる。

「6月のはじめ頃、神社の倉庫から船を下ろすところから準備を始めます。
船を組み立てるのはもちろん、花の飾りつけまで全部やる必要があります。
どれも図面なんてものが存在しないから、いままで経験した記憶でやっています」

港を進む小早船。東と西で2隻ある。

小早船の花飾りの数は実に約3500個。
竹に穴を開けて、そのひとつひとつに糸を通して飾る。
それ以外にも、350個の提灯に短冊をつける作業や、
それだけの船上の飾りとバランスを保つために、
船下に重りを乗せる作業も必要になってくる。
その数はなんと50キロの砂袋を240個だという。

「私は18年責任者をやってますけど、最初の頃は定置網の漁師だけでも
35人ぐらいいたんですよ。いまでは15人。
とても漁師だけで受け継いでいくのはきびしいです。
去年(2015年)から、一般の方の募集も始めました。
最初ははなかなか人が集まらなかったんだけど、今年は毎日手伝いに来てくれたね。
延べ人数でいうと120人ぐらいかな」と田澤さんは語る。

そうまでしてなぜあれほどたくさんの飾りをつけるのか。
あの美しさはどこから生まれるのか。

「神様が通るところは、海でも丘でも、先に清めていく必要があるんです。
ここが神様の通り道です、と。海の上の場合、小早船が神様が通るところを
美しい花飾りで清めてあげる。神様への感謝っていうのかな。
そういうのには、飾ったほうがきれいにみえるでしょ?」

前出の平井宮司もまた、こう話す。

「真鶴は昔から小さな村落で、仕事のほとんどが漁業であったり、石材業でした。
石材も山から切り出したものを船で運ぶ必要がある。
だから海というものが基本にあったんです。
船底1枚下は地獄と言われ、即死に結びつくものと考えられていた。
そういったなかで、1年間漁ができたことや、
石材の運搬の仕事ができたことを神様に感謝する。そういうお祭りなんです」

貴船神社に静かに佇む旧本殿。(撮影:MOTOKO)

“静”と“動”。美しさと荒々しさ。相反するものが同居する貴船まつり。
それは意図的につくられたものではない。
海の上で死と向き合い、自分を鼓舞するための心と、
1年間生かしてくれたことへの神様への感謝の心。
このふたつの心から、真鶴の人たちの間で自然に湧き上がったお祭りだ。
だからこそ、その思いは江戸時代から脈々と受け継がれ、
きっとこれからも真鶴の人たちの心の中心にあり続け、
子から孫へとバトンタッチされていくことだろう。

information

map

貴船神社

住所:神奈川県足柄下郡真鶴町真鶴1117

TEL:0465-68-0066

http://kibunejinja.com/

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