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連載

真鶴の暮らしの風景に表れる
『美の基準』とは?

真鶴半島イトナミ美術館
作品No.003|Page 1

posted:2016.10.18  from:神奈川県足柄下郡真鶴町  genre:暮らしと移住 / アート・デザイン・建築

sponsored by 真鶴町

〈 この連載・企画は… 〉  神奈川県の西、相模湾に浮かぶ真鶴半島。
ここにあるのが〈真鶴半島イトナミ美術館〉。といっても、かたちある美術館ではありません。
真鶴の人たちが大切にしているものや、地元の人と移住者がともに紡いでいく「ストーリー」、
真鶴でこだわりのものづくりをする「町民アーティスト」、それらをすべて「作品」と捉え、
真鶴半島をまるごと美術館に見立て発信していきます。真鶴半島イトナミ美術館へ、ようこそ。

writer profile

Shun Kawaguchi

川口瞬

かわぐち・しゅん●1987年山口県生まれ。大学卒業後、IT企業に勤めながらインディペンデントマガジン『WYP』を発行。2015年より真鶴町に移住、「泊まれる出版社」〈真鶴出版〉を立ち上げ出版を担当。地域の情報を発信する発行物を手がけたり、お試し暮らしができる〈くらしかる真鶴〉の運営にも携わる。

credit

Supported by 真鶴町

photo:MOTOKO

“生活風景”を残すために

真鶴の港を上から望むと、 港を中心にすり鉢状に家々が広がっているのがわかる。
屋根の色は赤や青、緑とさまざまだが、地形に沿って家が並び、
大きなマンションが空に突き出したりはしていない。
さらにひとつひとつの家と家の間をよく見ると、そこにはなんらかの緑がある。
「絶景」とは言い難いが、どこか安心する、懐かしい風景。

もしもこの風景が、20年後も、30年後も同じまま残っていくとしたら……?
その風景の価値はいまよりもさらに上がっていくだろう。
その可能性が真鶴には大いにある。『美の基準』があるからだ。

1993年に制定された『美の基準』。その内容が評価され、世界デザイン都市サミットにも招聘されたことがある。(photo:MOTOKO)

『美の基準』は景観条例のひとつとして捉えられることが多い。
しかし、実際は景観に限ったものではないし、規制するものでもない。
『美の基準』は“真鶴らしさ”をまとめた規範であり、
より広い意味での景観、「生活風景」を残すことを目的としているのだ。

美の基準は69のキーワードからできている。
例えば、「小さな人だまり」というキーワードのページを開いてみよう。

キーワードはどれも口に出して読みたくなる言葉ばかり。「小さな人だまり」「静かな背戸」「終わりの所」など。(photo:MOTOKO)

そこには、写真やイラストを交えながらこんな説明がある。

人が立ち話を何時間もできるような、
交通に妨げられない小さな人だまりをつくること。
背後が囲まれていたり、真ん中に何か寄り付くものがある様につくること。

これらは真鶴にとって“真鶴らしさ”であるかもしないが、
実はかつて日本のどのまちにもあったはずの、失いかけているものでもある。
『美の基準』ができて約23年。未だにファンは多く、
『美の基準』が好きで真鶴に移住を決めた人が多くいる。
人を惹きつけてやまない魅力が『美の基準』にはあるのだ。

『美の基準』の中でもとくに印象的なキーワード、「実のなる木」。庭にはみかんなどの実のなる木を植えることを推奨している。(photo:MOTOKO)

マンション建設反対のための手段

1980年代後半、日本はバブル景気に沸いていた。
政府が開発を奨励するリゾート法を制定したことにより、
真鶴の近隣である熱海や湯河原にも次々とマンションが建ち始める。
多くは人が住むためではない。
地価がどんどん上がっていくなかで、投資目的の建設が多かったという。

「当時、真鶴町役場にも大量の建設計画が持ち込まれ、
毎日のようにスーツを来た人たちが押しかけてきていました。
僕はまだ別の課にいたのですが、対応に苦慮しているのは見ていました。
自分が担当になったらあの対応をやらなければいけないという、
覚悟のようなものは持っていましたね」
そう語るのは、現在『美の基準』担当のまちづくり課課長を務める岩本幹彦さんだ。

岩本さんは『美の基準』が施行されて12年後、2005年から『美の基準』の担当になる。担当になる前から、『美の基準』自体の策定の過程を手伝ったりもしたという。

真鶴がほかの地域と違ったのは「水」だった。
もともと水源に乏しい真鶴は、隣の湯河原町から一部の水を買っていた。
たびたび断水もあったという。そのため町民は、マンション建設により
人口が増え、さらに水が不足することを懸念していたのだ。
「マンションを建設するかどうか、当時まち中で政治が語られていました。
そんななか、町長選ではっきりとマンション建設に反対を掲げた
三木邦之さんが選ばれたんです」

「三木町長についていけば間違いない」、と言われるほど
カリスマ性を持つ三木町長は、就任3か月の速さで「給水規制条例」を制定する。
「ある一定規模以上の開発に対して新たな水の供給を行わない」というものだ。
開発を進めようとする国の施策と正反対をいくこの条例はニュースになり、
真鶴町は一躍有名になる。

しかし、これだけでは事業者から裁判を起こされてしまえば負ける可能性のある、
危うい条例であった。そこで次の一手としてできたものが、
『美の基準』を含む「まちづくり条例」である。

真鶴のまちを上から見ると、家と家の間に緑が多いことに気づく。建築と建築の間に花や緑を置き、スペー スを豊かにすることも『美の基準』で推奨される。

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