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odekake

江差町の〈斉藤籠店〉
東北や道南の竹でつくられた
毎日使いたくなるかご

おでかけコロカル|北海道・道南編

posted:2017.11.8  from:北海道檜山郡江差町  genre:旅行 / ものづくり

〈 おでかけコロカルとは… 〉  一人旅や家族旅行のプラン立てに。ローカルネタ満載の観光ガイドブックとして。
エリアごとに、おすすめのおでかけ情報をまとめました。ぜひ、あれこれお役立てください。

photographer profile

YAYOI ARIMOTO

在本彌生

フォトグラファー。東京生まれ。知らない土地で、その土地特有の文化に触れるのがとても好きです。衣食住、工芸には特に興味津々で、撮影の度に刺激を受けています。近著は写真集『わたしの獣たち』(2015年、青幻舎)。
http://yayoiarimoto.jp

writer's profile

Akiko Yamamoto

山本曜子

ライター、北海道小樽生まれ、札幌在住。北海道発、日々を旅するように楽しむことをテーマにした小冊子『旅粒』発行人のひとり。旅先で見かける、その土地の何気ない暮らしの風景が好き。
旅粒
http://www.tabitsubu.com/

credit

取材協力:北海道観光振興機構

ニシン漁で栄えた港町の老舗店

ずらりと積み重ねられた手編みの竹かごと
竹のいい香りが出迎えてくれる〈斉藤籠店〉は、
江差町で3代続く製籠店を引き継いで営まれています。

年季の入った店の引き戸を開ければ、
きっと、かご好きな人ならひと目で参ってしまうはず。

「これは一升瓶を入れるかご。昔はお酒の量り売りをしていたから。
これは石鹸かご、そっちの大きいのは洗濯物や衣類を入れるかごね。
雑誌入れに使ってもいいですよ」

店主である元気なお母さん、斉藤純子さんのかごの知識や歴史のお話を聞けば、
さらに参ってしまうはず。

取材に訪れた時は売り切れていた、道南に生える根曲り竹で編まれたじょうぶなかご。竹かごは使い込むと、飴色に輝くのだそう。「重いものを入れられるし、毎日の買い物にも使えますよ。かごは手で撫でて育てるんです」

江差の歴史をひも解く

函館駅から車で1時間半。日本海に面した、
道内でも最も古い歴史を持つ港町のひとつ、江差町。
檜材交易や北前船、ニシン漁で栄え、
1216年創建と伝わる〈姥神大神宮〉の勇壮な山車祭りで知られています。

歴史的建造物を生かしたまちづくりが行われ、
姥神大神宮前に延びる〈いにしえ街道〉には
築160年の旧家〈横山家〉邸宅や国指定重要文化財の〈旧中村家住宅〉が軒を連ね、
そぞろ歩きながらかつての繁栄を体感することができます。
その街道沿いに建つ、1930年築の重厚感ある斉藤籠店を訪ねました。

左は底が高く編まれ水切りできる長ワンかご(4000円)、奥は収納に使えるかご(3800円)、右は茶碗かご(4550円)。すべて弘前の細竹製品。

茹でたものをあけるのに、テーブルまわりの小物をまとめるのに、食器の水切りに。
さまざまな使いみちのある竹かごは、
道南でとれる竹を使う松前郡福島町の職人さんと、
岩木山の細竹で編む青森県弘前市の職人さんのふたりに頼んで
つくってもらっています。手仕事が生きたかごは、たわしでどんどん洗ってよし。
水につけたあとは日に当てて干し、きちんと乾かせば、ずいぶん長くもちます。

「もったいないって言わないでどんどん使ってほしいですね」

と語る、店主の純子さん。

鯛のお頭つきを入れて運んだという、初代の手がけた美しいかごは100年もの。

かごは、漁業でも農業でも必需品だった

お店の建物ができる前から、弘前出身の初代、
斉藤民さんがかごづくりを手がけていたと伝わる斉藤製籠店は、
100年を超える歴史を持っています。
漁業や農業が盛んな江差でプラスチックや発泡スチロールのなかった時代、
いくらの水切りをするのはもちろん、芋掘りなどの農作業など、
あらゆる場面で使われていたのが竹かごでした。

「昔はどこの農家でも、自分の家のかごは自分たちでつくっていましたね。
初代の故郷の弘前は竹かごの産地で、
冬場はみんな囲炉裏のそばでかごをつくっていたそうですよ」

お店の壁には純子さんの旦那さまで、3代目職人だった故 斉藤弘文さんの写真が。注文を受けて弘文さんがもっぱらつくっていたのは、あじろ編みのいくらの水切りかごでした。

斉藤製籠店は、一番多い時には10人近くの職人が
店先にびっしり座ってかごを編んでいました。
その中には住み込みの人もいたのだそう。

「昔は需要がかなりあってどんどん注文が入るから、
家の人たちがみんな作業をしていたんです。
子どもたちも学校から帰ってきたらすぐ手伝うような環境でした」

やがて時代の変化とともにプラスチックが導入されると、
その風景も変わっていきます。
純子さんが東京に暮らしていたとき、かごの注文が減ったため
江差から仕事に出てきていた3代目の斉藤弘文さんと出会い、結婚します。
1978年に一緒に江差へ戻り、斉藤製籠店の跡を継ぎました。

10年来愛用しているという純子さんのかご。パンも崩れないので毎日のお買い物にぴったり。いい色合いに変わってきています。

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店を継続するためには……

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「3代目のうちの夫が跡を継いだ頃は、当時まだ現役だった2代目とふたりで、
店先でずーっとかごを編んでいましたよ」

と振り返る純子さん。
店頭横にある、20畳もの畳間でかごをつくる職人の姿は、
2006年に弘文さんが亡くなって以来絶えていますが、
ここでかごを売り続けたいという思いから純子さんは「斉藤製籠店」を廃業させ、
新たに〈斉藤籠店〉の店主としてお店を受け継ぎます。

「自分のところでつくったかごがないのはやっぱり悔しいけど、
選ぶのはお客さんだから」と笑顔を見せてくれました。

かご使いの達人、純子さんの台所には使い込まれた普段使いのかごがずらり。プラスチックにはない、自然のものならではの温かみが感じられます。

長年使われてきた行李やかごも美しい佇まいに。道路の拡張に伴って曳家(ひきや)し、お店の裏手につながる自宅は、厚沢部の〈鈴木木材〉の道産木材を使って建てられています。

なぜ、沖縄のローカル食材が?

お店には、かごのほかにも純子さんが自信を持っておすすめする沖縄の食品がずらり。

実は、沖縄出身の純子さん。お店を続けるにあたって、
自分の故郷の食品や雑貨を扱い始めました。

「北と南で、極端でいいでしょ? このあたりにはほかに売っているお店がないし、
観光用のお土産じゃなくて、地元の普段使いの食品だけを並べてるの。
困ったら私が食べてもいいような、そんな気持ちで売っています」

ほかに、江差町名物の〈かもめ島せんべい〉や、
純子さん撮影の江差町ポストカードの取り扱いも。

「沖縄より、江差にいるほうが長くなりましたね」。歴史あるお店を受け継ぎ、今日も軽快なトークを振りまく純子さん。明るい笑顔に元気をもらえます。

「かごって、あれば何でも入れられちゃうんです。散らかさないからいいですよ。
手づくりだからみんな形が違うので、ひとつずつ比べてみてね」

まちを支えてきたかごの歴史と魅力を伝える斉藤籠店。
ちょっとかさばっても持ち帰りたくなる、
毎日使いたくなる、そんなかごに出会えるお店です。

information

map

斉藤籠店

住所:檜山郡江差町姥神町112

TEL:0139-52-0422

営業時間:8:00〜18:00

定休日:不定休

駐車場:なし

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