連載
posted:2016.12.29 from:岩手県西和賀町 genre:暮らしと移住
sponsored by 西和賀町
〈 この連載・企画は… 〉
岩手県の山間部にある西和賀町。
積雪量は県内一、人口約6,000 人の小さなまちです。
住民にとって厄介者である「雪」をブランドに掲げ、
まちをあげて動き出したプロジェクトのいまをご紹介します。
editor’s profile
Tamaki Akasaka
赤坂 環
あかさか・たまき●フリーライター。岩手県盛岡市在住。「食」分野を中心に、県内各地を取材・原稿執筆。各種冊子・パンフレットの企画・構成・編集も行うほか、〈まちの編集室〉メンバーとして雑誌『てくり』なども発行。岩手県食文化研究会会員。
credit
撮影:奥山淳志(人物など)
西和賀町に移住する人も、岩手に移住して初めて農業を始める人も、
いまでは珍しくなくなった。
でも渡辺哲哉さんのように、「西和賀町で農業を始める人」はけっして多くない。
しかも当時住んでいた東京から移住したのは、
「Iターン」という言葉がまだ一般的でない、20年前のことだ。
農業を始める人のきっかけが、「こんな作物をつくりたい」
「自分でつくった作物を食べたい」「こんなスタイルの農業に挑戦したい」というなかで、
渡辺さんのそれは、「『耕す暮らし』を追究したい」だった。
「大学生の時に哲学者ハイデガーの現代思想と出合い、
『自由な存在のあり方を取り戻せる、理想のライフスタイルとは何か』ということへの
関心が高まった。行き着いたのが『耕す暮らし』だったんです」
宮沢賢治の世界観のイメージもあって、就農する場所として岩手県は有力候補だったが、
「平野が広がる内陸筋は、ある意味関東圏と違いが少ないような気がした」ことから、
奥羽山系や北上山系がいいと思っていた。
そんなとき、知人の紹介で西和賀町沢内を訪れ、
茅葺き屋根が似合う田舎らしい景観に魅了されて移住を決意。
農業で生計を立てている専業農家が多い点も、新規就農者としては安心だった。
とはいうものの、当時から今まで、苦労は数え切れないほど多い。
自然相手のことなので、思うようにいかないのは当たり前。
また、移住当初は独身だったので生活はシンプルだったが、
結婚して子どもが生まれると経済面の悩みや子育てなどの家仕事も加わり、
冬場家族を置いての他県への出稼ぎの辛苦も味わった。
そんななかでありがたかったのは、
まちの人たちが渡辺さんを「地域の人」として受け入れてくれ、見守り、
困った時には助けてくれたこと。
「移住当時、田畑を借りていた家の70歳過ぎのおばあちゃんが
隣の集落から自転車で毎日通ってきて、農作業を手伝ってくれ、
地元に生きる術を授けてくれたことは忘れられないですね」と懐かしむ。
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渡辺農園の主力は、西和賀町の特産品である切り花のりんどう。
そのほか農薬や化学肥料を使わないで米・にんにく・小麦・ブルーベリー・たらの芽もつくり、
主にインターネットで販売している。
それでもこれらの農業収入だけでは家族を養うのは難しいので、
冬は、県の機関で田畑の土壌の成分分析のアルバイトも。
「実は農協経由で出荷するりんどうは経営面では安定しており、
これだけに注力すれば所得を上げる効率性はいいのかもしれません。
でも農薬を使わない食べ物の生産部門は、
りんどうなどの季節を限定されるものと違って、
加工品をつくるなどして仕事のできる期間を延ばせるし、
私にとって『理想的な生き方』につながるものなので、なくすことはできません」と言い切る。
渡辺さんの自宅の周囲には、
低い山々に囲まれた1町歩(10,000平方メートル)余りの広大な田畑が広がる。
雪のない4月から11月の限られた期間に、
ここをほぼひとりで切り盛りするという渡辺さんだが、そこに徒労感や悲壮感はない。
むしろ、「この自然豊かな山間地で子どもたちが五感をフルに働かせて
のびのび過ごす姿を見て、西和賀に来てよかったと実感する」という言葉に、
人生の選択が正しかったことへの自信さえうかがえる。
日本の農業は、集落営農組織化やTPPなど変化の波にさらされている。
そんななかで渡辺さんはいま、中山間地の小規模農業者ならではの農業スタイルで
波の中を生き抜く可能性を探る。
それは、西和賀というまちが生き抜く可能性とも重なるのでは、と渡辺さんは考えている。
information
渡辺哲哉さん
1962年広島市生まれ。信州大学卒業後、東京の出版社に就職して医学・看護学書の編集に携わる。1996年4月に西和賀町沢内に移住。2002年に結婚し、中学1年生・小学5年生・小学1年生の3人の子どもの父。
◎あなたにとって「ユキノチカラ」とは?
雪はやっかいな存在ではあるけれど、ほかのどことも違った個性あるここ西和賀がまさに西和賀たるあかし。人や土地の持つたくましさの源のように感じます。
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