連載
posted:2024.3.4 from:福島県双葉郡大熊町 genre:暮らしと移住
PR 大熊町
〈 この連載・企画は… 〉
ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。
writer profile
Haruna Sato
佐藤春菜
さとう・はるな●北海道出身。国内外の旅行ガイドブックを編集する都内出版社での勤務を経て、2017年より夫の仕事で拠点を東北に移し、フリーランスに。編集・執筆・アテンドなどを行う。暮らしを豊かにしてくれる、旅やものづくりについて勉強の日々です。
photographer profile
Yuji Nakajima
中島悠二
なかじま・ゆうじ 写真家。神奈川県出身。主に建築やロングトレイルを軸に、幅広く撮影。みちのく潮風トレイルの撮影をきっかけに東北に縁ができ、2021年に福島県楢葉町(海のそば)に移住。写真に限らず、ふくしま浜街道トレイルをはじめ、広く地域の活動に関わる。最近、サーフィンをはじめました。
福島県の太平洋沿岸、「浜通り」に位置する大熊町は、
2011年3月11日に発生した東日本大震災に起因した
東京電力福島第一原子力発電所の事故により、
全域が「避難指示区域」および「警戒区域」となった。
全町民11505人が避難生活を余儀なくされたが、
震災から約8年後の2019年にはまちの一部である「大川原地区」と「中屋敷地区」、
2022年にはかつてのまちの中心部だった
「下野上地区を含む特定復興再生拠点」の避難指示も解除され、
新しいにぎわいを生み出すための整備が進んでいる。
この大熊町で、2023年3月から農業を始めたのが、フランス出身のブケ・エミリーさん。
イラストレーターとしても活躍しながら1.7ヘクタールの農地を借り、
果樹やハーブ、根菜などの栽培を始めた。
「ラズベリー、ブラックベリー、ブルーベリー、じゃがいも、カラント、コウゾ、ミント、
ラベンダー、ドングリ……何でも、いろいろ植えています。
何がうまくいくかいかないか、やってみることが大事ですよね」
農業は独学。「自然や生き物を大事にしたい」という想いがあり、
農薬や化学肥料を使わない自然農法やパーマカルチャーの情報を
インターネットで集めながら取り組んできた。
「農薬は使いません。だから今年できたじゃがいもは小さかったけど、悪いことじゃない」とエミリーさん。土地のありのままの力でできるものを育てるのが、
あまの川農園の魅力だ。
「農園を通じて、自分の周りの自然とか、
食べているものを大事にすることを伝えられたらと思っています。
自然は私たちがいなくても大丈夫だけれど、
私たちは自然がないと生きられないから。
作物や土にかかった農薬は簡単に消えるものではないですからね」
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エミリーさんが来日したのは2011年。当初は関東を拠点にし、
フランス語教師として働いていた。
そこで福島市出身の生徒と出会ったことが、エミリーさんと福島との縁を深めていく。
「それまでは福島にネガティブなイメージをもっていたんです。
どうしても原発のイメージがあって。
でも彼女がやさしい生徒さんで、すごく仲良くなって。
福島は彼女の生まれた場所だから、私がどうして福島が嫌なのかをちゃんと考えよう、
まずは行ってみようと思ったんですね」
そうして2018年、生徒に福島のおすすめの場所を聞き、訪れたのが「会津」。
塔のへつり、五色沼、鶴ヶ城などを巡った。
「行ってみたら、すごく良かった。本当に楽しかった。
車窓から見える赤い屋根や青い屋根の民家が並んでいる景色もすごく好きで。
それから毎年福島へ行くようになりました」
旅行から戻ってからは、「少しでも福島のことを知らせたい」と
会津地方の郷土玩具「赤べこ」のイラストを描き始めたエミリーさん。
2020年には福島全域の名産や見どころを描いた福島マップを制作し、
2021年には会津若松に移住した。
浜通りを初めて訪れたのは、会津在住時の2021年。
福島マップ制作の際に双葉町の「双葉ダルマ」を描いたことから、
いつか双葉町に行ってみたいと思っていたという。
「双葉町の前田の大杉を見て、
浜通りで農業がやりたいってインスピレーションが湧いたんです」
そこからは一念発起。浜通りで農業に携わる人に話を聞こうと、知人を辿り、
いわき市のワンダーファーム代表・元木寛さんと出会った。
元木さんは大熊町出身で、浜通りでの多くの縁をつないでくれたが、
さまざまな選択肢のなかからエミリーさんは大熊町で農業を始めることを決意する。
「大熊町に初めて来たときに、感動したんです。
町交流ゾーンには暮らしに必要なものがコンパクトにまとめられていて、
町民のためによく考えたなって思いました。今でもそう思っています。
老人ホームも近くにあって、歳を重ねてからも自分で生活できる環境が整っている。
暮らしやすい印象がありました」
農業をしたいと役場へ申請し、紹介してもらったのは、
震災前、畑と田んぼとして使われていた土地。
「田んぼには水がたくさん溜まっていて、どうしよう……とも思いましたが、
ここならほかの人の邪魔にならないと思って、全部借りますって言いました。
例えば隣り合う畑で除草剤を使用する農業をやっていたらお互い迷惑になってしまう。
この土地を全部借りればその心配はないし、景色もすごくいいと思って」
広大な土地を耕すことに不安がないか問うと、
「強風で木が倒れてしまったり、びっくりすることはたくさんあるけど、
農業をやろうという気持ちのほうが勝っているので不安はない」とエミリーさん。
いずれは季節に応じ、あまの川農園の一部を開放したり、
ガイドツアーをすることも考えている。ただしあくまでも少しずつ、が彼女流だ。
「ゆっくりできる場所にしたい。私だけじゃなくて来てくれる人にとっても」
と考えているからだ。
「原発の問題を難しく考えがちですが、
もっと楽な気持ちで福島に来てほしいなと思います。
普通に浜通りに来て、普通に生活している人と話して、普通に楽しい時間を過ごしてほしい」
天気がいい日は天の川も見えるだろう広い空の下、
少しずつ、少しずつ土地を耕していくエミリーさん。
やさしく明るいまちの未来を想像できる芽吹きが大熊町に生まれていた。
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あまの川農園
Web:Instagram
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大熊町への移住補助
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