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連載

ゲストハウスから空き物件の紹介まで。
歩いて楽しいまちを目指す
〈ワカヤマヤモリ舎〉

Local Action
vol.204

posted:2023.4.17   from:和歌山県和歌山市  genre:活性化と創生 / アート・デザイン・建築

〈 この連載・企画は… 〉  ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。

writer profile

Aya Hemmendinger

ヘメンディンガー綾

へめんでぃんがー・あや●大阪生まれ。出版社勤務等を経て2012年よりフリーランス。核融合からアートまで幅広い分野で執筆。紀伊半島南部の隠れた名所をフィーチャーしたフォトブック『南紀熊野Route42国道42号線をめぐる旅』(青幻舎)を上梓、和歌山愛が溢れて2022年から和歌山に移住。築80年の古民家をセルフリノベしたお宿「バカンスの家」も近々オープン。

photographer profile

Itsuko Shimizu

清水いつ子

しみず・いつこ●和歌山県出身。フォトグラファー。細々と撮り続けて20年。雑誌やwebを中心に、旅と日常、食、ライフスタイル、手しごとなどを撮影。2009年にUターン。旅好きのインドア派。金継ぎ歴15年。@itsukophoto

古いビルをリノベーションして複合ゲストハウスに

和歌山市の中心部にある〈Guesthouse RICO〉(以下、RICO)は
5階建てのビルに宿泊、賃貸アパート、コワーキングスペース、
バー&ダイニングなど複数の機能を併せ持つゲストハウスだ。

数日間の旅行のために滞在する人もいれば、仕事のために数か月単位で長期滞在する人、
週末だけ過ごす学生や、ふらっとコーヒーを飲みにくる人もいる。
「RICOに行けば、おもしろい人やコトに出会える」と認識している地元の人も少なくない。

2015年のオープン以来、人が途絶えない、まさにコミュニティの渦のような場所。
だから「僕はゲストハウスをするつもりはなかったんです」と、
オーナーの宮原崇さんが語るとちょっとびっくりしてしまう。

宮原さんは、和歌山県和歌山市出身。
地元の大学で建築を学んだあと、神戸と大阪で建築事務所に勤務。
一級建築士の資格を取得し、独立しようかなと思っていたなか、
「リノベーションスクール@和歌山」に参加したのがすべての始まりだ。

RICOを運営するワカヤマヤモリ舎代表の宮原崇さん。ゲストハウス運営とまちづくりの企画・運営の傍らで設計の仕事も手がける。

RICOを運営するワカヤマヤモリ舎代表の宮原崇さん。ゲストハウス運営とまちづくりの企画・運営の傍らで設計の仕事も手がける。

「独立するとしても、設計だけを生業にするよりは
自分で手を動かして、古い建物を改修したり、
そこに新しいコンテンツが入るようなことができればと思っていたんです。
そんなときにリノベーションスクールが和歌山市で開催されると知って
寂れつつある和歌山のために何かできたら、と思って参加しました」

リノベーションスクールは、遊休不動産を活用した事業計画を
チームで作成する短期集中型のワークショップ。
全国規模で展開され、実際に事業展開につながる実例もたくさんある。
宮原さんたちが担当することになった建物、
つまり現在〈RICO〉が入居するビルは、
タクシー会社が所有して、長年アパートとして使われていた。

RICOが入居するユタカビル。1階はゲストハウスのロビー、コワーキングスペース、バー&ダイニング、2階と3階が賃貸アパート、4階から5階がゲストハウス。

RICOが入居するユタカビル。1階はゲストハウスのロビー、コワーキングスペース、バー&ダイニング、2階と3階が賃貸アパート、4階から5階がゲストハウス。

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ゲストハウスから地域づくりまで

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成功の鍵は、建物のヒストリーを汲んだリノベーション

もともとアパートで人が生活できる機能があり、近隣の和歌山大学に観光学部があること、
また最寄りの空港にLCCが就航し、これから観光客の誘致が期待できるなどの理由から、
宮原さんたちのチームは、この建物をゲストハウスにし、
そこを拠点としてエリアマネジメントを手がける
〈株式会社ワカヤマヤモリ舎〉を設立することにした。

「1階は飲食とコワーキングスペースにしてまちに開いて、
上には地元の大学に通う学生が住む。
そんな複合的な場所がいいんじゃないかというプランをチームで考えました。
僕は当時、ゲストハウスには一度も泊まったこともなかったので、
運営というよりは、設計をメインにして
エリアマネジメントをしていくイメージだったんですよ」

RICOのカフェスペース。むき出しの天井と、木材が不思議と調和して温かな雰囲気に満ちている。

RICOのカフェスペース。むき出しの天井と、木材が不思議と調和して温かな雰囲気に満ちている。

事業化にむけてプロジェクトを進めるなか、
宮原さんの先輩の紹介で仲間に加わったのが麻里さんだ。
学生時代から地域の活性化に関わりたいと考え、
大学卒業後、まちづくりコンサルタントや神戸市役所の臨時職員などを経て、
商業施設コンサルタントのプランナーとして経験を積んだ麻里さん。

兵庫県西宮市で育った麻里さん。両親は和歌山市の出身。現在は崇さんと公私ともにパートナー。

兵庫県西宮市で育った麻里さん。両親は和歌山市の出身。現在は崇さんと公私ともにパートナー。

「ただゲストハウスを運営する話なら、私は参加していなかったと思います。
でもゲストハウスを手段として、このまちを元気にするという
そのビジョンに共感したんです」

長期滞在が可能なキッチンつきのプライベートルーム。

長期滞在が可能なキッチンつきのプライベートルーム。

レトロな趣がいい味を醸し出している。

レトロな趣がいい味を醸し出している。

ドミトリールームはシャワー、トイレ、洗面は共同。

ドミトリールームはシャワー、トイレ、洗面は共同。

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シェアハウス、花屋、ベーグル店に発酵のお店まで!

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ゲストハウスから始まるまちづくり

ある日、〈RICO〉が入るビルが生まれ変わる様子を
つぶさに見ていた近所の人がふたりの元を訪れた。
〈RICO〉のすぐそばある築57年の2階建ての木造アパート〈希望荘〉のオーナーが
「建物をうまく活用できないか」と相談を持ちかけてきた。

そこで「まずは場所を知ってもらうために、マルシェを開催しましょう」と
宮原さんたちは提案した。

「マルシェをきっかけに、そこをゲストハウスにしたいという人も現れましたが
いろいろ難しくて。もう一度マルシェを開催した後、
結局うちがその建物を借りてシェアハウスを運営することになりました」

こうして〈株式会社ワカヤマヤモリ舎〉としての
エリアマネジメントは本格化していった。

空き物件を開拓し、店をひらきたい人とつなぐ

和歌山県は若い世代の県外流出が多いが
一方で、東京と和歌山という2拠点生活をする人がちらほら出てきたタイミングだった。
〈希望荘〉は、宮原さんが設計を手がけて風呂、トイレ、部屋の一部を一新。
飴色になった古い柱や階段などはそのままに、レトロな風情を残している。

良心的な家賃に加えて、家具や家電が揃っている利便性もあり
現在は7部屋中、6部屋が埋まっている人気ぶりだ。

この〈希望荘〉を皮切りとして〈RICO〉から徒歩数分の圏内に、
カフェ+花屋〈balder coffee+bois de gui〉、カフェ〈Cobato Parlour〉、
姉妹店のベーグル店〈COBATO BAKE FACTORY〉、
発酵をテーマにした〈三木町発酵ビルヂング〉など、
ここ数年で合計7店舗が相次いでオープンしている。

これらはすべて〈株式会社ワカヤマヤモリ舎〉が
店を開きたい人たちに空き物件を紹介してきた成果だ。

「建物って一度壊してしまったら、そこに何があったかなんて
すぐに記憶からなくなって、まちの歴史やストーリーも消えてしまう。
ただ新しいお店ができるだけでなく、
そういったものが残るまちのほうが魅力的に感じます。
でも空いた物件の全部で僕らが事業をするわけにはいかないので
エリアの歴史やストーリーを引き継いでくれる人に物件を紹介しています」
と宮原さんは言う。

宮原さんたちが空き物件を紹介し、2021年4月にオープンしたフラワーショップ〈bois de gui〉とカフェ〈balder coffee〉。(photo:Yoshiki Maruyama)

宮原さんたちが空き物件を紹介し、2021年4月にオープンしたフラワーショップ〈bois de gui〉とカフェ〈balder coffee〉。(photo:Yoshiki Maruyama)

エリアマネジメントに関しては、商業施設のコンサルタントとして
どの場所にどんなテナントを誘致するかなどを企画していた
麻里さんの手腕が光る。

「周辺を歩いて空き物件を見つけては、持ち主を探したりしています。
商業施設ではエントランス付近のお店はキャッチーな店がいいといった
セオリーがあるのですが、
コンサル時代の経験が生きているのかもしれませんね」

宮原さんらが空き物件を紹介して2022年の7月にグランドオープンした〈三木町発酵ビルヂング〉。

宮原さんらが空き物件を紹介して2022年の7月にグランドオープンした〈三木町発酵ビルヂング〉。

〈RICO〉がある大新エリアは、戦前・戦後は問屋街として栄えたが
そばに風俗街があり、ゲストハウスをオープンした当初も
「ここにゲストハウスはふさわしくない」と言う人さえいたと言う。
「でも、『だからこそやりがいがあるんじゃない?』と私たちは思うんです」と
麻里さんは言う。

この間、近所に住んでいるお客さんから
『10年前と比べたらイメージが良くなったね』と言われて、
すごくうれしかったんですよね」と、麻里さんは笑顔を見せた。

今では県外からも「いいお店が増えたよね」という声を聞くほどまでに
エリア全体の空気感がどんどん変わってきている。

忙しさでいっぱいのはずなのに、いつもゲストを笑顔で出迎える麻里さん。

忙しさでいっぱいのはずなのに、いつもゲストを笑顔で出迎える麻里さん。

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21世紀の創造都市とは?

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歩いて回れるサイズ感のまち

〈ワカヤマヤモリ舎〉がエリアマネジメントにおいて大切にしていることのひとつに
まちのスケール感がある。

「私は兵庫県の西宮市で暮らしていた期間が長いのですが、
最初に和歌山に来たときに『車社会だな』と感じました。
通勤もみんなほとんどマイカーを使うライフスタイルです。
ここから歩いたり、自転車に乗って楽しいまちにどうやってシフトしていくかを
いつも考えています」

RICOのコンセプトは「Find your seeds」。人・こと・物との出会いを通じ、自分のなかにある豊かさの種に気づく場所になるように、という思いが込められている。

RICOのコンセプトは「Find your seeds」。人・こと・物との出会いを通じ、自分のなかにある豊かさの種に気づく場所になるように、という思いが込められている。

空き物件の紹介と並行して、
ふたりはエリアの魅力を再編集するようなイベントも、これまで何度も開催してきた。
昨年は歩いて楽しいまちを体感するイベント
「大新散歩〜ふるまい茶とてくてく巡る2日間〜」を開催した。

〈ワカヤマヤモリ舎〉が誘致したお店や、以前からあるお店に
スイーツやお茶などを「ふるまい」として無償で提供してもらったり、
問屋さんの普段は入ることができない場所を見学させてもらえるように協力をお願いした。
カフェや銭湯、郵便局など、近隣の店という店が合計23店舗も参加し、
訪れた人は新旧のまちの顔を同時に歩いて楽しむことができる話題のイベントとなった。

「大学時代に『20世紀は製造業中心の時代だけど
21世紀はクリエイティブな産業が中心になっていく。
まちも、クリエイティブな人を許容する都市が強くなる』と
授業で教わって、感銘を受けたんです。
常にイメージしているのは創造都市をどうやってつくるのか」と麻里さんは言う。

創造都市の例として麻里さんはイタリアのボローニャを挙げた。
ボローニャにはポルティコと呼ばれる屋根つきの柱廊があり、
そこで物が販売されたり、カフェのオープンテラスが出されたりするそうだ。
「こうした中間的な場所がまちを生かしている」と麻里さんは言う。

旅人や学生、地元の人までが集う〈RICO〉は、まさにそんな中間的な場所。
その〈RICO〉を中心に、大新エリアはまさに創造都市的なエリアとして
少しずつ、しかし確実に生まれ変わろうとしている。

目下、ふたりはサイクリスト向けゲストハウスの
オープンに向けて休む間もない。

「RICOがある大新エリアは、ここ数年で飲食店が増えたので
今後はギャラリーや雑貨を扱う店を増やしていきたい。
日常生活のなかで、好きなことを楽しめる豊かな時間のある暮らしに共感して、
若い世代も住む人が増えてくれるといいな、と考えています」と宮原さんは言う。

これからの10年で、大新エリアがどのように進化していくのか、
そして人の流れと意識はどのように変わっていくのか、
楽しみにしながら見つめていきたい。

information

map

Guesthouse RICO 

住所:和歌山県和歌山市新通5-6

TEL:073-488-6989

宿泊料金:ドミトリー 3400円〜(大人1名1泊)、個室7200円〜(大人2名1泊)

※宿泊料金はシーズン・人数により変動します。

Web:Guesthouse RICO

*価格はすべて税込です。

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