連載
〈 この連載・企画は… 〉
ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。
photographer profile
Mitsuyuki Nakajima
中島光行
なかじま・みつゆき●写真家
1969年、京都生まれ。京都在住。京都をメインに国内外問わず、風景や暮らし、寺院や職人など、そのなかに存在する美しさを抽出することに力を注ぐ。博物館、美術館の所蔵作品、寺社の宝物、建築、庭園などを撮影。そのなかには数多くの国宝や重要文化財も含まれる。そのほかに、雑誌、書籍、広告など幅広く活動中。(公)日本写真家協会会員 「三度目の京都」プロジェクト発起人。
志賀直哉の短編『城の崎にて』をはじめ、
多くの文人墨客が足を運んだ兵庫県豊岡市の温泉街、城崎温泉。
羽田空港から伊丹空港経由の飛行機で約2時間。
約80軒の旅館がある城崎温泉では、
“駅が玄関、通りが廊下、旅館が客室、外湯が大浴場、商店が売店。
城崎に住む者は、皆同じ旅館の従業員である”という。
まち全体でひとつの旅館としておもてなしする「共存共栄」の精神が自然と根づき、
開湯1300年の歴史を積み重ね、関西屈指の温泉街を支えてきた。
関西に住む人にとっては毎年11月になったら解禁となる松葉蟹の城崎温泉、
というのが広く浸透してきた。2013年の志賀直哉来湯100年を機に、
城崎の文化価値をもう一度見つめ直し、これからの100年を見据えた
本づくりをすすめる〈本と温泉〉プロジェクトが
城崎温泉旅館経営研究会(若旦那)によって立ち上がった。
そのきっかけについて、志賀直哉が泊まっていた宿としても知られる
〈三木屋〉の10代目当主であり、NPO法人〈本と温泉〉副理事長を務める
片岡大介さんは当時をこう振り返る。
「志賀直哉が初めて城崎を訪れたのが1913年。そこから100周年を迎えたタイミングで、
旅館経営に関わる若旦那衆(通称2世会)を集めた〈城崎温泉旅館経営研究会〉を中心に、
もう一度“文学のまち、城崎温泉”を復活させようと、
ユニークな本をつくるプロジェクトが動き始めました」
「宿のなかで完結するのではなく、お客さまがまち全体を巡る“ひとつの旅館”
としての考えを、それぞれの旅館が長年貫き、守ってきました。
城崎温泉が“文学のまち”として浸透し、
みんなが一団となり取り組んできたことが今につながっているのだと思います」と片岡さん。
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本格的に〈本と温泉〉プロジェクトを始動するにあたって、
城崎温泉と文学を大きく結びつけてくれたのは、〈城崎国際アートセンター〉の
館長を務めた田口幹也さんとの出会いだったという。
豊岡市にUターンした田口さんが、ブックディレクターの幅允孝さんを
紹介してくれたことから、幅さんが運営している〈BACH(バッハ)〉と
城崎のまちから生まれる新たな物語をつくろうと、共同でプロジェクトがスタート。
「この取り組みの特徴は城崎のまちでしか買えないところです。
全国流通させるのでなく、城崎温泉の旅館やお土産屋、外湯のみで販売する
“地産地読”にこだわり、温泉街だからこそ味わえる読書体験を提案しようと
始めた試みです」と田口さんは話す。
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城崎文芸館 KINOBUN
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関西では有名な温泉街ではあったが、関東圏、在京メディアでの露出は少なかったため、豊岡市は、情報戦略の柱(大交流)に東京への情報発信を掲げていた。
豊岡の魅力を在京メディアに知っていただく「豊岡エキシビション」を2010年から実施。
2013年からは田口さんも担当し、豊岡の知名度を高めていった。
その発展のきっかけともいえる〈本と温泉〉プロジェクトや、
〈城崎文芸館 KINOBUN〉のリニューアルなど、
豊岡市のPRに関わってきた田口さんは同市日高町出身。
東京で飲食店の経営やメディアの立ち上げなどに約20年間携わったのち、
東日本大震災を機に豊岡にUターンし、その後城崎への移住を決心したそう。
「移住してから東京から知り合いが遊びに来てくれる機会が増えて。
案内しているうちにまちの魅力と課題を改めて実感しました。
そこから自分で勝手につくった“おせっかい”名刺をもち、
このまちの良さをうまく引き出してくれるクリエイターとのコラボレーションなどを、
豊岡市に提案しているうちに、少しずつPR活動をお手伝いさせてもらうようになりました」
その縁もあり、2015年から世界でも非常に珍しい舞台芸術に特化したアーティスト・イン・レジデンス〈城崎国際アートセンター(KIAC)〉の館長に就任することに。
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さまざまな国や地域のアーティストが集まり、日常とは異なる環境、
文化的バックグラウンドを持った人々との交流から、
芸術創造的のインスピレーションを得ながら創作に集中することができる。
城崎に暮らすように滞在し、公開稽古や試演会などを通して
市民に作品を見せる機会を設けるなど、地域交流プログラムも充実。
information
城崎国際アートセンター(KIAC)
住所:兵庫県豊岡市城崎町湯島1062
TEL:0796-32-3888
開館時間:9:00〜22:00(WITは9:00〜17:00)
※最新情報はホームページをご確認ください。
休館日:火曜
Web:城崎国際アートセンター
城崎温泉では“泊まる”“食べる”“買う”に、新たに“働く”という機能が加わり、
コロナ禍の影響から、ワーケーションとしての利用者も少しずつ増えつつある。
2021年11月にオープンした〈短編喫茶Un(あん)〉もそのひとつだ。
独自セレクトした本棚には「5分で読める本」や「30分で読める本」
「1時間で読める本」「一生かけて読む本」と時間別でわかりやすく分類された企画棚も。
城崎での散策や仕事の合間にも、気軽に文学に触れ合える。
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「2021年に約100年ぶりとなる大規模改修を行ったのですが、
当初は老朽化した建物の修復をメインに考えていました。
2020年4月末から5月までの約1か月間、城崎の旅館は休業し、
外湯の入場制限も設けていました。いろいろなタイミングが重なり、
構造や素材など、歴史的意匠を生かしつつ、現代的な快適さとデザイン性を兼ね備えた、
大胆なイメージの刷新を狙ったリノベーションプロジェクトに発展しました」
そう話すのは若旦那の永本冬森(ともり)さん。城崎を訪れたきっかけは、
カナダのトロント時代の友人がかつて働いていた老舗旅館を紹介してくれたこと
だったという。そこから城崎に通うようになり、2021年から奥さまの実家である
〈小林屋〉の代表取締役に就任することに。
お茶の間スペースに吊り上げられた巨大な水府提灯は、約400年の歴史をもつ、
茨城県に伝わる伝統的な提灯づくりの技法を、島根の石州和紙を使用して制作したもの。
歴史を大切にしながらアップデートし、日本の伝統工芸を宿全体に取り入れる。
現代美術家としても日本の美を探求してきた、永本さんのこだわりが随所に詰まっている。
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城崎温泉を中心に豊岡市では、この土地に訪れる人々がまちに共感し、
愛着を抱き、何度も訪れ、長期滞在してもらう「コミュニティツーリズム」を実践してきた。
2021年には豊岡市で初の4年生大学〈県立芸術文化観光専門職大学〉ができ、
「芸術文化と観光」を架橋した学びのなかで、
地域の新たな活力を創出する専門人材育成にもますます力を入れている。
“共存共栄”の精神で地域が一体となって目指してきた「小さな世界都市」を
ヴィジョンに価値の再創造、文学や芸術によるまちづくりを着実に進める、
城崎温泉の独創的な今後の取り組みにも注目だ。
*価格はすべて税込です。
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