連載
〈 この連載・企画は… 〉
ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。
writer profile
Kotaro Okazawa
岡澤浩太郎
おかざわ・こうたろう●1977年生まれ、編集者。『スタジオ・ボイス』編集部などを経て2009年よりフリー。2018年、一人出版社「八燿堂」開始。19年、東京から長野に移住。興味は、藝術の起源、森との生活。文化的・環境的・地域経済的に持続可能な出版活動を目指している。
photographer profile
Osamu Kurita
栗田脩
くりた・おさむ●1989年生まれ、写真家、長野県上田市在住。各地で開催しているポートレイト撮影会「そうぞうの写真館」主宰。ちいさなできごとを見逃さぬよう、写真撮影や詩の執筆を行う。2児の父。うお座。
長野県の東部、佐久市と東御市(とうみし)、小諸市にまたがる
「御牧原(みまきはら)」という場所がある。
古くは平安時代、朝廷に献上する馬を育てる産地として知られたエリアだ。
現在は田畑や果樹園が広がり、八ヶ岳や浅間連山など四方を囲む山々を遠く一望できる。
特に晴れた日は圧巻の景観だ。
その御牧原に、2009年にオープンしたお店がある。
パンと日用品の店〈わざわざ〉だ。
「不便な場所までわざわざ来てくださった」ことへの感謝が、
そのまま店名になっているという。
代表を務めるのは平田はる香さん。都内でDJを志すも挫折して長野に転居。
趣味で始めたパンづくりが徐々に発展し、移動販売、自宅の玄関先での販売、
そして店舗とたったひとりで立ち上げて、
いまでは売り上げ3億円超の企業にまで成長させた人物だ。
店内には全国から仕入れた調味料や石鹸、服、器など生活必需品が中心に並んでいる。
無添加・有機など、体や地球環境に配慮したものがほとんどだが、
その方面の知識や興味がある人でも見たことがないような
「マニアック」なものも少なくない。その数2500種類。
こだわりのネットショップでもここまでの品数と品ぞろえは珍しいだろう。
ほかにも特徴はある。
パンを売ることから始まった店なのに、現在扱っているパンは2種類のみ。
さらに公共交通機関がなくアクセスが不便だという、商用地としては明らかに不利な立地。
にもかかわらず、遠方からの顧客もひっきりなしに店を訪れる。
2017年に株式会社化、2020年度には従業員約20名でECを含め年商3億円を突破。
また2019年から2023年にかけて
〈問 tou〉〈わざマート〉〈よき生活研究所〉と店舗を出店。
話題と注目度は際立っている。
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わざわざのコーポレートアイデンティティ(CI)には、
「よき生活者になる」というスローガンが掲げられている。
「生活者」というのは一般的ではない言葉だが、
これは平田さんが開業した2009年当時に味わった、ある違和感がきっかけになった。
「その頃、雑誌などで『ていねいな暮らし』がブームになったんです。
せいろで野菜を蒸すとか、雑巾を手縫いするとか、
それが『正義』『すばらしい』という雰囲気で。
そういうのは嫌いじゃないんですけど、
だけど自分が疲れて帰ってきて、一から出汁をとるなんて……(苦笑)。
だって疲れたときはコンビニでごはんを買うし、
一日中マンガを読んで過ごすときもあるじゃないですか」
「『暮らし』という言葉につきまとう『ていねいさ』がすごく気にかかって。
『(ていねいな)暮らし』よりも、『生活』と言ったほうが、
ありのままの人間を表していると思うんです。
そこで『生活』している人を『生活者』と呼んで、
それぞれの人に沿った『よき』を探しましょう、と」
メディアがつくりあげた価値観が美化され、
たくさんの人が無批判になびいていくことに納得がいかなかった。
ひとりひとり、考え方も生き方も違うはず。
だから〈わざわざ〉には、
「それぞれの人に沿った『よき』を探しましょう」というメッセージを込めたのだと、
平田さんは訴える。
もうひとつ、平田さんが大事にしていることが、「健康」だ。
幼少期に体が弱かったという平田さんは、「健康が人間の絶対的なベース」であり、
「社会全体が健康に意識を持って、
ひとりひとりの行動が変わっていくようなお店をやりたかった」と語る。
「といっても、『おいしいと思って食べていたら、いつの間にか健康になっていた』
『環境にいいことになっていた』って、後々気づくのがいいなと思っています。
人の考え方を変えるよりも、気持ちいい、おいしい、楽しい、おもしろい、とかを
圧倒的な価値として提供して、みんなが虜になっていたら、
いつの間にか健康な社会になっていた――みたいな。『北風と太陽』ですね(笑)」
平田さんが考える健康には、「頭と体が一致していること」も含まれる。
簡単にいうなら、ストレスや違和感を抱えたままにせず、
自分が思っていることと自分がとる行動をできるだけ等しくする。
「あり方を健全にする」という感じだろうか。
これは個人だけでなく企業にも当てはまる。
平田さんは「健康的な経営」と表現する。
「例えば、自社ブランドよりOEM(他社ブランドの製品)のほうが
安く売っているお店がありますよね。
それって工場を買いたたいて商品を安く売っているわけで、売るほうは良くても、
下請けの方たちは相当苦しむことになる。
それでは商品や売るほうが健康でも、社会全体の健康にはなりません。
うちは絶対にそういうことをやりたくないんです」
実際に〈わざわざ〉では、大口の発注を海外にまわされて
大量の在庫を抱えてしまったある企業と、コラボする話も進めているという。
「利益を折半してウィンウィンにしたいんです。
そうしないと日本から産業がなくなってしまうから」と平田さんは力を込める。
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「例えば〈良品計画〉さんが何かやると社会が変わるけど、
小さい会社では何も変わらないじゃないですか。
社会の角度を1度でも変えられれば、10年、50年、100年後に
(円の半径を伸ばすと1度の差でも円の弧がどんどん長くなるように)
ものすごく差がつきますけど、その1度を変えるためには、
絶対に認知度が必要だと思うんです。
だから〈わざわざ〉は、10年後に売り上げ30~40億円くらいの規模にしたい。
『知る人ぞ知るお店』は、もう辞めたいんです」
社会を変えるために活動の規模を大きくし、社会に対する認知度を上げ、
影響力やインパクトを大きくする。
その実践のひとつが、
著書『山の上のパン屋に人が集まるわけ』(サイボウズ式ブックス)の出版だ。
平田さんと〈わざわざ〉はすでにnoteやSNSで情報を発信しているが、
本を出版することで
「本屋さんに積まれれば通りがかりの人も見るし、
より開いた、広義な存在になる」のだと、その意義を語る。
もうひとつは〈よき生活研究所〉より前に、今年1月に開店した〈わざマート〉だ。
無添加の食品を軸に日用品や酒類など全国から仕入れた1200種の商品を販売する店舗で、
今後は弁当、地元産の野菜のほか、
スタッフが1杯ずつ淹れるコーヒーも提供する予定だという。
「〈わざマート〉は来年度から長野県内で30店舗にチェーン展開する
計画を練っているんです」と平田さんは言う。
イメージは「ローカライズされたコンビニ」だ。
平田さんが〈わざマート〉のベンチマークにしているのは、
県内で人気のご当地スーパーマーケット、〈TSURUYA〉だ。
昨年度時点で約40店舗、売上高約1160億円を誇る大企業だが、
地元産や有機・無添加の食品や日用品は、そこまで多く扱ってはいない。
「だから移住者の人たちが不便に感じているところは絶対にあると思うんです。
特に軽井沢や(隣接する)御代田町のように、
移住者が多い地域は重点的に出店を考えています。
コンビニと〈TSURUYA〉さんの間を拾いたい」
なぜ長野県内で店舗を拡大していきたいのか。
平田さんは、「長野には勝率が上がる可能性があるから」と理由を語る。
その要素はふたつある。
まず上述したように、長野県が移住先として注目を集めていること。
例えば、『田舎暮らしの本』(2023年/宝島社)の
「移住したい都道府県ランキング」では、長野県が17年連続で1位を記録。
また、厚生労働省の国立社会保障・人口問題研究所の報告
「日本の地域別将来推計人口」によれば、
2015年の人口を100とすると、2045年の全国の推計人口が83.7となるように
ほぼどの地域も減少しているのに対し、
平田さんが出店を睨む御代田町は、なんと99.4。ほとんど変わらないのだ。
もうひとつは、平田さん自身が「長野ローカルに強い」こと。
ビジネスの手法や人脈などを長野で構築したために
事業を「やりやすい」ことに加え、
「個人的にも長野がすごく好き」だからだと、平田さんは言う。
「ほかの地方と比べても野菜がすごくおいしいし、東京への便もいい。
私は長野に引っ越してきて20年くらい経つんですけど、愛着もあるし、
全国から移住者や集客を増やして、にぎわったらうれしいですね」
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〈よき生活研究所〉は今年4月、〈わざわざ〉の4店目としてオープンした。
ここでは、〈わざわざ〉の他店で扱う商品を購入するのではなく、
時間制でドロップインし、
食品や日用品を実際に食べたり使ったりして試すことができたり、
商品である衣服や道具類などの経年変化を見ることができる。
いわば、〈わざわざ〉が提唱する生活そのものを試せる場所、というイメージだろうか。
開店の背景には、「ものを売る仕事をしていても、
『お客さんとの距離が遠い』とずっと感じていた」という平田さんの思いがある。
客はいつ来店するかわからない。
しかも、買うにせよ買わないにせよ、
何が欲しかったのか、本当のところはわからないからだ。
「買う前の『選ぶ』フェーズと、買った後の『フォロー』がセットになった施設があれば、
お客さんとのコミュニケーションももっと深まって、
『〈わざわざ〉に置いてあればいいものだ』
『〈わざわざ〉で買えば安心だ』というつながりもしっかりできると思ったんです。
モノの購買だけでは信頼関係はつくれないと思うんです」
「買うときも『これが欲しいから、これを買う』のではなく、
『これを売っているあの人が好きだから、あの人にお金を渡す』のがいいと思っていて。
モノの色や形ではなく、『このお店だから』『このパンだから』という気持ちとか、
その人の取り組みそのものや生き方が好きだから。
つまり、思想にお金を払うんです」
健康、社会貢献、信頼関係、お金のあり方。
そして大量生産・大量消費の時代にあって、
何のためにモノをつくり、何のためにモノを売るのか。
「売るだけじゃなく、全部をやりたい」という平田さんの言葉には、
パンと日用品の「小売店」である〈わざわざ〉の今後目指す方向性が、
そして次の時代のビジネスのあり方が、示されているようだ。
profile
Haruka Hirata
平田はる香
ひらた・はるか●1976年生まれ。東京でのDJ活動を経て長野に移住。2009年、パンと日用品の店〈わざわざ〉を開業。2017年に株式会社化し、以降代表を務める。2020年度に年商3億3千万円に到達。本店のほか〈問 tou〉〈わざマート〉〈よき生活研究所〉を開店している。
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