連載
posted:2022.12.23 from:福井県 genre:旅行 / 食・グルメ
PR 福井県丹南広域組合
〈 この連載・企画は… 〉
ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。
writer profile
Haruka Inoue
井上 春香
いのうえ・はるか●編集・ライター。暮らしをテーマとした月刊誌の編集部で取材・執筆に携わる。その後、実用書やエッセイ、絵本を中心とした出版社で広報・流通業務などを担当。山形県出身、東京都在住。
credit
撮影:田中陽介
福井の冬の味覚といえば「越前がに」など、
寒くなるにつれ、食べものがどんどんおいしくなるのが魅力だ。
これからの時季は、雪景色とともにアクティビティを楽しむのもいいし、
温泉でのんびり過ごすのもいい。見どころはほかにもたくさん。
せっかくなら、滞在しながらいろいろと足を伸ばしてみたい。
今回紹介するのは、2024年春の北陸新幹線延伸(金沢〜敦賀間)でも注目の、
福井県の丹南地域。
延伸にともない新しく開業される「越前たけふ」駅を中心に、
国産めがねの一大産地である鯖江市、
和紙や打刃物で有名な越前市、越前焼で知られる越前町、
林業や農業が盛んな池田町、
自然環境と歴史資源に恵まれた南越前町の5市町で構成され、
国内でも有数のものづくりのまちである。
その土地に暮らす人や、そこにしかない風景に出会いながら、
産地の歴史や職人の手仕事にふれ、土地の食べものをいただく。
知らなかった福井に会いに、それぞれのまちをめぐる旅へ。
はじめに向かったのは〈WOOD LABO IKEDA〉。
池田町の〈木望の森づくり課〉が運営するこの施設は、
まちの面積の約9割を占めるという森林資源を生かし、
木材の利用や木育活動を行うための拠点として2年前にリニューアルしたばかり。
手道具を使った初心者向けの簡単な木工体験だけでなく、
機械を使って家具や木製品を製作する本格的な木工教室もあるので、
目的にあわせて利用することができる。
地元産の木材を使ったカッティングボードやキーホルダーをつくる
ワークショップなどもあり、
今回は隣の越前市にある〈龍泉刃物〉とのコラボレーション企画で、
包丁の柄の部分をつくる体験をさせてもらうことに。
施設を案内してくれたのは、工房長の内藤了一さん。
木彫家の父と仏師の祖父を見ながら育ったこともあり、
幼い頃から木という素材は身近だったという。
「木はそれぞれに癖や表情があって、重さも全部違います。
体験教室では、それをどうやって生かしたらうまくいくのかを、
実際に木を扱いながら感じたり考えてもらったりっていうのを大事にしています。
自分の手でものをつくることは、大変だけどおもしろい。
手が動けば自然といろんなことができるようになってきますから」
information
WOOD LABO IKEDA
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続いてやってきたのは、越前市にある〈龍泉刃物〉。
ここでは、池田町の〈WOOD LABO IKEDA〉でつくった包丁の柄と刃を組み合わせて、
オリジナルのステンレス包丁を完成させる。
木工と刃物づくりを一度に体験できるのは、
ものづくりが数多く集中している丹南地域だからこそ。
2日ほど滞在すれば、一生ものの道具をつくり上げることも可能だ。
700年の歴史を誇る「越前打刃物」は、京都の日本刀職人によってこの地に広められ、
刀鍛冶をする傍ら農民のために鎌をつくったことが起源だ。
1948年に創業した〈龍泉刃物〉は、
日本古来の「火づくり鍛造技術」や手研ぎを守りながら、
時代の変化に合わせた包丁やステーキナイフなどを製造・販売。
特徴は何といってもその切れ味と、地肌の美しい龍泉輪(りゅうせんりん)模様。
社名やロゴに龍が用いられているのは、初代が辰年だったことにも由来している。
「龍は古くから水の神様として崇められていて、
刃物づくりにも水ってすごく重要なんですね。
ここが池ノ上町で、隣が広瀬町、その隣が岡本町、
それぞれの山の頂上には龍神が祀られています。
すぐそこに見えるのが『龍神山』という山です」(3代目代表 増谷浩司さん)
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池田町の山間に佇む〈長尾と珈琲〉は、
農家である長尾伸二さん・真樹さん夫妻が営むカフェ。
平日は田んぼで汗を流し、週末はカフェでコーヒーを淹れる。
そんな日々がふたりの日常だ。
長尾さん一家が池田町にやってきたのは28年前のこと。
もともと大阪に住んでいて伸二さんはコーヒー専門店、
真樹さんは有機食品会社で働いていた。
そこで産まれた息子さんが生後すぐにアトピー性皮膚炎になったことから
食生活を見直すようになり、
自分たちが食べるものは自分たちでつくるのが良いのでは、と考えるようになったと話す。
「そしたらやっぱり田舎暮らしがいいよねって。
当時は移住っていうのがそんなに一般的じゃなかったんだけど、
あるとき新聞で移住者募集の告知を見つけて、池田町に行ってみることにしたのね。
そこで土地の食べものや田舎の原風景にふれてしまったもんだから、
ここがいい! と思ってすぐに決めた。
このまちにはコンビニもなければ信号機もふたつだけ。
その代わりにあるのはきれいな水と自然。
不便なところもあれば、いいところもあるよね」(伸二さん)
築130年以上の蔵つきの古民家を改装したカフェで味わえるのは、
厳選の豆を丁寧に自家焙煎して淹れたコーヒーと、素材にこだわった手づくりのケーキ。
コーヒーのいい香りと長尾さん夫妻との会話も相まって、
店には居心地の良い時間が流れている。
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〈SABAE MEGANE HOUSE〉は、
めがねをコンセプトにした1日1組限定の1棟貸しの宿。
11LDKの大屋敷では、鯖江ブランドの“めがねかけ放題”を楽しめるほか、
空間のしつらえにも伝統工芸の産地である丹南らしさを感じることができる。
宿から車で15分ほどのところには、
まちのめがね店や〈めがねミュージアム〉などもあるので、
せっかく鯖江に泊まるのであれば〈SABAE MEGANE HOUSE〉を拠点に、
滞在しながら「めがねのまち鯖江」を満喫するのもいい。
めがね職人にしても、めがね店を営む人にしても、
“めがね愛”にあふれた人が多い鯖江。訪れた先での会話も楽しんでみてほしい。
「私の実家は東京で、めがね屋を営んでいるんですけど、
鯖江に移住するとは思っていませんでした。
めがねや伝統工芸自体はもちろん魅力なんですけど、
どちらかというと、その裏側を支えている人たちに惹かれました」(代表 山岸充さん)
日本のめがねといえば鯖江。国内で流通するフレームの9割以上は鯖江で生産され、
イタリアや中国に並ぶ世界三大めがね産地としても有名だ。
鯖江めがねの歴史は、農閑期のための産業として始まった。
大阪のめがね職人を鯖江に招いて技術を広めるとともに、
地域内で切磋琢磨しながら得意分野で独立していく。
工程ごとに専門の職人がいて、
鯖江のまち全体がひとつの工場のようなかたちで産地が成り立っているのは、
こういった歴史的な背景がある。
information
SABAE MEGANE HOUSE
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瀬戸、常滑、信楽、丹波、備前とともに、
日本六古窯として日本遺産にも認定されている越前焼。
焼き締めや灰釉を用いてつくられるこの焼物は、土の表情と素朴な手ざわりが魅力だ。
越前町にある〈越前陶芸村〉には、広大な陶芸公園を中心にさまざまな施設があり、
越前焼の窯元も点在している。
〈越前古窯博物館〉にある「旧水野九右衛門家住宅」は、
越前古窯研究の第一人者である水野九右衛門氏の旧宅を移築し復元した施設。
天保6年と記された墨書が残っているそうで、主要部は建立当初のまま。
切妻造(きりつまづくり)の桟瓦葺(さんがわらぶき)の屋根が特徴の
「アズマダチ」と呼ばれる伝統的な民家には、
雪国であるこの地方ならではの特色が見られる。
資料館では、水野氏が収集した越前焼のコレクションを見ることができ、
福井の伝統工芸や技が随所に散りばめられた本格的な茶室「天心堂・天心庵」は必見。
博物館の敷地内にはふたつの庭があり、
秋には紅葉、春にはしだれ桜をそれぞれに楽しむことができる。
ゆっくりと庭を眺めながら、越前焼でいただく抹茶は格別だ。
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越前町から南越前町へ。山道を抜けると、目の前に広がるのは海。
このあたりでは、11月上旬になるといっせいに「越前がに」漁が解禁され、
冬のあいだは蟹一色になるという。
越前海岸沿いにある〈うみの宿 さへい〉では、蟹や活魚料理はもちろん、
へしこを使ったオリジナルメニューのほか、
梅肉にゆず味噌、甘酒などの発酵食を取り入れた
「さへいのへしこ&発酵食膳」を味わうことができる。
福井県南部の伝統食である「へしこ」とは、
肉厚で脂の乗ったサバを新鮮なうちに塩漬けし、
糠に1年ほど漬け込んで熟成させたサバの糠漬け。
糠床の基本的な材料は、米糠(ピロール糠)、唐辛子、塩、麹。
変わり種として、人によっては山椒や梅干し、
ドライフルーツなどを入れることもあるのだとか。
シンプルな材料でつくられる〈さへい〉のへしこは、味がまろやか。
糠床には〈長尾農園〉の米糠を使っていて、
漬けたあとの糠を炒って料理に使うのもおすすめだそう。
女将の南清美さんは、丹生郡朝日町(現・丹生郡越前町)出身。
「生まれ育ったところでは、イワシのへしこを食べていました。
サバのへしこはここにきてから教えてもらったんです。
各家庭ごとにつくるので、味もそれぞれ違うんですよ。
さへいでは、郷土料理であるへしこのなれずしもつくっています」
information
山道を車で走っているときに、2羽のキジと出会った。
道路を横断するのをゆっくりと見守る。
地元の人によれば、カモシカやイノシシを見かけることもあるそうだ。
初めて訪れるまちでは張り切って予定を詰め込みがちだけれど、
心と時間に少しの余白を設けることで、予期せぬ出会いがあったりする。
そうすると、目的地までの移動やちょっとした寄り道でのできごとさえも、
意外と記憶に残っていくもの。
池田町の森林にはじまり、越前市や鯖江市など、
ものづくりの産地をめぐりながら伝統工芸を肌で感じ、
丹南地域ならではの食を味わい、
最後はのんびりと海を眺めながら余韻に浸った今回の旅。
まちをめぐりながら、
その場所に流れる時間に身をゆだねることで土地とつながっていく感覚は、
ひとつの観光スポットを目がけて行くだけでは味わえない。
これこそが周遊旅の魅力でもある。
滞在しながらの旅であれば、今回のように「つくる」という体験や、
近隣のいくつかのまちを滞在しながら回るのもおすすめ。
2024年春の北陸新幹線延伸では、
東京駅から福井駅までが直通で3時間とアクセスも良くなるので、
この機会に足を運んでみてはいかがだろうか。
*価格はすべて税込です。
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