連載
posted:2022.11.30 from:香川県仲多度郡まんのう町 genre:食・グルメ
PR ロッテ
〈 この連載・企画は… 〉
ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。
writer profile
Chizuru Asahina
朝比奈千鶴
あさひな・ちづる●トラベルライター/編集者。北陸の国道沿いのまちで生まれ育ち、東京とバンコクを経由して相模湾に面した昭和の残り香ただようまちにたどり着きました。旅先では、細い路地と暮らしの風景に惹かれます。
credit
撮影:黒川ひろみ
カリンといえば、のど飴などの原材料として名前はよく知られているものの、
その実を見たことがある人は少ないのではないだろうか。
この、コロンとした楕円形の実がカリン。
秋に収穫期を迎える果実のひとつだが、食べたことはあるだろうか?
実を割った断面は、まるでリンゴのように白くおいしそうなものの、
ぎゅっと詰まった果肉にかぶりついたが最後、
口の中の水分が全部持っていかれてしまうかのように渋くて酸っぱい。
カリンは生では食べられないのだ。
砂糖で煮たりお酒に漬けたりと、手間と時間がかかるため、
スーパーマーケットなどでは、いまや見かけることすらなくなっている。
輪切りにしたカリン。タンニンや酒石酸(しゅせきさん)、ポリフェノールなどを含んだ魅力的な果実。
だが、秋冬の乾燥した季節に旬を迎えるカリンは、
昔からその季節になるとシロップをつくって飲むなど、
多くの家庭で暮らしに取り入れられてきた果実でもある。
その歴史は古く、空海が唐から持ち帰ったといわれ、
平安時代から日本にあるとされている。
1000年以上前に植えられたという文献も残るほど、
カリンとの結びつきが強い香川県のまんのう町を訪ねた。
まんのう町には1300年以上も前につくられ、空海が改修したという満濃池がある。日本最大級のため池は、いまもたっぷりと水を蓄えて丸亀平野を潤している。
香川県と徳島県の県境に位置するまんのう町には、空海ゆかりのものがふたつある。
日本最大級のため池「満濃池」と、
空海が唐から持ち帰ってそのほとりに植えたとされるカリンだ。
まんのう町の町木はもちろん、カリン。
1984年に町木に選定された際に、まちの活性化を期待し、
一家に1本カリンの苗木が配られたこともあって、
秋にはまちの至るところでたわわに黄金の実をつけた果樹が見られる。
カリンの一大産地なのだ。
バラ科のカリンは、中国が原産地。まんのう町には、空海が唐から持ち帰って日本で初めて植えたといわれるカリンの2代目の木がある。
遠目からはよくわからないが、上のほうはたわわに実をつけており、実りある風景は1000年以上続いていると言われている。
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秋の収穫期には、「かりんまつり」が開催され、
会場の国営讃岐まんのう公園は多くの人たちで賑わう。
新型コロナウイルスの影響でしばらくは開催されなかったが、
今年はコロナ禍を経て、実に3年ぶりの開催となった。
秋晴れの2022年10月23日(日)、「第37回かりんまつり」が開催。まんのう町中心部にある満濃池に隣接する国営讃岐まんのう公園はたくさんの人で賑わった。
「讃岐まんのう太鼓」や「かりん太鼓」が秋空に鳴り響くなか、
特産品の販売店や飲食店が並ぶブースに多くの人が訪れている。
開放感あふれるアウトドアイベントは、たくさんの人たちで賑わっていた。
そのなかで、ひときわ人が列を成していたフードトラックを発見。
白い車体にはカリンのイラストが描かれており、
大きなポップに描かれた〈カリンのトリコ〉のロゴが目をひく。
オーバーオールの制服を着たスタッフが、列に並ぶ人たちに
「はいどうぞ!」とカップを渡していた。
次から次へと老若男女が列を成し、手渡されていたアイスやスカッシュはあっという間に終了。残念ながら間に合わなかった人は、来年以降(?)のお楽しみに。
このフードトラックの正体は、株式会社ロッテが展開する、
カリンの魅力を知ってもらうためのポップアップ・ブランドショップ。
「まんのう町民のカリン認知拡大推進に関する連携協定」を
まんのう町と2022年9月に締結したロッテが、
カリンの実は見たことがあっても、食べたことがない、
どんな味がわからないという人たちに向けて、
〈カリンのトリコ〉ブランドを立ち上げ、新開発のカリン商品を配布していたのだ。
カリンの魅力を知ってもらうために開発されたアイスとスカッシュ。アイスにはカリンの酸味のある果実味が感じられるようにコンフィチュールを混ぜこんでいる。スカッシュに浮かぶローズマリーは、ロッテののど飴にも使われているハーブのひとつ。
アイスとスカッシュの商品開発担当は、〈株式会社スマイルズ〉フードディレクターの葛川敬さん。「カリンは香りがとてもいいんです。ただ、喉の奥に残る渋みを消すのが難しい。乳製品を使うなどかなり工夫をしました」。味わいのバランスを考え、試作を繰り返した。
「カリンの木はその辺でよく見かけるけど、実を食べるイメージはなかったですね」
と話すのは、イベントで開催されるヒーローショー目当てで
高松から来たふたりの男の子のママ。新しい味に出合って満足げ。
「カリン酒は知っていましたけど、アイスやソフトドリンクにもできるんですね!」
今回初めてカリン味のものを食べた兄弟。「ああ、もうなくなっちゃったよ」
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1985年から〈のど飴〉を発売しているロッテにとって、
カリンは大切な原料のひとつであり、シンボルマークでもある。
あまり市場には出回っていない果物、カリンの魅力を伝えるため、
今年9月に商品に使用するカリン原料をすべて国産に切り替えるリニューアルを行った。
ロッテのキャンディ企画課で本製品を担当する豊田直弥さんは、
町と連携協定を結んだことは、国産カリンの将来性を考えると
大きなターニングポイントになるという。
「カリンは扱い方次第では、お客さまに愛されるかたちに
いろいろと変換できるはずなんです。でも加工の難しさもあって、活用が難しい。
そのため、商品での扱いも徐々に減ってしまい、
市場で見かけるカリン商品は数えるほどになってしまっているのかもしれません。
平安時代からの記録が残っている歴史ある植物なのに、
このままでは将来、日本にカリンがなくなってしまうかもしれない。
では、どうすればいいかということで、
日本のカリンの魅力を知ってもらうためのひとつのきっかけとして、
ロッテののど飴に使用するカリンを
すべて国産のものに切り替えることを決断したんです」
豊田さんは、国産のカリンの魅力が風化しないよう動き出した。
9月1日、「カリンの魅力を、町民をはじめとした日本中のみなさんに伝えたい」という共通の思いを叶えるため、ロッテとまんのう町は「まんのう町民のカリン認知拡大推進に関する連携協定」を締結。「ロッテの力を借りてカリンの知名度をあげていきたい」と話す栗田隆義町長(左)に「一緒にカリンを盛り上げていく仲間として、今後さまざまなカリンの可能性を探りたい」と返す株式会社ロッテの豊田直弥さん(右)。
また、まんのう町の栗田隆義町長もこう話す。
「まんのう町は、カリンでまちを売り出そうと、
以前からカリンの苗を配ってきた経緯があります。
そのおかげで各家庭でもカリンの実がなり、
ワインやジュースなどをがんばってつくってきました。
けれども事業としてはなかなか根づかず、
消費量も減ってきて苦慮していたところだったんです」
国産カリンの特徴は、香りの豊かさ。木のそばを通るだけでも甘い香りが漂ってくる。生で食べないので多少傷があっても出荷や用途にほぼ影響がないのだとか。春にはピンク色のかわいらしい花をつけるため、日本各地で庭木や観賞用の盆栽としても人気がある。
ロッテがのど飴をつくるために使うまんのう町由来のカリンは、
30%ほど(2022年製品時点)。
昨今、のど飴の需要の高まりもあり、企業では多くのカリンを使うことが可能だ。
「魅力的な日本のカリンが10年後、20年後も愛され続けるために、
メーカーという立場で何ができるかを常に考えています」
カリンのど飴が発売されて37年間、まんのう町と同じくらいの年月を、
カリンと向き合ってきた歴史がある。
企業の立場からできることはあるはず! と豊田さんは熱く語る。
使われず、実を地面に落とすだけの果実にしてしまうと、
どんどん人々の暮らしからは淘汰されていく存在になる。
栗田町長は、自らもカリンのある風景が身近すぎて
意識することがほぼなかったと話す。
「まんのう町は“カリンのまち”だから、
いかに子どもたちにカリンに親しんでいってもらえるか、
ロッテさんのお知恵も借りて一緒に考えていきたいんです」
栗田町長は、どうにかしてカリンのある風景を未来につないでいかなければ、と躍起だ。
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かつては庭木に成ったカリンをはちみつや砂糖に漬けて常備する家庭もあった。
一家に1シーズン分あると、何かと頼もしい果実でもあったのだ。
けれども現在は、家庭用に常備する人も減少しており、
「カリンという名前は知っているが、見たことも食べたこともない」
という人たちも増えた。
せっせと実を刻む〈みよしのカリン倶楽部〉のみなさん。ここで細かくしておけば、後の調理がやりやすい。種と芯も使うので取っておく。
地域の人たちでつくる〈みよしのカリン倶楽部〉は、
カリンの味を知らない若い人たちに、もっと郷土のカリンを
身近に感じてもらえるよう、カリン料理を研究している。
会員は現在10名。この日は、カリンシロップ、ジャムと、
ジャムを利用したカリンパイをつくっていた。
「調理自体は難しくはないのですが、実が硬いので、手間はかかりますよね」
会のみなさんはせっせと手を動かしている。
ジャムづくりは、鍋で種と芯をとろみがつくまで煮てから果肉と砂糖を入れ、中火で砂糖を溶かすようにして煮る。20分ほどで柔らかくなるので、そのあとは果肉を潰しながら煮詰めていく。根気のいる作業だ。
この日は男性も2名参加。お菓子づくりの名人が、あらかじめつくっておいたカリンのコンポートでせっせとカリンパイをつくる。
カリンジャムもシロップも、基本はカリンと砂糖、そして水が材料。
これを煮込んで柔らかくしていく。
カリン酒は生のまま氷砂糖とホワイトリカーを瓶に封じ込め、時を待つ。
「つくり方はほかの果実酒と同じですよ。カリンは渋みが出るから、
ある程度色が出てきたら中身を取り出せばいいの。感覚で」
時間がおいしさをもたらしてくれる楽しみもある。
「家の周りで採れるものだから活用したいですよね。
果実以外の材料も、砂糖やホワイトリカーなどシンプルだから、
もっと身近に取り入れられるようにしたいんです」
と、会のみなさんはよりカリンをおいしく食べられる調理方法を研究し、
日々試行錯誤を繰り返している。
焼きたてのカリンパイは、甘酸っぱいカリンジャムとコンポート、サクサクとしたパイ生地のハーモニーが美味。朝食でも、おやつでも。
カリン酒は、秋に仕込めば冬には飲めるがあっさり味。手前のとろりとした琥珀色の液体になるには最低1年かかる。時間が経ったものはコクがあり、香りも高い。
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果樹農家の田中義兼さんを訪ねた。
奥様の田中阿佐実さんは、まんのう町かりん生産者会の副会長。
カリン栽培は36年前に阿佐実さんが始めた。
奇しくも、かりんまつりやカリンのど飴の発売とほぼ同時期だ。
バラ科の落陽高木のカリンは樹形が美しい。「カリンはほかの果物に比べると、栽培に難しい果樹ではないですね」という田中さん。農園には除草剤を何十年も入れていない。刈ったあとの草は養分となっている。
当時、果樹農家に嫁いだばかりだった阿佐実さんがカリン栽培を始めたのは、
ひょんなことがきっかけだった。
「義父がブドウの観光農園にする予定で、45アールの土地を用意していたんです。
それが突然、義父に介護が必要になってしまい、私がやることになって。
町に相談したら、まんのう町はカリンのまちだから
カリンにしたらと言われて、125本のカリンを植えたんです。
その頃は全国的にカリンブームだったんですよね」
阿佐実さんは当時を思い返す。
「夫は外に働きに行っていたから、何もかも全部自分でやってね。
最初はなかなか実がつかなくて失敗したのかと思ったら、10年してからやっとなって」
黄色くなった実をどう扱っていいかわからず、阿佐実さんは、
高松の市場に持ち込んだ。たくさん売れるわけではなかったが、
「このカリンは必要とする人は必ずいるから、何とかつくり続けてほしい」
と言われたという。
それから継続的につくり続け、現在は52本のカリンを義兼さんと一緒に栽培している。
種子から発芽したままの実生(みしょう)のものは、種が少ないのが特徴。このように継ぎ木した栽培ものは、種が多い。種の周りにあるジェルはとろみ成分。高い保水力があるので自家用化粧水をつくる人も。
まんのう町の生産者が卸したカリンは実際に販売されている化粧水にも使われている。田中さんご夫妻も愛用。
「都市部に出た子どもたちが、コンビニなどにあるカリン商品を見るたびに
故郷を思い出し、誇りを持ってくれたら、こんなにうれしいことはないですわ」
阿佐実さんは、カリンのある風景で育ったことは、
ここを巣立った人たちの心の支えになるのでは、と話す。
田中義兼さん(左)と阿佐実さん(右)。「子どもが生まれたのと同じタイミングで植えたので、木の成長とともに子どもも大きくなりました」(阿佐実さん)
平成9年には10軒だったかりん生産者会は、現在の登録は8軒。
そのうち実質動けるのは6軒のみ。
生産者の高齢化が進むことを阿佐実さんは憂いている。
そのためには、カリン農家がそれだけで事業として成り立つ仕組みも必要で、
ロッテとの協働に期待を寄せる。
田中さんらかりん生産者会と親交を深めている豊田さんは、
今後は他地域の生産者とつなぎ、研究を深めていくことも考えているという。
「いま日本人が好きで食べている果物って、
だいたい江戸時代に日本に入ってきたものが多いんです。
でもカリンって、1000年以上続いている果物なんですよ。
そう考えるとすごくないですか?
活用法さえ見出せれば、生き残る道はあるはず」
「まんのう町は町民に配布しただけあって民家の庭にもカリンがある。そんなところは全国探してもここしかないですね」と豊田さん。
豊田さんは、企業の技術や研究力と、地域に伝わる暮らしの知恵との融合が
カリンの利活用につながるのではないかと考えている。
まんのう町はいま、カリンのあるまちの風景を将来の子どもたちにつなぐために、
官民一体でできることを模索している。
空海から始まったカリンの風景を、この先も1000年、続けていけるように。
information
のど飴
2022年9月27日、ロッテは37年ぶりにロングセラーキャンディ〈のど飴〉をリニューアル。マスク生活が続いたことからのど飴の需要が高まったこともあり、材料の“カリンエキス”に使用するカリンを、すべて国産カリンに限定。“カリンのまち”まんのう町のカリンも使用している。
Web:ロッテ のど飴
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