連載
posted:2021.3.10 from:宮城県石巻市 genre:ものづくり / アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。
writer profile
Haruna Sato
佐藤春菜
さとう・はるな●北海道出身。国内外の旅行ガイドブックを編集する都内出版社での勤務を経て、2017年より夫の仕事で拠点を東北に移し、フリーランスに。編集・執筆・アテンドなどを行う。暮らしを豊かにしてくれる、旅やものづくりについて勉強の日々です。
photographer profile
Kohei Shikama
志鎌康平
しかま・こうへい●1982年山形市生まれ。写真家小林紀晴氏のアシスタントを経て山形へ帰郷。2016年志鎌康平写真事務所〈六〉設立。人物、食、土地、芸能まで、日本中、世界中を駆け回りながら撮影を行う。最近は中国やラオス、ベトナムなどの少数民族を訪ね写真を撮り歩く。過去3回の山形ビエンナーレでは公式フォトグラファーを務める。移動写真館「カメラ小屋」も日本全国開催予定。 東北芸術工科大学非常勤講師。
http://www.shikamakohei.com/
宮城県東部・太平洋沿岸に位置する石巻市は、牡鹿半島の一部や金華山を抱え、
全国屈指の水揚げ量を誇る水産都市として栄えてきたまち。
仙台に次ぐ県内第2の人口を擁するこのまちも、東日本大震災で大きな被害を受けた。
ここに、震災直後に立ち上がり、いまでは世界の家具業界から
そのデザインや機能性が注目される〈石巻工房〉がある。
昨年の秋には、新たな拠点として〈Ishinomaki Home Base〉をオープン。
どんな10年だったか、そしていま何を見据えているか、
代表取締役・工房長の千葉隆博さんに話を聞いた。
石巻駅から車で約10分、国道398号線を走ると、
洗練された別荘のような建物が現れる。
2020年10月にオープンした〈石巻工房〉のカフェ兼ショールーム
〈Ishinomaki Home Base〉だ。
この建物の設計を手がけたのは、石巻工房を設立した共同代表の建築家・芦沢啓治さん。
内部の造作家具は石巻工房によるもので、石巻工房の製品も数多く並ぶ。
1階のカフェテナント〈I-HOP CAFE〉を利用すると、
知らず知らずのうちに実際に工房の家具を利用できるのが魅力だ。
I-HOP CAFEを運営するのは、農業で地域を盛り上げようと、
石巻市北上町で活動する〈イシノマキ・ファーム〉。
コーヒーのほか、自ら育てたホップを使用したクラフトビール〈巻風エール〉や、
ホップティーを販売。週末はファームで育てた野菜でつくる
プレートランチを提供している。
2階はゲストハウスになっており、各部屋の設えは、
工房ゆかりの建築家・プロダクトデザイナーがそれぞれデザインした。
〈トラフ建築設計事務所〉による「Takibi」、
寺田尚樹さんによる「Hato」、
〈ドリルデザイン〉による「Eda」、
〈藤森泰司アトリエ〉による「Noki」の4部屋がある。
Ishinomaki Home Baseができるまでには、
石巻工房の役員でもある若林明宏さんの存在が大きい。
不動産業を営む若林さんは、大手保険会社の海外駐在経験があり、語学が堪能。
海外取引を拡大している石巻工房が人材を探していることを知り、
以前から製品のファンであったことから手を挙げ、活動に参加し始めた。
「時折、製品を見たいとお客さんが訪ねてくるのですが、工房はいわゆる作業場。
若林さんがそれを見て、ショールームがあったほうがいいよねと提案してくれたんです。
若林さんは自転車ブランドをつくりたいという夢も持っていたので、
じゃあ一緒にやろう、カフェも始めてお客さんを呼ぼう。
せっかくだから泊まれるショールームにしよう、
それならばこれまで石巻工房に関わってくれたデザイナーさんに声をかけてみよう、と
どんどん夢が広がって、いまのかたちになりました」
「テナントも若林さんが見つけてきました。
つくり手のつくりたいアイデアと、つくる人をつなぐのがうまいんです」
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石巻工房は当初、被災した人たちが、自分たちで直したり
つくったりする手助けをするため、道具や材料を貸し出したり、
つくり方を教える工房として生まれた。
きっかけは、芦沢さんがリニューアルを担当した飲食店が被災し、
その復旧のために石巻を訪れたときのこと。
電気が復旧する前に、居酒屋の店主が自力で店を片づけ、
直して営業を始めた姿を目の当たりにし、
「支援を待たなくても、自分たちでやれば、
復興はできなくても復旧はできるんじゃないか」と考えたのだ。
家具づくりを始める転機となったのは、2011年の7月。
「石巻川開き祭り」で野外上映会を開催しようというときのことだった。
「屋外で座るものがないねという話になって、
工業高校の生徒とDIYでベンチをつくりました。
これが最初の製品で、祭りのあとも、まちなかの公共の場で利用されました。
道具と材料はドネーションで集めて、そのときいただいた材が、
基本的にいま販売している製品に使用しているレッドシダーでした。
耐久性があって、雨に強い。デッキ材として外でも使える材だったんです」
さらに11月にはアメリカミシガン州に本拠地を置く家具メーカー
〈ハーマンミラー〉が、復興支援のため約2週間、石巻に滞在。
石巻工房の理念に賛同し、仮設住宅で暮らす人たちの声をリサーチして
家具をつくるワークショップを協働で行う。
このとき生まれたのが、〈ENDAI〉や〈ISHINOMAKI STOOL〉など、
いまや看板商品となっている製品だ。
ENDAIは、仮設住宅に物干しはあるが、縁側がないという声から生まれた。
ISHINOMAKI STOOLは脚の木がしなる構造が特徴。
「脚の長さが多少違っても、地面が平らじゃなくても、
座るとガタつかなくなるのがすごいところです。
正確な長さを測れる道具が満足にない状況でもつくれて、
どんな場所でも使えるようにと、芦沢がデザインしました」
高さも、震災直後にみんなが踏み台や椅子として使用した
ビールケースの高さで設計されている。
この活動がメディアで取り上げられ、購入したいという人が現れるようになったため、
2012年の1月から通信販売をスタート。
夏には、「復興」や「被災地」という言葉を使うことをやめ、
「石巻でつくる家具」として売っていくことを決意する。
「いつまでもひきずってもいられないし、
お涙頂戴のようにやっているのも違うと思ったんですよね。
石巻が被災地であることは、特に海外では知られていませんから、
バイヤーはデザインを見て契約してくれる。
契約後にISHINOMAKIの意味を聞かれて、東日本大震災の被災地で、
震災後にできた家具なんですよと言ったら、
支援のためにと追加で購入してくれることはありますが、
支援があるからじゃなくて、まずデザインが良くて買おうと思ってくれている。
世界で、デザインで勝負できると自信を持っています」
石巻工房は、これまでにあまりなかった、
アウトドアで使えるシンプルなDIY家具というジャンルを確立した。
「田舎なら庭に置いてもいいし、都会生活なら、
室内に置くことで外を取り込んだ気分になるとか、
ベランダでちょっとコーヒーを飲んでみようかなとか。
生活にゆとりをつくることができたらいいなと思っています」
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芦沢さんが橋渡し役となり、これまで関わったクリエイターは国内外30組以上。
製品は、ホームセンターでも購入できる「ツーバイ材」と呼ばれる規格の材で、
簡単な工具で切ってつくれることができるものに限って、デザインを依頼している。
「うちの家具はビスが丸見え。家具業界では異例ですが、
自分でもできそうと思ってもらえるのが一番の狙いです。
日本の約半数の世帯にはドライバーセットがないのだそうです。
道具の使い方がわからないと、災害が起こったときに直すことができない。
うちの家具は、自分たちでつくろうと思ったらつくれるし、
壊れたら直せるし、改造もできる。被災地で生まれた石巻工房は、
そのスキルを伝える役割はあるのかなと思っています」
「なんでもあてがわれないとできないという風潮に危機感を感じるんです。
魚も、さばいてカットして並べて、醤油とわさびまでつけないと
スーパーではなかなか売れないそうですよ」
震災後、千葉さんは自ら井戸も掘った。
泥だらけで手を洗う水もなかったのだ。
「50、60センチ掘ったら水が沸いてきました。
焚き火ををして、沸かしたお湯をポリタンクに入れて、こたつに入れました。
あったかいんですよ。電気はないけどあったかい。
冷めたらそれで手を洗いました。工夫すれば生きていけるんです」
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千葉さんは、「便利なことは一番だけれど、
なくなったときの想像をしたほうがいい」と、
想像することの大切さを何度も話す。
震災から5、6年経ち、何かできることはないかと石巻を訪れる若者にも、
「君が住んでいるところで災害が起こったときに
どうすべきかを考える時間にしたほうがいい」と話したという。
「津波が来たらこういうふうになるんだ、
あの高さまで水が来るんだって想像してみたら、
何をすべきか考えられると思うんですよね。
対策をしていれば、何かあったときに役に立つ」
震災直後は、東京へ出張に行くと海抜を調べて、
津波が来たらここに逃げようということまで想像していたという。
「2月に久しぶりに大きな揺れがありましたが、
石巻に住んでいても、地震のことを忘れていたって思ったんですよね。
物が倒れないようにしておくとか、水をストックしておくとか、
どこにいても備えはしておいたほうが絶対にいい」
想像すること、ものをつくること。
道具を使って家具をつくる経験は生きる力につながっていく。
災害が起きても、感染症が蔓延しても、工夫すれば生きていける。
DIY家具メーカーとしての技術や存在感を高めながら、
石巻工房はその大切さをいまでも伝え続けている。
information
Ishinomaki Home Base
住所:宮城県石巻市渡波栄田91
TEL:0225-25-5082
建設情報
建築:芦沢啓治建築設計事務所
施工:株式会社 建築工房 零
構造:田中哲也建築構造計画
所在地:宮城県石巻市
用途:ショールーム・カフェ・宿泊・イベント・レンタルスペース
竣工年:2020年
面積:272.57sqm(1F: 165.64sqm, 2F: 106.93sqm)
information
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