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成功の鍵は“生態系”!?
「醸造するまち」遠野の仕掛け人たち

Local Action
vol.143

posted:2018.11.16   from:岩手県遠野市  genre:食・グルメ / 活性化と創生

PR キリン

〈 この連載・企画は… 〉  ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。

writer profile

Tomohiro Okusa

大草朋宏

おおくさ・ともひろ●エディター/ライター。東京生まれ、千葉育ち。自転車ですぐ東京都内に入れる立地に育ったため、青春時代の千葉で培われたものといえば、落花生への愛情でもなく、パワーライスクルーからの影響でもなく、都内への強く激しいコンプレックスのみ。いまだにそれがすべての原動力。

credit

撮影:石阪大輔(HATOS)

遠野市とキリン。長い時間をかけて“丁寧な”関係を築いてきた。

ビールの原料として使われるホップ。
名前くらいは聞いたことがあるかもしれないが、
実際に見たことのある人はどのくらいいるだろうか。
今、ホップの一大生産地である岩手県遠野市に全国から多くの人が集まっている。
また、世界108都市で展開しているシティガイド『タイムアウト』にも
遠野が取り上げられるなど、海外からも注目され始めている。
目的は「ビアツーリズム」だ。
夏には5メートルにも及ぶホップ畑のグリーンカーテンを見学し、
ホップ自体を手に取ることもできる。

ビールというと工業製品のように思われているかもしれないが、
遠野に来ると、れっきとした農業から生まれていることがわかる。
ホップ畑からホップの1次加工場、
ビールづくりをしている〈上閉伊(かみへい)酒造(ZUMONAビール)〉や〈遠野醸造〉まで、
完成までの一連の流れを見ることが可能だ。

とれたてのホップ!(写真提供:キリン株式会社)

とれたてのホップ!(写真提供:キリン株式会社)

グリーンカーテンは高さ5メートルにも及ぶ。(写真提供:キリン株式会社)

グリーンカーテンは高さ5メートルにも及ぶ。(写真提供:キリン株式会社)

こうしたプロジェクトやイベントに至るには、歴史がある。
遠野市は55年前から飲料メーカーの〈キリン〉と関係性を構築してきた。
特に転機となったのは、2004年に発売されたビールだ。

「『一番搾り とれたてホップ』に遠野産ホップがふんだんに使われることになって、
お互いに商品に対する思い入れが高まり、
遠野が“ホップの里”だとアピールしていこうというのがきっかけだと思います」
と説明してくれたのは、遠野市産業部六次産業室の菅原 康さん。
遠野市や遠野ホップ農協、キリンなどで組まれている
〈TKプロジェクト〉において、遠野市の窓口担当だ。

遠野市産業部六次産業室の菅原 康さん。

遠野市産業部六次産業室の菅原 康さん。

一方、キリンのCSV戦略部絆づくり推進室の浅井隆平さんは、
2013年から、復興支援の一環として遠野に通い始め、
今年(2018年)、新農業法人〈BEER EXPERIENCE株式会社〉の設立にともない
4月に移住してきた。
遠野に通い始めた当初、菅原さんをはじめ、市役所の関係者などと話しているうちに、
「遠野産ホップが本当に市民の誇りになっているのか!?」
と疑問に感じたという。

「そこで、もう一度、市民の誇りを醸成するために、こんなことができる、
というようなアイデアを菅原さんにぶつけていたんです。
すると良い反応をいただいて。
初年度の〈遠野ホップ収穫祭〉なんて準備期間3か月程度でやり切りました。
それがこのプロジェクトがブレイクスルーした瞬間かもしれません」(浅井さん)

キリンCSV戦略部絆づくり推進室の浅井隆平さん。

キリンCSV戦略部絆づくり推進室の浅井隆平さん。

キリンの浅井さんと遠野市の菅原さんは、
ほぼ毎日のように電話やメールなどでやりとりをしていたという。
市側でも農業や観光関係部署も巻き込み、単なる商品PRを超え、
持続可能なまちづくりへと変化していった。

「キリンとしても単にホップを絶やさないという目的だけではなく、
ホップやクラフトビールを通じて日本のビアカルチャーの未来をつくっていきたい。
だから新農業法人に出資だけして“遠野のみなさんがんばってください”ではなく、
日本産ホップの生産維持やブランド化=ビールの里構想の具現化を
遠野市民と一緒に推進していくために、本格的に人を派遣したということです。
それがないと、地域と持続的に関わることはできません」

こうして2015年に遠野市の行政や市民、ホップ生産者、キリンで
“ホップの里からビールの里へ”というキャッチフレーズのもと、
TONO BEER EXPERIENCE事業を発表し、さまざまな活動を繰り広げている。

浅井さんが着ていたTシャツロゴから遠野ホップ愛が伝わってくる。

浅井さんが着ていたTシャツロゴから遠野ホップ愛が伝わってくる。

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民間プレイヤーが加わり、より強固な三角形に。

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この両者に、さらに民間の力が加わる。
〈NextCommons Lab(ネクストコモンズラボ)〉だ。

「お互いに担当者などが変わると、あまり持続的ではありません。
そのなかで足りないピースはなんだろうと考えていました。
それは遠野に住んでいて、自分ごとである民間プレイヤーの存在でした」(浅井さん)

民間プレイヤーというピースを埋めてくれたのが、
2016年に遠野が第一号として始まった〈NextCommons Lab〉だ。
地域課題を解決したり、地域資源を活用して新しい産業作りに挑戦する起業家を
外から呼び、育成していく。
いまでは全国に活動を広げているが、その第1弾を遠野市で行った。

「〈NextCommons Lab〉で移住してきた新しいプレイヤーたちが中心となって
ビールの里構想を進めるという態勢にシフトしていっています。
一番大切なのは、民間の地域リーダーと協働することです。
それを遠野市とキリンがエンジンのように推進していくかたち。
たとえば10年かかりそうなプロジェクトを3年に縮めたり。
行政と企業のみでやっている限りでは、真のまちづくりではないと思います」(浅井さん)

〈NextCommonsLab〉を遠野で立ち上げ、
現在はビールプロジェクトのプロデューサーとして活動している田村淳一さんは、
自分の役割をバランサーとして捉えている。

「関係者が多いプロジェクトでは、それぞれの思惑は多様です。
例えばキリンの思惑、遠野市の思惑、
外から移住してきた起業家個人としての自己実現の思惑などがあるはずです。
それをうまく混ぜて、調整していくのが私の役割です。
バランスをとりながら3者が同じ方向を向いていると、強い推進力が生まれます」

ネクストコモンズラボの田村淳一さん。

ネクストコモンズラボの田村淳一さん。

田村さんは今年、クラフトビールのブルワリーである〈遠野醸造〉の立ち上げに参画した。
普通に考えれば、キリンにとってはライバルとなる存在だ。
しかし浅井さんの思いはちょっと違う。

「キリンの主語ばかりで地域に入っていくと、関わる人間が限定的になってしまいます。
しかしビールの里に向かうには、遠野に根を生やしている民間の人たちの力が必要です。
たとえば〈上閉伊酒造(ZUMONAビール)〉という地元のブルワリーの話を、
キリンの前で話すことは通常はタブーだと思われてしまっていたんです。
しかし、日本産ホップのブランド化や生産維持、そして、地域の活力を生み出すためには、
地元のブルワリーの参画が必要不可欠。
むしろ“上閉伊酒造と組みたい”という話を意識的にしていきました」(浅井さん)

「菅原さんも、浅井さんも、それぞれの所属する組織にがんばって呼びかけて、
ビールの里を実現する為に必要な打ち手をなんとか実現するために
動いてくれているんです」という田村さん。
たとえば〈遠野醸造〉のメンバーが醸造研修をするときに、
通常、キリンでは実施していない、外部の人を研修に受け入れてくれたようだ。

「日本産ホップを通じて、おもしろいビアカルチャーをつくるというのは、
到底、キリンだけでできることではありません。総力戦なのです」(浅井さん)

遠野醸造はタップルームの奥にある醸造所を眺めながら出来立てのビールを楽しむことができる。(写真提供:遠野醸造)

遠野醸造はタップルームの奥にある醸造所を眺めながら出来立てのビールを楽しむことができる。(写真提供:遠野醸造)

他社クラフトビールを含め、6種類程度の樽生クラフトビールを常備している。(写真提供:遠野醸造)

他社クラフトビールを含め、6種類程度の樽生クラフトビールを常備している。(写真提供:遠野醸造)

“遠野モデル”の誕生。多様な活動が織りなす生態系。

遠野は、こうした壮大な動きの旗印になっている。
遠野のようになりたいと、視察などの問い合わせが全国から増えているという。
行政、企業、民間がうまく融合した“遠野モデル”は水平展開が可能なのか。

「私たちの取り組みは、単純にまちの資源で稼ぐということではなく、
ビールの里に向かう過程を見せることがとても重要です。
例えば、〈遠野醸造〉は「コミュニティブルワリー」をコンセプトとして、
地域や地域外の人の“つながり”を生み出していたり、
クラフトビールを通じて街を盛り上げる仕組みを他の地域でも水平展開できるように、
初期コストを極力抑える工夫をしていたりと、
店舗運営に関する情報も惜しみなく開示していただいています。
こうしたストーリーに共感いただくことで、遠野のファンができる。
だから視察もありがたい」(浅井さん)

視察や相談が増えていることで
「ブルワリーが起点となってまちの資源をつないでいくことに可能性を感じています」
と田村さんも手応えを感じているようだ。

「その点は、実はキリンとしても初めて気づいたことです。
ビールはお酒のなかで最も飲まれているカテゴリーで、知らない人はいない。
“ビールでまちづくり”という言葉がわくわくワードに聞こえるんですね」(浅井さん)

ホップの収穫もほかの農作物と変わらないのどかな風景。(写真提供:キリン株式会社)

ホップの収穫もほかの農作物と変わらないのどかな風景。(写真提供:キリン株式会社)

ビールをおいしく飲みたければ、産地に行くのが一番いい。
できたてのビールをタンクのそばで飲めば、単純においしいはず。
わざわざ行きたくなる気持ちもわかる。

「地元で栽培されたホップを使えるということはオリジナリティを出せるということ。
遠野はこれだけの長い歴史でホップ畑を守ってきたことがやはり資源です」(田村さん)

たとえば北海道は、かつて100軒以上あったホップ農家が今は数軒。
青森も60軒以上あったが、今は数軒しか残っていない。
大きな産地はどんどん衰退しているのが現実のようだ。

「遠野のようにひとつの産業としてホップを栽培している地域は少なくなってきています。
地域にとっては当たり前の光景ですが、
広大なホップ畑を気軽に見れるということは遠野の魅力です」(田村さん)

遠野市にはカッパ伝説がある。郵便ポストの上にもカッパが鎮座。

遠野市にはカッパ伝説がある。郵便ポストの上にもカッパが鎮座。

遠野市の活動では、いろいろなコンテンツが同時にたくさん動いている。
そしていろいろな人と人が関係性を持っている。
それぞれのコンテンツは魅力的だが、一見、組織や体制がわかりにくい。
しかし、それでいい。

「組織からつくっていくのではなく、私たちは“コンテンツ磨き型”なんです。
ビアツーリズム、ホップ収穫祭、遠野醸造、
どのコンテンツも磨き切るというのが私たちのスタイル」(浅井さん)

「その仕かけのスピードを速くできるのが強みです。
これまでたくさんの挑戦を積み重ねてきました。
やりたいことが浮かんできたときに、
市、企業、民間とそれぞれで役割を決めてすぐに動いてきた。
やってみないと、成功か失敗かわからないし、発信もできません」(田村さん)

たしかに組織をつくってからでは、スピード感がなくなってしまう。
市、企業、民間それぞれにプロデューサー・コーディネーターのような存在、
つまり菅原さん、浅井さん、田村さんがいることで、
意思決定のスピードを早めることができるのだろう。

「組織の思惑はいろいろとあると思いますが、やってみようと決まったら、
あとはそれをどうおもしろくしていけるかということに全力を注ぐ。
市としてもそれをやっていきたいです」(菅原さん)

コンパクトで風情のある遠野駅。

コンパクトで風情のある遠野駅。

とにかくおもしろいもの、魅力的なものをつくりだすことに注力する。
組織はあとからついてくる。

「ひとつの組織というより、まち全体をひとつの生態系のようにしていくことを
目指しているのかもしれません。
それぞれの活動が有機的に混じり合っていく。
この間、ぜんぜん知らない女性から声をかけられて、
自分でつくったというホップのイヤリングを見せてくれたんです。
こういうことがすごく大事。市民それぞれがホップやビールと、
自分がどう関わっていけるかを考えてアクションしていく。
個人がそのアクションを通じて楽しかったり、仲間ができたり、稼げたりしていくことで、
結果まちがおもしろくなる」(田村さん)

「コンテンツ・メイキング・エコシステムみたいな(笑)」(浅井さん)

コンテンツ・メイキング、
それはビールという“コンテンツ”をつくり続けてきたキリンが、
丁寧に行ってきたこと。
それを地域に落とし込み、すばらしい遠野モデルをつくろうとしている。
企業と地域の未来を見据えた新しいパートナーシップのかたちが遠野から発信される。

※ストップ! 未成年者飲酒・飲酒運転。問い合わせ先/キリンビールお客様相談室 TEL:0120-111-560

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遠野醸造(TAPROOM)

住所:岩手県遠野市中央通り10-15

TEL:0198-66-3990

営業時間:17:00〜22:00(土曜・祝日 12:00〜22:00、日曜 12:00〜21:00)

定休日:火曜

Web:https://tonobrewing.com/

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