連載
posted:2017.7.4 from:茨城県神栖市波崎 genre:食・グルメ
〈 この連載・企画は… 〉
ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。
text&photograph
Kiyoko Hayashi
林貴代子
はやし・きよこ●宮崎県出身。旅・食・酒の分野を得意とするライター・イラストレーター。旅行会社でwebディレクターを担当後、フリーランスに転身。お酒好きが高じて、唎酒師の資格を取得。最近は野草・薬草にも興味あり。
香ばしく焼きあがった鯖の、鼻腔と空腹を刺激する香り。
しっとりとほぐれた身を口に運べば、ジュワ~っと広がる旨み・塩味・甘み。
思わずガッツポーズをしてしまう、イメージ通りの、いや、完璧なお味。
銚子港にほど近い、茨城県波崎というまちに、
越田英之さんが3代目を務める〈越田商店〉があります。
越田商店は、波崎で45年続く干物屋。
鯖の文化干しを主力商品とし、製造・卸・販売をしています。
こちらの鯖のおいしさに、噂が噂を呼び、
東京都内をはじめとした多くの飲食店やレストランから注文が殺到。
ブランド的な鯖文化干しとして、食通の間で話題となっています。
その名も〈もの凄い鯖〉。
ネーミング、ものすごい!
ところで皆さん。
鯖の文化干しのつくり方って、ご存じですか?
ただ天日干しするだけが、文化干しではないのです。
越田商店では、以下のような手順でつくられています。
1. 鯖を三枚におろす
2. 熟成つけ汁につける
3. さっと水で洗う
4. 天日で干す
作業としては単純ですが、それぞれの工程には、熟練の技と
越田商店の伝統が詰まっています。
越田商店では、45年前の開業当時から1度もつけ汁を変えず
塩を注ぎ足してきた、熟成つけ汁を使用しています。
つけ汁の原料は、塩・水のみ。
こちらに三枚おろしにした鯖をつけ込むと、鯖のエキスや骨髄が溶け出し
独特の香りと旨みをなす、熟成つけ汁になっていくのだとか。
つけ汁の管理には手間がかかるため、
効率化が進む現代では、熟成つけ汁を使用する干物屋は
伊豆諸島でつくられるクサヤを除いて、ほとんどなくなったと言われています。
ちょっと舐めさせてもらったつけ汁のお味は……、
塩辛い印象はなく、魚醤を思わせるようなまるい旨みと、魚独特の芳香。
でも、つけ汁の底をすくってみると、大量の溶けきらない塩が。
「塩分は飽和状態なんだけど、あんまりしょっぱくないでしょ?
つけ汁は、熟成されるごとに味わいがまろやかになってくるんだ」
聞けばこのつけ汁、ものすごいエピソードだらけ。
「このつけ汁の中には、不思議な菌が隠れているのでは?」
そういう知人の言葉で、つけ汁を微生物の検査機関で調べてみると
機関の職員が狂喜乱舞するような菌の生態系が……!
毎年ミャンマーに採取しに行くような特殊な菌や、
南イタリアから取り寄せる発酵用の菌が、
なぜかこのつけ汁の中に存在するという事実。
「彼らは“これは財産ですよ!”って言うんだけれど、
俺は、おいしい干物はこうすればできるっていう、
初代のお祖父ちゃんから受け継いだ製法を守ってきただけ。
調べたら、たまたまそういう菌の世界ができていた、っていうだけの話なんだよね」
たまたまにしても、ものすごい話……。
ほかにも、医学分野での有効な可能性があるとして、
某製薬会社にて、つけ汁の成分分析が進められているという話も。
なんだか、ものすごい話になってきているようです。
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越田商店では、初代の頃から変わらず、手作業で鯖をおろします。
今なら、高性能の割砕機があるのに、なぜ?
「割砕機でさばくと、背骨の両サイド3ミリくらいの厚さで削られてしまうんです。
でも、手でおろすと真ん中の骨しか残らない。
だから食べられる部分を捨てないで済むんだよね。
もうひとつ理由があって、手でさばくと、身に点々と骨の髄が残るんです。
この髄は、例えば鯖を1日2000枚おろしたら、どんぶり1杯くらいとれるんだけど
その髄が45年分、このつけ汁の中に溶け込んでいて
これこそ、つけ汁にとって重要な成分なんです」
これまでも、割砕機の案内をたびたび受けたそうですが、
頑として手さばきスタイルを変えずにやってきた越田商店。
それは今後も変わらないのだとか。
そして、三枚おろしの華麗なる早わざたるや。
1尾の鯖をさばくのに、約5~6秒。本当に背骨1本しか残りません。
技にも、食べる部分にも、無駄がない。これぞ職人技!
「今は1日1000~2000枚の鯖を切っているけれど、
一番すごかった時期は、親父とふたりで1日8000枚切ったよ。
ある日電話で、ものすごい数の注文が入ってきたんだ。
干物のストックが足りないのはわかっているんだけど、
親父から“お客様からの注文は断わってはいけない”と言われていたもんだから
“ありがとうございます!”ってすべて注文を受けて。
電話を切って親父に注文数を言うと
“わかった! じゃあ、あれを切っぺ!”って(笑)。
とにかく親父と俺とで切って、お袋と近所のおばちゃんにも手伝ってもらって、
なんとかさばききった。あれはすごかったよな!」
と、越田さんと、お母さんの信江さんと、昔話で大笑い。
4代目となる長男の竜平さんは、包丁を握って今年で4年目。
見よう見まねで三枚おろしを練習し、今では無駄のないさばきっぷり。
竜平さんと掲げた今後の目標は、1日8000枚を切ること。
「みんながおいしいおいしいって言ってくれて、
この鯖がお客様を笑顔にしてくれる。
だったら1日8000枚切って、1日8000の人を笑顔にしたいじゃない?」
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来月には倒産かもしれない、という経営難に陥ったことのある越田商店。
干物業界で、添加物や薬品の使用が推奨され、
それを拒むと、流通が制限されるという時代。
もちろん越田商店は、無添加の熟成つけ汁を貫くことを選択し
これまでの販路を絶たれた会社のひとつでした。
「まわりの同業者が次々と倒産して、俺らも風前の灯火だった。
いよいよ倒産かというときにね、親父がこう言ってきたの。
“英之、つけ汁はもう諦めっぺ。お客様が求めてないもんなんだから、
これは価値がねえってことなんだよ。つけ汁を捨てよう”って。
でもやっぱり俺は諦めたくなかったんだよね。
今まで信じてきたものが、全部ウソになるのが嫌だった」
そんな折、高田馬場で定食屋を営むおばあちゃんから、1本の電話が。
「お宅の鯖文化干しを扱っていた近所の魚屋が店を閉めてしまい
どうしようもなくて、スーパーで買った鯖の文化干しをお客様に出したら
“これじゃダメだよ!”って常連客から怒られて……。
送料がいくらかかっても構わないから、お宅の鯖を送ってもらえないだろうか」
そんな電話を受け、あまりのうれしさに、すぐに鯖を担いで電車に乗り、
定食屋まで届けに行った越田さん。
「直接届けに行ったら、おばあちゃん、たまげてて(笑)。
ちょうどお昼時で常連客がいっぱい入ってきて、
見ていると、皆、鯖定食を注文しているんだよねえ。
俺もここで昼飯を食べていこうと思って焼肉定食を頼んだら、
常連のおじさんが“ここは鯖がうまいんだぞ!”って(笑)」
今の越田商店があるのは、あの出来事が大きかったと話し、
「この味じゃなくちゃダメだ」という人がひとりでもいるうちは、
つけ汁を捨てないで、諦めずに頑張ろうと、あらためて決心したそうです。
その後も厳しい状況は続いたようですが、
徐々に応援してくれる人が増え、ご縁もどんどんつながっていき……、
今まで、業者への卸専門だったのが
食べてくれるお客様の笑顔や、「おいしかったよ!」という声を
直に聞くことがでるようになったのが、何よりよかったと語ります。
「そういう経験もあって、お客さんが笑顔になってくれるものをつくることが
やっぱり俺らの目標なんだよね」
このつけ汁、ずっと守っていかなきゃいけないですね、というと、
越田さんからはこんな答えが。
「伝統や、このつけ汁を、俺らが守っているって皆言うけれど、そうじゃないんだ。
応援してくれる人、食べてくれる人皆に、このつけ汁は守られているんだよ。
俺らは、このつけ汁がダメにならないように預かっているだけ」
大変なことはいっぱいあったけれど、よくよく考えてみれば
このつけ汁も、俺らも、高田馬場のおばあちゃんや、いろんな人に
助けてもらってきたんだよね、と何度もかみしめるように語る越田さん。
そんなそばから
「やることがないから、やってただけなんだけどね(笑)」
という信江さんの言葉に
「そうそうそう!」
と笑いながら相槌を打つ越田さんですが、
苦しい時代を親子で乗り超えてきたからこそ、
この明るい笑い声があるんだ、と感じさせる瞬間でした。
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都内の飲食店やレストランから、注文が相次ぐ越田商店。
自慢の干物をお嫁に出すと、迎えるレストラン側も
大切に扱ってくれているのがよくわかる、と言います。
「こっちが“どうだこの干物!”と自信をもって送ると、
シェフも“どうだこの料理!”って返してくるんだ。
実際に食べにいくと、ビックリするような味わいで
“こう来たか!”と返せば、シェフはニヤッと笑うんだよね(笑)」
越田商店の鯖の風味を殺さず、レストランの色もちゃんと出す。
そういったシェフのプロフェッショナルな仕事と、
鯖を大切に扱ってくれる思いに共感し、越田さんも協力的。
レストランから「こういう料理に使いたいんだけど……」という相談があれば
その料理に合うように干し時間を調整したりするのだそうです。
ところで。
越田さんのご自宅では、鯖をどのように食べるのか、聞いてみました。
スタンダードに、そのまま焼いていただくことが多いそうですが
余った焼き鯖は冷蔵庫で保存し、翌日身をほぐして、蕎麦と一緒にいただくのだとか。
それ、おいしそう!
夏は、ほぐした身を冷や汁に入れるのもオススメだそうです。
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「ゆくゆくは、越田商店を大きくしていこうと思っていて。
加工場をつくるのではなくて、工房をつくりたいと思っているのね。
干物の技術を覚えたい人、誰でもウェルカム!というような
人が集まる場所をつくりたいって、せがれと考えているんだ」
具体的なイメージを思い描き始めたのは
かねてより懇意にしている、千葉県の酒蔵〈寺田本家〉のイベントに招かれ
そこで、理想とする未来のかたちを見たのがキッカケ。
「寺田さんのところでは、毎年3月に
〈お蔵フェスタ〉という大規模なイベントをやるんだけれど、
イベントに参加するスタッフって、皆、寺田本家のファンで。
イベントの前日から、皆が集まってお酒を飲んで、
皆で泊まって、翌日皆でイベントを盛り上げる。
〈お蔵フェスタ〉以外にも、田んぼの草取り体験やら、
いろんなイベントを開催しているんだけど
俺もそこに招かれたとき“この光景はなんなんだ!?”って思ったんだよね」
まったく知らない人たちを求人して雇うのではなく
越田商店のファンであったり、干物が大好きという人たちと
大きくしていきたいと語る越田さん。
4代目の竜平さんも、越田さんのビジョンに共感し、
具体的なプランを練り、実現にむけて、共に歩み始めているのだとか。
「願ったら、叶う。
そうなったらいいな、ではなく、そうするの。2021年までにね」
そのように力強く断言できるのは
これまでも自分の信じた道を突き進み、想いや願いを叶えてきたから。
これからの越田商店&ものすごい鯖、ますます注目が集まりそうです。
information
越田商店
住所:茨城県神栖市波崎8233-9
TEL:0479-44-0473
営業時間:天候による
定休日:不定休
Web:越田商店公式サイト
Web:越田商店 Facebook
購入するなら:越田商店オンラインショップ サバ文化干し 特大200gUP 6枚入 3888円(税込)
※現在は「もの凄い鯖」ではなく「サバ文化干し(越田の鯖)」という名称で販売されています。参照
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