連載
posted:2016.4.8 from:沖縄県石垣市 genre:活性化と創生
〈 この連載・企画は… 〉
ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。
editor's profile
Yu Miyakoshi
宮越 裕生
みやこし・ゆう●神奈川県出身。大学で絵を学んだ後、ギャラリーや事務の仕事をへて2011年よりライターに。アートや旅、食などについて書いています。音楽好きだけど音痴。リリカルに生きるべく精進するまいにちです。
credit
撮影:中西康治(水中写真以外)
http://www.kojinakanishi.com/
撮影:北島清隆(水中写真)
http://www.k-kitajima.net/index.html
沖縄本島から飛行機で石垣島へ向かうとき、
その日の航路によっては、
海のなかにサンゴ礁が見えるかもしれない。
晴れの日に下を見下ろしていると、
海の色が濃い青からエメラルドグリーンに変わり、
徐々に透明になっていく。
その浅瀬に涼しげな影を落としているのがサンゴ礁だ。
海のなかのサンゴは黄色とも緑ともいえない、とてもきれいな色をしている。
光とサンゴと、サンゴに住む生きものたちが織りなす不思議な色だ。
2016年春、以前〈石垣島 Creative Flag〉という
クリエイターの力で島を盛り上げるプロジェクトの
取材でお世話になった離島経済新聞の編集長、鯨本あつこさんからメールが届いた。
それによると、石垣島で“みんなの想いでサンゴを育てる”3935(サンキューサンゴ)という
プロジェクトが始まったということだった。
近年では、沖縄をはじめ世界中の海でサンゴが危機にさらされている。
1997〜1998年にかけて世界的に起きた白化現象(※1)、
1980年代以降続いているオニヒトデによる食害、
農地からの肥料・農薬を含んだ赤土、生活排水や畜産排水の流出……
そういったさまざまな影響を受け、サンゴが減少しているという。
石垣島と西表島のあいだには、〈石西礁湖(せきせいしょうこ)〉と呼ばれる
日本最大のサンゴ礁海域がある。
その、マンタなどの多様な生きものたちが住む八重山(※2)の海は、
訪れたダイバーたちが必ずといっていいほど夢中になってしまう、
国内屈指のダイビングスポットでもある。
そんな海に住むサンゴがおびやかされていると聞くと、
遠方に住む私でも危機を感じてしまう。
これは本物を見に行かなくてはと、いても立ってもいられなくなってきた。
※1 白化現象:海水温の上昇により、造礁サンゴと共生する褐虫藻が失われ、サンゴが白くなる現象。白化したサンゴは生命力が衰え、褐虫藻が戻らなければやがて死んでしまう。1980年代以降急激に増加しており、1997年〜1998年には、地球の温暖化によって世界の70%のサンゴ礁に白化現象が起こった。沖縄では2007年にも大々的な白化現象が起きた。
※2 八重山:八重山諸島または八重山列島。日本最南西端の島々が連なる地域の総称。沖縄本島から400キロメートル、北緯24度に位置する。石垣島、竹富島、小浜島、黒島、鳩間島、波照間島、新城島、西表島、由布島、与那国島からなる。
3935プロジェクトは、石垣市が八重山漁業協同組合(以下、八重山漁協)の協力を得て
2016年の春にスタートさせたプロジェクト。
3935という名前には、島の美しい自然に対する感謝の気持ち(Thank you=39)と、
サンゴ(=35)という意味が込められている。
サンゴを再生するために必要なことは、気が遠くなるほどたくさんある。
海水温を上げないこと、海をきれいにすること、
赤土が流出しないようにすること——どれも、とても難しく時間がかかることばかりだ。
そこでプロジェクトのみなさんが着手したのが、
海中にサンゴ畑をつくり、サンゴを養殖するという試みだった。
ゆくゆくはサンゴ移植畑を島内外のダイビングショップへ無償で貸し出し、
沖縄の人や観光客にサンゴの苗づくりや植えつけを体験してもらう計画で、
現地ではすでにサンゴが育ち始めているという。
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3月下旬、南の島(ぱいぬしま)石垣空港に着陸し飛行機を降りると、
途端に亜熱帯特有の湿気に包まれた。
南の島好きとしては、この空気に迎えられるだけでもうれしくなってしまう。
まずはじめに向かったのは、島の南西側にある
3935プロジェクトのサンゴ移植体験施設。
現在人工ビーチなどの整備が進む新港地区にある。
マイクロバスに乗ってひたすら海に向かって走っていくと、
石西礁湖をのぞむ陸の端に、その施設が建っていた。
ここで3935プロジェクトに携わるNPO法人観光事業活動研究会の後藤勝之さんと、
運良く八重山漁協のサンゴ養殖研究班の班長、野里栄一さんにもお会いすることができた。
じつは石垣島には、10年以上前からサンゴの養殖に取り組んでいる人たちがいる。
それが野里さんをはじめとする漁師さんからなる、八重山漁協のみなさんだ。
野里さんは石垣島生まれ、石垣島育ち。
根っからの海人(うみんちゅ)であり、サンゴのプロフェッショナルだ。
今回はサンゴの育成を助けるためにこのプロジェクトに参加することになった。
サンゴが育つためには、水温が18〜30℃までの温かい海であること、
太陽光が届く透明な水であること、浅瀬であることなど、
複雑な条件が必要とされる。
さらに海中で養殖するとなると、状況に応じたメンテナンスも必要だ。
このプロジェクトには、経験ある漁師さんたちのサポートが不可欠だった。
「私たちはもともともずくの養殖をやっていましたので、
その経験を生かして10年以上前にソフトコーラルの養殖を始めたんです。
造礁(ぞうしょう)サンゴ(※3)の養殖を始めたのは2010年。
もともとは、観賞用サンゴを育てるためと、
子どもたちの教育目的で始めました」(野里)
海のそばに住む石垣島の子どもたちでも、なかなかサンゴを見る機会はない。
野里さんたちは石垣市の小学校に働きかけ、シュノーケリングや
海の生きものの観察など、さまざまな学習プログラムを実施し、
海と教室をつなぐ役割を果たしてきたという。
※3 造礁(ぞうしょう)サンゴ:群生し、サンゴ礁をつくることができるサンゴの種類。サンゴ礁とは、サンゴがつくった枝状、塊状、テーブル状などの石灰質の骨格が形成する地形のこと。
3935プロジェクトでは、これから地元の人たちや観光客に
さまざまな体験プログラムを提供していく。
この日は一足早く、スタッフのみうさん、めぐさんと一緒にサンゴの苗づくりに挑戦した。
サンゴの苗づくり体験では、サンゴの枝をマグホワイトという
土壌硬化剤にくくりつけるところまでを行う。
こうしてつくった苗を海中に置いておくと、
まるで多肉植物のように成長していくのだそうだ。
まず、マグホワイトに自分の名前や願いごとを書き、
ステンレス線で苗をくくりつける。
ちょっと力を入れると苗が折れてしまうので、意外と難しい。
ここでつくられた苗は、1〜2日以内に海中のサンゴ中間育成畑に移され、
十分な大きさに育つと、移植用畑へ移植される。
養殖の育成率は現状90%以上だが、
移植の成功率は30〜40%というので、少々先行きが心配だ。
無事に育つといいなと思いながら、ステンレス線を結んだ。
3935プロジェクトの企画に携わる後藤勝之さんは、
養殖を始めた理由について、次のように語ってくださった。
「石垣島の自然には、海というものがとても大切なんですよね。
その海の魅力を考えたときに、サンゴは海の生態系のなかで
とても大事な役割を果たしているんです。
さらにサンゴは、漁師の方たちやダイビング、海のレジャーを提供する
人たちにとっては、生活していくための場でもある。
そうした場を3年、5年計画で守り、育てていこうということで
スタートしたのがこのプロジェクトです。
サンゴはもともと海のものですが、養殖して苗を増やせば、
みなさんに苗を提供することができます。
サンゴ畑は、このプロジェクトの主旨を理解していただける
ダイビングショップに無償で貸し出す予定です。
その代わり、ダイビングショップの方やそのショップを介して
申し込まれたダイバーの方には、1年に何度か
苗を植えに来ていただきたいんです。
そうして島内外の方にもこのプロジェクトに参加していただき、
みんなでサンゴを育てていきたいと考えています」(後藤)
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サンゴの苗ができたら、いよいよ海のなかにあるサンゴ畑へ苗を植えにいく。
一行は船に乗り、陸から200メートルほど沖にある
八島地先と呼ばれるエリアへ移動した。
船を運転してくださったのは、八重山漁協の砂川政彦さん。
船がサンゴ畑のあるエリアに到着すると、さっそく砂川さんたちは
ボンベを背負い、ドボンと海の底へ潜っていった。
水深5メートルほどの海底に、砂川さんがゆらゆらと泳いでいるのが見えた。
なんという透明度……!
3935プロジェクトでは、石垣島 Creative Flagとともに
海の景色が360°全方向に広がるVR動画を制作している。
下の苗を海底にセットしている様子を収めた動画は、
石垣島在住の写真家、北島清隆さんが撮影したものだ。
養殖には垂下式、子割式、ひび建て式など、いくつかの方法がある。
後藤さんたちが行っているのは、下の写真のように海底にパイプを立てる、
ひび建て式というもの。
このひび建て式にもいくつかの方法があり、
今回は恩納村から技術支援を受けた恩納村式と
野里さんたちが始めた八重山式を採用し、5000本の苗を植えた。
その苗が順調に成長すれば、今年の秋には、10〜20センチぐらいの大きさになる。
3935プロジェクトではこの苗を移植用の苗として用い、漁協から貸し出しを受けたサンゴ畑で
より多くの人たちにサンゴを育む体験を提供していく予定だ。
サンゴ畑と聞くと植物のように思えるサンゴだが、
じつはクラゲやイソギンチャクの仲間で、
刺胞(しほう)動物という動物に分類されるらしい。
そのサンゴの体内には褐虫藻(かっちゅうそう)という植物プランクトンが住み、
お互いに支えあって暮らしているという。
褐虫藻はサンゴが吐き出す二酸化炭素と太陽光で光合成を行い、
サンゴはそうしてつくられた有機物を吸収して成長する。
まるで、光合成する植物のようだ。
実際、サンゴが死滅してしまうと海中の二酸化炭素を減らす
褐虫藻がいなくなり、地球の温暖化が進む要因になるといわれている。
また、サンゴ礁を形成する枝のあいだには、
魚や貝、プランクトン、微生物などが暮らしている。
サンゴが海底に育つと、さまざまな生きものが共生する生態系が育まれていくのだ。
さらに、マングローブの林とサンゴ礁は密接な関係にあり、
どちらかの生態系が崩れれば、もう一方に影響が及ぶという話もある。
石西礁湖の海に生息するサンゴは360種を超える。
一説によると、ここから生まれたサンゴの幼生(※4)が黒潮に乗って沖縄本島や奄美、
種子島をはじめとする海域へ流れ、日本のサンゴ礁の源になっているという予測もあるという。
サンゴのことを知れば知るほど、後藤さんが言っていた海の大切さ——生態系のつながりや、
そこに住む生きもの、島全体にとって海が大切だということが伝わってくる。
3935プロジェクトは、島の人たちが昔から大事にしてきた海とのつながりを
未来につないでいく活動になっていくのかもしれない。
※4 幼生:サンゴの受精卵が成長したもの。数日間海中を漂った後、岩などに着床して稚サンゴになる。
いまこのプロジェクトでは、サンゴ畑の貸与を希望する
ダイビングショップを募集している。
プロジェクトに参加して石垣の海とつながれるとしたら、とても大きな特権だと思う。
海の底に潜ることはもちろん、サンゴ畑を通じて島の人たちとつながるのは
特別な時間に違いないし、何よりとっても楽しい。
今後のニュースにも、耳を澄ませていたい。
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