連載
posted:2015.5.5 from:青森県弘前市 genre:ものづくり
〈 この連載・企画は… 〉
日本の面積のうち、約7割が森林。そのうちの4割は、林業家が育てたスギやヒノキなどの森です。
とはいえ、木材輸入の増加にともない、林業や木工業、日本の伝統工芸がサスティナブルでなくなっているのも事実。
いま日本の「木を使う」時かもしれません。日本の森から、実はさまざまなグッドデザインが生まれています。
Life with Wood。コロカルが考える、日本の森と、木のある暮らし。
text & photograph
Atsushi Okuyama
奥山淳志
おくやま・あつし●写真家。1972年大阪生まれ。 出版社に勤務後、東京より岩手に移住し、写真家として活動を開始。以後、雑誌媒体を中心に東北の風土や文化を発表。 撮影のほか執筆も積極的に手がけ、近年は祭りや年中行事からみる東北に暮らす人の「今」とそこに宿る「思考」の表現を写真と言葉で行っている。また、写真展の場では、人間の生き方を表現するフォトドキュメンタリーの制作を続けている。
著書=「いわて旅街道」「とうほく旅街道」「手のひらの仕事」(岩手日報社)、「かなしみはちからに」(朝日新聞出版)ほか。
個展=「Country Songs 彼の生活」「明日をつくる人」(Nikonサロン)ほか。
http://atsushi-okuyama.com
青森県は、森林面積が県土全体の約66%を占めている森林県。
スギ、ヒバ、ブナ、アカマツなど多様な樹種が分布する。
青森県の木にもなっている青森ひば(ヒノキアスナロ)は、
下北半島や、津軽半島に多く分布している。
近年は、保護の観点から植栽や間伐を行いながら、計画的に供給されている。
青森ひばはその耐久性の高さから神社仏閣の建築に古くから利用されており、
現在も青森を代表する木材資源には間違いない。
しかし、青森の自然の代名詞でもある世界自然遺産〈白神山地〉の
ブナ林で知られるように、青森は豊かなブナ林が広がる土地でもある。
青森県南西部から秋田県北西部にまたがる
13万ヘクタールにも及ぶ山地帯のことを指す白神山地。
この広大な山々の連なりには、人為の影響をほとんど受けていない
原生的なブナ天然林が東アジア最大級の規模で広がっている。
また、下北や八甲田周辺にもいくつものブナ天然林が広がる。
こうした背景から、青森県のブナ蓄積量は日本一の数字を誇っている。
現在は、白神山地のブナ林をはじめ、その多くは保護対象のために
木材資源として活用されることはないが、
地球温暖化防止や災害などを防止する国土保全、
渇水や洪水を緩和しながら良質の水を育む水源かん養、
生物多様性の保全など、公益的機能で重要な役割を担っている。
本州最北の地、青森はブナの国でもあるのだ。
自由な造形を可能にするブナコの製法。
弘前で訪ねたブナコ株式会社が手がける〈ブナコ〉は、
その名の通りブナを使ったプロダクトだ。
特徴は、厚さ1ミリにスライスしたテープをコイル状に巻きつけ、
それを少しずつスライドして立ち上げ、立体物に成型していく独自の製法だ。
この製法は、蓄積量日本一のブナを特産品として有効活用するため、
1956年に青森県工業試験場が考案。
含水率が高く反りやねじれが多く発生することから、
厚みのある無垢材での使用に向かないブナをいかに扱いやすくするか、
また、ブナ資源をできるだけ無駄にしないためにはどうすればいいか
という研究の末に生まれたという。
戦後は青森のみならず岩手など、ブナ資源が多くみられる東北地域では、
フローリング材や漆器の木地用としてブナを産出していたが、
“狂いやすい”という特徴から価値のある木材資源としてみられることはなかった。
当時は現在のように高機能な木材用人工乾燥機もなく、
“ブナは狂う”というのが当たり前のことだったのだ。
そんな時代に登場したブナコの製法はセンセーショナルだっただろう。
ブナをわずか1ミリにかつらむきして、テープ状とすることで、
木材加工業者を泣かせた“狂い”はきれいに解消でき、
また、コイル形状とすることで大きさの自由も生まれた。
木工ろくろを使って挽物をつくる場合、
当たり前だが木地の完成サイズ以上の丸太を必要とする。
ところがブナコの場合、大きいものをつくりたければ、
テープを継ぎながら巻いていくだけでよい。
大径木を必要としない、資源を無駄にしないものづくりが可能になったのだ。
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もちろん、ブナコの素晴らしさはこうした製造における利便性だけではない。
その独特の世界観を持つ佇まいこそブナコの魅力だ。
色白ですっきりとしたブナ特有の表情を持つテープが幾重にも緻密に重なり合いながら、
決して途切れることなく、“モノのカタチ”を生み出している姿には、
見る者、手にする者の感性を惹きつけてやまない不思議で美しい世界観が宿っている。
近年、ブナコが世界のインテリアシーンで注目を浴びる理由も、
このブナコだけが持つ世界観にあるのだろう。
天然素材であるブナのやわらかな表情を使い、
エコロジカルで繊細な技術を用いてつくり上げていく美しいプロダクトは、
言葉や文化を超えて、賞賛の声とともに世界の人々に受け入れられているのだ。
岩木山がランドマークの弘前市内。
青森生まれのプロダクトであるブナコは、いまも本社の工場のみで製作されている。
いや、工場というよりも工房といったほうが似つかわしいだろうか。
というのは、ブナコの製作現場では
木工の現場でみられる工作機械がほぼ存在しないからだ。
完成すれば端正で繊細なプロダクトそのものだが、実は製作過程は驚くほどに手仕事。
機械らしい機械といえば、塗装に使うエアブラシと塗装ブースぐらい。
この塗装とて、基本となるのは刷毛塗りで、エアブラシを使うのは仕上げ程度だという。
そして、最も重要な造形作業にあたる現場においては、もう手仕事以外何ものでもない。
ブナ材のテープは、厚さ約1ミリ、長さ1800ミリ。
幅はつくるものによって異なるが、一般的なテーブルウエアの場合は、
10ミリほどの幅となる。このテープを、底板となる部材の側面に巻いていくのが
ブナコ製作の基本中の基本だ。製品の仕上がりサイズにより、
テープを巻きつける厚みは異なるが当然一本のテープでは足りない。
厚さ1ミリのテープの端部分をカンナで薄くスライスし、
次のテープを継ぎ足していく。巻きはキツ過ぎても、緩すぎても良くない。
テープをスライドさせたときに、程よい摩擦が生まれるような
巻きの強さが理想だそうだ。
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こうした、テープ巻きの作業が終わると、造形作業だ。
コイル状に重なりあったテープを少しずつスライドさせながら、
図面に描いた角度、高さまで持ち上げていく。
かたちのないものから、頭(図面)の中のイメージにそって造形していくこの作業は、
なんとなく、陶芸でいうロクロ作業をイメージしてもらうといいだろうか。
この造形作業に登場するのが、ブナコ製作現場の名物ともいえる湯のみだ。
テープをスライドさせる際には、この湯のみを回し当てながら作業を進めていく。
ブナコの製法が確立された当初から、いくつかのオリジナルの道具がつくられ、
試行錯誤が繰り返されてきたが、結果は湯のみの角度、かたさに落ち着いたという。
もちろん、どの湯のみでもいいというのではなく、
誰もがよく知る、ある生活雑貨メーカーの白い湯のみが一番なのだそうだ。
それにしても、この造形作業はまるで魔法のようだ。
木の円盤のようなものが職人の手の中にある湯のみを当てられると、
むくむくと立ち上がるようにして「カタチ」が現れてくるのである。
その様子に感嘆し、「カタチ」の細部に目をやると、その美しさにはさらに驚く。
ブナのテープはカタチの中を伸びやかに進み、美しい曲線を幾重にも描く。
こうして、造形が終わると行われるのが接着だ。
造形の段階では摩擦力だけでかたちが保たれているにすぎないので、
薄めた木工用接着剤を塗布し、動かないようにする。
その後、乾燥へと進み、パテ埋め、ペーパーがけ作業を経て、塗装仕上げとなる。
ちなみにパテ埋めは、天然素材ならではの作業だ。
基本的に節材などは使用しないが、それでも天然木ゆえに材質にはばらつきが出る。
そこでブナ材の粉を原料としたパテを使い、
小さなカケやくぼみなどを埋める作業が必要となる。
こうした丁寧な作業を経ることで、ブナテープが生み出すラインが、
さらに流れるような美しさをまとい始める。
まさに手仕事の緻密さがそこにある。
とはいえ、ブナコにとっての手作業とは、
作業的に人の手がもっとも適していたということにすぎない。
完成した製品を見ればわかることだが、
そこに手仕事のぬくもりや優しさといった
見えない世界観を持ち込もうとするのではない。
ブナという素材特性を熟知し、イマジネーション溢れる製作方法で、
これまでどこにもなかったプロダクトをつくりだす。
その目的のために人の手の力が必要なのだ。
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ブナコの人気はやはりデザイン性の高さだ。
コイル状に巻かれたブナ材のテープのやわらかなラインを持ち味に、
ときにはシャープなフォルムで変化をつけながら生み出された
ブナコの軽やかで美しい姿は、ブナコ・デザインと呼べるほどの独自性を持つ。
ランプに至っては、光をかざすと赤く透けるというブナテープの特性と
ブナコならではのフォルムが合わさって、
ブナコ以外にはつくり出せない灯りの世界だろう。
ブナコ株式会社では、こうした世界観をインテリアづくりのなかで
もっと生かしてもらおうとコントラクト事業部を創設。
国内のみならず海外のデザイナーからのオーダーを受け、
オリジナルの照明などで空間づくりをサポートしているという。
それが可能になるのも、ブナコというプロダクトが持っている
高いデザイン性と潜在能力があってのことだろう。
このようにデザイン性の高さを大きな特徴として展開しているブナコだが、
社内にはいわゆるデザイナーと呼ばれるポストは存在しない。
ほとんどの製品を発案するのが社長だそうだが、
社員それぞれが「ブナコだからできること、ブナコだからやれること」を考えて
製品化していくという。
ブナコには、その名が示す通りブナという素材が欠かせない。
しかし、それはあくまでブナコはブナを使うという大原則があるからで、
たとえば、樹脂テープのようなものを使っても
同じ技法で製品をつくることは可能なはずだ。
また、ほかの素材を使うことで天然素材のブナでは不可能だったデザインが
実現できる可能性も生まれてくるかもしれない。
しかし、ブナコをつくるスタッフの方々に言わせると、
「なぜ、ブナ以外を使う必要があるの? ブナコは、ブナを使ってこそ。
だから、ブナコでできることは何かを考えて、かたちにしていくのが私たちの仕事です」
と少しも揺らぐことがない。
言葉の表面だけをすくうと硬直した意見にも聞こえるが、
これがきっと社内にデザイナーを置かず、
だからといって、外部にデザインを委託するでもなく、
オリジナル性の高い製品を生み出すことにつながっていると言えないだろうか。
スタッフのひとりひとりが自分たちの仕事を掘り下げ、
より深く考え抜いた結果を、ブナコとしてつくり上げていく。
それは言い換えれば、ブナコの“本質”をかたちづくっていくという、
まさにデザインの仕事そのものと言えるだろう。
そういう意味では、海外に活躍の舞台を広げながらも
ブナコ誕生の地である弘前という風土に活動拠点を置き、
ブナのテープを一回一回巻きながら、美しいかたちをつくり上げていくことは、
ここでは当然を超えて必然なのだろう。
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こうして、ブナコ製作現場を存分に拝見できたわけだが、うれしいおまけがあった。
取材後になんと、ブナコ製作体験プログラムを体験することができたのだ。
このプログラムは実際の工房で、製品と同じ直径24センチの巻き板から、
自らの手で湯のみを使って造形作業が行えるというもの。ファン垂涎の企画である。
さて、挑戦してみると、眺めるのと手を動かすのとでは大違い。
湯のみを握る手も汗ばみ大苦戦だった。しかし、そこは実際の製作現場。
見るからに頼もしい熟練の職人さんから美しい造形を生み出す技を伝授していただき、
ご愛嬌的にバランスが崩れはしたものの
何とかサラダボウルの造形を完成させることができた。
製作体験としてはここまでで、これから先の仕上げまでの作業は、
職人さんが行ってくれるそうだ。
そして、完成した暁には、自宅まで送り届けてくれるというのだから、
何とも幸せいっぱいなプログラムなのである。
ちなみに体験料金は、ひとり1個8,640円(税込)で、
弘前市内のブナコショールームで予約申し込み(最大6人まで)が可能となっている。
ブナコが大好きという人には、弘前まで旅をする価値は十分にあり! である。
information
ブナコショールーム
住所:青森県弘前市土手町100-1 もりやビル2F
TEL:0172-39-2040
営業時間:10:30~19:00
定休日:不定休
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