連載
posted:2014.12.9 from:新潟県上越市 genre:ものづくり
〈 この連載・企画は… 〉
日本の面積のうち、約7割が森林。そのうちの4割は、林業家が育てたスギやヒノキなどの森です。
とはいえ、木材輸入の増加にともない、林業や木工業、日本の伝統工芸がサスティナブルでなくなっているのも事実。
いま日本の「木を使う」時かもしれません。日本の森から、実はさまざまなグッドデザインが生まれています。
Life with Wood。コロカルが考える、日本の森と、木のある暮らし。
writer profile
Hiromi Shimada
島田浩美
しまだ・ひろみ●編集者/ライター/書店員。長野県出身、在住。大学時代に読んだ沢木耕太郎著『深夜特急』にわかりやすく影響を受け、卒業後2年間の放浪生活を送る。帰国後、地元出版社の勤務を経て、同僚デザイナーとともに長野市に「旅とアート」がテーマの書店「ch.books」をオープン。趣味は山登り、特技はマラソン。体力には自信あり。
credit
撮影:阿部宣彦
ウッドワークからつながる新潟の森のはなし
新潟県はその約7割にあたる86万ヘクタールを広大な森林が占めており、
木材の供給をはじめ、県土の保全や水源の涵養、心の癒しや休養など、
県民の生活に大きな役割を果たしてきた。
一方、高齢化や森林管理の担い手の減少に伴い、
管理の行き届かない森林が増加しているのも事実。
こうした状況を踏まえ、県では森林・林業・木材産業分野の推進計画を策定し、
森林の多面的機能の発揮や林業の持続的かつ健全な発展に向けた
さまざまな取り組みを進めている。
近年はスギ材の生産が盛んで、雪国の厳しい環境で育った強くたくましいスギを
「越後杉」としてブランド化し、全国に発信する動きも見られる。
建具職人による家具づくりのはじまり
新潟県南西部に位置し、日本海に面する上越市。古くから陸海交通の要衝として栄え、
市の中央部を流れる関川、保倉川に広がる平野を取り囲むように山々が連なる。
こうした環境のなかで“森に還る家具”をキーワードに、
スギの間伐材を利用した家具づくりを行っているのが協同組合ウッドワークだ。
ウッドワークの組合員は、市内全域に分散する4社の建具職人たち。
もともと上越市は地場産業として木製建具産業が発展し、
最盛期には建具組合に200社を超える建具屋が加盟していたそうだ。
しかし、他地域の産業と同様、平成に入るころから徐々に
後継者不足や技術者の高齢化などが深刻化。
さらにアルミ製の建具やハウスメーカーの既製品などが市場に登場し、
追いうちをかけるようにバブル経済が崩壊して、
多くの建具職人たちは廃業を迫られたという。
そこで平成3年、打開策として組織されたのが、ウッドワークの前身で、
建具組合の青年部を中心とした「上越木工活性化研究会」だった。
「これからは、建具一本やりでは通用しないと感じました」
こう話すのは、当初からのメンバーで、
現在、ウッドワークの代表理事を務める米山 均さん。
「研究会では建具の基本に立ち返り、何か木製品をつくってみようと考えたのです。
市内の山に入ってみたところ、あちこちにスギの間伐材が放置され、森は荒れ放題。
間伐材を利用して何かしなければ、と思いました。
節が多い間伐材は細い建具には向きません。でも、家具なら使えるのではないか。
こうして建具職人たちの家具づくりが始まりました」
平成6年、研究会というゆるやかなつながりから組織を変え、
資金を出し合って仕事を分け合う協同組合としてウッドワークを設立した。
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一筋縄ではいかないスギの間伐材
最初は困難の連続。
当時、上越市の利用間伐はゼロで、間伐材のマーケットはほぼ皆無だった。
というのも、間伐材は価格が安すぎたため、
伐採しても搬出コストのほうが高くついたからだ。
そこでウッドワークでは地元の森林組合と年契約をし、スギ材を予約購入。
品質を問わず、県の指導価格という高値で買い取った。
粗悪な材を買わされたこともあったが、さまざまな取り引きをくり返すなかで
糸魚川市にある「ぬながわ森林組合」とのよい出合いがあり、
いまは安定的に間伐材を入手できるようになっている。
手間と技術を要するスギ家具材の乾燥
しかし、次なる困難は製材にあった。
市内には建築材、いわゆるKD材の乾燥はしていても、
家具材を乾燥できる製材所が少なかったのだ。KD材の含水率は低くて14~16%。
これに対し、家具材は乾燥釜の中でおよそ8%まで含水率を落とし、
外気に戻して1か月ほど放置して、徐々に12%という自然な含水率に戻す必要がある。
こうしないと、スギ材の家具は日本海側から乾燥した太平洋側に運ぶと、
すぐに曲がってしまうのだ。
「当初は木材の含水率が高いまま家具をつくり、
すぐに割れが入るという失敗をくり返しました。乾燥は自分たちではできないので、
家具材を乾燥させている製材所を随分と探し、やっと市内で前田材木店を見つけました。
専務が熱心な方で『地域材の使用はいいことだから協力する』と言ってくれたのです。
戦後植林で放置林のような森の間伐材はひとつずつの材が均一ではないので、
それぞれの乾燥具合は異なります。
仕上がりは製材屋の腕にかかっているという意味では、乾燥技術も職人技なんですよね」
と話すのは、ウッドワークの顧問で、
現在は家具のデザインも行っている関原 剛さんだ。
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強度とデザイン、救世主との出会い
これですべての問題がクリア、というわけにはいかなかった。
一番の困難は家具への加工にあった。そもそもスギは軽く加工も容易で、
建具の原材料としてはよく使われているが、
反りなどがあるため一般的に家具には不向きだとされている。
建具職人たちは障子や襖としてスギを美しく仕上げるテクニックはもっていたが、
家具に必要な強度に対する知識や技術がなかったのだ。
「建具職人は器用なので最初から家具らしいものはつくることができたのですが、
本当に大切なところは理解していなかったのです」(関原さん)
強度に加え、デザイン面でも大きな問題があった。
ウッドワークでは活動を広めるために毎年東京で展示会を開催していたのだが、
来場者から「地域材を使う考えは素晴らしいが、デザイン性がなっていない」
という指摘を受けたのだ。
「建具職人は、製作は得意でしたが、デザインはまるでダメだったのです」(米山さん)
そんななかで、東京藝術大学の講師を長年務めていた
家具デザイナー・小田原 健さんとの出会いがあった。
当時、小田原さんは上越市内で展示会を開催していた
大手家具メーカーの指導をしていたのだが、
そのメーカーの社長が「面白いことをやっている団体がある」と、
ウッドワークを紹介してくれたのだ。
小田原氏は「これからの時代、間伐材の利用は大切なこと」と
ウッドワークの取り組みに興味を持ち、デザイン指導に携わることになった。
具体的には、小田原氏のデザインスケッチを組合員が原寸大の図面として
ベニヤ板に起こし、そこに部材を書いて試作品を作成。
それを小田原氏がチェックし、出来が悪いものは指示を受けてつくり直す。
これを何度もくり返すと構造の勉強にもつながった。
強度を必要とする椅子はどのような仕口にするか、
割れやすい板はどういうものか、木目のどの部分をどう使うか。
結果的に時間はかかったが、組合員たちは基礎から家具づくりを学ぶことができた。
「技術自体は建具のつくり方を応用すればよかったのですが、
スギ材のやわらかさが難しいところでした。
テーブルはそれほど強度がなくても問題ありませんが、
椅子は背もたれに力が掛かるので、絶対に抜けない仕口に工夫しました。
4~5年で、ある程度販売できるものがつくれるようになり、
確かなものができたと手応えを感じたのは10年目くらいです。
いまはよほどの衝撃がかからない限り、折れることはありません」(米山さん)
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建具屋ならではの和風デザイン
現在は、小田原さんのほかに武蔵野美術大学の名誉教授である島崎 信さんと、
ふたりの指導のもとで10年ほど勉強した関原さんがデザインを担当している。
もともと関原さんは東京で商業施設デザイナーをしていたが、
Jターンを機にウッドワークの顧問となったのだ。
そんな関原さんがこのたび新たに考案したのが、和の要素をもつ家具。
「これまでは洋家具のデザインをスギ材でつくっていましたが、
私たちは建具屋なのだから、和のテイストを表現しようと思ったのです」
エッジをきれいに見せて日本刀のようにきりっとした趣を感じさせる、
すっきりとした和風のイス。いまはようやく試作が終わり、いつでも生産できる状態だ。
関原さんは言う。
「ウッドワークの家具は出元が建具屋のせいか、仕上げがきれいでクオリティが高く、
スギ家具のなかでは日本一だと思っています。
また、森林組合から原木を入手して丸挽きで木取りをしているから、
木目や部材をどう使うかをデリケートに計算しています。
受注発注なので細かなカスタムに対応でき、ミリ単位での調整も可能です」
米山さんも「スギ家具は軽く、洋家具の半分ほどの重量。
素材もやわらかいので座り心地に温かみがあります。
これからの時代、女性やお年寄り、具合が悪い人に向けた家具としては
使い勝手がよいでしょうね」とその魅力を語る。
品質と環境保全を保証する「産地認証制度」
ウッドワークではさらに特徴的な取り組みを行っている。「産地認証制度」だ。
「日本ではかつて、産地詐称が横行していました。
次第にそれは通用しないといわれ始めた時代のなかで、
私たちは木材に農産物、あるいはフランスワインのような
ラベルをつけられないかと考えたのです。
産地がどこで、シャトーがどこで、何年産のどういうブドウか。
あのラベルと同じものを家具に付けるという発想でした」
そこで、平成10年に新潟県のNPO法人第一号として「木と遊ぶ研究所」を設立。
ウッドワークが買い付けた木を集材所でチェックしてもらい、
NPOから産地証明を発行してもらうシステムを構築した。
証明を受けた家具には1枚500円の産地証明シールを貼り、
その売上はNPOの活動資金に。
トレーサビリティも確立したこのシステムは高く評価され、
平成12年、農林水産大臣賞を受賞した。
「実直に少しずつ品質を高くしていくこと。
そして和的なエッセンスを取り戻して、家具に表現していくこと」
これが、関原さんが思うこれからのウッドワークの展望だ。
「以前に小田原先生が『フォルクスワーゲンはすべて同じように見えるけど、
毎年数ミリずつ変化を加えているんだよ』と教えてくれました。
私たちの家具にも、それが必要だと思っています。
一度つくったデザインが完成ではなく、少しずつ改良を加えていくことで、
スタンダードな家具が何十年もかけてよりよいものになっていくのでしょう」
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木のある暮らし 新潟・協同組合ウッドワークのいいもの
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協同組合ウッドワーク
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