連載
posted:2014.10.17 from:山形県天童市 genre:ものづくり
〈 この連載・企画は… 〉
日本の面積のうち、約7割が森林。そのうちの4割は、林業家が育てたスギやヒノキなどの森です。
とはいえ、木材輸入の増加にともない、林業や木工業、日本の伝統工芸がサスティナブルでなくなっているのも事実。
いま日本の「木を使う」時かもしれません。日本の森から、実はさまざまなグッドデザインが生まれています。
Life with Wood。コロカルが考える、日本の森と、木のある暮らし。
writer profile
Kanako Tsukahara
塚原加奈子
つかはら・かなこ●エディター/ライター。茨城県鹿嶋市、北浦のほとりでのんびり育つ。幼少のころ嗜んだ「鹿島かるた」はメダル級の強さです。
credit
撮影:ただ(ゆかい)
天童木工からつながる山形の森のはなし
山形県の総面積の約7割は、森林が占めており、
水、木材、食料、信仰など昔から山の恵みと人々は密接に関わってきた。
出羽三山、奥羽山脈などの高峰を有する山地は、
ブナやナラなど広葉樹が多い天然林で、
なかでも日本の山の原風景と言われるブナの天然林面積は日本一だ。
かつては、人里に近い雑木林ではコナラやミズナラが
薪や整炭など人々の暮らしの燃料源として多く活用されていた。
一方、人工林のなかで8割以上を占めるのがスギ。
まっすぐ生長するので寺社、家などの建材に向く。金山町の「金山杉」、
西村山地域(大江町、朝日町、西川町)の「西山杉」などの産地をはじめ、
多く植林されているがどこでも木材需要が減少しているのが現状だ。
森林組合、工務店、建築家、職人が連携し、
地域材を使った住宅づくりが推進されている。
日本全国のスギの山の救世主、現わる?
山形県天童市に本社を構える「天童木工」は世界中で愛される家具メーカーだ。
薄くスライスした木の板(単板)を重ねて自由な造形をつくりだす「成形合板」。
北欧で生まれたこの技術を日本で最初に取り入れ、
これまで天童木工の高い技術は、数々のデザイナーたちをうならせてきた。
柳宗理デザインの「バタフライスツール」は、
昭和31年に発売され、いまもロングセラー。
時代を超えて愛される名品を生み出してきた同社が
2014年に発表したのは国産の針葉樹を使ったシリーズだ。
特に自社製品の家具には山形県産材を取り入れ生産を行っている。
従来の天童木工の家具と大きく違う点は、「木目」。
人肌の色に近い針葉樹のスギやヒノキはとてもやわらかい雰囲気を持つ。
真っすぐのび、はっきりとした木目を纏ったチェアやテーブルは、
天童木工のモダンなデザインと融合され、
ナチュラルだけれど、品があってどこか愛らしさもある。
2014年4月に発表後は反響がたちまち広がり、
現在、注文などの問い合わせが殺到しているという。
家具としての魅力もさることながら、反響が大きかったその訳は、
国産の針葉樹、特にスギを家具に使用したという点!
しかも、活用に皆が手をやいていた間伐材も含まれる。
一般的に家具に使われる木材は、ブナやナラなどの広葉樹。
天童木工でも、これまですべて広葉樹を扱ってきた。
スギは、広葉樹に比べて軟らかく、
強度や加工の面から見ても家具には不向きなのだ。
そんなスギを使おうと思った背景には、現在の日本の山の状況がある。
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林業の低迷、荒れる里山
近年、日本全国の林業関係者がずっと抱えている問題が、
輸入材や需要低下により木材が流通せず、山の管理がままならないということ。
実は、現在天童木工でも使われている木材の9割が輸入材だ。
特にスギは古来より日本にある木の品種で、生長が早く管理がしやすく、
日本全国で植林が推奨されてきた。
しかし、売れなければ手入れのコストばかりがかさみ、山は放置されてしまう。
それは、山形県内の山も同様の事態だ。
天童木工では、天童市内の3企業とともに、
「天童・不思議の森」の森づくりの活動に参加し、
定期的に下刈りや間伐作業のお手伝いをしている。
伐採した間伐材を使ってベンチをつくり市内の保育園などへ寄付しているが、
もっと大幅な活用が必要だという事実に直面した。
「天童市の山に行き30センチくらいの直径で7メートルのスギの間伐材が、
150円だと言われたときは、改めてびっくりしました。
そういう現状を目にすると、活用について真剣に向き合うようになります」
と企画部の結城 純さんは話す。
「私自身、尾花沢市にスギを植林した山を持っていて、
スギを活用できないかというのは、ずっと考えていたことでしたね」
と口を開いたのは、今回の開発の立役者・製造本部長の西塚直臣さん。
「木材が生活の燃料として活躍していた頃は、
広葉樹の多かった山形の里山にはたくさんの炭焼き小屋があり、炭をつくっていました。
50ヘクタールあったら、1年に1ヘクタールずつ伐採して炭にし、その分植林する。
広葉樹の場合は、伐採すれば切り株から自然と芽が出てきます。
そうやって、自然と森を若返らせ、循環させていたんですね」
時代が進むとやがて燃料はガスや電気へと代わり、建材になるスギを植林。
「でもスギが育ったいま、伐採しようとすると、
伐採コストのほうが高くなってしまうんです。
そうすると、もうどうしようもできないんですよね」
スギの弱点をカバーした、新技術。
この日本の林業の課題を背負って、技術開発の舵をとった西塚さんは、
「軟らかいスギ板を圧縮すれば、ブナやナラと同等の強度になる」と考えた。
例えば、通常ブナやナラは1ミリにスライスし、そのまま成形するが、
スギの場合、3~5ミリと厚めにスライスし、
1~2ミリの板に圧縮すれば、家具としても強度が増すのでは……。
西塚さんに与えられた課題は、この「圧縮」をスギにどう施すか。
まず、フローリングなど建築材の分野で使われている、
強度・硬度を上げる「圧密加工」というプレス機を試してみる。
もちろん天童木工にはそんな機械はないので、福島県郡山市へ通っての作業。
しかし、プレスする際に加えられる熱により、
表面が黒く焦げてしまい、杉の持ち味である風合いや色味が消えてしまう。
「失敗の連続でした。でも、せっかくスギでつくるんだから、
その良さは消したくなかった」(西塚さん)
既存のプレス機では理想の板がつくり出せない。
そこで、思い通りの圧縮ができ、温度調整も可能、
さらに量産できるスピードを兼ね備えた理想の圧密化装置の開発へ。
そしてついに、新しいプレス機が完成した。
単板を量産できれば、職人たちが家具へと成形できるからだ。
「いままで、あんなに高額な機械は頼んだことないんじゃないかな(笑)。
でも、成形できる素材さえ揃えば大丈夫なんです、うちは。
チャレンジ精神豊かな職人たちのことは、本当に信頼している。
目的と方向性をブレずに伝えれば、
毎回、依頼した以上のものがあがってきますから」(西塚さん)
もともと、地元の大工、建具職人、指物業者が集まり昭和15年に創業した同社。
ものづくりに対する真摯な職人気質が、脈々と受け継がれている。
針葉樹の場合でも、単板に接着剤を塗布し重ねてプレス、と成形工程は従来と同じ。
とはいえ、これまで使ったことのないスギという素材。
それぞれ家具のデザインによって
重ねる厚さも異なるので知識と経験が要求される作業だ。
何度も強度試験を繰り返し、試作の連続。
ちなみにチェアの場合、強度試験は座面に60キロの重さをかけ、
足の部分を上げたり下げたり8000回繰り返す。
それを経て初めて製品として認められるのだから、強度は太鼓判つきだ。
3年を経て今年2014年4月に、ようやく発表することができた。
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日本全国のスギ活用に向けて
もともと、日本の山に眠るスギやヒノキを活用するために始められた、
この天童木工の針葉樹を加工する新たな成形合板技術。
自社製品へは山形県北部で生産される金山杉などを使っていくが、
「天童だけで展開しても日本のスギの問題は解決しない」と、
天童木工では、地域連携も行っていく。
各地域のスギを仕入れ、天童木工で加工し、製品を里帰りさせる仕組みだ。
福岡県筑後市の九州芸文館では、地元の八女杉を使って机やイスに、
岡山県真庭市役所では地元のヒノキを使った議場のデスクやチェア、
兵庫県加東市市役所でも兵庫県産のスギを使った窓口カウンターなど、
家具はもちろん内装材など、既にさまざまなかたちになっている。
公共施設に自分のまちの木が使われていると思えば、自然と愛着もわく。
天童木工内にある製材場には、東京、徳島など日本各地から届いたスギが、
家具になるのを待っていた。
発表後、開発担当した西塚さんのもとには
「うちの山のスギも使ってほしい」
とまったく知らない人から連絡が入ったこともあるそう。
「こんなにスギで困っている人がいるんだと、想像以上の反響でした。
でも、単にスギを使おう、間伐材を使おうと言ったって、
お客さんが『ほしいな』と思えるものをつくることが大切。
そこは常に考えていたことでした。
消費者はとても目が肥えているし、理解も深いです。
私たちは営利企業ですから、永続しないといけない。
そのためには、長く愛される製品をつくっていかないとね」
この針葉樹シリーズは、現在たくさんの注文が入り
生産が追いついていない状況だという。
今後は大幅な設備投資を検討し、針葉樹シリーズの事業拡大をめざす。
スギの需要が増えていけば、これまで眠っていた山も再生されていく。
そうすれば、現代に合った山とのつき合い方が見つかるかもしれない。
西塚さんが、最後にスギの学名を教えてくれた。
「クリプトメリア・ヤポニカ」
ラテン語で“隠された日本の財産”という意味なんだそう。
日本にしかない木でつくった家具は、
きっと自分にとっても、家族にとっても大切な財産になっていくに違いない。
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木のある暮らし 山形・天童木工のいいもの
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