連載
posted:2019.2.13 from:神奈川県鎌倉市 genre:食・グルメ
〈 この連載・企画は… 〉
豊かな歴史と文化を持ち、関東でも屈指の観光地、鎌倉。
この土地に惹かれ移り住む人や、新しい仕事を始める人もいます。
暮らし、仕事、コミュニティなどを見つめ、鎌倉から考える、ローカルの未来。
writer profile
Yuki Harada
原田優輝
はらだ・ゆうき●編集者/ライター。千葉県生まれ、神奈川県育ち。『DAZED&CONFUSED JAPAN』『TOKION』編集部、『PUBLIC-IMAGE.ORG』編集長などを経て、2012年よりインタビューサイト『Qonversations』を運営。2016年には、活動拠点である鎌倉とさまざまな地域をつなぐインターローカル・プロジェクト『◯◯と鎌倉』をスタート。
photographer profile
Ryosuke Kikuchi
菊池良助
きくち・りょうすけ●栃木県出身。写真ひとつぼ展入選後、雑誌『STUDIO VOICE』編集部との縁で、INFASパブリケーションズ社内カメラマンを経てフリーランス。雑誌広告を中心に、ジャンル問わず広範囲で撮影中。鎌倉には20代極貧期に友人の家に転がり込んだのが始まり。フリーランス初期には都内に住んだものの鎌倉シックに陥って出戻り。都内との往来生活も通算8年目に。鎌倉の表現者のコレクティブ「全然禅」のメンバー。
http://d.hatena.ne.jp/rufuto2007/
長い歴史と独自の文化を持ち、豊かな自然にも恵まれた日本を代表する観光地・鎌倉。
年間2000万人を超える観光客から、鎌倉生まれ鎌倉育ちの地元民、
そして、この土地や人の魅力に惹かれ、移り住んできた人たちが
交差するこのまちにじっくり目を向けてみると、
ほかのどこにもないユニークなコミュニティや暮らしのカタチが見えてくる。
東京と鎌倉を行き来しながら働き、暮らす人、
移動販売からスタートし、自らのお店を構えるに至った飲食店のオーナー、
都市生活から田舎暮らしへの中継地点として、この地に居を移す人etc……。
その暮らし方、働き方は千差万別でも、彼らに共通するのは、
いまある暮らしや仕事をより豊かなものにするために、
あるいは、持続可能なライフスタイルやコミュニティを実現するために、
自分たちなりの模索を続ける、貪欲でありマイペースな姿勢だ。
そんな鎌倉の人たちのしなやかなライフスタイル、ワークスタイルにフォーカスし、
これからの地域との関わり方を考えるためのヒントを探していく。
個人が経営する小規模な店舗が比較的多い鎌倉のまちには、
週休2日、あるいは3日というマイペースな営業スタイルのお店が少なくない。
もともと内装設計や家具製作などの仕事をしていた中村美雪さんが、
2011年にオープンさせたカフェ〈テールベルト〉もまた、営業日は週4日、
店休日には家具の仕事に取り組むというスタイルでスタートを切った。
2013年には、葉山に店舗を構えていた中村岳さんの〈カノムパン〉と合流し、
ベーカリーカフェ〈テールベルト&カノムパン〉としてリニューアル。
これを機に、パン用オーブンを設置するなど大きく改装したお店は、
その後も観葉植物を販売するショップや、
靴のオーダーメイドブランドの分室を店内の一角に設けるなど、
さまざまなメンバーたちを巻き込みながら、カフェという枠を超え、
まるで生き物のように有機的にかたちを変え続けている。
リラックスした空間の中で、さまざまな人やモノ、
カルチャーと出会うことができる場をつくり、
訪れる人たちを迎え入れるだけではなく、全国各地のイベントなどへの出店に加え、
夏季には長期休業をして国内外の各地に遠征するなど、
型破りのスタイルで常に新たな刺激を追い求めるテールベルト&カノムパン。
鎌倉駅から北西に歩いて15分ほど、閑静な住宅街に
隠れ家のように佇む同店に携わるメンバーたちが迎え入れてくれた。
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三方を山に囲まれた鎌倉には、「谷戸(やと)」と呼ばれる
入り組んだ山の尾根がつくる谷状の地形が多く見られる。
なかでも、テールベルト&カノムパンが位置する扇ヶ谷には多くの谷戸があり、
鎌倉らしい景観が広がるエリアだ。
この扇ヶ谷の北側、鎌倉駅と北鎌倉駅の中間に位置し、観光客もまばらな住宅街に、
内装設計会社を経て、家具工房の職人として働いていた中村美雪さんが、
一軒家を改装したカフェを構えたのは、2011年7月のことだ。
「内装や家具の仕事をしていたのは、ゆくゆくは自分で
空間から手がけたお店をつくりたかったからです。
お店を開くにあたって、都内でも物件を探したのですが、
いろいろと難しいと感じることが多く、
以前から好きだった鎌倉にも足を運んでみたんです。
実際にまちを見て回ると、もともと別荘の文化がある鎌倉には
いまもすてきな住宅がたくさんあって、
自分の空間をつくることを楽しんでいる人が多く暮らしている場所だと感じました。
ここでなら、内装や家具などの仕事をしながら、
カフェを営むことができるんじゃないかと」
こうして美雪さんは東京から鎌倉に居を移し、
自宅兼店舗というかたちでテールベルトを開店することになる。
営業は週4日、それ以外の日は内装や家具の仕事にあてる
というスタイルでのスタートだった。
一方その頃、カノムパンの中村岳さんは、鎌倉からほど近い葉山の地で、
すでに10年ほどパン屋を営んでいた。
ふたりが初めて出会ったのは、2013年のこと。
当時から持ち込みの企画などを開催することも多かったテールベルトで
音楽イベントが行われた際に、ケータリングとしてやって来たのがカノムパンだった。
「僕はグラフィックデザイナーだったのですが、
やがてカノムパンの活動に参加するようになりました。
東京から葉山に拠点を移すタイミングで店舗を構えたのですが、
パートナーが病気でお店を離れることになってしまい、
そのときにパンを焼くことを覚えさせられたんです(笑)。
それからしばらく経った頃にケータリングで呼ばれ、
初めてテールベルトに来たのですが、鎌倉らしい地形にありながら、
数ある古民家を再生したようなカフェではなく、
ほかにはないすてきな空間だと感じました」
これを機にお店に通い始めた岳さんは、
テールベルトの常連客が八丈島で酪農を始めたことをきっかけに、
美雪さんとともに島の素材を使ったパンケーキを、
キッチンカーで販売するプロジェクト〈リコッタ・パンケイクス〉を
夏季限定で行うことになる。
鎌倉と八丈島を行き来するこの活動がきっかけとなり、
2015年にはふたつの店舗が融合したテールベルト&カノムパンとして、
リニューアルオープンすることになったのだ。
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リニューアルを機に店内にオーブンを入れ、厨房も広げるなどDIYで大幅に改装を行い、
その翌年には、緑が広がる鎌倉らしい風景を眺めながら
くつろげる2階スペースも設けた。
さらに、2016年にはプランツコンシェルジュによるグリーンショップが
お店の一角にオープンし、現在はこれと入れ替わるかたちで、
オーダーメイドの革靴ブランド〈Shy〉の片野翔平さんが週に数日在店。
お店を訪れた人たちのシューケアやオーダーメイドの受付などを行っている。
「以前に共通の知人から紹介してもらい、当時通っていた専門学校の
卒業制作の受注会をここでやらせてもらったことがあったんです。
そのときからお店の雰囲気が好きで、靴職人として独立するにあたって
空間の一部を使わせてくれないかと相談したところ、快諾していただきました。
単に靴を売る場所ではなく、リラックスした空間の中でお客さんと
ものづくりの話ができることがとてもありがたいと感じています」(片野さん)
お店に足を運んだら、グリーンコンシェルジュや靴職人が
さまざまな相談に応じてくれる。
普通のカフェではまず見られない光景だが、このテールベルト&カノムパンには、
ジャンルを超えてさまざまな人たちを引き寄せる空間の力があるのだろう。
「もともと飲食店として消費されるような場所にするつもりはなく、
食や雑貨、本、インテリアなどさまざまな要素の中から、
ここに来た人たちが日常を楽しむためのアイデアを
持って帰れるような空間にしたいと思ってきました。
だから、こうした光景は私たちには違和感がないし、
お客さんたちも次は何が起きるのかと楽しんでくれているように感じます」(美雪さん)
さまざまなメンバーが参加し、有機的に変化していくこのお店のことを、
カノムパンの岳さんはこのように例えてくれた。
「これまでにしてきたことや、これから先のことを考えていくうちに、
自分が10代の頃に憧れていたバンドというものが
ロールモデルになるということに思い至ったんです。
なんでもDIYでつくっていくインディーズバンドに置き換えると、
自分たちの生き方や働き方が受け止めやすくなる。
例えばこのお店はライブハウスで、パンのイベントなどへの出店はフェスへの出演。
そして、長期休暇を取って日本各地や海外に行くのはツアーみたいなものなんです(笑)」
バンドには、片野さんのような“固定メンバー”もいれば、
今回の取材に同席してくれたデザイナー兼写真家の
フルタヨウスケさんのような“サポートメンバー”もいる。
フルタさんは、テールベルトのオープン当初、
近所に暮らしていたことが縁でお店と関わるようになった。
鎌倉を離れ、全国各地を移動しながら働いているという現在でも、
関東での仕事がある際はここに滞在し、
「宿泊費代わりに名刺やフライヤーのデザイン、写真の撮影などを手伝っている」
と本人が冗談交じりに語るように、ユニークなスタンスで関わっているメンバーだ。
ちなみに、フルタさんが在店しているときは、デザインの相談にも乗ってくれるという。
「ボーカル、ギター、ドラムなどのパートがあるバンドには、
異なる才能が集まっていたほうがいいですよね。僕らもそれと同じで、
常に自分とは違う生業を持つメンバーを探しているところがあるのですが、
メンバーはずっと一緒にいる必要はなく、時には別のユニットにも
参加することがあってもいいんです」(岳さん)
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テールベルトの美雪さんには、長年思い描いてきた理想の空間のイメージがある。
それは、彼女が学生時代に通っていたという
デンマーク人夫婦が営んでいた原宿のカフェだ。
「大きなテーブルを囲むように席が配置されていたそのカフェは、
若いカップルから代議士の方までさまざまな人が出会い、話せるような空間でした。
その頃から、普段であれば出会わないような人たちが顔を合わせることで、
いろいろなことが起こるような場所をつくりたいと漠然と思うようになったんです」
オープンから歩みを止めることなく進化し続けてきたテールベルト&カノムパンは、
さまざまな“バンドメンバー”や“オーディエンス”を巻き込みながら、
美雪さんの理想のイメージをすでに叶えているように見える。
「おもしろく回ってきていると思う反面、内装などはまだできていないことばかりだし、
最近はやりたいことがどんどん収まりきらなくなってきています(笑)。
自分たちのことをバンドととらえることで、ひとつの場所にとらわれず、
自由なスタンスで活動できるようになったのですが、
限られたメンバーでできることには限界があって、
最近は1週間単位でお店を空けてしまうことも増えました。
遠くからここを目指してきた人たちをガッカリさせてしまうのは申し訳ないですし、
いかに自由でいられるかというのがこれからの課題です」
一方、資本主義的な成長を志向するのではなく、自分たちが満足できる範囲で、
無理のない生業をつくることを大切にしてきたという岳さんは、
お店の未来について何を思っているのだろうか。
「最近は体力的なこともあって、なぜほかのお店が
従業員を雇うのかがわかってきました(笑)。
これからもおもしろいメンバーをもっと増やしていきたいですし、
同時にこの場所だけに縛られずに活動していきたい。
どんなに心地良い空間でも毎日同じ視界だとつまらないし、
時にはまったく違う風景に身を置くことで刺激を得たいんです。
それによってお店の良さも再確認できるし、次にここでしたいことも見えてくるんです」
いつ足を運んでも変わらない空間と心地良い時間が流れるカフェは、
せわしない日々を送る現代人にとって尊い存在だ。
一方、訪れるたびに発見があり、さまざまなインスピレーションを与えてくれる
テールベルト&カノムパンのような存在もまた、
そこに暮らす人たちの人生や生活を、より豊かなものにしてくれるはずだ。
「私自身、何かに行き詰まったり、気分が上がらないときに、
次の日からまたがんばろうと思えるような場所が欲しいと思っているので、
このお店も、ここを訪れる人たちを後押ししたり、
気分転換のスイッチのような役割を果たせる空間でありたい。
とはいえ、私たちがモヤモヤしているような人たちに
直接アドバイスできることはほとんどないので、
自分たちの活動を通して、こういうやり方もありなんだと
少しでも感じてもらえるといいなと思っています」(美雪さん)
この取材の後、彼らは約半月もの間お店を臨時休業し、海外研修へと旅立っていった。
きっとこの“ツアー”から帰ったテールベルト&カノムパンは、
訪れる人たちにまた新しい顔を見せてくれるに違いない。
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