colocal コロカル マガジンハウス Local Network Magazine

連載の一覧 記事の検索・都道府県ごとの一覧
記事のカテゴリー

連載

トム・ヴィンセントさん

Innovators インタビュー
vol.002

posted:2012.3.2   from:東京都目黒区  genre:活性化と創生

〈 この連載・企画は… 〉  地域を見つめることで新しい日本が見えてくる。
新しい視座で日本の地域を再発見していく人にインタビューする新ローカル論。

editor's profile

Ichico Enomoto

榎本市子

えのもと・いちこ●エディター/ライター。生まれも育ちも東京郊外。得意分野は映画、美術などカルチャー全般。でもいちばん熱くなるのはサッカー観戦。

credit

撮影:池田晶紀(ゆかい)

日本の地域から、いいものを世界へ。

日本のいいもの、面白いものを世界に発信する
「トノループネットワークス」代表を務めるトム・ヴィンセントさん。
イギリス出身のトムさんは、経済産業省の地域活性の政策に関わるなど、
これまでさまざまな地域の活動に携わってきた。

もともと1996年頃から東京でウェブの企画制作の仕事を始め、
大日本印刷が運営するウェブマガジンの海外版編集長を経て、
大手企業のウェブサイトのデザインコンサルティングや
クリエイティブの仕事を数多く手がけた。
そのうち自分でウェブサイトをつくろうと、バイリンガルで
“東京発デザイン&ものづくりマガジン”『PingMag』を立ち上げる。

その斬り口は、当時は「え? これが面白いの?」と周囲に驚かれるような視点だった。
たとえば、八百屋さんに無造作に積まれた野菜や果物の段ボールのデザイン。
私たちにとってはとても見慣れた、ありふれたものだが、
その写真に海外から多くの反響があり、さまざまな言語で書き込みが相次いだ。
やがて東京だけではなく、日本全国の面白いものを取り上げようと、トムさんは
“日本発ものづくりインタビュー・マガジン”『PingMag MAKE』を立ち上げる。

ともに現在は更新されていないが、過去の記事を読むことはできる。
そこにはトムさんたちが全国で取材した、
ものづくりの職人たちの記事が掲載されている。

「ものではなくて、人が面白いんだよと、
ものをつくっている人にスポットを当てました。
これをやり始めたら、日本の田舎が面白くなってきたんです」

その後『PingMag MAKE』は終了してしまうが、
取材した鍛冶屋の職人さんの記事に、スコットランドの人が
「こういう鎌はもうスコットランドでは手に入らないんだ」
とコメントしていたのを見て、トムさんは
「そうか、日本のすぐれたものを売ればいいんだ」と思いつく。

そして立ち上げたのが、現在トムさんが運営する
“日本のローカルから世界へ マガジン&ショッピングサイト”『Loopto』だ。
ここでトムさんは、さまざまな地域のすぐれたものづくりをするメーカーが、
自分たちのウェブショップを開くことができるというシステムを提供している。

いいものをつくる人がいても、それを広く発信しなければ伝わらず、
買ってもらうチャンスを逃してしまう。
「日本の小さいメーカーは、誰が自分たちの商品を買っているか知らないんです。
日本には農業でも漁業でも組合があって、
組合を通して問屋に卸すという昔ながらのシステムが定着していました。
だからメーカーはつくるだけでよかった。

かつてはそのシステムが有効でしたが、
現在は問屋も機能しづらくなくなってきています。
でも組合を通さないで独自にやるのは、狭いコミュニティの中では難しい。
組合というのはみんながフェアに商売をするためのものでしたから。
だから多くの職人さんやメーカーは、直販をやったことがないし、
やりたくてもプレゼンがうまくないんです」

このプレゼンも大きな課題のひとつ。
どんなにすばらしいものづくりの腕を持っていても、
デザインの必要性がわかっていない場合がよくあるという。
どんな世界観とストーリーを持った商品で、
どんな写真とテキストとデザインでそれを伝えるか。
デザインの力というのは、こういうところにこそ必要なのではないか。
「Loopto」はその手助けとなっているように思える。

トノループが運営するウェブサイト「Loopto」。丁寧なものづくりから生まれた商品を取り扱う。メーカーは年間1万円からという低費用でウェブショップをつくることができるという画期的システム。「Magazines」では四国の「しまマガジン」など地域の記事が読める。

地域にいちばん必要なのは、人。そこで働き、暮らすこと。

地域にはまだまだ問題が山積している。
トムさんは仕事で何度も訪れた小豆島の醤油蔵「ヤマロク醤油」の
5代目の山本さんの話をしてくれた。

ヤマロク醤油のもろみ蔵は100年以上前に建てられた蔵で、
その土壁や蔵の中には100種類以上のさまざまな菌が生きているのだという。
まさにマンガ『もやしもん』の世界。
醤油を醸造する高さ2メートルもある大きな杉の木の樽は、
150年以上前のものとみられており、その樽、その蔵が、
そこでしか育まれない豊かな風味を生み出しているのだ。

ところが、この樽をつくれる職人が、日本にはもうほんのわずかしかいない。
山本さんの子どもの代までは大丈夫かもしれないが、孫の代になったら、
同じ味の醤油がつくれなくなってしまう。
奮起した山本さんは、小豆島の若い大工さんたちと3人で、
ほぼ日本で唯一となってしまった樽メーカーのところに修行に行き、
自ら樽づくりの技術を習得しようとしているそうだ。

「でもこういう話をしても、多くの人は無関心。
どうしてだろうと腹が立つことすらあります。
こういうことをなんとかしないと、100年後、
日本の各地にある醤油、お酒、酢、味噌はつくれなくなりますよ」

地域の活動に関して悩むことも多々あるというトムさんだが、
それでも、山本さんのように少しずつ全国で若い人たちが動き始め、
面白いことが起きているという。
トムさん自身は、このコーナーにも登場してもらった西村佳哲さんとともに、
以前から徳島の神山町でのプロジェクトに関わっており、
神山にサテライトオフィスを持っている。

「神山は東京よりもいち早くブロードバンドが整備されたので、
空いている古民家を使って、神山で仕事をしませんかという呼びかけを始めたんです。
いまは『三三』というITベンチャーなど数社が
神山にサテライトオフィスをおいたりして、面白くなってきていますよ。
そこでバリバリのITの仕事をして、
窓を開けたら牛小屋があって田んぼがあるという風景が広がっている(笑)。
面白いのは、彼らの専門業と、畑仕事をしているおじいさんやおばあさんの専門業が
対等だということ。これは正しいですよ」

地元の経済に参加することが重要だというトムさん。
それにはそこで仕事をし、生活するのがいちばんなのだ。

トムさんの仕事仲間のひとりである長岡真一さんは、
東京から神山へ移住し、結婚して子どもも生まれた。人口6000人くらいのまちで、
昨年生まれた3~4人の子どものうちのひとりだというから、
地域に大貢献していると言っていい。

結局、必要なのは、人だとトムさんは言う。
「人って、いろいろ面倒くさいですよね。でも地域には人が必要。
いま地域で面白い動きをしている人がパイオニアになっていくと思います。
そして重要だと思うのは、彼らはインターネットをうまく活用しているということ。
現代の技術を恐れず、ウェブやスマートフォン、SNSを楽しく使っている人が、
農家でも職人でも元気だと思います」

日本の地域の将来に、イギリス人であるトムさんが
これほど危機感を抱き、真摯に向き合っている。
日本人の私たちは……と考えると、背筋が伸びる思いだ。
トムさんは深い問題意識を持つと同時に、希望も捨てていない。
「神山で映像会社を立ち上げました。今後、長岡と一緒に、
東京やロンドンに負けないくらいの会社に成長させたいと思っています」

神山は、総務省の地域ICT利活用モデル事業によってブロードバンド化され、NPOグリーンバレーによってさまざまなプロジェクトが進められている。町屋を改装したトノループのオフィスも、短期的に仕事をしながら滞在したい人に貸し出している。http://www.in-kamiyama.jp

profile

Tom Vincent
トム・ヴィンセント

1967年ロンドン生まれ。1996年に来日し、株式会社イメージソースの役員兼クリエイティブディレクターなどを経て、2005~08年バイリンガルオンラインマガジン「PingMag」を手がける。2009年に株式会社トノループネットワークスを設立。さまざまな企業のウェブや映像の仕事を手がける一方、多くの地域のプロジェクトに参加している。 神山の映像制作会社ではこんなコンテンツも制作。→http://gajalog.com/shimamurasan/
http://tonoloop.tumblr.com

Feature  特集記事&おすすめ記事