連載
posted:2017.3.17 from:岐阜県加茂郡八百津町 genre:食・グルメ / ものづくり
sponsored by 貝印
〈 この連載・企画は… 〉
これまで4シーズンにわたって、
持続可能なものづくりや企業姿勢について取材をした〈貝印×コロカル〉シリーズ。
第5シーズンは、“100年企業”の貝印株式会社創業の地である「岐阜県」にクローズアップ。
岐阜県内の企業やプロジェクトを中心に、次世代のビジネスモデルやライフスタイルモデルを発信します。
editor’s profile
Tomohiro Okusa
大草朋宏
おおくさ・ともひろ●エディター/ライター。東京生まれ、千葉育ち。自転車ですぐ東京都内に入れる立地に育ったため、青春時代の千葉で培われたものといえば、落花生への愛情でもなく、パワーライスクルーからの影響でもなく、都内への強く激しいコンプレックスのみ。いまだにそれがすべての原動力。
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撮影:石阪大輔(Hatos)
日本の料理における基本調味料、「さしすせそ」。
そのなかで酢のみを丹念に製造している企業が、岐阜県加茂郡にある〈内堀醸造〉だ。
明治9年創業。現在も本社を構える八百津(やおつ)という地域は、
“八百のものが出入りする”海運で栄えたまち。
中津川で伐採された木が木曽川を下って、一旦、八百津まで来る。
ここで筏を組んで、また伊勢まで下っていく。
だから男手が集まる地域で、酒屋ができ、酒どころにもなっていった。
「酢」という漢字は「酒へん」に「作る」と書き、実際に酢は酒からできる。
内堀醸造(当時の屋号は〈丸十〉)も酢や醤油、たまりなどの問屋から始まり、
その後、醸造も行うようになった。
戦後は物資不足から合成された酢が多く、現在の主流である醸造酢は少なかったが、
当時から内堀醸造は醸造酢にこだわっていた。だから酢の評判が良かったのだ。
そこで現会長である内堀信吾さんの代から、酢一本にしぼった。
「ご先祖がやってきたことを辞めるにはすごく抵抗があって、
本当に申し訳ないと思っています。私のおじいさんは命をかけて仕事していましたから」
という内堀信吾会長。
「ただ、人間の頭には限りがあると思うので、ひとつに絞ったほうが、
明けても暮れても酢のことを考えるという意味でわかりやすいのではないかと思い、
酢に特化しました」
現在、酢をつくっている会社は日本に200社程度。
トップ5社で9割ほどのシェアを占めている。内堀醸造の販売シェアは第2位。
その中で、酢だけを専門でつくっているのはかなりユニークな存在といえる。
「伝統と技術革新という考え方がある」と言うのは、総務課長の浅川和也さん。
新卒で入社して約20年。その期間は、内堀醸造が大きく成長していく期間と重なる。
「守っていかなければならない製法などはもちろんあります。
ただし、さまざまな分野で技術革新が起こっています。
そうした新しい技術を酢づくりに取り入れることによって、
生産性も品質も向上していくと思っています」
酢づくりはかつて「静置発酵」が主流だった。
空気を好む酢酸菌が、液体の表面に菌を形成し、
アルコールに変えながら酢になっていくという製法。
これは空気に触れる広い表面積が必要なので、大きな桶などでつくっていた。
しかし内堀信吾会長の代で、いち早く「通気発酵」という製法を取り入れた。
あえて空気を送りエアバブルがたくさんできると、液体中に空気との表面積が増える。
そのなかで酢酸菌が空気とアルコールを食べながら酢に変えていく。
この製法のおかげで、より純度が高く安定した酢がつくれるようになり、
他社とはひと味違った酢として評判になっていった。
伝統的な商品でありながら、新しい技術なども積極的に取り入れられるのは、
酢の専業である強みであり、酢に対して誠実に向き合っているからだろう。
品質を高めるためには努力を惜しまない。
「酢専業なので、酢に関わることで負けたくはありません。
社長や会長はいつも“本物の酢づくりとは何か”と問うてきます。
しかし“シェアがどう”とか、“売り上げがどう”という話をされたことはありません。
経営者というよりは技術者という印象です」
内堀醸造の主力製品のひとつ〈美濃特選本造り米酢〉。
ブランドを代表するような商品でも、実は内容をどんどん変えていっているという。
「香りを良くしようとしたり、よりふっくらさせたり。
逆にキレを追求したり、芳醇にしたり。極端には変えませんが、
少しずつ変化することで品質を高めていくということをやり続けています」
140年以上続いてきた企業。
その代表商品の味を変えていくことに恐怖や不安はないのだろうか。
「ありませんね。ずっと一緒であり続けることのほうが恐い。
時代のニーズや嗜好に合わせて変化していくことが、伝統をつなげていくことになります。
一旦、達成したものでも、より高めるためには、次に何が必要とされているのか。
もちろんリセットではなく、積み重ねです」
とにかく酢づくりが好き、そんな社風がある。
会長本人が開口一番「私は酢づくりを楽しんでいるんだね」と言う。
「酢づくりは生物化学。人間の生き様とまったく同じ。
つまり道理を考える楽しみを持っているということです。
そして答えはすぐに出ないから、まずは間違えのなさそうな伝統に準拠する。
もうひとつ、生物化学は風土に非常に影響を受けます。
それは人間の努力を超えること。
せっかく日本は世界のなかでも独特の伝統と風土を持っているので、
何とかそれを生かしていきたい」と語る内堀信吾会長。
八百津に会社が興ったのは偶然だったのかもしれないが、風土という意味では、
その土地である意味を生かしたものづくりを心がけてきたということだろう。
「一にも二にも、清冽な水と空気。要するに風土です。
風土が違うと微生物が違いますから」
酢づくりには麹菌が重要だ。
麹菌は日本の風土特有のもので、そこから発酵文化が生まれた。
「日本の麹菌は、世界のなかでも特異的に酵素力があります。
麹菌を苦心してつくって、いわゆる醸造ということをやるのが日本の文化だと思っています。
小さな分野ですけど、日本の伝統の麹菌をさらに勉強して、酢づくりをしていきたい」
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社長や会長は、今でも頻繁に商品開発部署などに赴き、
「こうしてみたらどうか」とアイデアなどを提案していくという。
それを受けるのは20代を中心とした若い社員だ。
社員は147名で、平均年齢は33.8歳と若い世代が多く、
経営陣とも距離が近く風通しは良さそう。
「酢とか醸造というと、なんとなく匠の世界というイメージがありますが、
かなり若い力が活躍しています。
早い段階からいろいろなものにチャレンジさせてもらえる雰囲気があります」と浅川さん。
若いエネルギッシュな力が会社の推進力になっているようだ。
たとえばハーブを漬け込んだピクルス専用の〈ピクルスの酢〉、
鶏肉などを煮るとやわらかくなる〈いろいろ使える煮込み酢〉などは、
時代のニーズに合わせて若手主導で開発されたもの。
ほかにカニを食べるときの〈蟹酢〉、
らっきょうを漬ける〈昆布だし・はちみつ入りらっきょう酢〉、
新生姜を漬ける〈新しょうがの甘酢〉、千枚漬け用の〈かぶ千枚漬けの酢〉など、
ユニークかつ専門性の高い酢をたくさんリリースしている。
「醤油は卓上にあるけど、酢はちょっと地味というか、台所の下に置いているイメージ。
しかし酢は世界最古の調味料とも言われていますし、日本の食文化を支えています。
また学習する調味料とも言われていて、
歳をとるほどに好きになっていくという傾向もあります」
だから酢のイメージを高め、楽しさを伝えていきたいと努力している。
その一環で3年前に分社化しているオークスハート株式会社では、
デザートビネガーも10年以上前から開発、提案してきた。
最近では、女性向けの美容需要も増えてきた。
なんとかして、酢のすばらしさを広めていきたいという思い。
「酢という小さい市場で、ひたすら楽しんでいる会社」という内堀信吾会長の言葉。
何だか無邪気に聞こえるが、きっとその通りなのだろう。
その土地の風土と伝統を大切にし、革新も忘れない。
すべては酢に対する真摯なものづくりのためなのだ。
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内堀醸造
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