連載
posted:2017.4.4 from:岐阜県 genre:ものづくり
sponsored by 貝印
〈 この連載・企画は… 〉
これまで4シーズンにわたって、
持続可能なものづくりや企業姿勢について取材をした〈貝印×コロカル〉シリーズ。
第5シーズンは、“100年企業”の貝印株式会社創業の地である「岐阜県」にクローズアップ。
岐阜県内の企業やプロジェクトを中心に、次世代のビジネスモデルやライフスタイルモデルを発信します。
editor’s profile
Tomohiro Okusa
大草朋宏
おおくさ・ともひろ●エディター/ライター。東京生まれ、千葉育ち。自転車ですぐ東京都内に入れる立地に育ったため、青春時代の千葉で培われたものといえば、落花生への愛情でもなく、パワーライスクルーからの影響でもなく、都内への強く激しいコンプレックスのみ。いまだにそれがすべての原動力。
credit
撮影:石阪大輔(HATOS)
日本の地域から世界へとすぐれた製品を羽ばたかせる“Local to Global”。
それには海外志向の製品開発やデザインが重要になる。
岐阜県では、これまでも県内の品質の高いものづくり企業と
海外のデザイナーをマッチングさせる努力を続けてきた。
そのひとつとして実ったのが〈SEBASTIAN CONRAN GIFU COLLECTION〉だ。
世界的なデザイナーであるセバスチャン・コンラン氏と、
岐阜県内の飛騨木工、美濃和紙、美濃焼、関刃物などの業界から
10社がコラボレーションしてプロダクトを生み出した。
1月にパリで開催された国際見本市〈メゾン・エ・オブジェ〉で、
すべての製品が発表され好評を得た。
その1社として参加しているのが刃物を中心にビューティ、調理器具などの
日用品を取り扱う〈貝印〉の製造部門である〈カイ インダストリーズ〉だ。
「こちらからは最初にピーラーやネイル用のやすりなども提案しました」という
貝印刃物開発センターの開発部部長の宮崎宏明さんは、
最初にコンラン氏が訪れたときに打ち合わせをした担当者だ。
実はコンラン氏は、〈貝印〉のハサミやナイフを普段から使っているユーザーだったという。
そのなかで結果的に製品としてつくることになったのは、
ハサミとグレーター(おろし金)だった。
コンラン氏は、美濃市や高山市などに残る古いまちなみなどを見たインスピレーションから、
「格子」をコレクションのメインモチーフにしている。
特に〈貝印〉創業の地である岐阜県関市は刃物のまちであり、
ものづくりの「野鍛冶の精神」を受け継ぐ企業だということを知り、
刀や甲冑の要素をデザインに盛り込んだ。
ハサミは、貝印にすでに存在する7000番シリーズのハサミがベースになっている。
コンラン氏が気に入っていたというステンレス刃のマットな質感、
そしてハンドルに使われているシボ加工の繊細なテクスチャーをそのまま採用。
そして刀の鞘をイメージしたケースが付けられた。
グレーターも甲冑を思い起こさせるデザイン。
これにもベースとなる〈Pure Komachi〉というグレーターがあり、
3つのデザイン賞(ジャーマン・デザイン・アワード、レッド・ドット・デザイン賞、
グッドデザイン賞)を受賞した商品だ。
「グレーターの刃に施されるエッチングの技術を、
もっといろいろな製品に使ってみたいと思っていたんです」という
貝印のデザイン室 チーフマネージャーの大塚 淳さん。
「最初は折りたたみ式のグレーター案だったのですが、
実際に使うときは開閉時の危険性があったり、汚れを落としにくい構造だったので、
刃物メーカーとして安全性のあるデザインの提案をしました」
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これまで他社とコラボレーションする場合は、
機能面でのアイデアを提案されることが多かった。
しかし今回は、デザインやブランディングに重きが置かれている。
「ひとつのブランディングのくくりのなかで軸をキープしつつ、
コアコンピタンス(他社にはない独自の技術やノウハウ)を盛り込んだものを
つくらなくてはならず、そういった意味では新鮮なことでした。
ブランドをつくるという意味では、
あるべき姿で仕事ができたという印象はあります」(大塚さん)
コンランサイドから送られてきたデザイン画を見て、
モデルをつくって送り、またフィードバックが来る。
そのやりとりを何度も繰り返すなかで学ぶこともあった。
「クオリティの高い刃物を使いながらも、機能を押しすぎず、
オブジェとしても美しく、総合的に主張しすぎないものに落とし込んでいる印象です。
純粋に“いいなあ”と思いました」(大塚さん)
国内でも、地元のよさになかなか気がつけずに、
外からの視点でそれに気がつくことがある。
それを拡大して考えていけば、日本のよさに気がつくのは外国人なのかもしれない。
「どこに視点を持ち、どうデザインに落としこんでいくのか。
そのプロセスが学びになりました。
そもそも、外からの視点を経由するという仕事の機会自体が、
そうはありませんよね」(大塚さん)
日本のブランドが海外で評価されてから逆輸入されるというケースは多い。
特に最近では“Local to Global”、あるいは“Glocal”という言葉があるように、
日本の地域が東京や都会を経ずとも、そのまま世界へとつながっている。
今や地域の職人が、海外デザイナーと直接やりとりする時代。
〈KAI〉はすでに日本のブランドとして世界でも知られている。
それがあえて岐阜代表のひとつとして発信することに、大きな意味があるだろう。
「自分たちで主体的にローカルブランドを盛り上げ、発信したいと思っていましたので、
その役に立てればと思います」(大塚さん)
すでに開催された〈メゾン・エ・オブジェ〉で発表された製品は、
コンラン氏からも、現地を訪れたバイヤーからも好評だという。
まだプロトタイプなので、これから量産態勢に向けて改良を施していく段階だ。
これらの製品がどんどん広まっていけば、「岐阜」が「GIFU」となる日も近い。
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「日本のものづくりは、世界でも通用するブランドとなるもの。
職人の伝統工芸が持つ、本物の価値を理解してもらいたい」
というセバスチャン・コンラン氏。それにふさわしい岐阜のものづくり10社が選ばれ、
コラボレーションで新製品をつくりあげた。
貝印のほかに出展した、
モダンな岐阜提灯づくりに定評のある〈オゼキ〉、多治見市の窯元〈壽泉窯〉、
業務用の和食器・洋食器を製造する〈小田陶器〉、
椅子やテーブルなどの木製家具の製造販売を行う〈飛騨産業〉、
100年にわたって岐阜提灯の製造を続ける〈浅野商店〉、
伝統工芸品の大垣の枡を支える〈大橋量器〉、
美濃手漉き和紙の〈家田紙工〉、関市で刃物づくりをする〈志津刃物製作所〉、
美濃焼の歴史と伝統を大切にする〈カネコ小兵製陶所〉の担当者から話を聞く。
「薄さが5ミリという木製フレームを用いることで、
フロアに映る陰影までデザインされていたことに感心しました。
シェードをスタンドに取りつける部分の造形は初めてだったので、
設計からこだわりました。
機械でつくるスタンドの完成度に負けないようなシェードを手作業でつくり、
特に不均一な紙の断ち目やヒゴのねじれなど、
見栄えが悪くならないように気をつけました」
「コンランさんのデザインした製品を知っていたので、
どんなデザイン案が来るか楽しみでしたが、
ちゃんと当社の特徴を生かすデザインをしてくれました。
うちの売りは結晶釉です。
美しい釉薬のうつわを日常生活で使っていただき喜んでもらいたいと普段から思っています。
釉薬の色は好みになってしまいますが、特に海外向けだと、
コンランさんに選んでいただいた色を生かしたいと思っています」
「表面のレリーフのデザインが斬新でした。
白く端正なシェイプ、そして光と影のコントラストを演出する
エッジの効いたレリーフパターンは、
欧米に通じる和のニュアンスを巧みに表現できたと思います。
海外向け製品はやはりサイズ感の違いが大きく、
一番大きな直径27.5センチのプレートの底をフラットに仕上げるのに苦労しました。
今回のプロジェクトが岐阜の産業全体のボトムアップにつながれば幸いです」
「日本的な機能や座り心地重視の考え方とは違い、
いい意味でデザインへのこだわりが強く、機能とデザインの両立に苦労しました。
シンプルゆえに強度が要求されたので、
ていねいな仕事と木工技術のノウハウを駆使して堅牢な家具ができたと思います。
海外からの日本の歴史や文化に対する関心の高さもわかったので、
技術力だけでなく、日本人の感覚や市場についても伝えていくことで、
“我々の日本らしさ”というものを協業でつくり出したいと思いました」
「最初に見たときはシンプルなデザインでしたが、
そのなかに海外の視点から見た和のイメージを表せていると感心しました。
なるべくコンランさんが抱いていたその表現をくみ取り、かたちにしたいと思いました。
ほかの出展者の製品と合わせて見ても感じたことですが、
日本人の思う和と、海外の人が感じる和の違いがまだまだ大きいと感じています」
「当初、提案されたデザインは制作困難なものが多かったですが、
その後こちらの意見をくみ取ったデザインを提案してくれました。
押し付けではなく、つくり手の実情を把握して受け入れる真摯な姿勢でした。
製品は1個〜複数個で揃えられたり、高さのバランスがとれていたりと、
シリーズで魅力のあるものになっていて感心しました。
枡は1300年の歴史があり、はかりとして日本の政治経済を支えてきた重要な道具です。
そのつくり手として、世界に、岐阜の木工の精巧さと、
ヒノキという素材を生かすものづくりを証明できたと思います」
「4つの角をすべて曲線に加工するノートの製造実績がなく、
ノートを綴じた糸を切断せずにどのように量産するのか、という点が難しかったです。
コンランさんの色へのこだわりと集中力がすばらしかったです。
よくあるデザイン重視で使えないものではなく、
実用性がありながら美しいデザインがされたことはつくり手として本当にうれしいこと。
海外の地で海外側の立場でつくられたステレオタイプのものとも違い、
海外の方が日本の立場に立って日本のよさを海外に伝えようとする立ち位置は、
非常に機知に富む内容になっていると思います」
「当初、イメージ画で見る完成形は平凡に見えましたが、できあがった製品を見ると、
普段目にする包丁とはひと味もふたも違う雰囲気を持っていました。
デザイナーが図面などから最終形を想像する力は
私たちとはまったく違うものだと思いました。
今回の包丁はカシメ(鋲)のない構造ですが、
その分、ブレードにハンドルを矯正する力が弱くなるので、
隙間が生じやすく、そこに汚れなどが溜まってきます。
デザインのために、自社が日頃大切にしている品質面を妥協したくなかったので、
職人の技術を最大限に活用しました。
洗練されたデザインになった一方で、
より日本らしさを求める海外のお客さんが多いことも感じたので、
まずは“日本らしい日本製の包丁”の普及に努め、
その先のあらたな市場として“日本らしくない日本製の包丁”にも挑戦していきたいです」
「地場産業をひとまとめにブランド化するのは難しいだろうなと思っていましたが、
うまくデザインされていました。うちの食器だけでなく、
他社の製品と合わせてライフスタイルをコーディネートするチカラはさすがだなと。
難しかったのは、サイズ。日本は取り分けの食文化なので食器が小さいのですが、
欧米はひとつひとつが大きいので、可能な限りギリギリまで大きくしました。
凹凸やラインのシャープさがうちのウリですが、一番シャープなものが選ばれました。
今後海外展開するのに、現状は海外の日本人や和食店向けという
“日本の文化そのまま”がメインでしたが、
ターゲットを外国人にしていく意味で、勉強になりましたし、自信にもなりました」
どの職人も、外部、特に海外からの視点を得ることで、
あらたな価値観を創造し、そして海外戦略の参考にもなったようだ。
その背景に綿々と受け継がれてきた岐阜の伝統とクラフトマンシップがあればこそ。
変化を厭わない精神が、また岐阜のものづくりを後押ししてくれそうだ。
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SEBASTIAN CONRAN GIFU COLLECTION
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