連載
posted:2019.4.11 from:岩手県一関市 genre:食・グルメ / ものづくり
PR 一関市
〈 この連載・企画は… 〉
岩手県南の岩手県一関市と平泉町は、豊かな田園のまち。
東北有数の穀倉地帯で、ユニークな「もち食」文化も根づいてきた。
そんなまちの新しいガイドブックとなるような、コンテンツづくりが始まった。
writer profile
Kiyoko Hayashi
林貴代子
はやし・きよこ●宮崎県出身。旅・食・酒の分野を得意とするライター・イラストレーター。旅行会社でwebディレクターを担当後、フリーランスに転身。お酒好きが高じて、唎酒師の資格を取得。最近は野草・薬草にも興味あり。
credit
撮影:黒川ひろみ
「熟成肉」という新たなジャンルの食文化が日本で定着している。
牛肉を一定の温度と湿度で管理し、水分を抜きながら旨みを増殖させ、
肉の質感さえも変化させるという技術だ。
おいしい肉をさらにおいしく食べられるとあって、首都圏を中心に
人気を博しているのは周知の通り。
この熟成肉にいち早く着目・開発し、開花させた会社が岩手県一関市にある。
東京を中心に、現在16の店舗を構える熟成肉専門店〈門崎熟成肉 格之進〉だ。
その格之進が、2018年4月、一関にハンバーグ工場を新設。
代表の“肉おじさん”こと、千葉祐士(ちばますお)さんは一関生まれ。
7年前に廃校になった千葉さんの母校をまるごと買いとり、
体育館を大規模なハンバーグ製造工場に生まれ変わらせ、
旧校舎には格之進の母体である〈株式会社 門崎〉の本社を置いた。
でも、都心に十数店舗を構える有名店が、なぜ一関に本社を?
その答えは、定期的に開催される“ハンバーグ工場見学ツアー”で明らかに。
格之進のものづくりの哲学や、経営理念、この地域にかける思いが見えてきた。
小学校の面影がそのまま残る旧校舎。
旧職員室はそっくり事務所として使われている。日当たりもよく、快適そう。
社長室、ミーティングルーム、資材置き場と、各教室があてがわれ、
千葉さんの実家にあったという農機具や、ドジョウやカニをとる罠などが展示された
ミニ資料館のような部屋も。
校舎は2階建て。教室数が多いため、今は空き部屋も少なからずある。
実際に千葉さんが子どもの頃に使っていたという道具たち。ドジョウをとる筌(うけ)や、山菜籠などがずらり。
「本社をここに移したのが2年前で、まだすべての部屋を使いきれていません。
でも、ここを自分たちの会社だけで使うというのではなくて、
首都圏に住む人や会社が、地域とつながってなにかやりたいといったときの
サテライトオフィスにしていきたいと思っているんです」
交流、発信、クリエイティブの拠点にし、イノベーションを起こせるような場所にしたいと語る千葉さん。
すでに千葉さんの頭の中は、この先展開するさまざまな構想でいっぱい。
2階にあるステージつきの音楽室は、千葉さんが敬愛する
一関のジャス喫茶〈ベイシー〉のマスター・菅原正二さんと、
ジャズレコードをかけたり、コンサートやライブを開いたりと、
音楽をフックに、人が寄り集まるスペースにしたいと考えているのだとか。
今後の使い道のイメージがさまざまにふくらむ音楽室。
またゆくゆくは、つくりたてのハンバーグが食べられるレストランや、
広い校庭で定期的にハンバーグ祭りを開催するなど、遠方からも人が訪れ、
地域住人と県外から訪れた人の交流の拠点となることを目指しているという。
しかし、都内に12店舗のレストランを構える格之進。
都心に拠点を置くという選択肢もあったはずだが、
一関に本社を置き、拠点とする理由はなんだろう?
「ここは現在“川崎町”という地域ですが、
合併する前は“門崎村(かんざきむら)”という名前でした。
私の祖父は、門崎から東京芝浦まで牛を運んで売買する馬喰(ばくろう)をやっていて、
牛を通じて地方と首都圏をつなぐ仕事をしていたんです。
きっと祖父も同じように感じていたと思うんですが、
私も食に携わるようになって、首都圏と地方のものの評価、
価格の差をすごく感じるわけです。
それらの差をどうやって埋めるか、あるいはものの価値をどのように最大にしていくか。
以前からそこに興味を持っていて、いずれ一関と東京を食でつなぎ、
格差を埋める事業をやりたいと思っていたんです」
社名の〈門崎〉は、千葉さんの決意表明に違いない。
静かな山間部にある小学校跡地で、格之進の熱い思いがふつふつと沸き立っている。
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工場見学の前に、旧小学校のまわりをぐるっと回ってみる。
校庭の前には広大な田んぼ、校舎の裏手には山。
清らかな空気に満たされた、緑豊かな一帯だ。
近くには、名勝「猊鼻渓(げいびけい)」にもつながる砂鉄川が大地を潤している。
この地域で栽培されている米は〈門崎メダカ米〉といい、
田んぼには、絶滅危惧種に指定されたミナミメダカが棲んでいる。
夏には蛍も飛ぶそうだ。
これらの生物が、この地で生きながらえているのは、
農薬を用いない、自然に寄りそった栽培を行っているから。
「メダカは、サスティナブルでエシカルな環境であることを象徴する生き物です。
この地域では、環境への配慮を大切にしていますし、
格之進のハンバーグにもメダカ米でつくった塩麹を用いたり、
メダカ米で醸す日本酒〈玄会(クロエ)〉を、パートナーと一緒に開発したりと、
私たちもさまざまにメダカ米のPR活動を行っています」
メダカが棲める環境を維持した米づくりは、ひとつの価値であると語る千葉さん。
ただお金を払って食べればいいということではなく、その背景にあるものを、
感じ、思いながら、食べ、環境に対する価値を皆で考えていくことも、
これからの日本の食に欠かせないことだと語る。
メダカ米でつくった米麹。これを塩麹にし、格之進のハンバーグに用いる。
「食べるということは、“消費”だけでなく“投資”であり、
同時に“未来”をつくることでもあります。
消費者が選択した結果の先に、食の未来、農の未来がある。
だから、自分がどういったものにお金を使い、投資するべきなのかを
考えてもらえるといいなと思っているんです。
そうすれば、自分自身の納得度も違ってきますし、
すでにそういった食のリテラシーのステージに、日本は入ってきていると思うんです」
人口減少が加速し、あらゆる消費が減るなか、“安さ”だけに走ってしまったら、
日本の経済が回らなくなるのは当然のこと。
そんな時代に到達する前に、行きつく答えは“安さ”ではなく、
“本物”や“価値”といったものに重点が置かれるようになるはずだ。
「安く仕入れて、どこよりも安く売るということに未来はない」と千葉さんは言う。
「少しずつ、CSA(Community Supported Agriculture)という
新しい循環型農業が始まっていますが、
飲食業の私の場合は、RCSA(Restaurant Community Supported Agriculture)
だと思っています。
格之進は、未来につながる食を提供し続け、そこに共感してくれる消費者は、
食を通じて投資をしてください、という考え方です」
格之進のハンバーグには、岩手で実直な仕事を行う畜産家、米農家、企業の原料が使われている。ものの価値を理解してもらうことを目的にしているため、一般的な原価計算は度外視。このような思いと、良質な原料でつくられた商品はおいしさを裏切らないという。
この後の工場見学でも紹介するが、格之進で使用されている原料は、
ビジネス的な理由で選んだものはひとつとしてなく、
すべてがストーリーをもって、千葉さんやスタッフの目で選ばれている。
さらにそこに付加価値をつけ、ほかの企業との差別化を図り、徹底したものづくりを行う。
格之進の本質を知るごとに、驚きと敬意を覚えるはずだ。
「地方と食に根づいた仕事をしていて、自分の役割はなにかと考えると、
門崎と東京をつなぎ、産地と消費地をつなぐこと。
永続的な食・農業・環境の未来をつないでいくこと。
格之進のファンには、こういった思いを知ってもらいたくて、
工場見学ツアーを開催しているんです。
ハンバーグ手づくり体験なども楽しみつつ、
それ以前の企業思想、企業哲学を知ってもらい、一緒に考え、
つくっていきましょう、という思いなんです」
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定期的に開催される、格之進ハンバーグ工場見学ツアー。
1泊2日の旅程には、すべての工程をありありと見せてくれる工場見学のほか、
大人のためのハンバーグ手づくり体験、
格之進の熟成肉やハンバーグを食せる贅沢ランチ&ディナー、
翌日は、一関の職人とものづくりの現場を巡るツアーと、充実の内容。
昨年4月に工場を稼働して以来、すでに600~700人が見学に訪れたという。
ハンバーグ工場では現在、1日1万個ものハンバーグを製造している。
まず案内されたのは「調合室」と呼ばれる調味料が置かれた部屋。
といっても、あるのは5種のスパイスと塩、それだけ。
次に案内された「冷蔵室」にも、牛肉と豚肉しか入っていない。
調合室。ハンバーグに入れる原料はシンプルなので、保管されているものが少ない。
ご存じの方も多いと思うが、格之進のハンバーグには、
保存料といった添加物はもちろん、余計な調味料も一切入っていない。
「私たちが使用するスパイスは、味つけが目的ではなく、
素材の味を引き出すためのものなんです。
使用する肉は、岩手産を中心とした国産牛、黒毛和牛、白金豚のみ。
毎日多くの肉を扱うので、すべて岩手の牛で賄うのは難しいのですが、
なるべく県内の生産者のものを扱うようにしています」
このように語るのは、工場を案内してくれたフードプロダクション部長の松橋孝幸さん。
通常のハンバーグは、扱いにくい部位や端材をミンチにしてつくることが多いが、
格之進では牛まるまる一頭をハンバーグのために使っているという。
隠すものなどないと、工場の隅々まで丁寧に説明する松橋さん。
岩手産の原料は肉だけではない。
ハンバーグに使う牛乳やパン粉も岩手産。
さらには、ハンバーグの味を丸くし、おいしさを引き出すために加える塩麹も。
先ほど紹介したメダカ米と、
岩手で生まれた〈黎明平泉(れいめいひらいずみ)〉という麹菌で育てた米麹に、
岩手沿岸でつくられる〈のだ塩〉を加えて、すべて工場で手づくりする。
麹菌まで岩手生まれというのには、ツアー参加者も恐れ入るばかり。
一関に拠点を置く〈不二家乳業〉の、一関の酪農家から集乳した牛乳だけをつめたパック。
「あったから使う、ではなく、なんでもストーリーが大事だと思うんです。
私たちがここまで情報を開示するのは、使っているひとつひとつの原料や、
格之進の思いを知ってもらいたいから。
いい原料を使って、さらに付加価値をつけておいしいものを販売する。
そこから生産者にどれだけ多く還元できるかを考えて商品開発をしているんです」(松橋さん)
肉やハンバーグにさらなる付加価値をつけるべく開発された燻製機。
続いて、現在特許出願中という“冷燻”の燻製機をみせてもらった。
「今回開発したのは、冷凍の生肉に、冷たい燻煙をまとわせる技術。
燻製された生肉を焼くことで、肉本来の香気成分と、燻香が相乗効果を生み、
ただの燻製臭ではなく、新しい香りが生み出されるんです。
ベーコンなど、燻製時に肉が焼成される“温燻”の方法とは
香りや味わいのグラデーションの幅が全然違ってくるわけです」(千葉さん)
燻製に使うナラ、ブナ、クルミのチップも岩手産。
残念ながら、燻製した商品はまだ未発売だが、
今年の5月上旬から〈オンワード・マルシェ〉にて、冷燻を施した
「薫格ハンバーグ」「薫格肉」を販売予定。
ご興味のある方は、ぜひチェックを。
工場をあとにし、同地区にあるレストラン〈丑舎 格之進〉へ移動。
先ほど燻製したハンバーグと塊肉の食べ比べが楽しめる贅沢なランチが待っていた。
生産者に一番近いレストラン〈丑舎 格之進〉。格之進の「総本店」として2004年にオープン。
一番人気の「金格ハンバーグ&メンチカツセット」。ハンバーグは150gと300gから選べる。また金格ハンバーグは、黒毛和牛100%の黒格ハンバーグに変更も可能(セットメニューはツアーには含まれません)。
まずは、格之進自慢の「金格ハンバーグ」と、同ハンバーグを燻製したものを実食。
金格ハンバーグは、箸を入れれば肉汁がたっぷりあふれ、フワッとした食感。
子どもから大人にまで好まれるような、甘みを感じるやさしい味わいだ。
一方、燻製したハンバーグは食感にこそ大きな変化はないが、
不思議なことに、旨みや塩味が増したような、明らかな味わいの違いが……!
おだやかな燻香が、さらに食欲を増進させる。
燻製した塊肉。左からランプ、トモサンカク、ミスジ、シンシン、ショートプレート。
また、燻製した塊肉の食べ比べも。
部位ごとの食感や味わいの違いが生じるのはもちろんだが、
同じ燻煙をまとったにもかかわらず、それぞれに燻香が違うことに驚く。
良質のおいしい肉に、新たな技術で付加価値を加え、もっとおいしく食べてもらう。
原料、技術、消費者や生産者への思い、徹底したこだわりや考え抜いたアイデアを、
まざまざと見せつけられたツアーだった。
千葉さん自ら焼き上げ。話しかけるのがはばかられるほど、真剣に肉に向き合う。
すでにお気づきかもしれないが、
格之進が手がけているのは、単純な「地方創生」ではない。
もっとスケールの大きな、これからの日本のあるべき姿の示唆であり、メッセージだ。
ハンバーグ工場を訪れ、格之進の明確で真っ直ぐな、大きなビジョンを目にしたなら、
食、農業、地域、経済の向かうべき未来やヒントが、見つかるに違いない。
information
株式会社 門崎
information
丑舎 格之進
住所:岩手県一関市川崎町薄衣字法道地21-16
TEL:0191-48-4129
営業時間:11:00~15:00(LO14:30)、17:00~21:00(LO20:30)
定休日:不定休
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