連載
〈 この連載・企画は… 〉
北海道の道東・弟子屈(てしかが)町の「自然に住む心地よさ」に惹かれて移住した井出千種さん。
身近になった木や森を通して、「自然に惹かれる理由」を探ります。
writer profile
Chigusa Ide
井出千種
いで・ちぐさ●弟子屈町地域おこし協力隊。神奈川県出身。女性ファッション誌の編集歴、約30年。2018年に念願の北海道移住を実現。帯広市の印刷会社で雑誌編集を経験したのち、2021年に弟子屈町へ。現在は、アカエゾマツの森に囲まれた〈川湯ビジターセンター〉に勤務しながら、森の恵みを追究中。
屈斜路湖畔の〈SOMOKUYA〉。
道民ならきっと誰もが知っている、すてきなカヌーガイド&雑貨屋。
営んでいるのは、土田祐也・春恵夫妻である。
2年前、私が弟子屈町に移住してから初めて
〈SOMOKUYA〉を訪ねたとき(移住前に何度も来ていた)、
店先にある、建設中の小屋のウッドデッキでおしゃべりをして、
この小屋は、祐也さんがコツコツ手づくりしていると聞いて、
「さすが北海道!」とうれしくなったことを、よーく覚えている。
北海道の人はDIY精神に溢れている。
「なかったら(買うのではなく)つくればいい」という考え方が大好きだ。
廃材を集めてつくられた、なんとも愛着がわく小屋。
「ここで、東京のあんな店やあんな人のPOP-UPストアをしたら楽しいだろうなぁ」と、
次々とイメージが湧いたことも覚えている(まだ実現できていないけど……いつか必ず!)。
そしてこの小屋が昨年から、なんだかいい働きをしている。
入り口に掲げられているのは、
〈ミナソコマーケット〉と書かれた看板。
並んでいるのは、ピチピチの野菜、コーヒー、焼き菓子、刺し子の小物、etc.
それぞれの商品の横にはBOXが置かれていて、代金を入れるようになっている。
そう、ここは無人直売所なのだ。
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ピチピチの野菜を運んでくるのは、ご近所〈大森農園〉の大森圭美さん、3児の母。
この日の収穫物は、数種のミニトマト、ピーマン、甘長とうがらし、ケール。
〈大森農園〉は弟子屈町の名産品を育てるメロン農家でもあるので、
「めろんこ(摘果されたメロン)」が、「あげます」と書かれた札と一緒に並んでいる。
春恵さんは、
「運ばれる間に色づくのではなく、真っ赤になってから収穫されたトマトは、別物。
大森さんのトマトを一度食べたら、もうほかでは買えない。
本当においしくて、毎日食べてます!」と絶賛する。
〈SOMOKUYA〉と〈大森農園〉は車でほんの7〜8分の距離。
正真正銘の採れたて野菜だ。
大森さんは、
「子どもと同じで、毎日きちんと様子を見て、できるだけ手をかけて、大切に育てています。
これからは、とうもろこしやさつまいもなど、ラインナップも少しずつ増えて、
冬のほうれん草まで続きます」と、
ピチピチ野菜をていねいに並べながら教えてくれた。
〈SOMOKUYA〉は、カヌーガイドの受け付けをする店舗内に、
オリジナルのTシャツやエコバッグ、お気に入りの作家による商品など、
春恵さん曰く「基本的に全部、私が好きなもの。あとは自分でつくったもの」が並んでいる。
「本当は、直接お会いしてお買い物してもらいたいんですけど、
カヌーの送迎もあったりして、ほんの10分だけど留守にしてしまうことも多い。
そんなときに限ってお客さんがいらっしゃることもあったりして……」
であれば、店主不在のときでも買い物できる場所をつくろう。
そうすれば遠くから訪ねてきてくれた人も、少しは楽しめるかもしれない。
そんな思いから、昨年の夏に始めた〈ミナソコマーケット〉だが、
「無人のほうが気軽で買い物しやすいね」なんて声もあったり、
早朝に店の前を通り過ぎるハイカーたちの御用達になったり、
思いのほか、人気なのである。
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とはいえ、24時間屋外営業。
「昨年は、11月下旬で一旦終了。冬になっても販売する野菜はあったんですけど、
外に出していると凍るようになってしまって……」と春恵さんは苦笑い。
「今年はGWから、まずはコーヒーや焼き菓子だけでスタートしたんですけど、
パウンドケーキを出した瞬間にカラスに食べられてしまって、
その翌日から毎朝カラスが狙っている……。
仕方がないので、ガラスケースを置いて、そこに入れることにしました」
と、苦労もいろいろある。
気になる会計はというと、こちらはほとんど問題はなく、
逆に多いこともあるそうで……。
「この間は1円玉が余計に何枚か入っていて、
『これはお賽銭?』なんて笑ったこともありました。
料金箱からも、いろんな物語が生まれますよ」
7月からは野菜を置くようになった。
「最初にいらしてくださったのが、〈大森農園〉のSNSを見ている方で、
『朝早くから子育てもしつつ頑張っている姿を見て、応援したくて』って言ってくれて、
とてもうれしかったです」と、春恵さん。
地元の人にも「近くでおいしい野菜が買えるね」と喜んでもらったり、
SNSには縁がない世代も看板を見て「なんかあるのかい?」と声をかけてくれたり、
少〜しずつではあるけれど、お客さんが広がっていることを実感している。
「マーケットと名づけたからには、もっといろんな商品を並べたい。
量り売りもやりたいですね」と、夢を膨らませる春恵さん。
そもそも〈ミナソコマーケット〉の名前は、
「ここ屈斜路湖は夏の間、朝は雲海の下にあることが多くて
『私たちが水底に漂う早朝から買い物ができる場所をつくりたい』。
そんな想いが込められているんです」
そしてその延長に、
「みんながそこに集まれて、みんなの笑顔がそこにある。
そんな場所になりますように」
という願いもあるのだ。
〈SOMOKUYA〉の店先にある、手づくりの小屋。
ここには縁側ならぬウッドデッキがあって、
どこからともなくいろんな人が集まってきて、
湖畔の風を感じながら、各々が、なんだか心地いいなぁ、と感じている。
そんな場所が生まれようとしている弟子屈町って、とてもすてきだなぁ、と思った。
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