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写真家・西野壮平さんの旅コラム
「別府の温泉に浸かり、声をかけ、
100湯以上を撮影した旅」

旅からひとつかみ
vol.012

posted:2020.9.5  from:大分県別府市  genre:旅行 / 活性化と創生

〈 この連載・企画は… 〉  さまざまなクリエイターがローカルを旅したときの「ある断片」を綴ってもらうリレー連載。
自由に、縛られることなく旅をしているクリエイターが持っている旅の視点は、どんなものなのでしょうか?
独特の角度で見つめているかもしれないし、ちいさなものにギュッとフォーカスしているかもしれません。
そんなローカル旅のカタチもあるのです。

text

Sohei Nishino

さまざまなクリエイターによる旅のリレーコラム連載。
第12回は、写真家・西野壮平さんによる
別府の温泉を撮影して回った話。
自らも地元の銭湯や温泉、通称「ジモ銭」に入りながら、
合計100湯以上で撮影を敢行したことで
エリアごとの小さな特徴を感じ、
ローカルでのコミュニティとしての役割を認識したようだ。

水にどうしても惹かれる

「山か海かどちらが好き?」と聞かれると
「海も湖も川も好き」と答えたいといつも思う。
僕は断然、水派だ。

水というものにどうも惹かれるのだ。
生まれたところは比較的海が近かったし、
今までの人生で引っ越しを10回ほどしてきているが、
自然と家の近くに川があるところを選ぶ傾向があった。

「温泉名人」の指原勇さん。

「温泉名人」の指原勇さん。

写真を生業にしてかれこれ15年以上経つが、
その大半がさまざまな世界の都市という舞台をテーマに作品を制作してきた。
撮影ではそのまちで生活しながら、都市の風景や人を写真に撮ってきた。
すべての場所がそうというわけではないが、
ある場所が都市となる前の風景には、たいてい水があった。

川や海があり、そこに人が集まり、交易、貿易が発達することで
さまざまな文化が生まれ、その繰り返しが脈々と続いたことで
今日の都市の姿へと変貌を遂げてきたのだ。

そのまちに流れる水の存在は、生命を維持する血管のようであり、
その水を見ることは、ひとつの生き物の体の中を見ているようだなと
ロンドンのテムズ川沿いを歩きながら思ったことがある。

別府のまち並み。

別府のまち並み。

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自ら温泉に入りながら、撮っていく

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海があり川もある、そして温泉もあるまちへ

今回僕は、いわずと知れた「温泉県」、大分の別府を訪れた。
あるプロジェクトのために今年(2020年)の1月、6月と
2度に分け撮影を行った。

別府は海のまちでも川のまちでもあるが、
ここにさらに温泉のまちだということに心弾まずにはいられない。
源泉数、湧出量ともに日本一の大分のなかで、
ここ別府は飛び抜けて泉質の種類が多い。

このまちで僕は温泉の写真を撮ることに決めていた。
別府を知るためには、やはり温泉のある風景を撮ることが
意味のあることではないかと感じていたし、
何よりも自分自身でさまざまな泉質の違いを感じたかった。

〈幸温泉〉にて元ボディビルダーの常連さん。

〈幸温泉〉にて元ボディビルダーの常連さん。

約1か月半の滞在で、旅館、観光客向け、ローカルの人しか入らない温泉から
無料温泉まで、約100湯の温泉を撮影した。
その場で自分のプロジェクトを説明しながら交渉し、
ぱしゃぱしゃ撮るわけだが、これがそうそう簡単なことではなかった。

別府の温泉は非常に熱い。
僕も最初慣れるまで時間がかかったのだが、
入浴者もせいぜい10分くらい湯に浸かるくらいなので、
交渉するタイミングが難しい。
湯から上がる直前に人に声をかけてしまったり、
撮影中にガラガラっと温泉に入ってきたほかの人が
撮影拒否をすることもあった。

番台さんや入浴客がOKしても
自治会長さんの許可が必要なケースがあったりもした。
冬場の撮影では、すぐにレンズが曇ってしまった。

女性に関しては尚更だ。
さすがに無防備なところを写真で撮られることを喜ぶ女性はそうそういない。
交渉がうまくいかず断られることは多々あったが、
同行女性スタッフの粘り強い交渉のおかげで熱意が伝わり、
最終的には約30湯ほど撮らせてもらうことができた。

〈南的が浜温泉〉のキヨさん。

〈南的が浜温泉〉のキヨさん。

総じて許可をもらうことができたのは、比較的ローカルな温泉が多かった。
地元の人たちが毎日入りに来るような、通称「ジモ銭」と呼ばれるところだ。
家にお風呂がない人たちもいるので、
彼らにとって、そこは自分の家と同じような扱いになっている。

あるとき、撮影をさせてくれたおじいさんが、湯からあがり体を拭いたあと、
ももひきとツッカケ、上半身裸のまま帰ろうとしたので、
「このお風呂はおじいさんにとってどういう存在ですか?」と尋ねてみた。

すると、「ここはわしの家の風呂なんや、ほんでここ(道路)は廊下じゃ」と。
ほう、なるほど。
確かに僕も撮影中、毎日、ジモ銭に入っていたのだが、
徐々に顔を覚えられるようになり、なんてことない会話だが話がつきない。
そこでは誰かが必ず誰かと話している。
銭湯特有のよそよそしさや
人と人の距離に少々緊張感を覚える感覚とは確実に違う。
ジモ銭に通うことに
なんともいえない心地良さを感じ始めているときだったので、
そのおじいさんの言葉には納得させられた。

〈祇園温泉〉温泉は家みたいなものだとか。

〈祇園温泉〉温泉は家みたいなものだとか。

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別府の人たちにとって、温泉とは?

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「ジモ銭」には入るときに必要なあいさつ

しかし、湯に入るときには暗黙のマナーもある。
それは「挨拶をする」ということだ。
脱衣所や温泉に入るときには大きな声で「こんにちは」「こんばんは」と言い、そしてそこを出るときも、「お先に失礼します」「おやすみなさい」
「さようなら」といった言葉で挨拶する。

その合言葉で地元の人か観光客かはすぐに判別できる。
僕もそのことを聞いていたので、滞在2~3日目にあるお風呂に行ったとき、
湯に浸かってる方々に大きな声で「こんにちは!」と言った。
しかし予想に反して挨拶が返ってこず、
みんな、ぽかーんとした顔でこっちを見るばかりで、
なんとも言えない妙な空気が流れた。
次の日、地元の人にその温泉のことを聞くと、
そこは観光客が多いところだったのだ。

午前6時から〈九日天温泉〉に入りに来る地元の方々。

午前6時から〈九日天温泉〉に入りに来る地元の方々。

別府の人々にとって、温泉は家の外ではなく内なのだ。
ネットが普及し、核家族化が多い現代社会における我々の生活では、
人とのコミュニケーションが希薄だなとしばしば感じることがある。
しかし別府の温泉文化はそういった流れとは真逆だ。
彼らにとって地域全体で温泉文化を守ることはとても重要で、
ほぼすべてのジモ銭には公民館が併設されていることも、
そこがまちの重要な社交場であるという証なのであろう。

都市部に生活していると、その範囲や地域を
大きな単位で判別したり、特徴づけることが多い。
しかし今回別府で気づいたことは、まち単位で小さいエリアが存在し、
それぞれに特性があり、
そこに住む人や文化それぞれに個性があるということだった。

鉄輪温泉、湯けむりの風景。

鉄輪温泉、湯けむりの風景。

昨今「ローカライゼーション」という言葉が注目されているが、
別府の温泉カルチャーはまさに小さなエリアごとに特色があり、
そこに住む人たちによって大切に育てられている。
そういった意味では別府は、
小さな生き物が集まっている、あるひとつの生命体なんだな、
ともくもくと立ち上る湯煙を見上げながら思ったのだった。

profile

西野壮平

1982年、兵庫生まれ。歩くこと、旅を通して得た個人的体験をもとに作品を制作している。2013年「日本写真協会新人賞」、「Foam Talents Call 2013」、2016年「さがみはら写真新人奨励賞」、2018年「MAST Foundation Photography Grant」受賞。

主な展示に「DAEGU PHOTO ビエンナーレ」(2010年/大邱・韓国)、「日本の新進作家展vol.10」(2012年/東京都写真美術館)、「フェスティバル Images Vevey」(2012年/ヴェヴェイ・スイス)、「Of Walking グループ展」(2013年/Museum of Contemporary Photography, シカゴ)、「New Work: Sohei Nishino Exhibition」個展(2016年/サンフランシスコ近代美術館、アメリカ)などがある。

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