連載
posted:2023.4.17 from:福岡県北九州市 genre:アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。
profile
Seiichiro Tamura
田村晟一朗
たむら・せいいちろう●株式会社タムタムデザイン代表取締役。国立大学法人 九州工業大学 非常勤講師。1978年高知県生まれ北九州市在住。建築設計事務所に勤めつつ商店街で個人活動を広げ2012年タムタムデザインを設立。建築設計監理や飲食店経営、転貸事業を軸とした不動産再生プロジェクトも企画・運営しており、まちづくりや社会問題の解決などに向け活動中。商店街再生のキーマンとして、2021年1月にはテレビ東京『ガイアの夜明け』にとり上げられた。アジフライと鍋が好き。http://tamtamdesign.net/
credit
編集:中島彩
福岡県北九州市で建築設計事務所を営み、転貸事業や飲食店運営を行う
田村晟一朗(たむら せいいちろう)さんによる連載です。
今回のテーマは、小倉にある店舗兼住居のリノベーション。
家族で営むクリーニング店をカフェへと改修し、新しいまちの拠り所になりました。
家族の思い出やアンティーク品など、時を積み重ねたアイテムを織り込んだ
空間ができるまで、そのプロセスをご紹介します。
2018年4月、知人を通じてカフェの設計のご相談を受けました。
依頼主は津村茂樹(つむら しげき)さんという男性。
周りからはツムツムさんと呼ばれていました。
タムタムとツムツムというだけで親近感を覚えたのは、いうまでもありません(笑)。
初めて弊社にいらっしゃったツムツムさんは、
身長が185センチ(体感190センチ)くらいあって
シュッとしてセンスもよく、僕のなかでは完全に“イケてる大人枠”に入っていました。
お話をうかがうと、アートや骨董品などの時代を経たものがお好きで、
僕ともすごく気が合う方だなと思ったことを覚えています。
ご相談としては、ご実家の店舗兼住宅をリノベしたいという内容でした。
小倉北区黄金の商店街の入り口にある物件。
当時はツムツムさんのお父さん(以後、ツムパパ)が
1階でクリーニング店と氷店を営んでおり、
2階が住居という商店街ならではのつくりでした。
このクリーニング店を閉め、ツムツムさんがツムパパから譲り受け、
一念発起してカフェを開業するというお話でした。
ツムツムさんは当時、公務員として勤めながら独立の準備として
オフタイムにいろんなコミュニティで自ら淹れたコーヒーを振る舞ったり、
お店がオープンする告知をしたり、とても精力的に活動されていました。
なので共通の知人も多く、
「タムタムさん、ツムツムさんのお店のデザインしてるんでしょ?」って聞かれました。
韻を踏んだ感じで楽しいですよね(笑)。
さっそく現況調査に行きました。木造で建築面積が約19坪の総2階建て。
ご両親のお話から築90年にはなるという建物。そこから現況図を起こしました。
1階にはクリーニング店と氷店、それと以前、
ツムツムさんのお母さん(以降:ツムママ)がスナックをされていた名残がありました。
スナックの部分はリビングとして使われており、囲炉裏(いろり)があって、
団欒で火を囲んでいる様子がわかりました。
この1階の氷店は残し、そのほかの空間をカフェにしていきます。
2階は住居空間。天井裏を見てみると立派な小屋組(屋根部分の骨組み)があったので、
この小屋組は見せていきたいなと思いました。
ツムツムご一家は仲がよく、現場調査しているとき、
普段の会話からもその様子が伝わってきました。
特にツムママの料理がおいしいとのことで、
僕にもお食事のお誘いをいただいたりしました。
そんなご家族が暮らしてきたこの建物にはみなさんが愛着を持っており、
ツムツムさんも解体のときに出る廃材で使える部材があれば、
ぜひ残してほしいと相談も受けました。
本当に時を培ってきたモノや空間に対しての価値を
大切にされているんだなと感じたことを覚えています。
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現況調査から問題点を探っていきます。
今回は1階をカフェ、2階を住居にするために動線を分ける必要があるなと思いました。
ただ、既存の階段はクリーニング店の奥にあり、
2階へ上がるためには1階を通らないといけない動線になります。
ほかの問題点としては、お風呂やキッチン、トイレも1階に集約されていたので、
水回りをすべて2階に配置する必要がありました。
そして間取り図ではわかりにくい主要な柱や雑柱を把握する必要もあったので、
一度フルスケルトン化するために解体から着手することにしました。
スケルトン化するとすべてが見えてきますね。
チラッと見えた小屋組は大きな丸太梁をふんだんに使った組み方がされていました。
一般的に四角い製材された梁よりも丸太のほうが強度は高いとされ、
組む際の技術も難しいので当時の大工さんの技術の高さが見られます。
また、腐食した箇所や、過去の改修の際に継いでいる柱も見えてきました。
この悪いところも修繕していきます。
プランとしては階段を架け替え、住宅の玄関とカフェを分けることにしました。
店構えはいつものように「未来予想図」をつくり、
内部はパースをつくってご提案しました。
店内は木造の特徴を生かして、あたたかい木の構造を感じさせる雰囲気を意識しました。
新旧の木軸構造をできる限り見せるデザインです。
おおむねこのデザインで進むなか、ディテールではツムツムさんのセンスが光ります。
施工中にもあちこちのアンティークショップや骨董品屋で集めた
多彩なアイテムを持ってこられ、僕もすごくワクワクしました(笑)。
カフェの屋号も決まり、ロゴを持って来られました。
それが〈Oneness Coffee Brewers〉です。
ロゴは自分で描いたとのことで、筆文字のセンスもすごいなと思いました。
今ではイラスト作家としても活躍されています。
そんなこんなのなか、工事は先に2階の住居を完成させました。
まだ1階が完成していないのにツムママからとても喜んでいただき、
ある日、「ご飯食べて帰りなさいよ」とお誘いいただいてカレーをいただきました(笑)。
ほんとにおいしくてアットホームな環境に癒されました。
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続いて2019年、カフェが完成しました。
解体時に出た畳の下板は氷店の庇(ひさし)に使ったり、
カフェの腰壁に再利用したりしました。
色むらなど、すごく味わいがあります。
ツムツムさんが購入した古いホルンは、サインを照らす照明になっています。
入口の取手にはアンティークのパンチを使いました。
店内はパースより全然かっこよくなりました(笑)。
学校で使われていた作業台や古いミシン台など、
アンティークが好きな僕(vol.6を参照)も萌えっぱなしです。
ご提案時には白だった店内の壁は、ツムツムさんが集めてくる家具やアイテムを
見ていくうちに白では合わないと思い、マットなグレーに変更することを再提案しました。
とても落ち着いた雰囲気で、手触り感のある家具たちとしっかりマッチしています。
こうして各所に使われた廃材やアイテムは、ご家族の物語そのもの。
空間を構成するピースのひとつひとつについて語れる空間は
やっぱり居心地がとてもよくて、”ワンネス”のファンはあっという間に増えました。
2023年4月にこの記事を書いていますが、
先日店舗を訪れたときはカフェイベントを開催していました。
実店舗を持たないカフェルーキーのみなさんが店内で出店する、
というもので大賑わいの様子。
若きライバルたちを応援する、ツムツムさんの懐の深さを感じたイベントでした。
物語で満ちた空間でツムツムさんと楽しい会話をしながら
おいしいコーヒーを飲むって、もうそれだけで最高じゃないですか。
お客様が多いのもわかるし、同業者やがんばる人を応援するカフェオーナーの存在って
なによりも“まちの拠り所”として、とても重要でありがたいなと感じました。
ぜひみなさんもこの物語の詰まった〈Oneness Coffee Brewers〉に行ってみてください。
自然と人が集まるこの日常風景の意味がわかると思います。
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Oneness Coffee Brewers
ワンネスコーヒーブリュワーズ
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