連載
posted:2022.5.20 from:宮崎県日南市 genre:旅行 / アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。
profile
Junzo Onitsuka
鬼束準三
おにつか・じゅんぞう●PAAK DESIGN株式会社代表取締役。1983年宮崎県日南市生まれ。大学進学とともに東京に移住し、大学院、設計事務所を経て、独立したのち、Uターンで故郷に帰る。商店街活性化のための取り組みをしていた〈油津応援団〉を経て、2017年、日南市の飫肥城下町にある建築デザイン事務所〈PAAK DESIGN〉を設立。地域資源を生かした循環型の仕組みをつくることを常日頃考えている。自転車いじりとコーラづくりが趣味。
https://paak-design.co.jp/
credit
写真提供:ワタナベカズヒコ/パークデザイン株式会社
編集:中島彩
宮崎県日南市で建築デザイン、宿泊や物販など、幅広い手法で地域に関わる、
〈PAAK DESIGN株式会社〉鬼束準三さんの連載です。
築100年の日本中どこにでもあるような、しかし徐々になくなりつつある古民家を
リノベーションし、宿として自社で運営を行うまでのお話です。
前編のハード部分の設計・改修に続き、後編では、
オペレーションの構築から、地域の宿としての満足度向上を狙った
ソフトコンテンツのデザインについてご紹介します。
2017年4月、パークデザインを立ち上げ、飫肥城下町に事務所を構えて
間もない頃にこの物件と出合いました。
当時はまだ古民家の活用方法や改修方法など何も習得できていなかったのですが、
せっかく歴史ある飫肥城下町に事務所を構えたのだから、
自分でも何かまちの風景を残すプロジェクトにしてみたいなと思い、
勢いあまって6月には購入してしまいました。
敷地面積が181.81平米(55坪)、床面積が109.74平米(33坪)と
飫肥エリアにある古民家のなかでも現代の住宅規模に近い小ぶりな建物で、
自分でもなにかできそうだと感じたのも取得した理由のひとつです。
最初は住宅とするアイデアが浮かんだのですが、
あくまで住宅はプライベートなものなので、いろいろな人に使ってもらえる
「まちに開いた」拠点の方がいいのではないかと考えました。
私は建築デザインという職業柄、空間もさることながら、
そのなかで起きることに想像をめぐらせるのが得意であり、
いろんなパターンをシュミレーションしました。
例えば、住宅として改装して賃貸にする場合。
外装の自己負担分(一部は文化庁の補助金を活用)と内装費を合わせると
概算で1500万円かかることを踏まえ、賃料を算出すると7~8万円になりそうでした。
33坪から27坪に減築する予定もあり、住宅として貸す場合は
地域の相場からすると少し小さい割に高くなります。
オフィスとするなら賃料は適正ですが、古民家ということもあって
使えるスペースが少なく使い勝手もあまり良くなさそう。
カフェやバーなどの飲食店も考えましたが、駐車場を多く確保できない敷地で、
エリア的にも閑静な住宅街だったためあまりイメージができませんでした。
そこで浮かんだのが、1棟貸しの宿です。
駐車場がたくさん確保できなくても、繁華街から離れてポツンとあっても、
賃料同等以上の収益が確保できる可能性があり、僕らの強みである
「空間デザイン」で勝負できる。こうして「宿泊事業」にたどり着きました。
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妄想の次は、具体的な事業計画とコンセプトメイキングを進めます。
恥ずかしながら、これまでたくさんの店舗設計を行ってきましたが、
事業計画や収支計画などを実際に組み立てたことはありませんでした。
今までの店舗や宿泊施設の案件の記憶を漁り、
自分でも本やネットの情報と照らし合わせながら事業計画を組み立てていきます。
そして、いつもクライアントワークでも提案している得意のコンセプトメイキング。
このような古民家の活用計画において、多くの場合は由緒ある家柄の
代々引き継がれたお屋敷が活用されますが、正直なところ、
今回の物件にそんな歴史的な背景はありません。
工夫は必要になりますが、今回の物件のような日本中どこにでもあるような
素朴な古民家を光らせることができれば、
日本の古き良き歴史が明るく照らされることにもつながるのではないかと思いました。
事業計画と同時進行で、「こんな宿があったらいいな」と
自分自身が思ったことを設計に落とし込んでいきます。
数か月、設計と事業計画を行き来しながら何度も考え直すという、
設計者だからできる、設計者しかできない方法で、
なんとか事業計画を導き出すことができました。
コンセプトはこの宿の名前にもなっている「さい(犀 -sai-)」。
4つの「さい」を込めています。
ひとつ目は「差異」。
空間設計の大きなテーマにもなっています。
歴史の残し方をどのように表現するかを考えたときに、
新しいものを古いものに溶け込ませるのではなく、
あえてその境目を強調して差異を見せることで、
結果的にどちらも際立たせることができると考えました。
ふたつ目は、「彩」。
空間設計においては、なるべく色を使うことを避け、
無彩色の空間を目指しました。
空間のなかの人や活動、取り組みなどが彩りになり、
空間を豊かなものにするという意図があります。
3つ目は、「細」。
宿内にあるすべてのものの細部にまでこだわることで、
訪れた人々の心を豊かにするという意味を込めました。
4つ目は、「再」。
長年閉じられていたこの古民家に再びあかりを灯し、
まちも明るくしていくことからです。
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一般的にホテルであれば、記帳をしたり、本人確認したりと、
チェックイン、チェックアウトの対応をする必要があります。
うちは設計事務所であり、ホテルサービスのノウハウはありません。
もちろん研修などして学ぶことはできますが、そこを重視しようとは思いませんでした。
接客サービスの部分ではなく、うちの会社の強みである
「空間」や「コンテンツ」を重視したほうが、
結果的にお客さんにも満足感を提供できるのではないかと考え、
チェックインやチェックアウトなどの手続きは
タブレット対応の無人の宿とすることにしました。
オープン時期は2021年3月末で、
コロナウイルスの感染拡大の真っ只中だったこともあり、
完全非接触型のコロナウイルス対策もばっちりの宿として
オープンすることができました。
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宿内には、飫肥城下町や地域のことを体感できるコンテンツを、
あの手この手で用意しています。
この宿の備品や食品、アメニティなどの多くは
地域の魅力のプレゼンテーションであり、
この宿自体が地域の展示であると考えています。
そこで、宿泊プランを「地域の展示」という表現とし、
「常設展(常設のサービスや企画)」「特別展(期間限定のサービスや企画)」
というプランを展開しています。
まず、常設展として、ウェルカムドリンクのお茶、コーヒー、ジュース、焼酎、ビールは
地域の事業者さんによるこだわりのものを提供しています。
ビールは地域でクラフトビールをつくるマイクロブルワリーの〈日南麦酒〉さんと
弊社とでコラボレーションして地域の素材を加えてつくった
PAAK HOTELオリジナルビールをサーバーにて飲めるようにしています。
特別展としては、地域で活動するアーティスト、デザイナー、企業・団体と
弊社が一緒になって企画し、古民家宿をジャックする展示を
半年毎に入れ替えながら行っています。
過去には、飫肥のまちづくりに何年間もつき添い、飫肥の風景や活動を撮ってきた
フォトグラファーのワタナベカズヒコさんに、
宿と同じ「さい」をテーマとした写真展を行っていただいたり、
〈生楽陶苑 (きらくとうえん)〉の陶芸作家・
園田空也(そのだ くうや)さんに展示をしていただきつつ、
お皿やカップなどはお客さんにも使っていただけるよう用意したりしました。
今後は、地域の漆作家さんや、地域素材を活用した
フレグランスを展開する企業さんなどとコラボレーションする構想をしています。
また、地域の事業者さんと連携し、
宿内でゆったりと食事が楽しめるオリジナルのプランを用意しました。
精肉店から宮崎牛を提供いただきつくった「牛鍋プラン」や、
日南のブランド鶏「地頭鶏」の養鶏・加工を行う
事業者さんに協力いただいた「3種の鶏鍋プラン」、
そのほかにも地域の事業者さんと一緒に企画したプランをいくつも用意しています。
こうしたお食事のプランでは、お部屋に食材と炊飯器など調理機器を完備し、
最後の仕上げはお客様ご自身で行っていただきます。
お好きな時間に完全なプライベート空間で食事を楽しんでいただくスタイルです。
日本中どこにでもある小さな古民家に再びあかりが灯り、
地域の魅力が詰まった場所となりました。
これからもこの古民家に滞在するお客さんと提供する地域のコンテンツとが共鳴し合い、
訪れる人と地域を豊かにする、そんな場所になっていくことを願います。
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さて、本連載もこれで最終回です。
これまで地域のリノベを切り口にいろいろなプロジェクトをご紹介してきました。
私の住んでいる日南市は、地方創生などで
話題になっている地域でもありますが、まだ課題は山積みです。
その課題に「リノベ」という手段をもって向き合い、
ひとつひとつ紐解き、課題を解決しながら
少しでも地域を豊かにすることができたら、と思い活動しています。
この連載を読んだ方が、少しでも自分の地域と向き合う機会になることを願っています。
全9回、文章で表現することが不得手な私を支えてくれた編集者の中島彩さんに、
この場を借りて感謝を申し上げます。
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パークホテル・サイ
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PAAK STOCK
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