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かばん工場を
セルフリノベーション。
共同スタジオが完成!
HAPS vol.4

リノベのススメ
vol.053

posted:2014.12.9   from:京都府京都市南区  genre:活性化と創生 / アート・デザイン・建築

〈 この連載・企画は… 〉  地方都市には数多く、使われなくなった家や店があって、
そうした建物をカスタマイズして、なにかを始める人々がいます。
日本各地から、物件を手がけたその人自身が綴る、リノベーションの可能性。

writer's profile

HAPS

東山 アーティスツ・
プレイスメント・サービス

2011年、東山 アーティスツ・プレイスメント・サービス実行委員会設立。「若手芸術家等の居住・制作・発表の場づくり」を主な目的とし活動を行う非営利組織。相談窓口を開設し、空き家や空きスタジオの情報提供やマッチング等を通して、若手芸術家の京都市への定着を促進するための活動を行うほか、京都市内の芸術家を対象に、制作・発表を包括的に支援している。
http://haps-kyoto.com/

HAPS vol.4
ビルの空き室から若手アーティストの共同スタジオへ

JR京都駅の南側。八条口を出て6, 7分も歩くと
新旧の商店や住宅が並ぶ、東九条のまちが現れる。
新幹線を降りた人々で混雑する北口の喧噪とは対照的ですが、
アーティストのスタジオなどが少しずつ増えてきているエリアでもあります。
以前はかばん工場として使われていた築40年程の4階建てのビル。
ここのワンフロアが、今年の春、若手アーティストたちの手によって
共同スタジオ「punto」に生まれ変わりました。

ビル入り口に掲げられたpuntoの看板。

スタジオ風景。左は岡本里栄さん、右は嶋春香さんの制作スペース。

2013年10月。ペインターの嶋春香さんと長谷川由貴さんを中心に、
京都市立芸術大学の大学院生数名が
修了後の共同の制作場所を探しているとの相談がHAPSに寄せられました。

左より長谷川由貴さん、岡本里栄さん、嶋春香さん。この他に現在のメンバーは、松平莉奈さん、山西杏奈さん。12月から新たにもう1名が加わる予定。

一方、それより遡ること3か月ほど。
ビルの所有者である、隣接する大西商店の大西康之さん。
大西さんからこのビルの使っていないフロアを活用したいという相談をいただいていました。
これまでに塾や事務所などに使いたいという問い合わせもあったけれど、
なかなか接点を見いだせなかったそうです。

何か活用したいという気持ちでいたところ、
新聞でHAPSの活動を紹介する記事を目にしました。
中高生の頃は美術部に所属するなど美術が好きだった大西さんは、
アーティストに活用してもらう方が面白そうと感じ、
早速連絡いただいたのでした。

大西さんご夫妻。改修は完全におまかせで、一からつくり出していく力がすごいと感心していた。「ここから世界に羽ばたいてほしい」と応援。

HAPSでは、制作場所を探していた嶋さんたちに物件を紹介する中で、
大西商店のビルも案内。
ワンフロアと増築部分あわせて200㎡近い広さ、駅からのアクセスのよさ、
大家さんのアーティストへの理解と、三拍子揃った好条件にピンときたそうです。
実際、これだけの広さと交通アクセスや家賃が兼ね合うのは
京都市内でもなかなかないと言えます。
相談の結果、2階のワンフロアに加え、1階の一部のスペースも作品を保管し、
工具を設置して作業空間に使用することになりました。

大家さんである大西商店(左側)と、puntoが入っているビル。puntoは2階ワンフロアと、1階の一部を利用。

嶋さんたちは当初考えていたよりはスペースも広かったため、
同じ大学の同級生を中心に、さらにメンバーを募り、
6人で2014年1月に契約。
HAPSにとっても初めての共同スタジオのマッチングとなりましたが、
契約や改修、運営などについてアドバイスを行い、
双方にメリットがあるよう調整しました。
物件は、床や壁に経年の傷みや汚れがあるままの状態で、
アーティストたちが自ら必要な改修を全て行うという条件で、
家賃も通常の相場より低く抑えられました。

大学院修了とほぼ時を同じくして、3月末より改修をスタート。
とは言っても、みなセルフリノベーションなど初めて。
不安な部分もあるなか、改修を進めたきっかけがありました。
嶋さんたちの先輩が企画するグループ展、
「egØ-「主体」を問い直す-」展の会場を探しており、
4月末よりシェアスタジオのオープンに先立つプレイベントとして場所を提供することに。

これは急がねばなりません。しかも会場提供の代わりに、
改修作業にも参加してもらったり、
資材を運んでもらうなどの協力が得られることになりました。
強力な助っ人と、オープン日が決まったことで、
結果的に正味1か月ほどのスピードで、
展示できるホワイトキューブの空間に仕上げることができました。

改修時、床の傷んでいる部分をコンクリートと板で補強していく。北側は全面窓で、自然光が多く入る。

まず、床板の抜けをチェックし、
抜けている部分はコンクリートで支柱をつくり、床材を追加。
全体に長年のタバコのヤニの付着により激しく変色していたため、
窓ガラスなどの汚れは丁寧に落とし、
天井は油性のシーラーで白く塗り直しました。
この作業はにおいがきつくふらふらになるほど。
しかしその甲斐もあって、ひときわ明るく、
クリーンで居心地のよいスタジオ空間が実現しています。

180㎡ほどの天井を全て白くペイント。

そして一番大変だったのは、壁面の設置です。
元の壁は全てコンクリートだったので、
壁面に絵画作品をかけることができるよう、全面に木の壁を新たに制作。
その際、費用削減のため、木の桟を組むのではなく、
コンクリートの壁面に穴を開けて、ポイント毎にコンパネを取り付け、
その上に新たな壁面を設置するという方法をとりました。
コンクリートに穴を開けるのには、電動ドライバーを使い、
3人がかりで押えながら作業。
専用の工具でないため、強い力が必要となり、
これまで筋肉を意識したことのない胸部まで筋肉痛になりました。

「egØ-「主体」を問い直す-」展示風景より 彦坂敏昭《目地(タイル)》2014

4月末から5月上旬までegØ展開催後、
それぞれ個人の制作スペースを区切る壁面を設置。
1階は床を半分撤去し、土間部分に工具を設置して、木工などの作業スペースに。
5月下旬に、お披露目を兼ねたオープンスタジオの日を迎えることができました。
余計な要素がなく、
制作に集中できるニュートラルな空間が完成しました。

日本画を座って描くため畳を敷いた松平莉奈さんの制作スペース。現在、松平さんと長谷川さんは「VOCA展」に出展準備中。

このスタジオの改修を通し、メンバーたちはDIYの工法を学んで、
「家くらいのサイズのものでも何でもつくれる!」
という自信がついたと言います。
ちょうど同時期、向かいの家も改修工事をしていたため、
大工さんのスピードに感心しながら、作り方を観察していたそうです。
DIY熱が高まり、作品制作のための作業テーブルや、
画材や作品を収める棚など、必要なものをそれぞれ自作。
その後、網戸や出入り口の扉もつくっています。

作品収蔵スペースにも、強度を考えて棚をDIY。

各自の友人や先輩などのネットワークを生かし、
構造や強度など不安な部分はわかる人に教えてもらいながら、
確実に技術を自分のものとしていった姿はとても頼もしいです。
大西さん夫妻も「1からつくり出す力がすごい」とただただ感心して見ていました。

年明けの展覧会に向け、立体作品を制作中の嶋春香さん。正面に並んでいるのは、資料写真をモチーフとした絵画作品のシリーズ。

京都にはアーティストの共同スタジオが多く、
市内に20~30あるともいわれます。
「punto」始動時には「凸倉庫」の安藤隆一郎さんの呼びかけで、
京都の南側に点在する近隣シェアスタジオで
制作するアーティストたちが集まり、盛大なバーベキューが催されました。
情報交換や、近くのスタジオからコンクリート用工具を借りることもでき、
これを機にさらなる横の繋がりができています。

山西杏奈さんの制作スペース。主に木を素材として立体作品を制作。ビルの増築部分にあたり、平面作品の制作スペースと区切られたつくりになっているのも好都合に。

工具を使う作業室としている1階の土間スペース。現在は主に山西さんが活用。

さらに、プレオープニングのegØ展や、オープンスタジオなどを通し、
新しいスタジオとして認知されるのも思ったより早かったとのこと。
共同でスタジオを構えることがさまざまな面で効果的に作用しています。

現在は、各自が仕事をしながら作品制作を行っています。
常に全員で顔を合わせるわけではありませんが、
他の人の制作過程や作品を目にすることで刺激を受けることができ、
また異素材への関心も高まったそうです。
「このスタジオがスタートしてから色々な機会をいただき、
幸運の場所のように感じている」と語る長谷川さん。

長谷川由貴さんが現在取り組む大画面の新作。日本各地の聖地を訪れ、その体験から絵画を描くことを続けている。

“punto”はラテン語で「点」を意味します。
“点から線や面が生まれるように、
ここを拠点にさまざまな活動形態へと繋がっていく――”
そんな思いが込められた命名を文字通り体現しているようです。
切磋琢磨しながらここで制作される作品や彼女たちの活動がこれからどう変化していくのか、
ますます楽しみです。

本や好きなものを持ち寄った共用スペース。バリ島の傘状の祭壇も。

information


map

punto

住所:京都市南区東九条南山王町6-3
http://punto-studio.net
※通常は公開していませんが、年に一度はオープンスタジオを行いたいと計画中。

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