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「山下商店」山下賢太さん

PEOPLE
vol.024

posted:2014.8.8   from:鹿児島県薩摩川内市  genre:暮らしと移住 / 食・グルメ

〈 この連載・企画は… 〉  ローカルにはさまざまな人がいます。地域でユニークな活動をしている人。
地元の人気者。新しい働きかたや暮らしかたを編み出した人。そんな人々に会いにいきます。

editor’s profile

Kaori Kai

甲斐かおり

かい・かおり●フリーランスライター。長崎県生まれ、東京在住。日本の各地方を取材し、地産品や地域コミュニティ、生産、ものづくりをテーマに執筆。雑誌やウェブで紹介している。ガイドブックに載っていない場所を歩く地味旅が好き。でもハイカラな長崎が秘かな誇りでもある。

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撮影:KOSERIE(表記のある写真のみ/鹿児島出身、東京在住)

島の風景を取り戻すために。

ぴ〜ぷ〜と豆腐屋さんのラッパが鳴ると、
ザルやボウルを抱えたおばあちゃんたちがぞくぞくと集まってくる。
昔はよく見られた光景だが、この甑島(こしきじま)でもずっと続いていたわけではない。
2年ほど前に山下賢太さんが復活させたものだ。

山下さんは、豆腐屋であり、農業、商品開発、営業など
ひとりで何役もこなす「山下商店」の代表、自称「百姓」でもある。
さまざまな仕事をこなしながらも、ずっと一貫して追い続けているのは、
子どもの頃に見た“島の風景”を取り戻すこと。
かつてにぎやかだった島はどんどん寂しくなり、田畑は草で荒れている。
目に見えないものは忘れられやすい。
でもどれだけ時代が進んでも、人が幸せを感じる風景は変わらないのではないか。
そう信じる彼の視線の先に見えているのは、いったいどんな島の未来なのだろう。

島の風景。

鹿児島県薩摩川内市上甑島。
串木野新港から船で1時間20分ほどでたどり着くこの小さな島に、
山下さんがUターンで戻ったのは4年前の21歳の時。
島へ戻る決意をしたのには、こんなエピソードがある。
子どもの頃から大好きだった場所があった。
港に近い、ハトンダン(波止ん段)と呼ばれる場所で、大きなアコウの木の下に、
大人も子どもも集い、おしゃべりして、ゆっくりくつろいだ憩いの場。

「夕暮れどきになるとみんなが自然と集まってきて、
昨日はどこどこの船が大漁だったとか、今日は満月だとか。
近頃、誰かの顔が見えないから帰りに寄ってみようということになったり。
島の日常の交流の場が、そこにはありました。
高校で島を離れて久しぶりに帰省した時、そのハトンダンが港の改修工事で壊されていたんです。
さらにショックだったのは、その工事をしていたのが自分の父親だったことでした」

なぜ、と問う山下さんに、父親はひとこと「お前を育てるためだ」と答えたのだそう。
想いだけでは、島を守ることができないのだと思い知ったのがこのときだった。

初めての稲刈り。(Photo by KOSERIE)

自分にできることはないかと考えたあげく、
島へ戻り、まずは田んぼや畑を耕すことから始めた。
農業をやるのも初めてなら、野菜や米を売るのも初めて。
祖父にイチから教わりながらのスタートだった。

「初めての収入は、無人販売所の空き缶に入っていた800円のみ。
これが僕の原点です」

周囲の協力を得てやっとの思いで収穫した米。
販売する際には工夫をし、東北の米に比べれば、あまり美味しいイメージのなかった島の米を、
新米の時期のみに絞って「島米Shimagome」というブランドで売った。
つけあげ(さつま揚げ)や干物といった島の特産品と合わせて送るなど、
「あくまで自分の米は、ほかの島の美味しいものの引き立て役」だという。

さらに、古くから地域に伝わるさつまいもの郷土菓子、“こっぱもち”を
オリジナルでつくって販売。
オンラインをはじめ、東京や鹿児島市にも頻繁に足を運び、
それまで島にはなかった流通路を広げていった。
そして2012年5月、築100年を超える古民家を改修して豆腐屋を開業する。

里港からすぐの里集落にある「山下商店」。

店内は、開放的で明るい雰囲気。

島の日常風景の一部になりたい。

なぜ豆腐屋だったのだろう。そう尋ねると、こんな答えがかえってきた。

「幼い頃に僕が住んでいた家の両隣は、2軒とも豆腐屋さんというほど、身近なものでした。
朝できたての豆腐を買いに行くということは、僕にとって日常だったんです。
そして今、限界集落と呼ばれるようなところまで行商に行くのも、
島の人たちの暮らしを支えたいと考えているからです」

子どもの頃、朝起きると、湯気の立ちこめるなかで働いている大人が居た。
自分はその背中を見て育ったのだと、今改めて思う。
最近では、働く大人の姿を間近に見られる機会が減っているような気がする。
そうした島の日常のひとコマも、大切にしたい風景のひとつだ。

豆腐屋の朝は早い。深夜3時から工房に立つ。(Photo by KOSERIE)

冷たい水に手を浸し、できたての豆腐に包丁を入れる。(Photo by KOSERIE)

山下商店は、里港からすぐの、碁盤目のように民家が並ぶ里集落にある。
工房を併設した店は、周りの民家と違って、懐かしくて新しい独特の雰囲気。

窓が大きく開放的で、木のあしらいにデザインが効いている。(Photo by KOSERIE)

豆腐以外にもお土産品を置いている。窓の向こうには、島特有の石垣が見える。(Photo by KOSERIE)

「食べてみてください」とすっと出していただいたのが、お手製の豆腐。
ふわっと大豆の香りがする、しっかりとした味の豆腐で、瞬く間に平らげてしまった。
その後、午前中の行商に同行させてもらうことに。

ふわっと大豆の香る手製豆腐。オリーブオイルをかけていただくのもおいしい。

「山下商店」とロゴの入ったワゴン車にぎっしりと豆腐や厚揚げを積んで、島の各集落へと運ぶ。

車で15分ほど、山をひとつ超えた集落の一角に車を停める。
山下さんがおもむろに取り出したのは、昔ながらの豆腐屋さんのラッパ。
ぴ〜ぷ〜という音が「ト〜フ〜」に聞こえるといわれるアレだ。
誰もいないのではと不安に思うほど静まりかえっていた集落にラッパの音が鳴ると、
ひとり、またひとりと財布とボウルを抱えたおばあちゃんたちが姿を見せ始める。
ほぼ毎日同じ順路で周るので、大まかに同じ時間に同じ場所を訪れることになるのだろう。
みんな、山下さんの豆腐を毎日心待ちにしているのだ。

昔なつかしい豆腐屋さんのラッパの音。

ひとつひとつ、手渡す。

お客さん同士もお馴染みさんなので、
いつもの顔が見えないと「裏の畑いっとるんやね。呼んでこよか」と誘い合って来てくれる。
手づくり豆腐に加えて、厚揚げも人気。豆腐一丁が180〜350円と、
スーパーで買うのに比べて、決して安いとは言えないが、
その人気の秘密をひとりのおばあさんが教えてくれた。

「昔は自分の家でみんな豆腐は手づくりしとったでしょう。
だから私たちにしたら懐かしいんよね。
この豆腐は、昔ばあちゃんがつくってくれた味がするのよ。
今、手づくりの豆腐を食べたくてもスーパーにはないもんね」

「ばあちゃんの味がするって言われた」と嬉しそうに笑う山下さん。
おばあちゃんたちは、買い物のあとしばらくそばの石段に腰かけておしゃべりに興じる。
「ちょっと寄っていかんね」とお茶に呼ばれて、玄関でひとしきり話す間に、
天ぷらやらお茶菓子やらいろんなものがふるまわれた。
「ばあちゃんたちの顔見てたら、疲れが吹き飛ぶんですよね」と山下さん。

無邪気に笑う顔が少女のようで、思わずそう口にすると、「あんたいい娘やねぇ」としみじみ褒められた。

豆腐を買いに出たついでのおしゃべりも、楽しいひととき。

ふつうの島を、楽しんでほしい。

行商の帰りに山下さんが連れて行ってくれたのが、
どこまでも海岸の続く浜が見渡せる「長目の浜」の展望台。島で一番の名所だ。
「こういうガイドブックに載っているような観光スポットもいいのですが、
ふつうの集落で島の暮らしを垣間見ることができるツアーもやりたいと思っているんです」
すでに今の仕事の合間に、島ガイドも引き受けている。
2年ほど前には、鹿児島市内のマルヤガーデンズで、
島の日常を紹介する「島の食卓展」を行った。
食卓の先には、誰かの日常がある。
そんなコンセプトで山下さんらが企画からコーディネートまでを行い、
しっかりと島の人たちと向き合った。
地域のみんなと開発した「ごちそうサンド」はお客様の評判もよく、
できることならその後も販売していきたかったが、
求められる数を継続的につくることができない島の生産体制などがネックに。

島の人たちと。(Photo by KOSERIE)

島の従来の商売の仕方、考え方は尊重しなければならない。
でも一方で、根本の見方を少しずつ変えていかなければ、
これから先、島の暮らしは続けられない。
農家は日々田畑で汗水たらして生産することが当たり前だが、
この時代、それだけでは生き残れないと山下さんは感じている。
自分たちのしあわせの定義や地域らしさを見直した上で、情報発信することも大事。
島外での活動が続くと「ケンタは農業やると言って、ちっとも島におらん」という声も
ちらほら聞こえてくるようになった。

何をするにも、ひとりでは無理なのだと気付く。
今は正社員3人、パート6名を雇い入れ、新しい体制で運営を始めている。
前述のツアーの企画も本格的に実現しようとしているし、
ここへきて、加工品にも陽が当たり始めた。
昨年(2013年)新しく開発した「とうふ屋さんの大豆バター」が好評で、
大手メディアに取り上げられるなど順調に売上を伸ばしている。

山下商店の忘年会の様子。

人気の「とうふ屋さんの大豆バター」。(撮影:island company)

豆腐屋の朝は早い。冬は身体の芯まで冷える仕事だ。
行商の後は農作業や加工品の製造、週2日の休日も休みはなく、
彼はここ数年ずっと走り続けている。
それもこれも、“未来にある甑島のふつうの風景”を、思い描き続けているからだ。

人の運命を決めるのは何ものか。本人の意思、というのもあるだろう。
でももっと何か大きな力に導かれて、彼はこの仕事を引き受けているのではないか。
山下さんを見ていると、そんなことを感じる。

行商に同行した日の夜、翌朝も早いというのに、
島で星が一番きれいに見えるという丘へ連れていってくれた。
都市で見る夜空に比べれば、ずっとたくさんの輝きが広がっていたのだけれど、
雲がかかっていていつもはこんなものじゃない、と悔しがる山下さん。
この人は本当に、島のことが好きなのだ。

山下商店

鹿児島県薩摩川内市里町里54番地
TEL 09969-3-2212
http://shop.island-ecs.jp/

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