連載
posted:2012.12.12 from:東京都中央区 genre:暮らしと移住
〈 この連載・企画は… 〉
ローカルにはさまざまな人がいます。地域でユニークな活動をしている人。
地元の人気者。新しい働きかたや暮らしかたを編み出した人。そんな人々に会いにいきます。
text & photograph
Tetsuka Yamaguchi
山口徹花
マガジンハウス所属フォトグラファー。『anan』『Hanako』など女性誌を中心に活躍、今回はライターも担当。週末は自然豊かな暮らしを求めて、郊外の古民家を探訪中。
東銀座駅、5番出口を上がった七十七銀行前に、ひとりのおばあさんがいる。
新聞紙の上に色とりどりの野菜を広げ、その傍らにポツンと座っている。
気になって声をかけてみた。
石山文子さん
御年 83才
行商歴 60年
通称 おばちゃん
千葉県我孫子に生まれ、20才で茨城県利根町にお嫁に行く。
23才から行商を始め、銀座周辺に通い始めてもう60年になる。
おばちゃんが売っているのは近所の農家から集まった採れたての野菜。
この一畳足らずのお店には常連客もしっかりついている。
毎日欠かさずトマトを買いに来るスーツ姿の男性。
「いんげんの人」とおばちゃんが呼ぶ、いんげん好きのOL。
井戸端会議のお相手、ビル清掃員のおばちゃん。
自転車で乗りつける、割烹の板前さん。
笑顔が素敵な、歌舞伎座の工事現場作業員。
巡回中、汗だくになりながら笑顔で声をかけてくる築地署のお巡りさん。
そんなお客さんとのやりとりが、毎日、60年繰り広げられているのだ。
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行商を始めた当時、辺りは焼け野原、
おばちゃんは米一俵を背負って毎日通って来たという。
「昔は、なーんも無かったんだよ、着るもんも食うもんもなーんもねえの。
20で嫁に行ってよー、朝っぱらから洗濯してよ、わらでご飯炊いてよ、
手なんか荒れちゃって真っ赤だよ。
便所の中で涙こぼして、実家の方見て叫んだよ。
帰りてーよー、帰りてーよーって、
泣いて泣いて泣き抜いたよ」
時折、目をぎゅっとつむり、ていねいに話してくれた。
「苦労ってもんはずいぶんしたよー
まーず働いたよ
80年働き続けても丈夫なんだからよ〜
大したもんだと思ってよ〜。
息子たちにも言われんだよな、ばあちゃん元気だよなーってな」
満面の笑みを浮かべ、豪快に笑う。
そんなおばちゃんの食生活を聞いてみると至ってシンプル。
肉や魚はあまり食べず、月に1、2度。
主なメニューは、ごはんと梅干し、のりの佃煮、漬け物、そして大好物のトマトを丸々一個。
店にも並べているトマト、これが一番人気の商品。
私もいただいたが、甘くてジューシーで、太陽の温かさを感じる。
「トマトは? 今日はある?」とトマト目当てのお客さんが後を絶たない。
「トマトで栄養つけてっからよ」というおばちゃん。
そのトマトパワーたるや、本当にすごい。
おばちゃんの一日は朝4時から始まる。
身支度を済ませ、5時には家を出る。
自転車を漕ぎ隣町の布佐駅へ。
駅のホームで朝ご飯の弁当を食べ、布佐→上野→北千住→東銀座と乗り継ぐ。
その間20kg近くある籠も同伴だ。
それを担いで東銀座の急勾配な階段を「よいしょ、よいしょ」と一歩ずつ登る。
ようやく目的地の銀行前に到着。
どっかりと腰を降ろし「ふ〜」と一息、安堵の表情を浮かべる。
どれくらいの重さなのか、試しにその籠を担がせてもらった。
ん? うんともすんとも動かない。
ずっしりとした重みで立ち上がることもできない。。
その様子を見かねたキューちゃん(後ほどご紹介致します)が前から引っ張ってくれた。
ようやく立つことに成功。
ならば歩いてみようと、1歩、2歩、ふらついて断念。
すごいのだ、これを担いで階段を上がる83才、強靭である。
83才になった今でも通い続ける原動力は何か、聞いてみた。
「行くのいやだな〜って思うときもあるよ
膝も足首もイテエの
とにかく苦労したからよ、大抵のことは我慢できんだよ、辛抱辛抱。
そんでもよ、一日でも休むとお客さんに心配かけっから。
毎日来てくれる人に悪いしよ〜
ばあちゃんどうしたかな〜って心配すっでしょ。
こっちもな、あの人来たかな〜、この人来たかな〜って気になるしよ
みんなと“おはよう”って挨拶すんのが楽しいんだよな〜
元気になんだよな
家いても暇だしよ、こうやってると頭もボケねえし。ヒャッヒャッヒャ」
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こうして話を伺っている間にも、行き交う人と挨拶をかわす。
「おはよー」
「暑いね〜」
「また明日な〜」
そして私に耳打ち。
「あの人いい人なんだよな〜」
おばちゃんに言わせるとほとんどの人が良い人。
なかには「あの人は愚痴ばっか言ってんだよな〜。
でもそういうのも聞いてやんねえとな」
と言うことも。
おばちゃんにとって最上級のいい人、それがキューちゃん。
キューちゃんとおばちゃんの出会いは3年前にさかのぼる。
日比谷線の車内、荷物を山ほど持ったおばちゃんを見たキューちゃん、
その日から毎日おばちゃんを手伝うようになった。
荷物を運び、新聞紙を拡げて商品を陳列する。
そして時々、オロナミンCとあんぱんを差し入れる。
おばちゃんに「キューちゃんてどんな人?」と聞くと、
「あの人はほっんとに良い人だよな〜」と頬を上げて嬉しそうに笑う。
キューちゃんにも聞いてみた。
「おばちゃんに会うと元気になるんだよー」
相思相愛の様子が、見ていて微笑ましい。
おばちゃんのところへやってくる人は皆、口々に言う。
おばちゃんに会うと元気になる、安心する、ほっとする。
私も同感。
つい何度も足を運び、そのたびに長居をしてしまった。
写真撮りますよ〜、と声をかけると
「笑うと歯ねえからな、笑えねえな〜
いいか、なっ、歯なくてもな、ひゃっひゃっひゃ!」
おばちゃんの豪快な笑い声と、くしゃくしゃの笑顔に包まれると、
細かいことが全て吹っ飛ぶ。
今日がいい一日になりそうだ。
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