連載
posted:2017.12.15 from:栃木県日光市 genre:暮らしと移住 / 食・グルメ
sponsored by 日光市
〈 この連載・企画は… 〉
世界遺産「日光の社寺」に代表される歴史や文化、自然や温泉も豊かな日光市。
観光地としても魅力的な日光ですが、ここでの暮らしを楽しんでいる人たちもとても魅力的。
日光で暮らし、働く人たちにスポットを当て、観光だけでない日光の魅力をお届けします。
writer profile
Ikuko Hyodo
兵藤育子
ひょうどう・いくこ●山形県酒田市出身、ライター。海外の旅から戻ってくるたびに、日本のよさを実感する今日このごろ。ならばそのよさをもっと突き詰めてみたいと思ったのが、国内に興味を持つようになったきっかけ。年に数回帰郷し、温泉と日本酒にとっぷり浸かって英気を養っています。
credit
撮影:石井孝典
午前8時、朝の光が差し込むパン工房で、4人の女性たちが作業台を囲み、
発酵した生地と対話をするように、言葉少なに手を動かしている。
「生地の状態を見ながら、だいたいこのくらいの時間から
パンを丸める作業が始まります。
一般的なパン屋さんは朝の4時くらいからつくり始めて、
焼きたてのパンが店頭に並ぶ頃なのですが、
家庭を持つ女性でも無理なくできるパン屋さんにしたいと思っているんです。
朝の家事を済ませて、子どもを学校などに送り出してから、
ここへ来てパンづくりを始めるといった感じで」
更家友美さんが日光市今市本町にパン工房〈brivory(ブライヴォリー)〉を
オープンさせたのは、2017年9月19日のこと。
趣味が高じて仕事になるパターンは珍しくないかもしれないが、
更家さんの話を聞いていると、その探究心とパンに対する情熱には驚くばかり。
「日光で生まれ育ったのですが、小さい頃からパン好きで、
東京の会社に就職してからも、パン屋さん巡りをして食べ比べていたんです。
就職先もパンやお酒の小売店で、だんだん食べるだけではなく
自分でもパンをつくってみたいと思うようになりました」
さまざまなパンを食べ歩いて特に魅了されたのが、
日本の高級パンブームの先駆けとなった東京・世田谷区の〈recette(ルセット)〉。
退職して日光に戻った更家さんは、一度は断られたものの
諦めきれずに再度かけ合って、recetteでアルバイトをさせてもらうことに。
「平日は日光で別のお仕事をしつつ、週末だけ東京に通って
recetteで働く日々を2年くらい続けました」
その後、recetteが規模を拡大するタイミングで、フルタイムで働くことになり、
再び拠点を東京に移す。店長として10年ほど働きながら、
パンコーディネーターの資格も取得した。
パンコーディネーターとは、更家さんいわく
「パンのある生活を広めるプロフェッショナルな資格」。
パンに関する仕事をしたい人が製パン理論や、
シーンやニーズに合わせたパンの食べ方など基礎知識を学ぶところから始まり、
企業やカフェ、ホテルなどに企画提案を行うための知識を身につける「エキスパート」、
パンの知識や技術を第三者に伝える教授法を学ぶ「アドバンス」まで、
3つの段階に分かれている。
更家さんは最高位のアドバンスまで取得し、recetteで働きながら
パン教室や専門学校の講師を務めたり、レシピ本を出版したりなど、
パンとより広く深いかたちで関わっていく。
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独立後はパンを通してつながった縁で、日本全国を飛び回り、さまざまな活動を展開。
「岩手はコッペパンがソウルフードといえるほど身近な食べ物なのですが、
東日本大震災の津波でパン屋さんが流されてしまった大槌町に、
仲間と一緒にコッペパン専門店をつくりました」
ほかにもカフェを開きたいという新潟の知人から依頼されて、
米粉を使ったパンのレシピを提案したり、
三重県志摩にあるホテルの朝食をパンに特化したメニューに一新したり。
どこに行ってもこだわったのは、その土地らしい食材を使うこと。
「小麦粉ひとつとっても、地域によって全然違うんです。
だからその土地らしい素材を使ったパンをつくりつつ、食べ合わせを提案してきました」
いろんな土地でパンをつくりながらも、
いつかは自分の店を持つのが夢だったという更家さん。
パン職人として修業を積んだ東京で実現させることも考えたが、
外から最高級の素材を集めて、こだわりのパンをつくる店はすでに山ほどある。
やはりその土地で生まれた素材を使って、
同じ場所でつくるからこそおいしいパンにしたかった。
理想のパンをつくるために各地の材料を調べていたところ、
日光にこそ魅力的な素材がそろっていることに気づく。
例えば栃木県産の希少な小麦粉〈ゆめかおり〉や、
日光連山の天然湧水〈日光のけっこう水〉、
養蜂家の叔父がつくったハチミツなど……。
「久しぶりに地元に帰ってみたら、同級生が家業を継いで頑張っていたり、
会社で活躍していたりして、いろんな情報や人を紹介してくれたんです。
私がつくりたいパンの材料を、身近な人の力を借りてそろえることができました」
もともとレストランだったというキッチンがあるこの工房も、
大家さんと知り合いだったおかげで、あれこれ融通してもらえたそう。
夢を実現させるための基盤がトントン拍子でできあがったのは、
地元ならではの強みといえるだろう。
brivoryは数あるパンのなかでも、更家さんが強いこだわりを持っている
食パンの専門店としてオープンした。
「食パンは日本人にとって昔から馴染みがあって、幅広い世代が楽しめますよね。
トーストやサンドイッチなど、いろんなアレンジができるところも好きなんです」
現在提供している食パンは、5種類。
スタンダードな〈サラ・ブレッド〉で使用している材料は、
小麦粉、天然水、ハチミツ、天然酵母、自然塩と極めてシンプル。
ほかにも黒ごまや大豆、挽き立ての黒こしょうを生地に練り込んだ食パンもあるのだが、
どれも添加物、保存料はもちろんのこと、
砂糖、油脂、乳製品、卵を一切使用していない。
「目指しているのは毎日食べても飽きのこない、単体で旨みのあるパン。
これだけいい材料がそろっているので、素材の味を前面に出そうと思って
辿り着いたのが、いまのパンなんですよね。材料がシンプルな分、
熟成に時間がかかるのですが、手間と時間だけは惜しまずに
記憶に残るようなパンができたらいいなと思っています」
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試食させてもらうと、もっちりとした食感で、
噛むほどに味わいが出てきて食べ応えもたっぷり。
「ご飯のようなパンを目指している」というのも納得だ。
変わり種は、厳選した大麦を使った〈サラ・大麦ブレッド〉。
焙煎した大麦をブレンドしていて、ライ麦パンにも似た
香ばしい味わいが特徴なのだが、こんな誕生秘話が。
「私の実家がすぐ近くにあって、脱サラした父がうどん店を経営しているのですが、
大麦うどんが名物なんです。見た目はお蕎麦みたいな黒っぽいうどんなのですが、
そういえば大麦のパンってあまりないなと思ってつくってみました」
丁寧につくったパンを最高の状態で食べてほしいという思いは、
リーフレットからも伝わってくる。
トーストして食べることをおすすめしているのだが、それだけでなく
例えばサラ・ブレッドは2.7センチ、大麦ブレッドは1.8センチというふうに、
スライスする際のベストの厚さをミリ単位まで記しているのだ。
しかも、わざわざメジャーを用意する手間を省くため、
リーフレットに目盛りを表示して、簡単に実践できるよう
細やかな気配りが施されている。
ちなみにこれは、スタッフや友人、知人など
十数名で試食を重ねて検討した結果、導き出したベストの厚さ。
スタッフたちもみんな地元の人で、小学校からの親友だったり、親戚だったりと
名実ともにアットホームな関係。自分たちのつくるパンで、
日光を盛り上げたいという思いは一緒だ。
「パンづくりをするのは全員初めてなのですが、
オープン前に材料に関する基本的な知識や食べ合わせ方、
食パン以外のパンについても一緒に勉強してもらいました。
みんな食べることが好きで、普段から料理をしていることもあって、覚えが速いんです。
パンづくりはスピードやリズムがとても大事なのですが、
同じ調子でパンをつくることのできる、いい仲間が集まったと思います」
休みの日も、パンの研究をすることが多いという更家さん。
食をキーワードに地元を巡ってみたり、気になるレストランを食べ歩いてみたり。
「地元のいろんな方とコラボレーションできたらいいなと思っているんです。
パンのあるトータルな食卓を提案することを目標にしているので、
日光のどんな野菜と合わせたらおいしいのかとか、
コーヒーはどれがいいかなとか考えながら、いろんなところへ足を運んでいます」
お店の宣伝を大々的にすることなく、ひっそりとオープンしたものの、
親戚や地元の知り合いなどから口コミで広まり、リピーターが増えて、
最近は県外からわざわざ買いに来るような人も。
取材中も「いつもここを通っていて気になっていたのよね」と、
パンを買い求める人もチラホラ。
ゆくゆくはネット販売をメインにして、日光発のパンを全国に届けるだけでなく、
東京にアンテナショップを置きたいとも考えている。
「その点、日光は都心にも出やすいので便利なんです。
それなのに自然があってのどかですし、自分のやりたいことを実現できる
こういった広い工房を持てるのも、日光に戻ってきたからこそ。
東京で暮らしていたときも月に1、2回は必ず帰ってきていたので、
やっぱりここが好きなんでしょうね。
これまでいろんなところでパンをつくってきましたが、
同じものをつくろうとしても、材料や環境が変わるだけで、
違う風味になるのがおもしろいところ。
日光でつくったパンをいままで私が行ったところにも紹介して、
さらに輪を広げながら、日々おいしいパンをお届けできたらいいなと思っています」
パンをこのうえなく愛する女性が、満を持して地元に構えたパン工房。
日光の顔になる日は、そう遠くないだろう。
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