〈 この連載・企画は… 〉
南北に長い日本列島。同じ魚でもおいしい時期も違えば料理法も違います。
季節の花を愛でるように旬の魚を食したいではありませんか。そこが肉食と違う魚食の醍醐味。
魚の食べ方や生態や漁法を漁師、魚屋さん、魚類学者、板前さんなど、魚のプロに教えてもらいます。
writer's profile
Sei Endo
遠藤 成
えんどう・せい●神奈川県川崎市生まれ。出版社を退社後、ヨットで日本一周。漁業、海生生物の生態の面白さに目覚める。東京湾の環境、漁業、海運、港湾土木をテーマにしたエンターテインメントマガジン『TOKYO BAY A GO-GO!!』編集長。
日本一セクシーな料理ってなんでしょう。
これはもう個人的な趣味なんであれなんですけれど、
石垣島で見つけたんですよ。
地魚がうまいと評判の店に石垣島の漁師が連れて行ってくれて
その店の壁に張られていたメニューがこれ。
「浜崎の奥さんの姿煮」!
なんてインパクトのあるネーミングなんだ。
まさに昼顔ですよ、昼顔!
「奥さん」という魔法の言葉がついただけで、
何でもない「姿煮」という料理名が
とても艶っぽく感じるのは僕だけでしょうか。
いえ、男性なら必ず、奥さんがどんな姿で現れるのか、
ドキドキするはずです。
男とはそういう生き物なのです。
「オジサン」という変わった名前の魚もいますが、
女性は「オジサンの姿煮」というメニューを見ても
たぶんドキドキすることないでしょう。
で、待つこと20分。
奥さんはどんなだったかというとですね。
いたって正統的な魚の姿煮なのでした。
ま、たいがいの妄想は、なーんだという現実で終わるもの。
考えてみればこの魚、オスだって「浜崎の奥さん」ですから、
(ちぇっ、ドキドキして損した、バカだなあ俺)と思うわけです。
いいじゃあないか、男はバカで。
さて、この「浜崎の奥さん」は
イットウダイの仲間「トガリエビス」のこちらでの呼び名です。
きめ細やかな身質に上品な脂ののり
非常に美味で、高級魚として扱われています。
なぜそんな名前になったのかは
お時間のあるときに検索していただくとして、
このトガリエビスもサンゴ礁に生息する魚です。
長いまくらで失礼しました。
サンゴの話を続けましょう。
石垣島でサンゴの養殖を始めた
小林鉄郎さんという漁師さんのことをお話します。
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石垣島の漁師・小林鉄郎。
通称コテツさんは東京都武蔵野市の生まれである。
石垣島で漁師になったのは、約20年前、
伊豆でダイビングのガイドをやっていたのだが、
石垣島の住み込みのダイビングガイドのアルバイトに
応募したのがきっかけだ。
ダイビングのシーズンは4月〜10月。
半年間ダイビングショップで働き、
シーズンが終わったら東京に帰る計画だった。
しかし、いつでも狂うのが計画。
当時は今と違って直行便もなく、飛行機代も高い時代。
秋になったものの、帰りのチケットが買えなかった。
仕方がないので職業安定所を訪ねた。
当時は日焼けして真っ黒な肌に金髪という
AV男優のようなというルックスだったコテツさん。
たぶん、どう見ても怪しい。
でも、コテツさんには簿記・会計という特技があった。
実は東京ではダイビングガイドとともに
コテツさん、経理の仕事もしていたのだ。
手に職があるというのは強い。
とくに経理の仕事はいつでもどこの町でも需要がある。
紹介を受けた会社の面接にも合格し、
半年を経理、半年をダイビングショップで働くという
島の生活がはじまった。
そこで出会ったのが<でんとう潜り漁>だ。
沖縄、しかも八重山の潜水漁というと、
つい<伝統潜り漁>と変換してしまうのだが、
正しくは<電灯潜り漁>。
夜の海に潜って電灯を使って魚を捜し、
銛で仕留める潜水漁のことである。
この漁法を少し詳しく説明しよう。
電灯潜り漁は、潮の干満差、水温の関係で
主に冬場の夜の海でおこなわれる。
漁場は<イノー>(礁池)と呼ばれるサンゴ礁に囲まれた
水深10m前後の浅めの穏やかな海。
一度漁に出ると、5〜7時間、潜り続ける。
電灯潜りには3種類あり
(1)浜から海に入り、泳いで移動し、素潜りで突く
(2)船で移動し、漁場で錨を下ろし、素潜りで突く
(3)漁場に船の錨を下ろし、<フーカー>と呼ばれる空気供給装置を
使って呼吸をし、潜りながら魚を突く。
(2)(3)は船を使うので楽そうだが、漁は夜。
サンゴ礁の地形に詳しくないと、船は座礁してしまう。
昔からどこの海でも、漁師は陸の風景を目印にして
漁場などの位置を記憶している。
これを「山立て」というが、
電灯潜り漁では、真っ暗な海で的確に位置を判断しなくてはならない。
漁に使う道具は自分で作る。
電灯はバイクのバッテリーを防水加工して、背中に担げるように改造したものだ。
水中用の懐中電灯よりもはるかに強力で明るい。
ハーネス(バッテリーを背負う部分)はプラスチックの
まな板を加工して、自分に合わせたものを作る。
魚を突く銛は<イーグン>と呼ばれる。
<イーグン>の先端は、台風などで倒壊した電柱から
中に入っている鉄筋を使いやすい長さにカットし、削り磨いたもの。
柄の部分は中古の釣り竿などで作る。
この<イーグン>の先端は矢のようなカエシはつけず
槍というか、縫い針のように尖っている。
刃先にカエシがないと突いた魚が逃げてしまいそうだが、
このほうが傷が小さく、暴れずに即死するため、
潜りで突いた魚の肉質は極上で、網や釣りで捕まえた魚よりも高く売れるのだ。
名人が突いた魚は「○○さんが突いた魚」というブランドにもなる。
海水ですぐに錆びるので、漁に出る前には<イーグン>の先端を必ず研ぐ。
この銛先が命なので、傷つけないように、ここを握りしめて泳ぐ。
そして魚の正面に回り、頭部を狙い一撃で仕留める。
仕留めた魚はエラからひもを通し、メザシのようにまとめ、
塩ビのパイプで作った<ジンナー>という浮きに繋げる。
月の満ち欠けに合わせ、潮は15日周期で変わる。
潮が悪くなると、無理して漁には出かけない。
漁場を休ませるのだ。
そうしないと海が枯れてしまうのだと漁師はいう。
電灯潜り漁はサンゴ礁が豊かだからこそ成立する営みなのだ。
ナイトダイビングにはコテツさんも慣れていた。
ダイバーのガイドとしての自信もそこそこあったが、
漁師と一緒に潜ってみると、漁師の技術は次元が違った。
コテツさんには、漁師が狙っている魚が
どこにいるかまったく見えなかったのだ。
そして、夜の海に延々と潜り続けるその体力。
真夜中の海でも、海の中の地形を完璧に覚えているので、
自分の位置を的確に把握している。
ただただ、圧倒された。
漁師の技術と知恵に深く魅了されたコテツさんは
自分も電灯潜りの漁師になりたいと思った。
ダイビングシーズンはダイビングガイド、
オフシーズンは経理の仕事という暮らしを3年していたが、
本気で漁師になろうと、両方の仕事を辞めた。
背水の陣である。
組合に漁師になりたいという申請を出した。
申請しても、すぐに漁師になれるわけではない。
漁師になれるかどうかは、水揚げの実績をみて組合で決定されるという。
とはいえ、誰が漁のコツを教えてくれるわけでもない。
潜ってみても、相変わらずどこに魚がいるのか。
なかなか見つからないし、
見つけても銛が上手に頭部に当たらない。
獲物が捕れなければ、お金にはならない。
毎日インスタントラーメンの生活が続いた。
そんなときだ。
一緒に潜るか? と声をかけられた。
コテツさんに声をかけたのは、新盛裕二郎さん。
石垣島で生まれ、東京で働いていたが石垣に戻ってきて漁師になった人だ。
新盛さんが漁師になったきっかけは、義理の兄が漁師だったからだという。
こうして義理の兄の野里栄一さんと新盛さんがコテツさんの師匠と兄弟子になった。
見ず知らずのよそ者の自分に声をかけてくれたと思うとありがたかった。
とはいえ、何を教えてくれるわけでもない。
会話は与太話ばかり。
ただただ、魚を見つけては潜って突く姿を見せられた。
間違ったことをすると師匠にドヤされた。
兄弟子が間に入って取り持ってくれた。
最初のうちはダイバーとしてのプライドで
つい理屈を言って口答えをしてしまった。
東京から島へ移住してくる人は少なくないが
東京の価値基準はよくも悪くも自分中心。
どうしても島での生活に軋轢が起きるという。
島と東京での暮しの大きな違いは血縁や地縁の濃密な関係だ。
これはもう理屈ではない。
師匠のやり方を真似ることに徹しよう。
島の共同作業はすべて手伝おう。
ここの営み方、生き方を習得しようとコテツさんは思った。
昼も海に潜って、海底の地形を覚え、夜は漁で海に潜る。
ウエットスーツを脱ぐのは寝るときだけという生活がはじまった。
冬場は電灯潜り漁。
春になると産卵期前の魚の一本釣り漁。
夏場はシマイセエビ漁。
いろんな漁を経験し、漁師として生きる「いろは」を学んだ。
腕は少しずつ上達し、ギリギリ食べていけるようになった。
師匠に受けた恩を、なにかかたちにして返したいと思ったが、
どうすればいいのかわからない。
そんなコテツさんの思いが師匠にも伝わったのだろう。
でも、師匠はこうコテツさんに言った。
「恩を俺に返そうと思っているの?
そんなことはどうでもいいのさ。
大事なことは自分が得たことを、子どもや孫たちの世代に伝えることさ」
コテツさんは考えた。
次世代のために自分ができることって何だろう。
石垣島の恵みは、サンゴ礁がもたらしたもの。
しかし、サンゴのことを島民の多くが知らないのが現実。
そこで思いついたのがサンゴの養殖だった。
長くなったので、今回はこの辺で休憩。
次回はサンゴの養殖ってどうやるのか?
これがまた、気が遠くなるような作業なのです。
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