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珍しい郷土食“ガゼ”を食べる。
熊本・天草 後編

美味しいアルバム
vol.019

posted:2015.11.25   from:熊本県上天草市  genre:食・グルメ

〈 この連載・企画は… 〉  フォトグラファー、津留崎徹花が、美味しいものと出会いを求め、各地を訪ね歩きます。
土地の人たちと綴る、食卓の風景を収めたアルバムです。

text & photograph

Tetsuka Tsurusaki

津留崎徹花

つるさき・てつか●フォトグラファー。東京生まれ。『コロカル』のほか『anan』など女性誌を中心に活躍。週末は自然豊かな暮らしを求めて、郊外の古民家を探訪中。

珍しいあの食材を、いよいよいただきます

前回お伝えした、天草諸島にある〈漁師の郷〉という宿。
そこに泊まるきっかけとなったのは、
珍しいものを食べさせてくれるという友人からの情報だった。
珍しいものというのは“ガゼ”(*)のこと。
さて、そのガゼとはいかなるものなのか。
天草の樋島より、後編をお届けします。

前編【熊本・天草 前編 ひじき漁】はこちら

宿のお風呂にゆっくりとつかったあとは、お待ちかねの夕食。
テーブルの上には、ピッチピチの海の幸がずらりと並んでいる。
この景色を見た瞬間、「今夜は飲み過ぎたっていいじゃないか」
という声が、心の中で響いた。
さっそく日本酒を注文、舟盛りや煮付けなどを堪能させていただく。
そこへ、宿の女将さん谷脇菊美さんが例のものを持って来てくれた。

ガゼの正体は、ヒトデ。
英語ではスターフィッシュと呼ばれている、
星形がチャーミングなのだけれど、得体の知れないあの生物。
分類でいうと、棘皮動物(きょくひどうぶつ)に分けられ、ウニやナマコと同じ類。
友人からその話を聞いたとき、あのかたそうな星形のどこを食べるの? 
という疑問が頭をよぎった。
そしていま、目の前に置かれたそれを見ても、皆目見当がつかない。
戸惑っている私を見て、女将さんが説明してくれた。

「これ、こうして手で割ると中に卵があるでしょ、これを食べるんよ」

なるほど。女将さんを真似て、5本伸びている腕のうちの1本を割いてみる。
「シャリッ」という音がして、一瞬ひるむ……。
勇気を振り絞ってパカッと開いてみると、薄茶色の卵がお目見えした。
箸に乗せ、おそるおそる口に運んでみると、ん? 
蟹味噌のような味わいで、ぽろぽろした卵のような食感。
いける! 
日本酒を追加注文し、そして完食。

女将さんにうかがったところ、ガゼは目の前の海でとれるのだそう。
卵がたくさん詰まっている、5月から6月が特においしいのだとか。

女将「子どもの頃は、友だちと一緒に浜に行ってとって、おやつ代わりに食べてたよ」

「おやつにガゼ」

いかにも天草育ちというそのエピソードに惹かれ、前のめりで話をうかがう。

女将「小学校の帰りは山道やったから、野いちごとか食べよった。
30分かかるところ1時間かけて帰ってたよ、寄り道しながら」

そんな話をとてもうれしそうにしてくれた。

女将「学校から帰ったらすぐに浜に行きよって、ガゼとったりビナとったりしよったわ」

ビナというのは、なんですか?

女将「ビナ知らん?? いまでも目の前の浜でとれるよ」

ふむ、興味津々。

テツ「女将さんご自身でとりに行くんですか? いまでも」

女将「うん、行きよるよ」

なるほど、それは同行しないわけにいかない。

テツ「女将さん、明日も行きますか? 浜に」

女将「行けって言えば行くよ」と笑う。

テツ「はい、では行きましょう」

ということで、翌日女将さんと一緒に浜へ行くこととなった。

*ガゼ:ウニの古い呼び名。ヒトデはウニと同じ棘皮動物で、5本の腕が生えているため「ゴホンガゼ」と呼ばれている。現地では略して「ガゼ」という。

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ガゼが食べるビナとは…?

Page 2

軽やかに浜で収穫する女将さん

迎えた翌日。
右手に鎌、左手にバケツを抱えた女将さんの後ろをついて行く。
遠くまで続く穏やかな海、ゆるやかに顔を撫でる潮風、なんとも気持ちがよい。
潮が引いた浜辺で、足下を見ながら歩いてガゼを探す。
シャバーンシャバーンと、寄せては返す波の音。
は~、いいところだな天草、と浸っているところに、
「いたいた、ここここ」という女将の声。
女将さんの指差す先をよく見てみると、おー、いました。
紫色でぶつぶつした模様のヒトデが、波打ち際でゆらゆらと動いている。
誰が最初に食べようと思ったのだろうか、この姿を見て……。

女将さん、ひょいとガゼをつかみ、持って来たバケツの中へと放り込む。

「これ、大きいね!」

女将さん、満面の笑み。

「これがビナだよ」

テトラポットの奥をしゃがんで覗き込むと、割れた貝殻の間で小さい貝が動いている。
指先でビナをちょいちょいと摘んでいく女将さん。
あっという間に、バケツはビナで満たされていった。

画面中央にある貝がビナ。

ビナは別名「ニイナ」とも言い、巻貝を差す呼び名。
現在では、ニシキウズガイ科とアッキガイ科の貝をそう呼ぶのだそう。

「これ、ガゼのエサにもなるんよ」

え! ヒトデが貝を食べるんですか!?

「ここに口があって、貝とか魚とか食べるんよ」

裏返した中央部に、確かに口のようなギュッとすぼんだ部分が見える。
澄ました顔しているけれど立派な肉食なのか、知らなかった。

女将さん、海岸沿いをあちらこちらへと、次々に獲物を収穫している。
波が打ちつけている岩場にもひょいと上り、ひじきを鎌で刈り取る。
その姿は軽やかで楽しげで、子どもの頃の女将さんを想像させた。
本能が呼び起こされているような、そんな風にも見えた。

宿に戻り、女将さんの戦利品を拝見する。
ガゼ、ビナ、ひじきにワカメ。
こんなにたくさんの海の幸が目の前の海でとれるなんて。
天草の自然の豊かさと、その贅沢な暮らし方に強く惹かれる。

目の前の防波堤にひじきを干していく。熱されたコンクリートの上だと、よく乾くのだそう。

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いよいよ戦利品を調理!

Page 3

ガゼにビナ、ワカメにひじき。シンプルに素材を味わう

女将さんが調理してくれるとのことで、台所へとおじゃまする。
まずは、ガゼの塩ゆで。
紫色だったヒトデが、だんだんとオレンジ色になっていく。
肉食動物のヒトデだが、ゆでられて抵抗するわけでもなく、
ただ淡々とその色を鮮やかに変えていく。
いよいよ不思議な生き物でならない。

続いてビナも塩ゆでに。
湯が沸いてくると、むわっとした磯の香りが台所一杯に広がる。
ああ、いいにおい~。

ゆで上がったものを大きなざるに一気にあける。
「食べてみたら?」と女将さんが小皿にいくつか乗せてくれた、なぜかまち針を添えて。

「まち針使うと取りやすいんよ」

ビナに針を差し込み、くるっと回すと中身がお目見え。
口に含むとぎゅっと凝縮された磯の香りが広がり、なんとも癖になるお味。
ここ数年、磯の香りに触れるとやたら感動する。
あー、幸せだ。

ワカメはというと、茎とめかぶ、葉の3つに分ける。
さっきまで海でゆらいでいた天然のワカメ、その姿は大きくて猛々しい。
大鍋にぎゅっと押し込んでさっとゆでると、色鮮やかな緑色に発色する。

ゆで上がったものを水で洗い、めかぶは細かくたたき、葉はひと口大にざっくりと切る。
茎は細切りにして、醤油とみりんと砂糖を入れて佃煮にする。
とりたてのワカメをいただくのは初めての経験、期待に胸が膨らむ。

女将「そこのぽん酢かけてね~」

はい、いただきます。

うーん、おいしい!

茎はコリコリの歯触りが心地よく、葉はしっかりした歯ごたえで磯の香りが高い。
めかぶはシャキシャキした歯ごたえで、とにかく粘りが強くてとろっとろ。
普段食べているワカメからは感じなかった海の生命力が、ダイレクトに伝わってくる。

「このめかぶ、ご飯にかけてもおいしそうですね」と女将さんに伝えたところ、
晩ごはんに用意してくださいました、白いご飯と丼一杯のめかぶ。
ご飯が見えなくなるくらい、めかぶをたっぷりと乗せ、そこへ醤油とおかかを少々。
これがあればもうあとは何もいらない! と呟いてしまうほど、極上の味わいでした。

葉の部分。

めかぶ。

茎ワカメの佃煮。

お次はひじき。
ワカメ同様、塩を入れずにお湯でゆで、そのまま醤油をかけていただく。
この食べ方は地元でも珍しく、女将さんオリジナルなのだとか。

女将「サラダにしたりね、こうして醤油かけたり、おいしいよ」

ゆでただけのひじき、これもまた初めての経験。
いただきます。
シャキシャキした歯ごたえが小気味よく、箸が止まらなくなってしまう。

女将「どう? おいしい?」

テツ「はい! すごくおいしいです!」

と答えると、うれしそうに微笑んでくれた。

食卓を囲みながら、浜にいるときの気持ちをうかがってみた。

「うーん、無心やね。
いろんなこと忘れて無心になれる、ストレス解消や」

女将さん、ストレスあるんですか?

「そりゃあるよー。でも、自分で何とかせんば。
人にぶつけたらいかんから、全部自分で解消せんばね。
人のせいにするか、自分のせいにするか。考え方ひとつ」

時折、芯の強い女性に巡り会うことがある。
潔く前向きで、それゆえに人を受け入れる度量と思いやりを持ち合わせている。
こうした方に話をうかがっていると、わが身を顧み背筋の伸びる気持ちになる。
そして、たくさんのヒントを人生の先輩からいただく。
それが何よりもうれしく、ありがたい。

「浜で無心になるのは、子どもの頃の記憶が残っとっとでしょうね。
小さいときの経験はすごいよ、体にしっかり染みついとるからね」

じっと私を見つめながら、こう続けてくれた。

「食べることも一緒やね。何でも作って子どもたちに食べさせんば。
いろんな経験をさせて、いろんな記憶を残してあげんばね」

女将さんの思い出の料理は、お母さんが時折こしらえてくれたちらし寿司なのだそう。

「卵がいっぱいのっているような、そんなお寿司でね、
20人前くらい作って、ようお客さんをもてなしてたわ。
小柄な人でね、台所に立つ姿がいまでも目に浮かぶわ」

昔の記憶を辿りながらそう話す女将さん。
その表情はあどけなく、やわらかくやさしい空気に包まれている。
ふとしたときに人が帰れる場所、それは温かい食卓の記憶なのかもしれない。

information


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漁師の郷

住所:熊本県上天草市龍ヶ岳町樋島2702

TEL:0969-62-1175

Web http://www.ryousinosato.com/

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