連載
posted:2015.11.25 from:熊本県上天草市 genre:食・グルメ
〈 この連載・企画は… 〉
フォトグラファー、津留崎徹花が、美味しいものと出会いを求め、各地を訪ね歩きます。
土地の人たちと綴る、食卓の風景を収めたアルバムです。
text & photograph
Tetsuka Tsurusaki
津留崎徹花
つるさき・てつか●フォトグラファー。東京生まれ。『コロカル』のほか『anan』など女性誌を中心に活躍。週末は自然豊かな暮らしを求めて、郊外の古民家を探訪中。
前回お伝えした、天草諸島にある〈漁師の郷〉という宿。
そこに泊まるきっかけとなったのは、
珍しいものを食べさせてくれるという友人からの情報だった。
珍しいものというのは“ガゼ”(*)のこと。
さて、そのガゼとはいかなるものなのか。
天草の樋島より、後編をお届けします。
宿のお風呂にゆっくりとつかったあとは、お待ちかねの夕食。
テーブルの上には、ピッチピチの海の幸がずらりと並んでいる。
この景色を見た瞬間、「今夜は飲み過ぎたっていいじゃないか」
という声が、心の中で響いた。
さっそく日本酒を注文、舟盛りや煮付けなどを堪能させていただく。
そこへ、宿の女将さん谷脇菊美さんが例のものを持って来てくれた。
ガゼの正体は、ヒトデ。
英語ではスターフィッシュと呼ばれている、
星形がチャーミングなのだけれど、得体の知れないあの生物。
分類でいうと、棘皮動物(きょくひどうぶつ)に分けられ、ウニやナマコと同じ類。
友人からその話を聞いたとき、あのかたそうな星形のどこを食べるの?
という疑問が頭をよぎった。
そしていま、目の前に置かれたそれを見ても、皆目見当がつかない。
戸惑っている私を見て、女将さんが説明してくれた。
「これ、こうして手で割ると中に卵があるでしょ、これを食べるんよ」
なるほど。女将さんを真似て、5本伸びている腕のうちの1本を割いてみる。
「シャリッ」という音がして、一瞬ひるむ……。
勇気を振り絞ってパカッと開いてみると、薄茶色の卵がお目見えした。
箸に乗せ、おそるおそる口に運んでみると、ん?
蟹味噌のような味わいで、ぽろぽろした卵のような食感。
いける!
日本酒を追加注文し、そして完食。
女将さんにうかがったところ、ガゼは目の前の海でとれるのだそう。
卵がたくさん詰まっている、5月から6月が特においしいのだとか。
女将「子どもの頃は、友だちと一緒に浜に行ってとって、おやつ代わりに食べてたよ」
「おやつにガゼ」
いかにも天草育ちというそのエピソードに惹かれ、前のめりで話をうかがう。
女将「小学校の帰りは山道やったから、野いちごとか食べよった。
30分かかるところ1時間かけて帰ってたよ、寄り道しながら」
そんな話をとてもうれしそうにしてくれた。
女将「学校から帰ったらすぐに浜に行きよって、ガゼとったりビナとったりしよったわ」
ビナというのは、なんですか?
女将「ビナ知らん?? いまでも目の前の浜でとれるよ」
ふむ、興味津々。
テツ「女将さんご自身でとりに行くんですか? いまでも」
女将「うん、行きよるよ」
なるほど、それは同行しないわけにいかない。
テツ「女将さん、明日も行きますか? 浜に」
女将「行けって言えば行くよ」と笑う。
テツ「はい、では行きましょう」
ということで、翌日女将さんと一緒に浜へ行くこととなった。
*ガゼ:ウニの古い呼び名。ヒトデはウニと同じ棘皮動物で、5本の腕が生えているため「ゴホンガゼ」と呼ばれている。現地では略して「ガゼ」という。
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迎えた翌日。
右手に鎌、左手にバケツを抱えた女将さんの後ろをついて行く。
遠くまで続く穏やかな海、ゆるやかに顔を撫でる潮風、なんとも気持ちがよい。
潮が引いた浜辺で、足下を見ながら歩いてガゼを探す。
シャバーンシャバーンと、寄せては返す波の音。
は~、いいところだな天草、と浸っているところに、
「いたいた、ここここ」という女将の声。
女将さんの指差す先をよく見てみると、おー、いました。
紫色でぶつぶつした模様のヒトデが、波打ち際でゆらゆらと動いている。
誰が最初に食べようと思ったのだろうか、この姿を見て……。
女将さん、ひょいとガゼをつかみ、持って来たバケツの中へと放り込む。
「これ、大きいね!」
女将さん、満面の笑み。
「これがビナだよ」
テトラポットの奥をしゃがんで覗き込むと、割れた貝殻の間で小さい貝が動いている。
指先でビナをちょいちょいと摘んでいく女将さん。
あっという間に、バケツはビナで満たされていった。
ビナは別名「ニイナ」とも言い、巻貝を差す呼び名。
現在では、ニシキウズガイ科とアッキガイ科の貝をそう呼ぶのだそう。
「これ、ガゼのエサにもなるんよ」
え! ヒトデが貝を食べるんですか!?
「ここに口があって、貝とか魚とか食べるんよ」
裏返した中央部に、確かに口のようなギュッとすぼんだ部分が見える。
澄ました顔しているけれど立派な肉食なのか、知らなかった。
女将さん、海岸沿いをあちらこちらへと、次々に獲物を収穫している。
波が打ちつけている岩場にもひょいと上り、ひじきを鎌で刈り取る。
その姿は軽やかで楽しげで、子どもの頃の女将さんを想像させた。
本能が呼び起こされているような、そんな風にも見えた。
宿に戻り、女将さんの戦利品を拝見する。
ガゼ、ビナ、ひじきにワカメ。
こんなにたくさんの海の幸が目の前の海でとれるなんて。
天草の自然の豊かさと、その贅沢な暮らし方に強く惹かれる。
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女将さんが調理してくれるとのことで、台所へとおじゃまする。
まずは、ガゼの塩ゆで。
紫色だったヒトデが、だんだんとオレンジ色になっていく。
肉食動物のヒトデだが、ゆでられて抵抗するわけでもなく、
ただ淡々とその色を鮮やかに変えていく。
いよいよ不思議な生き物でならない。
続いてビナも塩ゆでに。
湯が沸いてくると、むわっとした磯の香りが台所一杯に広がる。
ああ、いいにおい~。
ゆで上がったものを大きなざるに一気にあける。
「食べてみたら?」と女将さんが小皿にいくつか乗せてくれた、なぜかまち針を添えて。
「まち針使うと取りやすいんよ」
ビナに針を差し込み、くるっと回すと中身がお目見え。
口に含むとぎゅっと凝縮された磯の香りが広がり、なんとも癖になるお味。
ここ数年、磯の香りに触れるとやたら感動する。
あー、幸せだ。
ワカメはというと、茎とめかぶ、葉の3つに分ける。
さっきまで海でゆらいでいた天然のワカメ、その姿は大きくて猛々しい。
大鍋にぎゅっと押し込んでさっとゆでると、色鮮やかな緑色に発色する。
ゆで上がったものを水で洗い、めかぶは細かくたたき、葉はひと口大にざっくりと切る。
茎は細切りにして、醤油とみりんと砂糖を入れて佃煮にする。
とりたてのワカメをいただくのは初めての経験、期待に胸が膨らむ。
女将「そこのぽん酢かけてね~」
はい、いただきます。
うーん、おいしい!
茎はコリコリの歯触りが心地よく、葉はしっかりした歯ごたえで磯の香りが高い。
めかぶはシャキシャキした歯ごたえで、とにかく粘りが強くてとろっとろ。
普段食べているワカメからは感じなかった海の生命力が、ダイレクトに伝わってくる。
「このめかぶ、ご飯にかけてもおいしそうですね」と女将さんに伝えたところ、
晩ごはんに用意してくださいました、白いご飯と丼一杯のめかぶ。
ご飯が見えなくなるくらい、めかぶをたっぷりと乗せ、そこへ醤油とおかかを少々。
これがあればもうあとは何もいらない! と呟いてしまうほど、極上の味わいでした。
お次はひじき。
ワカメ同様、塩を入れずにお湯でゆで、そのまま醤油をかけていただく。
この食べ方は地元でも珍しく、女将さんオリジナルなのだとか。
女将「サラダにしたりね、こうして醤油かけたり、おいしいよ」
ゆでただけのひじき、これもまた初めての経験。
いただきます。
シャキシャキした歯ごたえが小気味よく、箸が止まらなくなってしまう。
女将「どう? おいしい?」
テツ「はい! すごくおいしいです!」
と答えると、うれしそうに微笑んでくれた。
食卓を囲みながら、浜にいるときの気持ちをうかがってみた。
「うーん、無心やね。
いろんなこと忘れて無心になれる、ストレス解消や」
女将さん、ストレスあるんですか?
「そりゃあるよー。でも、自分で何とかせんば。
人にぶつけたらいかんから、全部自分で解消せんばね。
人のせいにするか、自分のせいにするか。考え方ひとつ」
時折、芯の強い女性に巡り会うことがある。
潔く前向きで、それゆえに人を受け入れる度量と思いやりを持ち合わせている。
こうした方に話をうかがっていると、わが身を顧み背筋の伸びる気持ちになる。
そして、たくさんのヒントを人生の先輩からいただく。
それが何よりもうれしく、ありがたい。
「浜で無心になるのは、子どもの頃の記憶が残っとっとでしょうね。
小さいときの経験はすごいよ、体にしっかり染みついとるからね」
じっと私を見つめながら、こう続けてくれた。
「食べることも一緒やね。何でも作って子どもたちに食べさせんば。
いろんな経験をさせて、いろんな記憶を残してあげんばね」
女将さんの思い出の料理は、お母さんが時折こしらえてくれたちらし寿司なのだそう。
「卵がいっぱいのっているような、そんなお寿司でね、
20人前くらい作って、ようお客さんをもてなしてたわ。
小柄な人でね、台所に立つ姿がいまでも目に浮かぶわ」
昔の記憶を辿りながらそう話す女将さん。
その表情はあどけなく、やわらかくやさしい空気に包まれている。
ふとしたときに人が帰れる場所、それは温かい食卓の記憶なのかもしれない。
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