〈 この連載・企画は… 〉
フォトグラファー、津留崎徹花が、美味しいものと出会いを求め、各地を訪ね歩きます。
土地の人たちと綴る、食卓の風景を収めたアルバムです。
text & photograph
Tetsuka Tsurusaki
津留崎徹花
つるさき・てつか●フォトグラファー。東京生まれ。『コロカル』のほか『anan』など女性誌を中心に活躍。週末は自然豊かな暮らしを求めて、郊外の古民家を探訪中。
昨年ふと思い立ち、天草諸島に出かけてみた。
航空券だけ手配して宿などは決めず、
友人や現地の人におすすめを聞きながら移動するという気ままな旅。
ある日友人から、珍しいものを食べさせてくれる宿があるとの情報を得た。
そこで訪ねたのが上天草の樋島(ひのしま)にある〈漁師の郷〉。
このお宿、地元の漁師さんから直接魚を仕入れているとあって、
新鮮な海鮮料理を存分に味わうことができる。
夕飯には、食べきれないほどの海の幸が食卓を埋め尽くすのだから、たまらない。
そして、その珍しい物というのは“ガゼ”。
ガゼというのはヒトデのこと。
あんな固いもののどこを食べるの? と驚いてしまうけれど、
あるんです、食べられるところが。
と、このままガゼの話をしたいところなのですが、これは後ほどするとして、
今回お伝えしたいのは“ひじき”の話。
宿の売店を物色しているときのこと。
かごにごっそりと盛られた乾燥ひじきが目に飛び込んできた。
天日を存分に浴びたであろう黒々としたその姿は、いかにも美味しそう。
いくつか購入して東京に持ち帰った。
自宅で、そのひじきを水で戻してみる。
すると、磯の香りが一気に立ち上り、一瞬自分が海中に潜ったような錯覚にさえなった。
それほどに強烈な香りだった。
火を通して味見をしてみると、いままで食べてきたひじきにはない
コリコリとした歯ごたえ。
海中で生息していた姿を想像させるような、生命力に満ちた力強い味わい。
こんな体験をしたのは初めてのこと。
この感動をすぐに伝えなくてはと、旅館に電話をかけた。
電話口に出てくれたのは漁師の郷の若女将。
テツ「先日、そちらでひじきを買わせていただいたのですが、
磯の香りがすごくて、こんなひじき食べたのは初めてです」
そう思いを伝えると、少々驚きながらも笑って応対してくれた。
その後もしばらくの間、ひじきの熱に浮かされ続け、
会う人会う人にその感動を伝えていた。
それでも熱は覚めやらず、これはもう行動に出るしかないと、再び若女将に連絡。
あのひじきが、どのように生息していて、収穫されているのか見てみたい。
ひじき漁に同行させていただけないか、若女将にお願いをしてみると、
「知り合いの漁師さんに話をしておくので、来年の春にどうぞいらしてください」
との返事をいただいた。
そうして、一年後の春を待ちわびることとなった。
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そうして迎えた今年の春、待ちに待ったひじきの季節がやってきた。
樋島では、毎年4月がひじき漁のメインとなり、なかでも大潮の干潮時がよいとのこと。
海面が最も下がるため、ひじきが生えている岩場が露出して収穫しやすくなるのだそう。
4月17日の大潮を狙い、東京から一路天草を目指した。
いよいよこの日がやってきたかと思うと、期待と緊張が入り交じる。
待ち合わせの港に着くと、漁師さんが身支度を整えていた。
合羽姿に焼けた肌が眩しい、この漁船の持ち主である岸田和敏さん。
テツ「今日はありがとうございます、よろしくお願いします」
チラッとこちらを見て会釈をしてくれたものの、
そのまま恥ずかしそうにうつむいてしまった。
いかにも海の男といった硬派な雰囲気に、漁への期待がさらに盛り上がる。
さあ、いよいよ出航だ。
一緒に漁をされている前田俊一郎さんとともに、船に乗り込む。
心地よい風を受けながら、目の前に広がる大海原を眺める。
空を覆っていた雲がしだいに切れ、風も止み、太陽が海を翡翠色に輝かせた。
いつしか、絶好の撮影日和となっていた。
港を出発してから10分ほどすると、船のエンジンが停まる。
どうやら目的地に着いた様子。
ここからは小さい船に乗り換えて、岩場へと近づく。
漁師さんに支えられながら、私も小さい船に乗り換える。
ゆ……ゆれる……。
ここまで来てカメラ落としたら……。
なんて不吉なことを考えながらも、無事上陸。
ほっとして岩場を見下ろすと、そこは一面緑色の海藻で埋め尽くされていた。
これが、これがあのひじき???
その姿は、想像していたよりもずっと長く、太くてたくましい。
初めて目にする生ひじきの迫力に、ただただ興奮してシャッターを切る。
おふたりは慣れた様子で、どんどん作業を進めている。
左手でひじきの根っこをしっかりとつかみ、
右手に持った鎌でザクザクと刈り取っていく。
全長1メートル以上はありそうな猛々しいひじきが、岸田さんの手から吊るされていた。
店頭に並んでいるそれからは、まったく想像できないひじきの原型の姿に圧倒される。
この感動を身体で感じたかったのだ。
岩場に座り込み、ひじきをじっと観察してみる。
うすみどり色のひじきの芽は光を浴びて、きらきらと輝きを放っている。
なんて美しいんだろう。
と同時に、どんな味がするんだろう、という疑問が。
テツ「これ、食べてみてもいいですか?」
前田「……え? このまま?」
テツ「お腹壊しますか?」
前田「食べたことないからわかんないけど……大丈夫じゃない?」
ではいただきます。
お、シャリシャリ、梨みたいな香りがほのかにする。
テツ「なんか、梨みたいでけっこういけますよ」
前田「え?」
テツ「いや、ほんとに、食べてみてくださいよ」
前田「……や、やめとくわ」
地元の方も、生で食べる習慣はないそうです。
およそ3時間、漁船は足の踏み場もないくらいのひじきで埋め尽くされていた。
こんもりと高く積まれたひじきの山を乗せ、船はゆっくり港へと戻る。
宝の山を積んで帰還するようで、なんだか誇らしい気持ちだ。
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港へ着くと、息つく暇もなく次の作業に取りかかる。
とってきたひじきからゴミやほかの海藻を取り除き、シートに広げて干していく。
朝からその作業を担当していた、白濱健彦さんにお話をうかがってみた。
テツ「どれくらい干すんですか?」
白濱「1日から2日、天気によってね」
話しながらも手は休めない。
真剣な目つきで、シャカシャカとゴミを選り分けていく。
白濱「もー、この作業が大変とですよ。
これ、ずっとこうして細かいゴミを取るとでしょ、あ、ほらこうゆうの」
手には、ひじきによく似た海藻が。
白濱「これが入っとるとだめとですよ、全部取らんと」
ふむ、たしかに中腰のこの体勢で朝から晩までひじきとにらめっこ、それはきつい。
白濱「宿で売ってるひじきは、もっときついんよ。加工せんでそのまま出すでしょ。
そいだから、こっからまた細かいゴミを取り除かんといかんとです。
もーーー、これが大変」
ん?
テツ「普通だと、この状態で出荷するんですか?」
白濱「そう、こうして干したのを30キロ単位で漁協に卸すとです。
ばってん、宿のは干したそのまま売るとですよ。
このまま食べるから、細かいゴミが入っとるとまずいでしょ。
そいだから、こっからまたザルでこまかーく見んといけんですよ」
なるほど。
なぜ、自分があんなにも宿のひじきに感動したのか、いまその理由がわかった。
通常、量販店に並んでいるひじきは、食品会社で一度加熱、加工されたもの。
収穫したものを乾燥し、それを火にかけて蒸煮にする。
再び乾燥したのち、芽(芽ひじき)と茎(長ひじき)とに分けて出荷される。
ところが、漁師の郷のひじきは、加熱処理もしていない、
芽ひじきと長ひじきに分別もされていない、海から揚げられたものを干したままの状態。
白濱さんに聞いたところ、漁師の郷のように加工しないで販売することは
滅多にないのだそう。地元の方でさえ、加工されたものを購入するのだとか。
量販店に並んでいるひじきと漁師の郷のひじき、
その加工方法が違うとも知らずに、はるばるこの樋島までやってきた。
普段食べているひじきが蒸煮加工されていることも、
漁師さんたちが精を出している姿も知らずに。
そもそも、普段口にしている食品がどういうルートを辿っているのか、
どんな人たちが関わっているのか、そこに思いを巡らせていなかったのだ。
きっかけは、ふと手にしたひじき。
そこから始まった今回の旅で、またひとつ、大切なことが見えてきた。
東京に戻ってからというもの、乾物売り場を覗いてはひじきを手に取る、
そんな癖がついてしまった。ラベルに書いてある地名を眺めて、
その土地の漁師さんやひじきの猛々しい姿を想像する。
そんなときふと、岸田さんの言葉が浮かんでくる。
岸田さんは毎日、夜明け前に港を出て魚をとりに行く。
ひじきの時期には、昼前からまたひじき漁に出る生活だが、
きついと思うことは一度もないという。
「わくわくするとです、毎日わくわくするとです。
大きい漁の前の日なんかだと、もうすごいとです。
興奮して寝れんですよ、いまだに」
自分でもそれが可笑しくて、といった様子で子どものように顔を緩ませる。
その笑顔は混じりっけがなく奥まで透き通っていて、それがとても印象的だった。
どうして漁師になったのか尋ねてみると、ひと言、こう答えてくれた。
「天職です、僕にとって漁師は天職なんです」
次回、漁師の郷の女将さんに、土地の料理を教えていただきます。
“ガゼ”の料理も登場します。
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