連載
posted:2014.2.13 from:兵庫県たつの市 genre:食・グルメ
〈 この連載・企画は… 〉
小豆島の「醤(ひしお)の郷」と呼ばれる地域に生まれ、蔵人を愛する醤油ソムリエールが
真心こもった醤油造りをする全国の蔵人を訪ねます。
writer's profile
Keiko Kuroshima
黒島慶子
くろしま・けいこ●醤油とオリーブオイルのソムリエ&Webとグラフィックのデザイナー。小豆島の醤油のまちに生まれ、蔵人たちと共に育つ。20歳のときに体温が伝わる醤油を造る職人に惚れ込み、小豆島を拠点に全国の蔵人を訪ね続けては、さまざまな人やコトを結びつけ続けている。
「天然醸造(*1)で淡口醤油を造るのは、色が濃くなりやすくて難しいよ」
と、日本各地の蔵人から何度も聞いてきました。
「末廣醤油さんは、天然醸造の淡口を主軸にやっているんだからすごいよ」とも。
食材の色と香りと味を引き立てる淡口醤油。
最大の要は、その名前のとおり「淡い色」。
切り干し大根、炊き込みご飯、うどん、おでんなどに使われる食材の色をいかし、
目からもおいしさを楽しめる色鮮やかな料理に仕上げてくれます。
そのお醤油の色は、発酵・熟成が進むほど赤色が増すので、
温度管理ができるタンクで仕込むほうが淡い色を出しやすいのです。
そんななか、四季の温度変化の中で醸造する「天然醸造」にこだわって
淡口醤油を仕込むのが「末廣醤油」。
淡口醤油の発祥の地であり、いまも最大生産地である兵庫県・龍野で
明治12年から営んでいるお醤油屋さんです。
末廣醤油のほかにも天然醸造で淡口醤油を造る蔵元は、
わずかながら全国各地にありますが、淡口を主体にしているのは
末廣醤油以外、聞いたことがありません。
一体どんな人が、どんな想いで、どんな淡口醤油を造っているのか、
興味津々で訪ねました。
*1 天然醸造:原料である大豆と小麦を、麹菌をはじめとする微生物の力のみで醗酵・熟成させて醸造した本醸造醤油のうち、醸造を促進するための酵素や食品添加物を使用しないものにだけ「天然醸造」の表示ができます。これは、醤油のJAS規格と品質表示基準で定められています。(参照元:しょうゆ情報センター)
小豆島からフェリーで姫路港へ。
車で25分ほど走ると、淡口醤油最大手「ヒガシマル」の名前が
あちらこちらに出てきました。
見上げると大きな醤油の仕込みタンクがいくつも傍に建ち並び、
不意に工場の中に入ったような感覚に。
大きな工場に目を奪われながら揖保川を渡ると、風情と気品あるまち並みへ。
かつて城下町として栄えた龍野は、「播磨の小京都」と呼ばれるほどに
武家屋敷や白壁の土蔵などの伝統的建造物が続きます。
風格溢れるまち並みに感銘を受けていると「オオギイチ」という看板を掲げた
貫禄ある蔵に着きました。
「オオギイチ」とは、お目当ての末廣醤油の屋号。
立派な佇まいに緊張が走ります。
ドキドキしながら暖簾をくぐったとき、社長・末廣卓也さんと従業員が一緒に
「よくぞ来てくれました」と迎えてくれました。
予想とは違った物腰柔らかく穏やかな人柄にひと安心。
これまた立派な母屋に案内していただき、挨拶をしていると、
工場長の木村俊一さんが、キラキラした目で出てきてくれました。
木村さんは、微生物の世界にのめり込んで以来、
少年のような純粋無垢な気持ちで微生物を探求し続けている方。
「では、蔵の中を案内しますね」と、木村さんについていくと、
蔵案内というよりも、微生物のワンダーランドに連れていってもらっているよう。
「醤油の造り方は複雑だから面白いんです。
『醤油は放っておいたらできる』と、人は言います。
たしかにみりんやお酢みたいに、何工程も踏むわけじゃない。
桶に材料を入れ、数か月後に絞る。それだけかもしれません。
でも、単純な工程のなかで、菌が複雑に働きあって、もろみを変化させています。
だから人が変化を見極めながら適切に手を入れる。その頃合いが職人技なのです」
などと、木村さんがひっきりなしに愛情一杯に話すものだから、私も引き込まれて、
「おー!」「そっかぁー!」と感動したり、質問が止まらなくなりました。
見学後に木村さんの愛情と探究心がすごいですねと、末廣社長に話すと、
「そうでしょ。木村は入社する前から『麹をやりたい』と熱く言っていて、
いまでも何より麹に興味があります。
あれがしたい、これがしたいと、しょっちゅう言ってきますよ。
実際にいろいろ試しながら麹を育てているんですが、
麹を眺めているときの木村はすごく嬉しそうです(笑)。
ただ、醤油の製造方法はできあがったもの。
世間を驚かせることが起きる可能性もありますが、
基本的にはほんの少し変わる程度でしょう。
だから経営を考えると、どこまで木村の研究を応援するかは難しいのですが、
小さな積み重ねこそが、難しい天然醸造の淡口醤油造りにいきるのかも、
と思って見守っています」と、末廣社長。
たしかに気が長い……。そしてもどかしい……。
でも、時間をかけて目に見えない菌と真摯に向き合い続けることが
醸造するということであり、繊細な淡口醤油製造の要なのだと思いました。
「本当に日々『色』との戦いです。揖保川の水が軟水だから、
この土地で仕込むと色が淡くなると言われますが、たかが知れています。
水分を入れて薄めることもなく、種麹の種類、ろ過や火入れ、仕込み時期や醸造期間、
あらゆることを昔から繰り返し研究しては改良してきました」と末廣社長。
さらに興味深い言葉が続きました。
「淡い色に対する評価は、いまの人のほうがシビアです。
昔は、淡口醤油全体が濃かったと思います。
機械で温度管理できるようになったのは、大手でも戦後の話ですからね」
はっとしました。たしかにその通りです。
戦後の技術革新によって、淡口醤油はより淡くなり、より色鮮やかな食卓に。
その食卓に寄り添うように、天然醸造で仕込む末廣醤油も、
より淡い色を出そうと試行錯誤を繰り返しているのです。
機械で管理したほうが淡い色が出しやすいのに、なぜ天然醸造にこだわるのか。
その理由は、自然食品の販売に携わる人たちと歩んできたことにあります。
「自然食品を販売する人から、昭和40年頃に国産丸大豆や小麦を持ち込まれ、
添加物が入っていない醤油を造ってほしいと依頼がありました。
それまでは、うちも脱脂加工大豆を使っていたし、添加物も入れていました。
そういう時代でしたから。その約10年後に、
日本全体で醤油の仕込みを共同化させようという動きになったのですが、
共同工場では自然食品販売をするお客様の要望に沿う醤油が造れる態勢がなかったので、
うちで仕込みをし続けたのです」
そうして、末廣醤油は天然醸造で国産丸大豆・小麦を仕込み、
添加物も入れない醤油に特化した蔵元になったのでした。
「つまり、たまたまですよ」と、控えめに末廣社長は言うのですが、
天然醸造で淡い色の醤油を探求し続けるのは、生半可なことではありません。
「天然醸造の淡口醤油」を主軸に経営している蔵は、ほかに聞かないほどですから。
「黒島さんは、淡口醤油をかけ醤油として使うことはありますか?」
と末廣社長に聞かれ、例えばお造りでしたら、ヒラメなどの白身魚や貝類には、
天然醸造の淡口醤油をかけますとお答えすると、嬉しそうな反応。そして
「さすが小豆島。お魚の質がいいんですね。
淡口醤油はものの味がわかる醤油です。いい食材も悪い食材も(笑)」と、末廣社長。
真面目な表情が続いたあとでの笑顔が嬉しくて、
天然醸造の淡口醤油は味に丸みと深みがあるので、
繊細な食材のかけ醤油としてもぴったりです。
周りの人にもお勧めしていますよ、と私が言葉を続けると
「ぜひお勧めしてください!」と、今日いちばんのハツラツとした反応が。
「僕はね、いまは何にでも『淡紫(うすむらさき)』という淡口醤油をかけているんです。
特に好きなのはローストビーフにかけること。
定番の卵かけご飯にかけても、卵の味がよくわかるようになりますよ」
と、なんともおいしそうに話す末廣社長。
おもわずよだれが口の中に広がりました。
「淡紫」とは、通常の淡口醤油よりも、一段とかけ醤油やつけ醤油に向いた商品。
淡口醤油に米麹を仕込み、まろやかな甘味が醸し出されることで、
かけてもつけても、しょっぱく感じない醤油です。
そのうえ、食材の色と香りと味を引き立てる淡口醤油の醍醐味はそのまま。
末廣醤油の技と想いが凝縮して生まれた
「おいしいものをおいしく」させる、天然醸造の淡口かけ醤油です。
末廣醤油には甘えがありません。
化学調味料や有能な機械に頼ることも、
「天然醸造」「国産材料」という言葉に甘えることもない。
四季折々の温度変化の中で起きるもろみの変化や
目に見えない菌の働きに実直に向き合い続け、
経験と技を駆使して国産材料を最高の淡口醤油に変えています。
すべては「おいしいものをおいしく」。そのために。
information
末廣醤油
住所 兵庫県たつの市龍野町門の外13
TEL 0791-62-0005
http://www.suehiro-s.co.jp/
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