colocal コロカル マガジンハウス Local Network Magazine

連載の一覧 記事の検索・都道府県ごとの一覧
記事のカテゴリー

連載

若き玄人蔵人が生む濃口醤油
静岡・栄醤油醸造

醤油ソムリエール黒島慶子の
日本醤油紀行
vol.001

posted:2014.1.23   from:静岡県掛川市  genre:食・グルメ

〈 この連載・企画は… 〉  小豆島の「醤(ひしお)の郷」と呼ばれる地域に生まれ、蔵人を愛する醤油ソムリエールが
真心こもった醤油造りをする全国の蔵人を訪ねます。

writer's profile

Keiko Kuroshima

黒島慶子

くろしま・けいこ●醤油とオリーブオイルのソムリエ&Webとグラフィックのデザイナー。小豆島の醤油のまちに生まれ、蔵人たちと共に育つ。20歳のときに体温が伝わる醤油を造る職人に惚れ込み、小豆島を拠点に全国の蔵人を訪ね続けては、さまざまな人やコトを結びつけ続けている。

「醤油」は、日本人が最もよく使い、食卓に欠かせない調味料でありながら、
きちんと選んで使っている人は、どれくらいいるでしょう? 
食卓をおいしく豊かにするための案内人、醤油ソムリエールの私が、
全国から選りすぐりの蔵元をご紹介していきます。

社長とひとりの若き熟練の造り手が進化させる、歴史ある手造り醤油。

「栄醤油」のことを振り返るとき、真っ先に思い浮かぶのが、
蔵を案内していただいた最後に
「ちょうど火入れしたばかりの醤油があるんです。味わってみてください」
と、急いで容器を探して醤油を汲み、渡してくれた蔵人・古川真輔さん。
少しの不安と期待を交えた真っすぐな目で答えを待っていました。
え! 私のような若輩者で、何者かもわからない相手に……と、思わず恐縮しました。
しかし、その目を見て、これは本気で味利きして、お世辞抜きのことを伝えないと。
と、感覚を澄まして味と香りを確認したところ、驚くほどみごとな醤油。
それを伝えても「ダメなら正直に、言ってくださいよ」と、
安堵の中に不安が混ざった目で次の言葉を待っていました。
この姿勢が栄醤油醸造そのものなのだと、しみじみと感じるのです。

200年以上前に城下町に創業。

訪問したのは2013年7月末。
かつて城下町として栄えた静岡県掛川市横須賀の閑静なまち並みを眺めていると、
ふと「栄醤油」と書かれた看板があることに気づきました。
まち並みに溶け込む素朴な建物ながら、
創業寛政7年から刻々と刻まれ続けたわびさびが漂います。

中に入ると、栄醤油醸造7代目の深谷益弘さんが、挨拶もそこそこに
「もともとは鍛冶屋で、江戸時代に醤油屋も始めました。
ここにある道具は、鍛冶屋の時代に使っていたものです」
と、苔むした鍛冶屋の道具を指差しながら案内してくれました。

100年以上続く醤油屋に出会うことはよくあるけれど、
200年以上となると限られます。
いつからあるのだろうと思わせる道具が並ぶ蔵の中を進むほどに、
先への興味が増します。

江戸時代から残る鍛冶屋の道具。

古き良き味を進化させる、ベテラン36歳。

「この先の醤油蔵の案内は、蔵の担当者に変わります」
と、深谷さんに案内していただいた先で待っていたのが、
冒頭に紹介した古川さん。ひと目見て驚きました。
若い! 
通常、蔵の担当者というと、大企業でない限り通常は「工場長」。
そして、工場長は修業した年月と熟練の経験が問われるため、
50代以上であることが多いのです。
しかし、古川さんはまだ36歳。さらに
「この蔵の製造を僕ひとりでやっています。今年で18年目です」
ひとりで!? 36歳なのに18年間も!? 
と、異例のことに思わず目が丸くなります。

蔵の中も異質。とにかく道具が歴史あるもの。
見渡して目に入るものすべてが一昔も二昔も前のもので、
中には栄醤油醸造の他では見たことがない道具もあります。
古い道具を修繕しながら使い続けるより
最新の機械を導入したほうが効率が良くて便利。
けれども「もっと昔の造り方を取り入れたい」と古川さんは意気込みます。
なぜかは、一道具、一工程を真心こめて説明する様子が物語っていました。
私が、どのような変化をしながら麹が育っていくのですか? 
温度調整は? など、質問を重ねると、
「こういう熱心な方が見学に来てくれるのは嬉しいです。僕も刺激になります」
と、やっぱり心をこめて説明してくれます。
そうか、昔ながらの道具は手間ひまかかるからこそ、心が通い合うんだ。

そして、その真心がみごとに味と香りに反映されているのだから唸らされます。
芯あるすっくとした高い香り。その後に続く柔らかな甘い香りと味。
しかも、歴史があるとは言えど、おいしさは日々成長しており、
専門家は「以前はもっと塩辛い印象があったけど、変わったなぁ」と評します。
この成長も「手で造る」ゆえ。造り手自身の成長と想いを反映しています。

栄醤油で造るのはほとんどが濃口の醤油。
卯の花や五目煮などの大豆系食材を使った煮炊きや、
かまぼこや白身の焼き魚などによく合い、
淡白な食材にしっかりとした味付けをしてくれます。

昔は静岡では、愛知などと同様「たまり醤油」を造る蔵元が多かったようです。
しかし、次第に静岡の生産者も大消費地である関東に意識が向くようになり、
関東の人が好む味の醤油を造るようになりました。
しかしそうすることで、関東に出荷するもの以上に、
関東のものが静岡に入ってくるようになり、静岡の市場すらも、
関東のメーカーに抑えられてしまっている状態だそうです。
静岡の年配の人は醤油のことを「たまり」と呼びますが、
いまではそう呼ぶ人はほとんどいなくなったそうです。

小麦を煎って割る機械。見たことがないかたち。

大豆を蒸すNK管。一昔も二昔も前の型。

麹を造るむろ。(写真提供:栄醤油醸造)

春夏秋冬の温度変化の中で発酵・熟成されたもろみ。

18年の経験を積む36歳ベテラン蔵人・古川真輔さん。

「昔ながら」の価値を進化させる。

見学後、深谷さんが事務所に招いてくださいました。
古川さんの姿勢を褒めると、小さく頷いて
「昔ながらの造り方にこだわりすぎるくらいにこだわります。
しかし、ただ昔ながらの造り方だったらいいというわけではないんですよ」
と、深谷さん。そして経営者としての視線で話を続けてくださいました。

「横須賀は、江戸時代こそ城下町として栄えたけれど、
現在は社会に取り残されています。
戦前まで、この周りにも醤油屋はいくつかありましたが、
戦後の高度経済成長をきっかけに駐車場にしたりして辞めていきました。
さらに製造を共同化しようという動きがあり、
半分ほどがそれに乗じて、共同で製造するようになりました。
もし自社で造るとしても、昔ながらの製法ではなく効率的な方法になったんです。
そんな中、私たちはあえて『こだわり』の道を選びました。
国産丸大豆(*1)や木桶(*2)の醤油の存在価値を認めてくれる人に届けようと」
戦後の高度経済成長をきっかけに製造態勢を効率的な方法に切り替えたのは、
横須賀だけの話ではなく、日本全体の話です。
つまり、栄醤油醸造は、戦後の時代の変動の中で、あえて伝統製法を選択し、
その製法でできた醤油を望むお客様と心を通い合わせながら
歩んでいく道を選択したのです。

*1 国産丸大豆:全国で造られる醤油の原材料の大豆は、丸大豆が約18%、残りの約82%は脱脂加工大豆を使用しているのが現状。国産丸大豆に限るとわずか約2.3%。

*2 木桶:国内の生産量のうち、木桶仕込みによる醤油は1%未満。栄醤油醸造はすべて木桶で仕込む。

こだわりの醤油造りをする決意をし、その価値を認めてくれる人に届けたいという7代目の深谷益弘さん。

できたもろみに圧をかけて搾る。いまでは希少な「袋」で搾る。

搾りたての醤油。

お話をうかがっている間に、ひとりのお客様が醤油を買いに来ました。
直接買いに来る方は多いのですか? と、私が尋ねると
「直接うちに買いに来るお客様は、まだ多いんですよ」と、深谷さん。
いまや、醤油は量販店で買うことが主流。しかも栄醤油醸造の周りは閑静な住宅街。
それでも長年お客様が足を運び続けるのは、それほど支持されている証拠です。
「しかし、昔ながらの部分を大切にするだけではなく、これから続く方法を築かないと」
と、深谷さんは先を見つめます。

昔ながらの製法から生まれるおいしさを、真心こめて追求する古川さん。
そして、育んだ味を経営の筋道にしながら展開していく深谷さん。
二人三脚で一歩一歩進むごとに、歴史は根強く進化しています。
私もふたりの未来を見つめながら、蔵を後にしました。

もろみ蔵。栄醤油醸造は、すべて木桶で仕込む。

information

map

栄醤油醸造

住所 静岡県掛川市横須賀38
TEL 0537-48-2114
FAX 0537-48-3168
http://www12.plala.or.jp/sakae-s/

Feature  特集記事&おすすめ記事

Tags  この記事のタグ