連載
〈 この連載・企画は… 〉
夫は中国・西安生まれ、妻は日本・東京生まれ。
そんなペンギン夫婦が、いま暮すのは沖縄・石垣島。
偶然訪ねた島で出会った人、モノ、風景に育まれふたりはあの「石垣島ラー油」を生み出し、
毎日多くのお客様を満腹&笑顔にする「辺銀食堂」を営んでいる。なぜ?どうやって?
夫婦がたどった石垣島のたくさんの風景とともにお届けする短期集中連載です!
writer
Michiko Watanabe
渡辺紀子(本文)
writer
Airi Pengin
辺銀愛理(キャプション)
photographer
Gyoho Pengin
辺銀暁峰
みなさま、辺銀暁峰&愛理夫婦がモデルとなった
映画「ペンギン夫婦の作りかた」、ご覧になりましたか。
胃袋がキュンとなる、いや、もとい、
じんわりとハートがあったまる、ほんとうにいい映画でした。
おなかがすいた、という現実的な方もいれば、
結婚したくなった、早くおうちに帰りたくなった、なんて方も……。
何を隠そう、「ペンギン夫婦の作りかた」を撮った平林監督は、
この映画がきっかけで、同棲3年目にして、なんとプロポーズ&入籍!
そんなハッピーな報告まであったそうです。
そうなんです。不思議な映画なんです、これ。
映画を作った人も見た人も、話を聞いただけの人だって、
気がつけばハッピーになっている。そんな映画です。
まだの方、映画館に急いでくださいね。
さて、モデルとなった辺銀夫婦の物語はまだまだ続きます。
ちょっと話は戻りまして、「辺銀食堂」が始まった頃のこと。
この前もお話しした通り、移住の先輩でもある西やんと暁峰さんの2人で
何から何まで手作りしたうえ、
クーラーも、元々備えつけてあったのを使おうということになったため、
食堂オープンまでにかかった費用は
家賃と水道&電気工事を含めて、おおよそ100万円だったそう。
何という節約上手でしょう。って思いますよね。
ところが、タダよりこわいものはない。
食堂が始まって初めての夏、クーラーが壊れ、お客様は汗だらだら。
結局、新しいクーラー設置に100万円も支払う羽目になってしまいました。
愛理さん、島の人たちに、珍しい、おいしいものを食べてもらいたいと、
いろんなトライをしたそうです。
まず、レンコン。なんと、石垣島にはレンコンがない!
穫れないんですって。そこで、レンコンのお料理を出してみた。
「何これ? 芋に穴開けたの?」
みんな、びっくり。とっても喜んでもらいました。
それから、銀ダラ。南の島にはない、このおいしい魚をお出ししたいと、
東京の築地から鮮度のよいのを1尾送ってもらい、
銀ダラ三昧定食を作って出したのです。島の人は一切食べたことがない魚です。
「これ、腐ってない? 柔らかくてぬるぬるしてるけど、大丈夫?」
これまた、びっくりされたけれど、
評判は・・・(てんてんてん)だったそうです。
ペンギン夫婦が見た石垣島百景
その10
「知花食堂」
「米原キャンプ場」
「トミーのぱん」
「カリブカフェ」
「福耳」
「川平湾」
「川平ファーム」
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ラー油は、食堂をやりつつ、作っていました。
家で作っていたのですが、家庭用コンロでは限界が…。
大鍋で熱し続けたコンロはすぐに部品がダメになってしまったとか。
業務用のガスコンロが使える環境にしなくては、
という状況になっていきます。
当時、住んでいた家は、東京では考えられない大きさでした。
映画とはちょっと違って、5LDK。
リビング20畳、一番小さな部屋で10畳、海側のベランダはなんと30畳。
だから、友達が来るわ来るわ。年間60組も来ていたそうです。
中には、社員旅行で行くから泊まらせてくれ、というオファーまで。
「おうちホテル」の繁盛ぶりとは裏腹に、
オープンしたばかりの「辺銀食堂」は、
お客様ゼロの日もある、おっとりとした日々。
お客様はゼロでも、常に誰かが集う、そんな場所になっていました。
食堂は、しばらくは夫婦2人でやっていましたが、
テレビ番組に取り上げられたこともあって、ある日突然ブレイク。
ラー油も軌道にのってきたので、愛理さんも仕事をやめて、
食堂に専心するようになったのです。
そんな中、程なく待望の子ぺんぎんを授かったので、
本島にある琉球大学病院に通うことになりました。
というのも、愛理さんは42歳という高齢出産のうえ、
抗リン脂質抗体という女性ホルモンの一種を抱える特殊体質。
その抗体は、妊娠している細胞を攻撃するという厄介なもの。
「妊娠とわかった瞬間に来てください」と言われていたこともあって、
ホルモンバランス調整のため、月のうち半分はコザの
とよ子ネーネーの家に滞在して、入退院を繰り返しました。
この、とよ子ネーネー、愛理さんが西表島で知り合った、沖縄の姉とも慕う方。
家族ぐるみの深〜いお付き合いをされている方なんです。
子ぺんぎん、実は妊娠初期は双子だったのに、
生まれるときには1人でした。
こういうことはよくあることだそうで、片方に吸収されてしまったのです。
前回もお話しましたが、8か月で生まれた子ぺんぎんは、
母ぺんぎん42歳のときの子。「超貴重児」と呼ばれていたそうです。
超未熟児だったため、保育器に入れられましたが、
酸素過多になると網膜をやられてしまうとのことで、
保育器内の酸素を極力少なめにしていたため、
心臓の動きが悪く、ときどき心臓が止まってしまう。
そのたびに、看護婦さんが赤ちゃんの肩をトントンと叩くと息を吹き返す。
その繰り返しだったそうです。
愛理さんにとっても、暁峰さんにとっても、
きつい、ほんとうにきつい1か月でした。
ペンギン夫婦が見た石垣島百景
その11
「石垣島 南島焼」
「川満養豚」
「グロースターカフェ」
「アンパル陶房」
「石垣の塩&石垣島 Salt Spa 美塩」
「アルモコ」
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2007年5月1日、「辺銀食堂」リ・オープン。
まるまる4年間の休業でした。
その間、食堂はラー油作りの工場と化し、
暁峰さんは、ひたすらラー油作りに励みました。
愛理さんは子ぺんぎんが3歳になるまでは、常に寝不足。
朝だか夜だかわからない生活を送っていたそうです。
夕方、子ぺんぎんを寝かしつけたら、
愛理さんは、消しゴム印を押したラベルの紙切りをする。
でも、途中、2人とも眠りこけてしまい、
400本のボトルの上に、ラー油をぶちまけてしまったこともあったとか。
そんな風にして、自宅で作っていた時代から、
桟橋通りの1階→辺銀食堂の入口(お客様が来たらどかなくてはならない状況)
→現在の食堂の2階へと場所を移し、
昨年、工房設立(!)へと移り変わっていったのでした。
ただ、工房といっても、ラー油を作れる規模は変わりません。
小さなままですが……。
ラー油にまつわるエピソードをひとつ。
今まで1度だけ、ラー油を自主回収したことがありました。
ラー油のボトリングやラベル貼りなどに携わる「ラー油シスターズ」の中に、
ケンカをしている人たちがいたのです。
それに気づいた愛理さん、「いつ頃からケンカしていたのか」と追求します。
そして、ケンカをしている人たちの作業をすぐにやめさせ、
家に帰してしまいました。
その後、ケンカしている時期に詰められて出荷されたラー油が
どこに送られたのか、徹底追跡し、すべてを回収したのです。
ピパーチや島唐辛子を始め、ラー油に使われる材料は、
島のおじーやおばーが、わが子のように大切に育ててくれたものばかり。
そのおじー、おばーに申し訳ない気持ちでいっぱいになったのです。
「ものすごく美しいダイヤモンドを汚れた紙で包んでいるのと同じ」
愛理さんはそう言います。「材料がかわいそうすぎる」と。
そこんところは、ちゃんとやろうよ。
そういう思いで、いっぱいになったのでした。
児童心理学の世界でも、こんなことがあるそうです。
おかあさんが怒りながら料理を作った場合、
それを食べた子供は、苦く感じる。
穏やかな、やさしい気持ちで作ると、
子供はとってもおいしいと思う。
ラー油シスターズのケンカ事件も、これと同じことがいえる。
愛理さんはそう言っていました。
石垣島ラー油が、体にしみ渡っていくようなおいしさを感じるのは、
こんな風に、辺銀夫婦の温かい人となりも
こめられているからに他なりません。
次回は、いよいよ最終回。
映画のお話で、大団円を迎えたいと思います。
ペンギン夫婦が見た石垣島百景
その12
「安ジェラート」
「八重山郵便局」
「バナナカフェ」
「achicoco(アチココ)」
「中村屋」
「パピル」
「十五番地」
movie information
ペンギン夫婦の映画
『ペンギン夫婦の作りかた』
流行語にもなった「食べるラー油」の原点「辺銀食堂の石垣島ラー油」。その誕生の背景にあったペンギン夫婦のきずなとふたりを取り巻く人々の優しい気持ちを描く物語。
辺銀暁峰さん・愛理さん夫妻の自伝本『ペンギン夫婦がつくった石垣島ラー油のはなし』を原案に、国際結婚カップルの帰化申請、食べるラー油の誕生エピソードを『八日目の蝉』『RAILWAYS 愛を伝えられない大人たちへ』の小池栄子と台湾の人気俳優ワン・チュアンイーが演じる。
広くて美しい“空”と“海”、石垣島の健康で美味しい“料理”、そして“優しい気持ち”がたっぷり詰まった物語。“笑顔と満腹”が待っています。
DVD&ブルーレイ発売中、DVDレンタル中。
発売元:バップ
Web:公式サイト
book information
ペンギン夫婦の本
『ペンギン夫婦がつくった石垣島ラー油のはなし』
辺銀愛理著 1575円
http://magazineworld.jp/books/all/?gosu=1900
『石垣島ラー油と、おいしいペンギンごはん』
辺銀暁峰 辺銀愛理著 1365円
http://magazineworld.jp/books/all/?gosu=2091
映画『ペンギン夫婦の作り方』の原案となった本が『ペンギン夫婦がつくった石垣島ラー油のはなし』。「ラー油は餃子にかけるもの」という日本人の概念を変えたラー油誕生の秘密がわかります。また映画では描かれなかった夫婦の出会い、そして子ペンギン誕生のエピソードなども紹介されて、読めばますます“笑顔と満腹”に。その続編ともいえる本『石垣島ラー油と、おいしいペンギンごはん』はラー油を使ったレシピはもちろん夫婦が石垣島で出会ったヌチグスイ(命の薬)のおいしいレシピを紹介。あなたの食卓が、変わります!
profile
辺銀暁峰&愛理
辺銀暁峰
中国・西安生まれ。映画監督チャン・イーモウのもとでスチールカメラマンを務めた後、日本へ。この連載の写真も担当。
辺銀愛理
東京生まれ。米国育ち。食べ歩きの本を編集していた父の影響で、血統書付きの食いしん坊に育つ。二人は1993年に結婚し、1999年に石垣島へ移住。現在、石垣島ラー油を製造販売し、石垣島で『辺銀食堂』、那覇で『こぺんぎん食堂』を手掛ける。2010年には『ギャラリー&雑貨カフェ 石垣ペンギン』もオープン。この連載のキャプションも担当。
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