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きょうのイエノミ
旅するイエノミ
「和酒」に込められた意味とは。
〜白壁蔵編〜

宝酒造 × colocal
和酒を楽しもうプロジェクト

posted:2013.6.13   from:兵庫県神戸市東灘区  genre:食・グルメ

sponsored by 宝酒造

〈 この連載・企画は… 〉  伝統を継承するということは、昔のものをそのまま受け継ぐだけではありません。
わたしたちの生活に合うよう工夫しながら、次世代に伝えることが、伝統を守ることにつながります。
酒造りの伝統を守りつつ次世代につなげる宝酒造と、
ローカルな素材を活かしてとっておきのつまみを提案するcolocalのタッグで
「きょうのイエノミ 旅するイエノミ」はじまりはじまり。

editor’s profile

Yayoi Okazaki

岡崎弥生

おかざき・やよい ●兵庫県、大阪府、神奈川県、福岡県、東京都(ちょっとだけ愛知県)と移り住み、現在は神奈川県藤沢市在住のローカルライター。最近めっきりイエノミ派となった夫のために、おつまみ作りに励む主婦でもある。

credit

撮影:山口徹花

「白壁蔵」(神戸市/東灘区)に行ってきました。

「和酒」とは日本の文化から生まれた人と人をつなぐお酒のこと。
ならば日本のローカルでおいしいおつまみと一緒にいただきましょうと
宝酒造×colocal「和酒を楽しもうプロジェクト」がスタートしました。
その「和酒」の代表選手が日本酒。
宝酒造の日本酒といえば「松竹梅」銘柄で知られていますが
なかでも純米酒や吟醸酒を中心に造っているのが「白壁蔵」です。
おもしろいことに、宝酒造の方がこの蔵についてお話されるときは
みなさん、本当に目がキラキラしているんですね。
それも単に全国新酒鑑評会で10年連続金賞受賞したことを誇るとか
いわゆる自慢っぽい感じでは全然なくて
お伝えしたいことがもう山ほどあるんです、という感じ。
ならば実際そこに行き、働いている人にお話しを聞いてみたいと
神戸市東灘区にある「白壁蔵」にお邪魔して来ました。

酒を我が子のように語る人がいました。

工場長の碓井規佳さんに概略を説明してもらってから
まずお会いしたのは「白壁蔵」にこの人ありと噂の金子義孝さん。
金子さんはこの蔵の設計や設備開発の時点からかかわり
いまは鑑評会用のお酒の責任者として、若い従業員たちの指導にあたっています。
もともと杜氏の本場・新潟県上越市の出身で高校も醸造学科。
阪神淡路大震災で被災した宝酒造灘工場の再建に携わったとき
「大手の酒はしょせん機械造り」というイメージをくつがえすために
長年温めてきた夢を実現したいと思ったそうです。
それは「手造りの良さを再現できる機械」を導入し
そのうえで「的確な指示ができる人」を育てようというもの。
機械の長所は「安定感」ですが、使うのはやはり人。
昔ながらの道具を機械に替えただけで、いい酒を造りたいという思いは一緒です。
そこで灘工場時代から長年杜氏を務める「現代の名工」三谷藤夫さんの助けを借り
金子さんは、まず「蔵づくり」から取り組むことになりました。

昔の「和釜」の原理を再現した連続式蒸し米機や
伝統的な「蓋麹」を再現できる製麹機などを新たに開発し
設備的には「ベストを尽くした」と胸を張っていえる蔵が完成。
手造りの良さを再現した最新鋭の設備はととのいましたが
金子さんにとっては、そこからの2年間が本当につらかったとか。
新しい機械を使いながら酒造りの伝統を継承発展させていく。
それが「白壁蔵」の大きな命題だったからです。
つねにベストを尽くしても、酒造りにはこれでいいという到達点がない。
的確な判断以上に「こういう酒が造りたい」と思う意志の力が不可欠です。
ましてや酒造りは微生物の力を借りて行うもの。
杜氏の勘と経験で進めていた作業を次の世代にどう伝えていくか。
そのための「共通語」として測定、分析を繰り返してデータを蓄積するとともに
手作業による昔ながらの酒造りをみんなに経験してもらうことが
「酒造りが進化し続けるためには必要」だと金子さんは考えたそうです。

「白壁蔵」では年に10度ほど伝統的な酒蔵風景が繰り広げられます。
自らの手で米を運び、洗米し、蒸した米の感触を確かめながら冷ます。
麹に触れ、香りを嗅ぎ、口に含みながら麹菌の生育状態を確かめる。
これは若手のトレーニングという意味合いだけでなく
杜氏の三谷藤夫さんが60年以上かけて培ってきた技の継承でもあるんですね。
「どうやったら麹菌に機嫌よくしてもらえるか。
やつらは24時間働いているから、見守ってやらんとぐれるし苦しめたらいかん。
米や麹菌の気持ちがわからないと、いい酒には絶対ならんのですわ」
それは子どもと同じだと、金子さんはいいます。
だから鑑評会用のお酒を造る際も特別なチームは作りません。
「麹菌と対話しながら」自分ならどんな酒を造りたいかを考える。
古き良きものは残しながらも、味わいは進化させていく。
それが「白壁蔵」の「伝統を引き継ぐ」ということなのでしょう。
いま「機械造りの酒うんぬん」という相手には、金子さんはこういいます。
「まあ、うちのこの酒、呑んでみなはれ」

この仕事に誇りを持つ若手がいました。

では、実際「白壁蔵」の若手従業員はどんな人たちなのでしょうか。
入社2年目の女性従業員・青山さんは、なんと元イタリアンのシェフ。
お隣・灘区の出身で、幼い頃から酒の王冠を拾って遊んでいたとか。
いまは火入れ担当者として朝早くから忙しく働いています。
「もともとワインよりなぜか日本酒が好きだったんです、地元ですしね」
シェフとして任されていた店がある事情のため閉店となったとき
どうせなら大好きな日本酒を造る仕事に転職したいと決めたとか。
ハローワークの人には、男の世界だから女性は無理と止められたものの
「酒造りに対する熱意が伝わってきた」(尾崎主任)と見事合格。
また入社3年半の北村さんの前職は電気工事関係。
結婚して東灘区に移り住み、その土地柄に惚れこんで転職したそうです。
「地元に根づいた仕事、それもものづくりがしたかったので」と
いまはもろみ担当として大事な工程をまかされています。
「白壁蔵」では若手といえども酒造りにしっかり携わっているのですね。
酒を造ることができて楽しい、うれしいという気持ちとともに
「酒造りは地元の誇り」としておふたりがとらえていたことが
個人的には驚きでもあり、変わってないんだなとうれしく感じた部分でもありました。

人の思いは伝統として引き継がれる。

というのも、幼いころ西宮市に住んでいた私にしても
「酒造り」や「宮水」は地元の誇りとして学び、そう思い続けてきました。
でもどんなに伝統や誇りを守りたくても、ときとしてそれが立ちいかなくなることもある。
「白壁蔵」は東灘区の阪神高速道路を海側へ超えたところ。
取材前にそう聞いて、阪神淡路大震災の映像をすぐ思い出しました。
あの波打つように倒壊した高速道路は、この「白壁蔵」のすぐ近くではなかったか。
神戸や阪神間の地場産業である清酒造りは震災で大きなダメージを受けました。
風情ある木造の清酒蔵も多くが倒壊し、風景は一変してしまいました。
事実、宝酒造灘工場も「白壁蔵」として再生するまでに6年もかかっています。
ただ蔵の形態は変わっても、おいしい酒を造りたいという人の気持ちは変わらない。
必ずしも古い道具や木造の蔵でなくても、伝統は引き継ぐことができるだろうし
ずっと昔からこの国で愛されてきた「和酒」は
きっとそういう人たちの知恵や工夫でおいしくなってきたはずです。
金子さんが思う「進化」とは、そういうことではないでしょうか。

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白壁蔵

昭和29年から神戸市東灘区で清酒を造り続けてきた宝酒造灘工場が阪神淡路大震災で被災。本当に旨くてよい酒をつくることを極めるために、蔵づくりからこだわって、平成13年11月に「白壁蔵」として生まれ変わりました。
http://shirakabegura.jp/index.htm

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