colocal コロカル マガジンハウス Local Network Magazine

連載の一覧 記事の検索・都道府県ごとの一覧
記事のカテゴリー

連載

12杯のコーヒー

マチスタ・ラプソディー
vol.041

posted:2013.3.22  from:岡山県岡山市  genre:暮らしと移住

〈 この連載・企画は… 〉  東京での編集者生活を経て、倉敷市から世界に発信する
伝説のフリーペーパー『Krash japan』編集長をつとめた赤星 豊が、
ひょんなことから岡山市で喫茶店を営むことに!? 
カフェ「マチスタ・コーヒー」で始まる、あるローカルビジネスのストーリー。

writer's profile

Yutaka Akahoshi

赤星 豊

あかほし・ゆたか●広島県福山市生まれ。現在、倉敷在住。アジアンビーハイブ代表。フリーマガジン『Krash japan』『風と海とジーンズ。』編集長。

父も息子も。

何年か前に倉敷の年金事務所の担当者が児島の実家にやってきた。
例の「消えた年金」騒動のさなか、厚生年金の支払いの確認だった。
担当の女性はぼくと父に職歴を書き込んだ書類を手渡してくれた。
ぼくのそれはまったくシンプルで、
20代の頃に3年あまり働いていた会社の社名と在籍期間が記されてあるだけ、
ほぼ白紙の状態だった。一方の父はというと、ひょいとのぞいてたまげた。
父が手にしていた用紙には10以上の会社名がびっしり、
おまけに用紙は1枚で足りず2枚にわたっていた。
若い頃からいろんな仕事をしていたと折に触れて母から聞いていた。
自衛隊員に始まり、土木作業員とか化粧品の訪問販売とか、
それこそ押し売りのような仕事まで。
リストの上から順に会社の名前を目でなぞっていくうち、
そこにあった一行に思わず目を奪われた。
○○広告社————。オヤジ、もしや広告関係の仕事もしていたのか?
「そりゃあれじゃ、プロレスの宣伝カーのドライバーじゃが」
気が短くて無軌道で、やることなすこと無茶苦茶な人だった。
おまけに仕事運もよかったとは言えない。
それでも、家にお金を入れようという父親としての責任感は途切れなかった。
まさに父の人生そのままを現したその職歴とも無関係じゃないと思う。
父はブルーカラーの人たちには、いったいに親切だった。
子どもの頃、家にバキュームカーがやってきたときのことをよく憶えている。
当時住んでいた借家のトイレは汲取式で、年に数回バキュームカーが来ていた。
父はいつもハイライトを数箱用意しておいて、
作業が終わった作業員に「とっといてください」と言って煙草を手渡した。
煙草の代わりに500円札を渡したのも何度か見たことがある。
当時の我が家の暮らしぶりは実につましいものだったけど、
その手のことに父はお金を惜しまなかった。

気がつくと、マチスタの目の前にいかつい作業車がでんと停まっていた。
3月になったとはいえ、まだまだ朝の寒気の厳しい日だった。
大きさは、2トントラックぐらいはあるだろうか。
なんとはなしに店の外を、目をこらすように見ていると、
どこからか作業着姿の男がふたり現れ、まっすぐ店に入ってきた。
「すいません、これから下水の工事をさせてもらいます。
それほど時間はかかりませんので」
それからしばらく、エンジンの音やごそごそとざわついた物音が
店のすぐ外で聞こえていた。
ほどなくして物音が消えたと思ったら、作業が一段落したのだろう、
目の前の歩道で作業服を着た男たちが休憩している。
「おつかれさま」の一言でも言おうとして入り口のドアを開けると、
すぐ目の前にいた若い作業員が
店先に出していたホットドッグの看板をじっと見つめていた。
「作ろうか? 美味しいよ」
ぼくの悪魔のささやきに、彼は無言のまま軽い笑みを返しただけだった。
すると、すぐ後ろにいた先輩らしき作業員が声をかけてきた。
「食べるんならおごっちゃるで」
若い作業員は振り向いて、マジで?
「ええよ、ホットドッグをふたつちょうだい」
この手の気持ちのいいオーダーには、
気持ちのいいサービスで応えるのがぼくのやり方だ。
「じゃあ、コーヒーはサービスしようかな」
「おおおお!」
ふたりが同時に声をあげると、それが呼び水となって、
「なになに?」と作業員が全員集まって来た。
帯同していた警備員のオジさんまで。
「美味そうじゃな」「オレも食べようかな」「オレも食べるわ」
と三々五々に声があがり、最初に店に入って来た作業員がぼくの目の前にやってきた。
「ホットドッグを6つください」
彼らにホットドッグと同数、
6杯のコーヒーをサービスで淹れたのは言うまでもない。
ところが、彼らはその間に再び作業を始めてしまい、
いくら待っても作業を切り上げるようにない。
挙げ句コーヒーもホットドッグも完全に冷めきってしまった。
彼らが作業を終えて店に戻ってきたのは30分以上も経ってからだった。
「そのままでいいから」と言う彼らを振り切るようにして、
ぼくはホットドッグをオーブンで温め直し、
冷めたコーヒーを全部捨てて6杯分を新しく淹れなおした。
しめてコーヒー12杯のサービス。
一日で20杯出れば御の字という店にしたら、
アンビリーバブルな大盤振る舞いである。でも、迷うことはなかった。
コーヒースタンドの経営者である前に、
バキュームカーの作業者にいつも煙草を用意していた父の息子なのだ。
この寒空の下で働いている彼らに冷めたコーヒーなんぞ飲ませられるはずがない。
そんなことをしたと若い時分の父が聞いたら、
茶碗が飛んで来たうえにこっぴどく殴られたろう。それも平手じゃなく、グーで。

最後になったが、ひとつ断っておいたほうがよさそうだ。
ここまで父のことを「だった、だった」と
あたかも故人を表すように過去形で書いてきたが、父はいまも生きている。
平成25年3月の時点では。

玉野市にあるセレクトブックショップ「451ブックス」が制作した岡山のカフェ&アートブックマップを絶賛配布中。マチスタではショップカードやフライヤー、ジーンの類は十分な設置場所がないのですべてお断りさせていただいているんだけど、これだけは配らないわけにはいきません。それほどの手間のかけようです。

Shop Information

map

マチスタ・コーヒー

住所 岡山県岡山市北区中山下1-7-1
TEL なし
営業時間 火〜金 9:00 ~ 19:00 土・日 11:00 〜 18:00(月曜定休)

Feature  特集記事&おすすめ記事

    Tags  この記事のタグ