連載
〈 この連載・企画は… 〉
ひとつの商店街(地域)をねり歩きながら、パンと具材を集めて勝手にサンドイッチを作る旅。
そこでしか食べられないオリジナルなサンド、果たしてどんなものができるのか?
writer profile
Kozakai Maruko
小堺丸子
こざかい・まるこ●東京都出身。読みものサイト「デイリーポータルZ」ライター。江戸っ子ぽいとよく言われますが新潟と茨城のハーフです。好きなものは犬と酸っぱいもの全般。それと、地元の人に頼って穴場を聞きながら周る旅が好きで上記サイトでレポートしたりしています。
「商店街サンド」とは、
ひとつの商店街(地域)で売られているパンと具材を使い、
その土地でしか食べられないサンドイッチを作ってみる企画。
必ずといっていいほどおいしいものができ、
ついでにまちの様子や地域の食を知ることができる、一石二鳥の企画なのだ。
今回は、山口県山口市にやってきた。
山口県と言えば、吉田松陰をはじめ木戸孝允、高杉晋作、久坂玄瑞、伊藤博文など
幕末期に活躍した志士たちを数多く輩出した地として知られている。
山口市には志士たちゆかりの場所も多く、
さらに遡って、室町時代に京都を真似て繁栄した大内文化や、
布教で訪れたザビエルが日本で初めてクリスマスを祝ったお寺があったり、と
見どころの多いまちである。
である、と書いたけど全然知らなかった!
はたしてどんなサンドができるのだろう。
さて今回のサンド作りは、
ザビエル死後400年を記念して建てられたという聖堂近くからスタートした。
聖堂のふもとにあるパン屋〈サビエル・カンパーナ〉のパンがお目当てなのである。
今回ご縁があって一緒にサンド作りをしてくれるのは
商店街賑わい創出事業をしている宮野孝夫(みやのたかお)さん。山口市出身だ。
さっそく一緒にお店に入った。
サビエル・カンパーナでは、
地元の食材を使った調理パンやお菓子に加え、ザビエルの生まれた美食のまち、
スペイン・バスク地方のパンも並んでいる。
とにかく種類が豊富。なかには〈幕末維新パン〉と名づけられた変わり種があった。
それは、安政6年(1859年)に萩藩の中嶋治平という人が作ったパンを忠実に
再現したものらしい。
幕末に食べられていたパン、どんな味か気になる!
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宮野さんと幕末維新パンについてもりあがっていると、
奥から店長さんが出て来て
「それ全然おいしくないよ、二度と食べたくなくなるよ」と阻害し始めた。
出会ってすぐに申し訳ないが、どういうことですかと突っ込まずにはいられない。
しかし聞いてすぐに納得。当時の製法が現代のパンにかなうわけがないのだ。
しかも当時戦いにそなえて日持ちするように作られていたため、
味は二の次だと言う。
店長さんは幕末維新パンは無視して、
ワインが欲しくなるような香ばしいパンを試食させてくれた。
絶対こっちのほうがいいんだから、と力説が続く。
しかし、今回のサンド企画の意図を伝えたところ
「それなら幕末パンだね、絶対!」とあっさり意見を翻した。
山口市ならではのパン、というのもあるし、
中に何かを挟むのであればガワはおいしくなくていいというのだ。
「美女と美男はつまんないよね(おいしいどうしはつまらない)。
何かつけたり一緒に食べるんなら、パンは引き立て役でいい」
そ、そういうものなのか。
という感じで、店長お墨つき「おいしくないけど商店街サンドにぴったり」なパンが手に入った。
ここから山口市中心商店街に移動して中身を探すぞ!
山口駅前には、700メートルにも及ぶ長いアーケード街がある。
この日はけっこうな雨だったのだけど、
アーケードのため気にせず買い物ができるのがとても助かる。
雑貨屋さんから服屋さん、食べ物屋さんなど昔からのお店が豊富で、
チェーン店はほとんどない個性あふれる商店街のようだ。
しかし問題は、せっかくふだん賑やかな商店街だというのに、
お店がほとんど閉まっていることだ。
訪れた日は定休日が多い水曜日だったのだ。
「あそこの焼き鳥屋さんがおいしいんです」
「あそこの自家製ソフトクリームもおいしいんです」と
一生懸命説明してくれる宮野さん。
だが、ことごとく休みだ。
視線を向けてもシャッターが閉まっているのでどれだかわからない。
この日何度「休みですけどね」という言葉を聞いたことか。
そんな日に来てしまったのはとても残念だけど、
逆にもしすべてのお店が開いていたら紹介が大変だっただろうな、と思う。
ちなみにこのアーケード街、実は冒頭に写真を出した〈萩往還〉につながっている。
かつて参勤交代で大名たちが通った要所でもあったところで、
呉服屋さんや宿場が多かったそう。
今でも古くから残る建物が見られたり、
外観は新しいけど、中は江戸時代や明治時代のまま、という建物も多い。
お店の8割くらいが閉まっていたけれど、
地元の野菜を売るお店や、カフェ、セレクトショップや食堂など
いくつかのお店は開いていた。
その中で、山口市に住んだことがある人なら誰もが懐かしむだろう食堂で
具材を調達することにした。
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お店がほとんど閉まっている中で、
奇跡的に宮野さんが子どもの頃から知る店がいくつか開いていた。
山口市民“懐かしの味”をかき集める。
すると驚くほど茶色のものばかりなので彩りにと、
山口県内の厳選食材がそろう〈マルシェ中市〉で
山口県産のチシャ(サニーレタス)と山口あぶトマトも購入した。
また、マルシェ中市には海産物を取り扱うお店が9店舗もある〈川端市場〉が入っている。
すでに具材は盛りだくさんだったけど、
三方を海に囲まれている山口県としては魚ははずせない、と
小イワシの甘露煮を追加。
パン屋の店長さんがおいしくない、と断言した幕末維新パンの中に、
具材をつめこんでいく。
宮野さんはどれも思い入れのあるお店のものがそろったようで
懐かしい懐かしいと連呼していた。
まず具材は文句なくおいしい。
タマネギだろうか、シャキシャキと小さく音をたてるハンバーグ。
ナポリタンのような酸味が感じられる、どこか洋風の鉄板焼きそば。
外はサクサク、中はしっとりと弾力のある昭ちゃんコロッケ。
それぞれ確立した逸材が集まり、
お口の中でおいしさのぶつかり合いだ。
普通はサンドイッチに入れないだろう小イワシも、
魚の風味と甘味がいいアクセントになっている。
そしてそれら個性的なメンバーをまとめあげているのは
幕末維新パン。
もう、存在感がハンパない。
自然と咀嚼回数が増えてしまうかたさといい大きさ、
それにパサパサと口の中の水分を奪っていく感じ。
その分トマトやチシャのみずみずしさがありがたくなる。
パン屋の店長さんが言っていたように、
ほかの具材の旨さを最大限に引き出しているのだ。
それはまるで、松下村塾でクセのある若い志士たちのいい面を引き出し伸ばした
師範・吉田松陰のようでもある。
彼なくして明治維新は語れないように、
パンの存在の偉大さを知ることができた。
お店がほとんど閉まっていたのは残念だったけど、
幕末と山口市の食を知ることができたのでとても満足である。
・サビエル・カンパーナの幕末維新パン…180円
・新鮮市場のチシャ(サニーレタス)…58円、トマト100円
・レストランスズキのハンバーグ(お持ち帰り単品)…500円
・昭ちゃんコロッケ…110円
・シンセリティの鉄板焼きそば…700円
・中岡商店の小いわし甘露煮…350円
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合計 1998円
商店街サンド #09 -- Spherical Image -- RICOH THETA
Information
山口市中心商店街
住所:山口県山口市駅通り
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