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マムシとムカデ

鴨方町六条院回覧板
vol.005

posted:2016.4.15  from:岡山県浅口市鴨方町  genre:暮らしと移住

〈 この連載・企画は… 〉  コロカル連載、『マチスタ・ラプソディ』『児島元浜町昼下がり』の著者・赤星 豊さんの新連載。
岡山県浅口市鴨方町に引っ越した赤星さん。“町内会の回覧板”をテーマに地方都市での日々の暮らしを綴ります。
更新は「回覧板が届いたとき」。気長にお待ちください。

editor’s profile

Yutaka Akahoshi

赤星 豊

あかほし・ゆたか●東京でライター・編集者として活動した後、フリーマガジン『Krash japan』を創刊。 広告制作会社アジアンビーハイブの代表を務める傍ら、岡山市内でコーヒースタンド〈マチスタコーヒー〉を立ち上げる。 マスターとして奮闘するも、あえなく2013年に閉店。2015年、岡山県浅口市に移住。

早島町のアパートで暮らしていた当時のこと。
アパートのすぐ前は私有地で車の通りもほとんどなかった。
でも、まったくないかというとそうでもなく、
奥に2棟あるアパートの住人たちが駐車場の出入りで行き来する。
子どもたちはそんなことはおかまいなしだ。
アパートを出るなり駆け出そうとするから、大声で「走っちゃダメ!」と叫ぶことになる。
児島の元浜倉庫も歩道があるもののすぐ前が道路。
子どもたちを連れて来た日には「走っちゃダメ!」と何度も叫ぶ。
この「走っちゃダメ!」が、存外気が滅入る。
というのが、ダメと叫びながら同時に「子どもって走るもんだよ」との思いもあって、
これが苦々しい。親なら誰もが子どもたちには存分に走らせてやりたいのだ。
現在の家はそれができる。家を出て走り出そうがなにしようが放ったらかしだ。

浅口市の通達や広報誌、JAからの通知といった、
回覧板として回ってくるいろいろのなかに『パトロール遙照』なるものがある。
発行しているのは浅口市を管轄とする玉島警察署(倉敷市)。
主には地域の犯罪状況の報告や防犯の啓発を目的としたもので、発行は月1回、
A4サイズのペラもの2枚程度で構成されている。
4月初旬に回ってきたそれのタイトルは
「気をつけよう! コミュニティサイトに潜む危険」。
平成26年度は15件だったネット関連の被害件数が、
平成27年には37件と急増しているとあった。
子どもたちがこの手の犯罪に巻き込まれるケースも多いようで、
携帯電話回線のフィルタリングや無線LANのフィルタリング、
アプリ用のフィルタリングの利用を勧めていた。
「フィルタリング」が重要なキーワードであることは間違いないが、
フィルタリングそれ自体がどういうものかの説明はそこになかった。
たぶん、ぼくの住んでいる六条院西T村で
フィルタリングについて知っている人はほとんどいないだろう。
だからといって調べることもないと思う。
ぼくの村では、未成年者はうちの子たち以外ひとりしかいない。

鴨方町六条院西、通称「西六(にしろく)」地区の最大の脅威。
それはネット犯罪じゃないし空き巣でもない。米や野菜の盗難でもない。
これからの時期、その脅威は日に日に増すことになる……マムシである。
「ハミィ、出たんか!」
近所のおじさんが血相変えてうちに来た。
あれは六条院西に引っ越す前、去年の5月だったと思う。
10年以上手をつけていない荒れ放題の畑を草刈り機で刈っていた。
そのとき、茂みにいたヘビを草刈り機の刃ではじいてしまい、
千切れた胴体がはじかれた勢いでそのまま畑の向こうの道路まで飛んで行った。
うちに血相を変えてやってきたのは、そのヘビの死骸を見た近所のおじさんだ。
「すいません! 何かはみ出てました?」
「いや、ハミ、出たんじゃろう?」
「………?」
「ハミじゃ、ハミ。マ・ム・シ」
この西六ではマムシと呼ぶ人はいない。みんながみんな、「ハミ」と呼ぶ。
「気をつけられえよ、子どもは長靴はかさんといけんで」
おじさんが帰った後にまじまじと見た。マムシを見るのは生まれて初めてだった。
体長はたぶん20センチほど、案外小さい。
背中には畳の縁にあるような丸い文様があって、かなり和な感じがする。
その後半年の間で3度見た。そしてその半年の間に、
すぐ近所のおばあちゃんが夜家を出たところでマムシに噛まれ、救急車で運ばれた。
その時期、村の話題を独占するような大事件だった。
幸い、昨年の被害件数はそれ一件だけ。そう頻繁に遭遇することもないようだ。
それにしては、村の人たちのマムシに対する恐れと嫌悪は尋常でない。
それが村の合い言葉でもあるかのように、
ふたことめには「気をつけられえよ」といまもって言われる。

昨年の夏のことだ。夜、洗い物をしていたタカコさんが突然悲鳴をあげた。
うずくまっている彼女のすぐ横、
炭を混ぜたコンクリでうった真っ黒な土間の表面を
20センチほどの長い物体がもぞもぞとはっている。
目にした瞬間、さっと血の気が引いた。マムシにやられた、そう思ったのだ。
でも、次の瞬間、引きあげた血がどっと戻った。
マムシじゃなかった、ムカデだ。マムシに比べればかわいいものだ。
それにしても見事なムカデだった。太さといい長さといい、
魚拓にでもとりたくなるような。漆黒の胴体に照明の加減で紫の色目が浮き出る。
そのカタチ、色みの美しさに反して、おびただしい脚の数と動きのおぞましいこと。
神様は実にヘンテコな生き物を作ったものだと感心しながらも、
子どもが噛まれたら大変という親の思いが押し寄せ、
「すまぬ、許せよ!」と心のなかで叫びながら箒で退治した。
それからタカコさんの手当。噛まれた足の一か所に5分ほど熱いお湯をかけ流す(約50℃)。
いつか児島の友人のフジタくんが教えてくれた処置を聞いたとおりに施した。
その手当の効果のほどには、ぼくもタカコさんも驚いた。
痛みはすぐにひき、その後の腫れもまったくなかった。
人生なにが起こるかわからないので、この治療法は是非憶えておいてもらいたい。
ちなみに、フジタくんは家でサラダを食べようとして、
葉ものにくっついていた小さなムカデに唇を噛まれたという。

去年の夏は、ぼくが蜂に刺されるという小事件もあった。
さほどの蜂でもないと思うんだけど、痛みと腫れがひどく、
最後はかゆみになって長く残った。
かように、田舎暮らしには田舎暮らしなりの脅威がある。

子どもたちは、ヘビであれムカデであれ、
それが死体であっても目にした途端に色めき立って興奮状態になる。
ぼくはそんな彼女たちに言い聞かせるようにしている。わからなくても言い聞かせる。
「こいつらだって悪いことをしようと思って生きてるわけじゃない、
むしろ臆病なんだよ。噛むのは自分の身を守るためだ。だから無闇に殺しちゃダメだよ」
彼女たちの目の前で殺し、その死骸を前にして言うのだから
伝わりづらいことこのうえなし。
でも、機会があるごとにずっと言い続けてきているから、
最近のチコリは少しだけわかってきたかもと感じることもある。
少なくとも、見つけたらすぐさまつぶしていたダンゴ虫は、
家のなかで見つけると外に逃がしてあげるようになった。

ぼくの娘たち、チコリとツツは自然の脅威に囲まれて育っていくことになる。
都市部の脅威から子どもたちが得るものはない。
でも、この田舎の脅威からはすごく大切なことを学ぶことができるとぼくは思っている。

春が来たら、寒々しかった裏庭と裏山が一気に気持ちのいい場所になった。なだらかに下る裏山もこれからの季節は子どもたちの遊び場。チコリとツツにはいつかツリーハウスをつくってやりたい。

左側にあるのはうちの山から切り出したクヌギ、右側がついこの間まで使っていた薪。冬にはあれだけ必要としていたストーブの暖かさが、ある日突然不要のものとなる。薪もこれだけ余らせてしまった。

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