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ひそやかな愉しみ

鴨方町六条院回覧板
vol.004

posted:2016.3.12  from:岡山県浅口市鴨方町  genre:暮らしと移住

〈 この連載・企画は… 〉  コロカル連載、『マチスタ・ラプソディ』『児島元浜町昼下がり』の著者・赤星 豊さんの新連載。
岡山県浅口市鴨方町に引っ越した赤星さん。“町内会の回覧板”をテーマに地方都市での日々の暮らしを綴ります。
更新は「回覧板が届いたとき」。気長にお待ちください。

writer profile

Yutaka Akahoshi

赤星 豊

あかほし・ゆたか●東京でライター・編集者として活動した後、フリーマガジン『Krash japan』を創刊。 広告制作会社アジアンビーハイブの代表を務める傍ら、岡山市内でコーヒースタンド〈マチスタコーヒー〉を立ち上げる。 マスターとして奮闘するも、あえなく2013年に閉店。2015年、岡山県浅口市に移住。

3月に入って俄然春めいてきたと思ったら、うぐいすが鳴き始めた。
最初にそれと聞き分けたのはタカコさんだった。
週末の午後、子どもたちと一緒に庭にいたときのこと。
さっき、うぐいすが鳴いた、と。
「ほんと? 違う鳥じゃない?」
最初に聞いたのがぼくじゃないという悔しさもあって。
「いや、うぐいすだった」
しばしふたりで耳をすませる。らしき鳴き声はついぞ聞こえない。
「絶対うぐいすだって!」
結果から言って、それはうぐいすに違いなかった。
翌朝、サブとハティの散歩の最中何度も聞いた。
日中にも我が家の庭先で幾度となく。
初めて知ったが、彼らはいっせいに鳴き始めるのだ。
それこそ春を待ち構えていたかのように。
ちなみに、うぐいすは一般に春の鳥というイメージがあるけど、
去年は夏の間もずっと鳴いていた。秋になっても鳴き声を聞いた。
そのわりに姿はほとんど見ることがないのがうぐいすという鳥である。

さて、春とともにやってきた回覧板は、
浅口市役所の非常勤職員・臨時職員募集のお知らせだった。
全部で12の職種があり、それぞれの業務内容や
勤務時間帯、賃金、などを記したプリントがバインダーに挟んであった。
やたら漢字が多いそのリストを漫然と眺めていると、あった。
ぐいと心をもっていかれるようなのが。

文化振興課
職種/学芸員
主な業務内容/天文博物館学芸員として業務および一般事務職業務
(プラネタリウム・展示物の解説、
企画物や発行物の立案・実施、講座・出前授業等の講師)
勤務時間帯/8:30〜16:45(月〜金曜日)
賃金/月額18万円
募集人員/1名

わが町には、遙照山という山の頂に〈岡山天文博物館〉なる施設がある。
敷地内には日本最大級の口径を誇る反射望遠鏡を備えた
国立天文台岡山天体物理観測所もある。
つまりは、星がきれいに見えるところなのだ。
しかも瀬戸内特有の気候で晴天が多いものだから天体観測にはもってこい。
ぼくも昨夏ここ鴨方町に移住してから、よく夜の空を見上げるようになった。
ここで見つけたひそかな愉しみと言っていい。
空気が澄んだ夜は、それこそ見とれるくらいに星々が美しい。
いまから星のことを勉強して、子どもたちに星のことを教えてあげる。
こんな近所にそんなすばらしい仕事があるなんて。
しかも、「発行物の立案、実施」、即戦力だ。
回覧板にこんなに心躍らせるのは初めてのことだった。
が、心が躍ったのもほんの一瞬。以下、リストの資格欄にあった内容。

大学等において天文学、自然科学を専攻した者で、
次の1)2)3)のいずれかに該当するもの。
1)学芸員 2)博物館等での2年以上の実務経験をもつ者 
3)天文学の専門家と判断できる経歴を有する者

大谷のストレートを打席で見た中学生の心境だ。
かするどころか、バットも出やしない。浅口市の人口が約3万5000人。
3つの条件のひとつでも該当する人が何人いるのやら。

ここ鴨方町に移ってきて、タカコさんは新たな愉しみを見つけた。
家の庭や近所の山で花や草木を摘み、家のあちこちに飾るのだ。
だいたいが週末だ。しばらく顔を見ないと思ったら、剪定ばさみを片手に、
もう片方の手にはその日の収穫物を手にして戻って来る。
満たされた顔をして。「楽しい?」と聞くと、「楽しい」と答える。
日頃から目をつけているものを採りに行くこともあるが、
あてもなく山に入ることのほうが多いらしい。
「そっちのほうが楽しいんだよね」
華道の経験は皆無、完全な自己流である。
生けた花に彼女の人間性がよく出ている。羨ましいくらいに、彼女は自由だ。

長女のチコリは目下『サザエさん』のかるたに夢中だ。
ひと月ほど前、隣町の矢掛町にあるごくごく普通の文具店で買った。
絵札のヴィジュアルはアニメではなく、
長谷川町子さんの描いた絵だから味わいがあってレトロ感もたっぷり。
文字札のオリジナルの文章もおもしろい。

「みっかぼうずが ことしも日記」
「しょうじのあなから おきゃくのていさつ」
「うまもおめかし はつにがとおる」

チコリにしつこくせがまれ、平日にも日に一度は家族で札を囲む。
あんまり頻繁にやるものだから、彼女は文章を完全にまる暗記してしまった。
あろうことか、2歳のツツまでが文字札の半分ぐらいを言えるようになった。
「子どもの記憶力って、そらおそろしいね」とタカコさんとよく言うのだが、
そんなことを言っている間にほかのかるたを買えという話だ。
というのも、この「サザエさんかるた」の読み句を記憶しても
なんの役にも立たない。
「しょうじのあなから……はい、ツツ!」
「おきゃくのてーしゃつ!」
これ、親には相当おもしろいのだが、第三者にはまったく無意味、
おもしろくもなんともない。
やっぱり、ここは小倉百人一首のかるたとかを買い与えるべきか。
アマゾンで見てみたら3000円も出せば買えそうだった。
でも、相手は5歳、わがままが服を着て歩いているような、そんな女の子。
絵づらが楽しくないと言ってまったく手を出さない可能性が五分だ。
春の訪れのわりに懐も寒いとあって、まだ購入には踏み切れていない。

近所の人からもらった梅にネコヤナギっぽい枝を添えて。陶器の壺の中を見てみたら瓶が立ててあり、枝の根元のところを差し込んであった。

我が家の庭で調達した梅。1本の樹に紅白の花がつく梅の老木で、村で咲いている梅よりも1か月ほど開花が遅い。

「自然のアイビーを見つけた」と言って生けていた山の蔦。こういうのを“野趣あふれる”と表現すればよいのだろうか。

我が家の床の間にも。が、こちらはハンティングしたものでなく、どこかのJAで買い求めたものらしい。

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