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元浜倉庫

児島元浜町昼下がり
vol.003

posted:2014.5.15  from:岡山県倉敷市  genre:暮らしと移住

〈 この連載・企画は… 〉  コロカル伝説の連載と言われる『マチスタ・ラプソディー』の赤星豊が連載を再開。
地方都市で暮らすひとりの男が、日々営む暮らしの風景とその実感。
ローカルで生きることの、ささやかだけれど大切ななにかが見えてくる。

writer's profile

Yutaka Akahoshi

赤星 豊

あかほし・ゆたか●広島県福山市生まれ。現在、倉敷在住。アジアンビーハイブ代表。フリーマガジン『Krash japan』『風と海とジーンズ。』編集長。

元浜倉庫のそもそものはじまりは2008年の初夏にさかのぼる。
当時ぼくは児島の同じ元浜町にあった「Womb(ウーム)」という
雑貨屋とカフェが一緒になったお店の2階をひとりで間借りしていた。
文句のつけようのない環境だった。
部屋は東側の壁一面がすべて窓、そこからほぼ180度瀬戸内海が見渡せた。
事務所の什器は店主のマコトくんがすべて売りものから無償で揃えてくれるし、
毎日のように彼の奥さんのマキちゃんがお茶とお菓子を2階にもってきてくれるしで、
いま思い返しても夢のような環境だった。
そんな贅沢を絵に描いたようなぼくのオフィスに、
その夏ひとりの年配の女性がやって来た。
聞くと、一度だけ階下のカフェで言葉を交わしたことがあるという。
いずれにしても初対面同様で、
にも拘らずほとんど前置きすることなくずばり用件を切り出した。
「うちの倉庫を借りてほしいの」
これまで誰にも倉庫を借りたいなんてことは口にしたことがない。
モノに執着のない性格ゆえ、だいたい倉庫が必要であったためしがない。
同年代の日本人男性の平均よりもずっと身軽で生きてきた自負さえある。
その後に継がれた彼女の説明を要約するとこういうことだった。
その倉庫はもともとご主人が営んでいた鉄工所で、
ご主人が亡くなった後つい最近までは水産加工会社が魚の加工工場として使用していた。
現在、その倉庫が空いている状態なのだが、これからは倉庫とか工場ではなく、
地場の若い人たちが集まるような場にならないかと。
「で、なぜにぼくのところに?」
「だって赤星さんのところにはいっぱい人が集まってくるでしょ?」
「そりゃ誤解です、若い人が集まって来るのは下のカフェですよ」
「とにかく一度見てほしいのよ、すぐ近くだから」
後に大家さんとなるこのAさん、
とにかく豪腕で根こそぎさらっていくようなところがある。
そのときもはっきり断っているんだけど、気づくと一緒にその倉庫に向かっていた。
歩いてものの2分、
はたしてぼくが子どものころしょっちゅう遊んでいた港のすぐそばにあった。
外観はかなり年期の入ったスレート造り。
元鉄工所とあって、ゆうに3階建てマンションほどの上背がある。
なかに入るとさらに「ザ・倉庫」で、
ソフトボールの内野がすっぽりおさまりそうなほどのだだっ広い空間があるだけ。
ぼくはその場で再度はっきりお断りした。
「じゃあ鍵だけ預かっておいて」
「はあ?」
「まわりで興味がありそうな人がいたら見せてあげて」
「いや、こんな倉庫を借りたいなんて人はそうそういないですよ」
「いたらでいいのよ」
「いないと思うけどなあ」
「いいの、もってて」
そんなわけでそれから数か月もの間、
その鍵は一度も誰の手に触れられることなく、
オフィスの机の一番上の抽き出しでこんこんと眠りつづけた。

その年の秋、事態は一変する。
唐突にマコト&マキから店の移転を告げられたのである。
そこであの倉庫のことを思い出して————という展開はもう少し先の話。
Wombの移転→事務所の立ち退きはたしかに寝耳に水ではあった。
しかし、実は「もしも事務所を移るなら」と密かに見当をつけていた物件があり、
日頃からよく前を通ることもあって、
ここ2年ほどずっと空き家の状態であることを知っていたのだ。
夫妻から移転を告げられたその夜、早速ぼくはその物件の場所に行き、
窓に貼り出された不動産屋にその場で電話をかけた。
「マクドナルドがある港のすぐ目の前のヤツです、2階の角の部屋。
あれ、明日にもなかを見せてほしいんですけど」
「うわあーっ!」
「……うわ?」
「いやあ、あそこね、ずっと空きだったんですよ」
「空きだった……」
「ホント今日の今日ですよ。話があって、明日にも契約なんです」
その日、2度目の予想だにしない展開。
しかし最初のそれはこの物件がすぐにも借りられる算用があったから、
さも申し訳なさそうに話を切り出したマコトにも
「気にするなよ、それよりいままでありがとうな」
なんて懐の大きさを見せる余裕もあった。
むしろこの2度目の方がショックは大きかった。
真っ暗な港で、ぼくはひとりマックのネオンを眺めながら途方に暮れた。

『スライディング・ドア』という映画がある。
主人公の女性が地下鉄にギリギリ間に合って乗車できた場合とできなかった場合、
そのふた通りのその後の人生を描いている。
とてもユニークな映画なのだが、
まったく異なる人生が待っているというのは容易に察しがつく。
でも、タイミングの違いでその後が大きく変わるというのはままあることだと思う。
夜の港でマックのネオンを見ながら途方に暮れたことを思い出すたび、
この映画のことが頭をよぎる。
マコトが数日早く店の移転を伝えていたら、たぶんいまの元浜倉庫はなかった。
しかしそれよりなにより、
Aさんがあそこまで強引に倉庫に引き合わせるようなことをしなかったら……。
いずれにしても、いくつもの偶然を経て、
元浜倉庫は向こうからぼくのもとに転がり込んできたのである。

そして今年で6年目を迎えた元浜倉庫。
ぼくのパートナーのタカコさんが切り盛りする元浜倉庫焙煎所が春から加わったことにより、
昨年までと倉庫の様子は大きく変わった。
豆売りのショップを構えただけじゃない。
コーヒーの試飲スペースとして倉庫の前にベタなウッドデッキまで作った。
一般の人がちらちら出入りするというのも
これまでにはなかったことだし(カフェと間違えての来店も多い)、
たぶん遊びに来やすいのだ、友人や知り合いが訪ねて来る機会もめっぽう増えた。
「人が集まる場にしてほしい」という大家さんの念願が少しはかなったかもしれない。
それにしても宣伝の類は一切していないのに、この元浜倉庫焙煎所の調子がいい。
当然、店主のタカコさんは気をよくしていて、やる気にも拍車がかかっている。
そんなある日のこと、3歳になる娘のチコリが夜中に熱を出した。
翌朝には幾分か熱は下がったものの、保育園に連れて行けるような状態ではない。
「じゃあ、今日はチコリをよろしくね」
慌ただしい朝の、不用意なぼくのその一言でタカコさんの顔色が変わった。
いや、正確に記述すると変わったのは顔色じゃない。目もとの様相だ。
彼女についてわかってきたことのひとつ。
気に障ることがあると普段は愛らしいたれ目が、瞬間、
クリント・イーストウッドのそれになる。いったんそうなると後悔先にたたず、
地雷を踏んでサヨウナラだ。
「私の仕事って、そんな程度なわけ?」
いやあなたの仕事を軽んじているわけではもちろんなく
今日はたまたま仕事がつまっているからお願いしているのであって
ぼくが空いていればぼくがチコリの面倒をみるし
そのあたり臨機応変に対応していこうよ————。
一気の取り繕いでなんとかことなきをえたが、危険危険、
そこには新しい地雷があるのだ。今後も常にその位置を認識していなければならぬ。

かくして今日もコーヒーの香ばしいにおいが漂い、サブの欠伸を誘うような、
ゆるい時間が流れる元浜倉庫。
しかし、そこにあって当然のように見えるものも、偶然の重なりと、
ひとへの気遣いや思いやりによってもたらされているというお話でした。

Wombとぼくのオフィスがあった元浜町の名物的な建築物。5年ほど空きの状態だったが、この春から新モノ旧モノを扱うお洒落なセレクトショップ「The easy shop」として再生した。オノちゃんという好青年がひとりで切り盛りするナイスなお店です。 倉敷市児島元浜町790-2 電話086-486-1962 12:00〜20:00(金・土は22時まで) 木曜日定休

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